FAIRY TAIL ―Memory Jewel―
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第1章 薔薇の女帝編
Story9 儚き散り行くは・・・。
前書き
更新遅れてスミマセン!紺碧の海です!
今回はグレイとエメラVSエミリア、エルザとバンリVSアイムの戦闘です。果てさていったいどんな攻防戦を繰り広げてくれるのでしょうか―――――・・・?エルザとバンリVSアイムのは問題を出し合う戦闘なので、読者の皆様も読みながら一緒に考えてみて下さい!そして久々のウェンディとシャルルも登場します!
それでは、Story9・・・スタート!
―闇ギルド 薔薇の女帝の地下牢屋―
薄暗く、かび臭い臭いが漂う牢屋の1室。そこに閉じ込められているウェンディとシャルルはガチャガチャと金属質な音を響かせながら手錠と足枷を外そうと奮闘していた。
「どぉシャルル?外れた?」
「全然ダメ。ビクともしないわ。ウェンディは?」
「私のも全然ダメ・・・」
2人はかれこれ1時間近く手錠と足枷を外そうと頑張っているのだ。
ウェンディの天空の滅竜魔法で壊せば簡単に済む事なのだが、残念ながら手錠が魔法を封じる魔水晶で作られているらしく、魔法を発動させる事が出来ないのだ。もちろんシャルルの翼も発動しない。
「どぉしよぉ~・・・」
「もう!すぐ弱音を吐かないの!何か他に方法があるはずよっ!」
「「他に」って、どんな・・・?」
「そ、それはぁ・・・」
弱音を吐くウェンディに強がってみせるシャルルだが、いざ意表を突かれると何も答えられなくなってしまう。
ずーっと手錠と足枷で動きを封じられている為、手足が痺れて感覚が無くなってきている。一刻も早くこれを外さなければ―――――!と思ったその時、ガバン!と大きな音が牢屋に響いた。
「!?」
「な、何ッ!?」
ウェンディは手錠で繋がれている両手を上手く動かしてシャルルを自分の胸に抱き寄せると、その場で立ち上がり咄嗟に身構えた。
音の正体は牢屋の鉄製の扉が乱暴に開け放たれた音で、扉の前には金髪の巻き毛、黄色と白のフリルであしらったロリータ調のワンピース、フレームに黄色の薔薇の模様が描かれた眼鏡を掛けている少女が金色の大きな瞳を見開いて立っていた。
少女はポカ~ン、とした顔でウェンディとシャルルの事を見つめていたが、ビシッ!と右手の人差し指で2人の事を指差すと、
「奴隷見つけたーっ!」
お気に入りの玩具を見つけた時の小さな子供みたいに満面の笑みを浮かべて言葉を言い放った。「奴隷」という酷い呼ばわれようにウェンディは曖昧に微笑みシャルルは眉間に皺を寄せた。
少女は後ろ手でバタン!と再び乱暴に扉を閉めると、
「わーい!お姉ちゃんと猫ちゃんの奴隷だーっ!」
「アハハハハ・・・」
「ね、猫ちゃん・・・!?」
両腕を頭上に高く揚げ嬉しそうに大きくバンザイをしながら、牢屋の中をピョンピョンと飛び跳ね回りながら、その少女ははしゃぎ回る。ウェンディは苦笑し、シャルルは猫ちゃん呼ばわりに驚嘆の声を上げた。
「あ、あのぉ・・あなたは・・・?」
「ん?モカ?モカの名前はモカ・バニティ!これでも、薔薇の女帝の立派な魔道士だよっ!」
「自分で名乗る前に2回も名前を口走っちゃってるじゃない・・・」
ウェンディの問いに少女―――モカは元気よく答えたが、答える前に失態を犯してしまっている事をシャルルにツッコまれるが本人は一切シャルルの話を聞いていなかった。
「わーい!モカがお姉ちゃんと猫ちゃんの事を石化出来るんだーっ!」
「えっ・・・?」
「うーん・・・でも、奴隷として遠い国に売り飛ばしちゃうなんてもったいないな~。」
「ちょ、ちょっと・・・」
「あ、そうだっ!マスターにお願いして、石化したら私の宝の1つとして宝部屋に飾ってもらおっ!」
ウェンディとシャルルは耳を疑った。モカのはしゃぎように呆気に取られていたウェンディだが、我に返ると慌ててモカから距離を取り、シャルルを抱き寄せる力を強めると勇気を出して言葉を紡いだ。
「あ・・あなたが、“見たものを石化させる魔法を使う魔道士”・・なんですか・・・?」
ウェンディが言い終わったのと同時に、牢屋の中をピョンピョン飛び跳ね回っていたモカの動きが止まった。ウェンディとシャルルの位置からはモカの表情がよく見えない。
「アハハ。つい口が滑っちゃった。」
振向き様に見えたモカの顔からは、さっきまでの満面の笑みが影も形も残さずに消え失せていた。瞳のハイライトが消え、感情が完璧に途絶えている。声色は一切変わっていないのに、まるで別人のように見えた。モカの無表情に殺気を覚えたウェンディとシャルルの肩がビクッ!と大きく震えた。
そしてモカは踵を返すと1歩1歩ゆっくりとウェンディに歩み寄る。反対にウェンディはシャルルをしっかり胸に抱き、足枷で上手く動かせない両足を1歩1歩モカの歩調に合わせて後ろに移動させる。
「ホントはね、マスターの命令で奴隷として売り飛ばす前日まで石化したらダメなんだけど・・・“みたものを石化させる魔法を使う魔道士”の正体―――それが私だとバレちゃったら話は別。一刻も早く、その場で石化させる命令なんだ。」
近づいては離れ、また近づいてはまた離れる―――――。
「今回は私が口を滑らしちゃったけど・・・“石化”という罰を受けるのはお姉ちゃんと猫ちゃんだから。かわいそうだけど、悪く思わないでね?」
ウェンディの背中が牢屋の冷たい壁に当たった。ウェンディはこれ以上後ろに下がる事も出来ず、逃げる事も出来ない。反対にモカはまだ足を進ませる事が出来、ウェンディとシャルルとの距離を詰める事も出来る。
「大丈夫。さっきも言ったようにマスターにお願いして、私の宝の1つとして宝部屋に飾ってもらえるようにお願いするから。」
「ぃ・・ぃやっ・・・!」
ウェンディとシャルルはハイライトが消え失せたモカの金色の瞳から逃れようと目を逸らしたり瞑ろうとするが、不思議な事に2人の目は魔法にかかったかのようにモカの瞳に釘付けになり逸らす事も瞑る事も出来なかった。
ウェンディの目に涙が浮かぶ。
「バイバイ。」
モカがフレームに手を掛け眼鏡を外そうとした、その時だった。
ドガガガガガアアアァン!という大きな爆発音がモカの背後から聞こえ狭い牢屋に響き渡った。
「なになになにィ!?」
慌ててモカが背後を振り返ると、確かに閉じたはずの鉄製の扉がものの見事に破壊されていた。砂煙が舞い上がり視界を妨げる。モカは両手で自身の鼻と口を塞いだ。
視界が開けるとモカは金色の瞳を大きく見開いた。破壊された扉の前に立っていたのは、頭部に生えている、くるんと渦を巻いた黄土色の2本の角、ゴツゴツした鋼色の皮膚、手足に生えた鋭く尖った黒い爪、ボロボロの黒衣、紫と赤のオッドアイ―――――化け物だった。
そして更に驚いた事に、その化け物の後ろで庇われているようにウェンディとシャルルが立っていたのだ。
「いつの間にぃ!?ていうか、誰!?」
化け物はモカの問いに答えずに、自分の後ろにいるウェンディとシャルルに視線を移した。
いきなり視線を向けられた2人は思わずビクッ!と小さく肩を震わせた。すると、化け物の紫と赤のオッドアイを見たウェンディが何かを思い出したかのように言葉を紡いだ。
「もしかして――――――――――。」
―2番通路―
「アイスメイク、戦斧ッ!」
「黄玉の落雷ッ!」
グレイが氷で巨大な斧を造形しエミリアに向かって大きく振るい、エメラが左腕を上から下へ薙ぎ払うように振りエミリア目掛けて落雷を落とす。が、エミリアは口元に小さな微笑みを浮かべたまま、身軽な身体を活かして軽やかなステップで2人の攻撃をかわす。
グレイとエメラの攻撃をかわしタン、と地面に片足が着いたのと同時にエミリアは右腕を横に大きく広げた。
「騎士の幻影!」
グレイとエメラを囲うように空中に無数の淡いピンク色の渦が現れグニャリ、と曲がったかと思うと徐々にその形を変えていく。そして無数のピンク色の渦は全て騎士の姿になった。
「幻影が騎士に・・・!」
エメラが驚嘆の声を上げたのとほぼ同時に、騎士が一斉に剣の剣先を2人に向けながら一直線に駆け出した。
「アイスメイク、氷創騎兵ッ!」
「黄玉の火花ッ!」
グレイは両手を構えて冷気を溜めて無数の氷の槍を一斉に放ち、エメラは両手に黄玉のような雷を纏うと煌々と光り輝く金色の火花を叩き込んだ。2人の攻撃は一直線に10体ほどの騎士に直撃した。が、氷の槍も火花も騎士の身体をすり抜けて床を破壊した。
「すり抜けた・・だと・・・!?」
グレイは苦虫を潰すように顔を顰めた。騎士は何事もなかったかのように駆け出し続けている。
「攻撃が効かない敵をどうやって倒すんだよ・・・!?」
「私達の攻撃が騎士に効かないなら、騎士の攻撃も私達に効かないんじゃない?」
「えっ?」
素っ頓狂な声を上げたグレイを無視して、エメラはその場で立ち止まり1体の騎士が持っている剣の剣先をじーっと見つめた。騎士が目の前に来てもエメラはその場から一切動こうとしなかった。騎士が持っていた剣をエメラの頭上目掛けて振りかざそうとした直前、エメラと騎士の間にグレイがものすごい速さで割って入り氷の塊で剣を受け止めた。間一髪だ。
「お前・・死ぬ気か・・・?見てみろ。」
グレイが後ろにいるエメラに視線だけを向けながら話しかけ顎で氷の塊を示す。示されたとおりエメラは氷の塊に視線を移すと翠玉のような瞳を大きく見開いた。僅かだが氷の塊には騎士の剣による亀裂が入っていたのだ。
「つまり、この幻影はただの幻影じゃねェって事だ。・・・そうだろ?」
騎士の鎧の胴当を片足で蹴り飛ばしながら、グレイは今までの光景をずっと黙って見ていたエミリアに問うた。問い掛けられたエミリアは目を細めて口元に微笑を浮かべるとコクン、と小さく頷いてみせた。
「私の魔法―――幻影曲馬団の幻影は主に3つのタイプに分ける事が出来るんです。」
前置きをした後、エミリアは右手の細くて長い3本の指を立てながら説明し始めた。
「1つは攻撃専門の攻撃幻影。1つは防御専門の防御幻影。1つは何の力も持たない無幻影。この3つの幻影を使い分ける事によって、敵より有利に戦う事が出来るんですよ。ちなみにこの騎士は攻撃幻影です。」
エミリアが言い終わったのと同時に、騎士が顔の前で剣を構えた。だんだん幻影ではなく、本物の騎士に見えてきた。
そして、「ですが・・・」と付け加えた後エミリアが再び口を開いた。口元には不敵な微笑が浮かんでいる。
「幻影曲馬団の幻影は、これだけでは終わりませんよ。」
そう言うとエミリアはパチン!と指を鳴らし、その音が合図だったかのように全ての騎士の体がグニャリ、と曲がったかと思うと再び形が変わり始めた。
「自由自在に幻影の形を好きな時に変えられる、って事・・・」
「そのとおりです。」
小さく呟いたエメラの言葉にエミリアは大きく頷いた。
騎士の原形を残さす事無く幻影は一度淡いピンク色の渦に戻ると、再びグニャリ、と曲がり形が変わる。そして現した姿は施条銃や小銃、大砲や戦車など兵器だった。
グレイとエメラは無数の兵器によって四方八方囲まれいる故に、全ての兵器の銃口や砲口が既に2人を捉えている。
「こ、こんなにたくさんの兵器の攻撃・・・どうやって防いだら・・・・?」
「・・・・・」
動揺しているエメラとは裏腹にグレイはなぜか比較的落ち着いていた。
「さて、そろそろ幻影曲馬団の閉幕と致しましょう。兵器の幻影!」
通路によく響き渡る声でエミリアがそう言ったのが合図だったかのように、全ての兵器の銃口や砲口に淡い紫色の光のエネルギーが集積され始めた。標的はもちろん変わらず、グレイとエメラの2人だ。
「発射まで、残り15秒。14・・13・・」
エミリアがカウントダウンを始めた。
「ど、どうしよぉ~・・・」
「・・・・・」
頭を抱えて動揺するエメラとは裏腹にグレイは相変わらず比較的落ち着いていた――――-いや、よく見ると頬がほんのり赤くなっているのは気のせいだろうか?
「10・・9・・」
「一気に水で押し流しちゃえば・・・!」
腕輪から黄玉外し、窪みに青玉を嵌めようとするエメラの右手をグレイが掴んで止めた。
「グレイ?」
「エメラ、俺に捕まれ。」
「・・・へっ?」
―――――刹那、グレイの甘く囁くような声に酔い痴れてエメラの思考回路が停止した。グレイが言った言葉の意味を考えるよりも早く、エメラの顔が赤みを帯び始めた。赤くなった顔を両手で隠す事もすっかり忘れてしまうくらい、エメラの鼓動は高鳴っていた。
「なっ、ななっ・・何言って//////////」
「いいから早く捕まれっ!時間がねェんだっ!」
迷ってる暇は無かった。
エメラはギュッ、と固く目を瞑ると、グレイの胸と背中に手を回し右肩に両手を添えると、抱きつくようにグレイの左腕にしがみついた。
「!」
「6・・5・・4・・」
「・・・アイスメイク―――――」
―――――刹那、エメラの豊満な胸の感触と温もりにグレイの思考回路が停止した。顔が熱を帯び始め、冷やそうとするが突然の事に手が動かない。頭がボーッっとし、真っ白になる直前にエミリアのカウントダウンを告げる声で現実に引き戻された。首を軽く左右に振った後、グレイは両手を構え冷気を溜めた。
「2・・1・・・光線、発射!」
「飛爪ッ!」
エミリアの声を合図に全ての兵器から淡い紫色の光線が一斉にグレイとエメラ目掛けて放たれた。が、グレイが造形して造った、先端に爪のような刃が付いた鎖が現れ天井に突き刺さり、その反動で2人の体が中に浮き上がりその場を回避する事に成功した。間一髪のところだった。
「まぁ!」
エミリアは攻撃が当たらなかった事には目もくれず、口元に手を添え驚嘆の声を上げた。
「なんという策略・・・お見事です。」
小さく感嘆の声を漏らし、宙に浮いたグレイとエメラを目で追っていた。
当の本人達はと言うと―――――
「高い高い高い高い高い高い高い高い高い高いぃ!」
「耳元ででけェ声出すんじゃねーっ!」
あまりの高さにエメラはずっと悲鳴を上げっぱなしで、エメラの悲鳴でグレイの耳はキィーン!と悲鳴を上げっぱなしである。
「ひゃああぁあぁあああっ!」
「っ~~~////////////////////」
悲鳴を上げる度にエメラはギュゥッ、と更に固く目を瞑り、更に強い力でグレイの左腕にしがみつく。
エメラの豊満な胸の感触と温もりで再び思考回路が停止しそうになるのと頭が真っ白になりそうになるのを必死に抑えつけ、グレイは慌ててエメラから視線を逸らす。視線を逸らす理由は“思考回路が停止しそうになるのと頭が真っ白になるのを抑える”事の他に、“熱を帯びて赤くなった顔を見られたくない”という理由が含まれている事に、鈍感なグレイはもちろん気づいていない。
グレイが慌ててエメラから視線を逸らした、その時だった。ものすごい速さで動く黒い物体(?)が壁にぶつかりながら移動し、飛爪の鎖にぶつかり、その威力で鎖を切断したのだ。
「うわあああああっ!」
「きゃああああああああああっ!」
重力の如く、グレイとエメラの身体は垂直落下する。
そして床まで後5mぐらいのところでエメラが青玉のような水を纏った左手を床に向けて突き出した。
「青玉の渦潮ッ!」
左手に纏っていた水が巨大な渦を巻き、水圧で2人の身体は床に叩きつけられる事はなかった。
エメラは垂直落下している中で、ずっと手に握っていた青玉を腕輪の窪みに嵌めたらしい。さっきまで悲鳴を上げて怖がっていたのが嘘のようだ。
「助かったぜエメラ。ありがとな。」
「こっちこそ。グレイ、助けてくれてありがとう。」
「お・・おぅ・・・//////////」
翠玉のような大きな瞳を細めながらエメラが微笑んだ。
本日3回目となるとしつこいのだが、再び思考回路が停止ししそうになり、頭が真っ白になりそうになるのを必死に抑えつけ、グレイは目を逸らしながらも小さく返事を返した。
すると、2人の間をさっきの黒い物体(?)が通った。
「!!?」
「何だアレ!?」
グレイとエメラは黒い物体(?)が行った方に視線を移した。
まず2人の視界に入ったのは小さな微笑を口元に浮かべているエミリアだった。そしていつの間に現れたのか、エミリアの隣には大きくスリットが入った黒いワンピースに身を包んだ女性―――薔薇の女帝のギルドマスター、マリーナが不敵な笑みを浮かべて微笑んでいた。そのマリーナの右肩に、さっきの黒い物体―――――いや、黒くて丸い体に、小さな赤い目をした生物が乗っていた。
「お前は・・・」
「薔薇の女帝の・・・」
「急遽参戦、という形でエミリアとタッグを組む事になりましたので、お手柔らかにお願いしますね。」
「ロンロン♪」
黒い瞳を細めながら不敵に微笑むマリーナは変わった鳴き声の黒い生物の頭を撫でながら言葉を紡いだ。
「マスター、やはりアイムの方に手助けとして向かわれた方がよろしかったのでは・・・?アイムは私以上に戦闘経験が疎い。それ故アイムの相手は妖精女王と変換武器の使い手の青年。アイム1人では、かなり手強い相手かと・・・」
「心配無用ですよ。確かにアイムは一番戦闘に乏しいですが、いざとなったら“ここ”の回転が速い事はエミリアもご存知でしょ?だったら、私と“クロン”はエミリアの手助けとして参戦するのが適任じゃないですか?」
「・・・・・」
“ここ”の部分で右手の人差し指をコツコツ突付いてマリーナはホントに“アイム”という男の事は心配していないようだった。マスターの言葉にエミリアはそれ以上何も言わなかった。
そして“クロン”と呼ばれた黒い生物はマリーナの肩の上で小さく飛び跳ねる。
「そこの妖精のお二方もよろしいですか?」
視線をグレイとエメラに向けながらマリーナが問う。グレイは両手を構え冷気を溜め、エメラは両手に青玉のような水を纏った。
「1人増えようが何人増えようが、妖精の尻尾の敵である事には変わりねェ。」
「全力で、あなた達を倒すのみ!」
2人は力強く言い放った。
それを聞いたマリーナは2人に気づかれないよう小さく不敵に微笑んだ。
「それでは・・・クロン、参りますわよっ!」
「ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛・・・!」
マリーナの声が合図だったかのように、クロンが肩から飛び降りたのと同時に可愛らしい姿から、ウサギのような長い耳、ゴリラのような太い手足、丸くて巨大な胴体、頬まで裂けた真っ赤な口に鋭く尖った牙、灼熱の業火のような赤い目―――――魔物の姿に豹変した。
「で・・でかっ・・・」
「な、何・・コレ・・・?」
そのあまりの大きさにグレイとエメラは驚嘆の声を上げ、困惑した表情を浮かべる。大きく見開いた瞳はその魔物に釘付けになる。
「クロンは生物を食する事で命を生き繋ぐ魔物―――ライバー。ここ1ヶ月近く“人間”という生物を食べていませんでしたから・・・今日は久々のご馳走ね、クロン。」
「ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛・・・!」
マリーナの声に反応したクロンの赤い目が僅かに細くなった。
「魔物の幻影!」
エミリアが右腕を横に大きく広げると、クロンを囲むように無数の淡いピンク色の渦が現れグニャリ、と曲がったかと思うと形がどんどん変わっていき、仕舞いにはフィオーレ中に住み着く魔物の姿になった。
「さぁ、儚く散るのは薔薇か妖精か・・・ここで、決着をつけましょう!」
「ホントの幻影曲馬団、ここに開幕です!」
「ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ォ゛・・・!」
目の前の光景に呆気に取られていたグレイとエメラだが、マリーナ達が言葉を紡ぐと2人揃って口元に笑みを浮かべた。
「面白ェ。やってやろーじゃねェかっ!」
「諦めは愚者の結論。最後まで全力投球でブチかましますっ!」
グレイは氷で剣を造形し、エメラは両手に青玉のような水を纏うと、2人同時に小さく地を蹴り駆け出した。
―4番通路―
「それでは、私からの第1問目でございます。」
アイムが仕込まれたような所作で一礼をしながら言葉を紡いだ。
エルザは隣にいるバンリをちらっ、と横目で盗み見る。バンリは口を一文字に結んだまま、無表情で紅玉のような赤い瞳でアイムの事を真っ直ぐ見つめていた。
(・・・いつもの事だが、相変わらず無口無表情無感情だな。)
肩を竦めながらもエルザは内心ホッとしていた。
どんなに強敵だろうが魔法が使えない魔道士だろうが頭のキレる魔道士だろうが、バンリは冷静を保ち続けており平静としている。現段階では何も心配する事は無いのだ。
「Q 36,548×29,874の答えは?」
「・・・はっ?」
アイムが出したQにエルザは思わず素っ頓狂な声を上げた。
5桁の掛け算を計算機も無しに暗算で解くのはそれなりの“頭脳”が必要となる。6年という長い付き合いでエルザはバンリがものすごく頭がキレる人間だと言う事も分かっているが、こういう計算問題が出された時のバンリの“頭脳”は全く知らない。
だが、バンリの横顔を再びちらっ、と横目で盗み見るとバンリは驚くくらい平静を保っていた。そしてバンリはゆっくりと一度だけ瞬きをしながら10秒も経たぬうちに、
「1,091,834,952」
答えを告げた。
エルザは大きく見開いた目でバンリを見た後、そのままの目で視線をアイムに向けた。
「・・・正答でございます。」
「なっ・・・!?」
仕込まれたような所作でバンリに向かって一礼をしながらアイムは言った。口調は冷静を保っているつもりのアイムだが、光が射していない、黒みがかった青い瞳が右往左往に泳いでいた。
(あんな難題を、バンリは頭の中だけで解いたというのか・・・!?しかも、一切の狂いも無く・・だと・・・!?)
驚くエルザだが、最終的には再び肩を竦めていた。ギルドに加入仕立ての頃から、バンリはこういう奴だった事を思い出したのだ。
(昔からお前は、ギルド内でも1人だけ浮いていたな・・・)
直接語りかけるのではなく、エルザは6年前の自分とバンリの姿を思い出しながらバンリの心に語りかけた。
「次は俺からの1問目だ。」
淡々とした口調でバンリが言葉を紡いだ。
あんな難題を一切の狂いも無く、しかも短時間で答えたバンリがどんなQを出すか―――――エルザは期待と不安が入り混じった気持ちで唾を呑んだ。
「Q 世界の真ん中にいる虫はどんな虫?きちんと理由も述べよ。」
「・・・はァ?」
バンリが出したQにエルザはさっきとは違う素っ頓狂な声を上げた。アイムも表情には出ていないが、多少戸惑っているように見えた。
「・・・バンリ様、いったい何を・・・・?」
「だから、「世界の真ん中にいる虫はどんな虫?」っていうなぞなぞだ。」
「な、なぞなぞォ!?」
アイムの問いにしれっ、と答えたバンリの言葉にエルザは驚嘆の声を上げた。
アイムがあんな難題の計算問題を出してきて、それをいとも簡単に解いてしまったものだから、バンリはそれ以上の難題を出してくると思っていたのに・・・まさか出されたQがなぞなぞだったとは、誰も予想していなかった。
「・・・なぞなぞは「言葉遊び」や「遊戯」というものです。Qではございません。」
「国語辞典で“なぞなぞ”を引いてみろ。お前が言うように「言葉遊び」「遊戯」という言葉が並んでいるのは確かだ。だが、辞典の種類もいろいろあるからな。辞典の中には「クイズ」という言葉が並んでいる場合もある。その“クイズ”で今度は引いてみろ。「問題」って書いてあるはずだ。それに、「なぞなぞを出してはいけません」っていう規律なんてあったか?」
「・・・・・」
次々に正論を述べるバンリにアイムはそれ以上反論する事は出来なかった。
「ちなみに俺が今出したなぞなぞは“初級レベル”だ。もう答えも理由も分かってるんだろ?さっさと答えろ。」
バンリが急かして重圧をかける。
「・・・蚊、でございます?」
「理由は?」
「「世界」という文字をひらがなに置き換えて考えるんです。「せかい」の真ん中の文字は「か」。つまり“蚊”という答えになります・・・で、あっていらっしゃいますか?」
「・・・正解だ。」
これで1対1の互角だ。だが勝負はまだ始まったばかり・・・勝負はこれからだ―――――!
「それでは、私からの第2問目でございます。」
アイムが仕込まれたような所作で一礼をしながら言葉を紡いだ。バンリは相変わらず平静を保ち続けている。
「Q 75,649×45,236の答えは?」
アイムは再び5桁の掛け算を出してきた。さっきの問題よりも数字が大きい。だが、バンリはそんな事お構い無しのようでゆっくりと一度だけ瞬きをしながら再び10秒も経たぬうちに、
「3,422,058,164」
答えを告げた。
「・・・正答でございます。」
仕込まれたような所作でバンリに向かって一礼をしながらアイムが言った。
エルザはもう驚かなかった。目の前にいるバンリがこういう奴だという事に気づいたからだ。
だが、バンリの事に新しく気づいたら気づいたでエルザの中のバンリに対しての不安がまた大きくなった。
(バンリ、お前はいったい―――――・・・?)
6年という長い月日の中で、ずっと聞けずにいた問いがエルザの脳裏を掠めた。聞きたい、という気持ちはもちろんエルザの中にはある。だが、聞いてしまったら“バンリが消えてしまう”という恐怖にいつも駆られ、聞きそびれてしまうのだ。なぜそんな恐怖を感じてしまうのかはバンリに対する分からない事の1つでもあった。
「次は俺からの2問目だ。」
淡々とした口調でバンリが言葉を紡いだ。
「Q 消防署が好きな惑星は?きちんと理由も述べよ。」
「またなぞなぞかっ!」
エルザは思わずツッコミを入れた。
「ちなみに今出したなぞなぞも“初級レベル”だ。」
「・・・・・」
再びバンリが重圧をかける。だが、バンリが重圧をかける前からアイムが顎に手を当てて難しい顔をして考え込んでいる。
(さっきのなぞなぞよりも多少難しいという事か・・・?)
難しい顔をして考え込んでいるアイムと、その様子を黙って見つめているバンリを交互に見ながらエルザそはそう思った。
さっきアイムが出した計算問題も、バンリが出したなぞなぞも少しずつ難易度が上がっていってる事にエルザはすぐに気がついた。だが、考え込んでいたアイムもさっきとあまり変わらない時間でなぞなぞの答えをすぐに導き出した。
「・・・地球、でございますね?」
「理由は?」
「消防署に連絡する為の電話番号は「119」。これを再びひらがなに置き換えると「いちいちきゅう」になります。これを漢字で表しますと、「一位地球」となります・・・で、あっていらっしゃいますか?」
「・・・正解だ。」
バンリの言葉にアイムが多少安心したように見えた。
これで2対2の互角。バンリもアイムも共に譲らない勝負が続いている。
「それでは、私からの第3問目でございます。」
仕込まれたような所作で一礼をしながらアイムが言葉を紡いだ。バンリは相変わらず平静を保ち続けている。
「Q 251,983×479,852の答えは?」
アイムが出したのは6桁の掛け算だった。さっきのQよりも難易度はかなり上がっている。
「バンリ、大丈夫なのか・・・?」
「要らぬ心配はするな。」
不安を覚えたエルザは思わずバンリの名を呼ぶ。バンリはエルザの方を見向きもせず無愛想に答えるが、その言葉の裏にエルザを安心させる、バンリのさり気無い優しさが隠されている事にエルザはすぐに気づいた。
(全く・・・もう少し素直になっても、罰は当たらないと思うんだがな・・・・)
肩を竦めながらそんな事を思うがエルザは絶対に口にしない。口にしたらバンリは二度としないという事を6年という長い付き合いで理解していたからだ。
そしてバンリはゆっくりと一度だけ瞬きをしながら再び10秒も経たぬうちに、
「120,914,546,516」
答えを告げた。
「・・・せ、正答で・・ございます。」
仕込まれたような所作でバンリに向かって一礼をしながらアイムが言った。遂に口調にまでアイムの焦りが見え始めた。6桁の掛け算をこんなに早く解く事が出来る人間はそうそういない。仮にいたとしても、バンリに勝つ事は夢のまた夢だ。
「次は俺からの3問目だ。」
淡々とした口調でバンリが言葉を紡いだ。
「Q しゃぶしゃぶ、寿司、焼肉、成吉思汗、カレーライス、この5つの中で探偵が好きな食べ物は?きちんと理由も述べよ。」
またなぞなぞかっ!と思ったがエルザはもうツッコまなかった。
「ちなみに今出したなぞなぞは“中級レベル”だ。」
「・・・・・」
アイムが難易度を上げた事に応えるかのようにバンリもなぞなぞのレベルを少しずつ上げて重圧をかけている。
顎に手を当てて考え込むアイムの表情は変わっていないが、黒みがかった青い瞳が右往左往しており冷や汗が一筋頬を伝って流れ落ちたところをエルザは見逃さなかった。2問目より少し時間がかかったがそれでもアイムは答えを導き出した。
「・・・寿司、でございますね?」
「理由は?」
「寿司に使っている米―――しゃりにはお酢が使用されています。「酢入り」のご飯です。この「酢入り」を別の漢字に当てはめると探偵が好きな「推理」となります・・・で、あっていらっしゃいますか?」
「・・・正解だ。」
バンリの言葉を聞いたアイムは心底安心したような表情を浮かべ、スーツの内ポケットから取り出した青いハンカチで冷や汗を拭った。
これで3対3の互角。だが、時間的に考えるとバンリの方が若干有利である。
(だが安心するのはまだ早い。現にアイムもQの難易度を上げていってる。まだ過信は出来ないな・・・)
エルザは視線をバンリに向けた。その視線に気づいたのか、バンリはエルザの方を見向きもせずに口を開いた。
「安心しろ。必ず勝ってみせる。」
単純で最小限の単語しか並べていない言葉だが、その言葉は如何にもバンリらしく、そしてバンリの強い意志が感じられた。エルザもその意志に応えて強く頷いて見せた。
「それでは、私からの第4問目でございます。」
仕込まれたような所作で一礼をしながらアイムが言葉を紡いだ。バンリは相変わらず平静を保ち続けている。
「Q 317,959×968,248の答えは?」
再びアイムは6桁の掛け算を出してきた。しかも数字がかなり大きい。だが、やはりバンリはそんなのお構い無しのようで、ゆっくりと一度だけ瞬きをしながら10秒も経たぬうちに、
「307,863,165,832」
答えを告げた。
「!・・・せ、正答で・・ございます・・・・」
仕込まれたような所作でバンリに向かって一礼をしながらアイムが言った。拭ったはずの冷や汗が再び頬を伝って流れ落ちたのをエルザは見逃さなかった。
「次は俺からの4問目だ。」
淡々とした口調でバンリが言葉を紡いだ。ゴクリ、とアイムの喉がなった音がやけに大きく聞こえたのは気のせいだろうか―――――?
「Q 十二支の未と申が喧嘩をしたらどちらが勝つ?きちんと理由も述べよ。」
エルザはもうツッコまなかった。
ここまでずーっとなぞなぞを出してきたら、恐らく最後までなぞなぞを出すつもりであろうバンリは紅玉のような瞳で真っ直ぐアイムを見つめている。
「ちなみに今出した“上級レベル”だ。」
更に難易度を上げてアイムに重圧をかける。
顎に手を当てて考え込むアイムの表情には既に焦りが滲み出ている。何度も瞬きを繰り返し、頭を高速回転しながら答えを考えているのは目に見えていた。3問目と比べたらかなり時間がかかったがアイムは何とか答えを導き出した。
「・・・互角、でございますね?」
「理由は?」
「・・・十二支の未と申の漢字は通常とは異なります。この2つの漢字の画数に注目するのです。未も申、どちらも5画。つまり「互角」になります・・・で、あっていらっしゃいますか?」
「・・・正解だ。」
バンリの言葉を聞いたアイムは心底安心したのかハァー、と長い息を吐いた。そして再びスーツの内ポケットから青いハンカチを取り出し冷や汗を拭った。
これで4対4の互角。ここまでバンリもアイムも一向に譲る気配は無い・・・
「それでは、私からの第5問目でございます。」
仕込まれたような所作で一礼をしながらアイムが言葉を紡いだ。
「Q 657,412×856,429の答えは?」
再びアイムは6桁の掛け算を出してきた。かなり数字が大きくなっている。だが、やはりバンリはそんなのお構い無しのようで微動だも一切せず、ゆっくりと一度だけ瞬きをしながら10秒も経たぬうちに、
「563,026,701,748」
答えを告げた。
「!・・・せ、正答で・・ございま、す・・・・」
仕込まれたような所作でバンリに向かって一礼をしながらアイムが言った。引っ切り無しに頬を伝い流れ落ちる冷や汗を拭うのも忘れてしまうほど、アイムの瞳に動揺が滲み出ていた。
「次は俺からの5問目だ。」
淡々とした口調でバンリが言葉を紡いだ。動揺しているアイムと比較すると、驚くくらいバンリは平静としていた。
(この平静な態度が、最後まで続くといいんだがな・・・)
勝負がつくまで、エルザはただそれだけを願った。
「Q 紫色の地味な服を着た人がイメージチェンジをしてアイドルデビューをした。その人の初舞台の服の色は何色?きちんと理由も述べよ。」
すると、引っ切り無しに頬を伝い流れ落ち続けていた冷や汗がピタリと止まり、光が射していなかったアイムの黒みがかった青い瞳がほんの一瞬だけ輝いたように見えたのは気のせい―――――じゃなかった。アイムはさっきと比べものにならないくらいの速さで答えを導き出した。
「・・・青、でございますね?」
「理由は?」
「「イメージチェンジ」という言葉を「垢抜ける」という言葉に置き換えて考えるのです。そして「垢抜ける」の“垢”の文字を“赤”に変えて考えるのです。紫色から赤が抜けると青色になります・・・で、あっていらっしゃいますか?」
「・・・正解だ。」
バンリの言葉にアイムは深く頷いた。
エルザは疑問に思った事をバンリに聞いてみる事にした。
「おいバンリ、今のなぞなぞは“上級レベル”じゃなかったのか?」
「いや、正真正銘の“上級レベル”の問題だ。しかもその中で更に難しい方のなぞなぞだ。」
「だったら、4問目まで時間がかかっていたはずのアイムが、なぜいきなりあんなに早く解けたんだ?」
「なぞなぞの答えが“青”だったから、じゃないか?」
「はァ?」
エルザの問いにバンリは考え込む事も無しに答えたが、その答えを聞いたエルザは素っ頓狂な声を上げた。
「簡潔且つ的確に言うと、俺がアイツの自身を取り戻してやった。」
「いやいやいや、確かに簡潔だが全然的確じゃないぞっ!」
エルザが頭の上に?を浮かべている事を見兼ねたバンリは更に付け加えて説明するが、その説明で更に?の数が増えるだけだった。
そしてバンリは視線をエルザからアイムに移すと口を開いた。
「この時点でお前に間違えられるのも俺的に納得いかなかった。だから、俺からの“ハンデ”という形のなぞなぞを出した、という訳だ。少し自身がついただろ?」
「恐縮でございます。」
相変わらず仕込まれたような所作だが、感謝の気持ちを込めながらアイムはバンリに向かって深々と一礼をした。
「“ハンデ”はこの一度だけだ。」
「百も承知しております。」
「これで5対5の互角。本番はここからだと言う事も忘れるな。」
「それも百も承知しております。」
バンリもアイムも、お互い短く言葉を交わしながら後半戦に突入―――――の前に、バンリが「最後にもう1つ・・・」と言いながら右手の人差し指を真っ直ぐ立てながら口を開いた。
「自分の“色”は、見失わない方がいいぞ。」
その言葉の意味は、アイムにもエルザにも理解出来なかった。
2人の戦いは、後半戦に突入する―――――。
―闇ギルド 薔薇の女帝の地下牢屋―
「もしかして、イブキさん・・・?」
「えぇっ!?」
ウェンディの言葉にシャルルは驚嘆の声を上げた後、視線を目の前にいる化け物に向けた。
「よくこんな醜い姿だってーのに、俺だって分かったな。」
化け物―――イブキは紫と赤のオッドアイを細めながら笑った。
「に、においです。」
「におい?」
「イブキさんのにおいがしたから、分かったんです。」
「あ、なるほどな。そういや滅竜魔道士って、鼻いいもんな。」
ウェンディの言葉に相槌を打ちながらイブキは納得した。その様子がなんともシュールだ。
「お、お前は・・奴隷のイブキ・シュリンカーだなっ!?何でここにいるの!?ていうかどうやってあの手錠と足枷を外したの!?魔法は使えないはずなのに・・・!?」
ビシッ!と化け物の姿のイブキを指差しながらモカが喚いた。当の本人であるイブキは訝しそうにモカを見つめながら首を捻りウェンディとシャルルの方に視線を移すと、
「誰だ、このチビっ娘?」
「チビじゃなーい!モカはモカ!薔薇の女帝の魔道士だーっ!」
ウェンディの肩ぐらいまでしかない背丈でイブキが言ったとおり背が小さいが、「チビ」と言われるのが大嫌いなモカは噛みつくような勢いで喚き出す。そのうるささに3人は耳を塞ぐ。
「とにかく私の質問に答えてーっ!」
「答える!答えるからそれ以上喚くんじゃねーっ!」
イブキが怒鳴るとモカはようやく喚くのを止めた。イブキは一度ため息をついた後ここに来るまでの経緯を話し始めた。
「簡潔に話すと、手錠と足枷は壁穴から入って来た鼠がご丁寧に手錠と足枷を外す鍵を持って来てくれたんだ。」
「鼠・・・?」
イブキの言葉にウェンディの脳裏に十二支の“子”の血が流れている灰色の髪の毛に赤い瞳、緑と赤茶色の石のブレスレットを左手首に身に着けた少年の姿が浮かび、次にその少年の周りにいる300匹以上の鼠の姿が浮かんだ。
「シンの友達鼠ね。」
「どこで嗅ぎつけたのか知らねェが、俺達が捕まっている事を知ったシンがその友達鼠に頼んで、こっそり潜入して鍵を探してもらい、俺が閉じ込められていた牢屋まで運んできてくれた、っつー訳だ。俺はその友達鼠が去るまでずっと目を瞑ったままだったけどな。」
「そういえばイブキさん、鼠嫌いでしたもんね・・・」
以前、ギルドを通って引っ越しをしていた友達鼠の姿を一目見ただけで悲鳴を上げていたイブキの姿を思い出したのか、ウェンディとシャルルが小さく噴出した。
「わ、笑うんじゃねーよっ!//////////」
噴出した2人を見てイブキが怒鳴るが、恥ずかしさで顔が赤くなっているせいか説得力が欠けてしまっている。
「ちょっとォ!話脱線してるっ!」
モカの喚き声が酷くなる前にイブキは話を本題に戻した。
「で、手錠と足枷が外れたお陰で魔法が使えるようになった訳でして、扉をぶっ壊した後ウェンディとシャルルを探しててこの辺りをウロウロしてたら見つけて、扉を壊して助けようとしたら敵であるお前がいた。・・・で、今に至るっつー訳だ。」
「お前が言う魔法って、それの事?」
「それ」の部分でモカはイブキの事を指差した。
イブキの魔法は接収魔法。イブキの場合鬼の魂を接収する。
イブキは両手でウェンディとシャルルの魔法を封じている手錠と足枷をものの見事に破壊した後、右手の拳を固く握り締めながら言葉を紡いだ。
「破壊の鬼、フラジールの拳は如何なるものも破壊する。お前の骨も、粉々に破壊してやろーか?」
不敵に笑うイブキ―――――いや、化け物の言葉にモカは殺気を覚え震え上がった。が、すぐに口元に薄い笑みを浮かべた。
「私の骨を粉々にィ?はん、出来るものならやってみろっ!」
鼻で嘲笑いながらモカは眼鏡のフレームに手を掛けた。
「イブキさん逃げてっ!」
「噂の“見たものを石化させる魔法を使う魔道士”がモカなのよっ!」
ウェンディとシャルルが叫んだが時既に遅し。
「石化眼!」
眼鏡を外した途端、モカの金色の瞳が赤黒く光り出した。ウェンディとシャルルは間一髪のところで両目をギュッ、と瞑りその場を逃れた。イブキはと言うと―――――
「なっ・・・!?」
モカの驚嘆の声が聞こえウェンディとシャルルは恐る恐る目を開けた。2人の視界が最初に捉えたのは、風も吹いていないのにパタパタとはためいているボロボロの黒衣だった。
「思ったとおり、エバーグリーンと同じ魔法か。」
ウェンディとシャルルの前に庇うように立ち塞がるのは正真正銘イブキだった。不思議な事に石化にはなっていない。よく見ると、イブキは片目を瞑っていた。赤い左目だけが開いている。
「まさか、義眼なの・・・!?」
「そ、そうだったんですかぁ・・・!?」
「えぇっ!?」
モカだけでなく、ウェンディとシャルルの2人も驚嘆の声を上げた。
エルザの右目が義眼だという事は2人も知っている。よってエルザは目から受ける魔法は効かないのだ。だが、イブキは口角をニィッ、と上げて悪戯っ子のように笑った。
「残念ながら義眼じゃねーよ。だが、ただの目でもねーんだ。」
そう言うとイブキは鋭く尖った黒い爪で赤い左目を指差すと口を開いた。
「俺の左目は“鬼眼”なんだ。“鬼眼”は悪しき力を粉砕する。まぁ簡単に言えば、エルザの右目と似てる力を持ってるっつー事だ。ハッハッハー!」
この場には不似合いな愉快な笑い声が部屋に響き渡る。
「さーて・・・」
盛大に笑った後、イブキは後ろを振り返りウェンディとシャルルに笑いかけた。
「ナツ達が助けに来る前に、このチビっ娘を倒して脱出しようぜっ!」
「は、はいっ!」
「全く、調子良いんだから。」
イブキの明るい言葉にウェンディは大きく頷きシャルルは肩を竦めながら了承した。そしてシャルルは翼を発動させ2人の頭上でホバリングする。
イブキの言葉を聞いていたモカは再び鼻で嘲笑った。
「私を倒すゥ?はん、言っとくけど私、石化眼以外の魔法も使えるんだからねっ!」
「ンな事ァ初めっからお見通しだ。」
「!!?」
「いくら魔法を封じられて身動きが取れねェ奴の所に、見たものを石に変える事しか出来ねェチビっ娘をたった1人で戦いが専門の人間の所に行かせる訳ねェだろーが。」
「・・・・・」
図星だったのか、次々と正論を述べていくイブキの言葉にモカはそれ以上反論しなかった。
「それと、あまり俺達を見縊らねェ方が身の為だぜ?」
「えっ?」
頭の上に?を浮かべているモカの前で、ウェンディは両手に風の渦を纏い、イブキは両手を固く握り締めた。
「俺達は鬼と竜と同等の力を持っている妖精だ。お前等みてェなただ地面に生えているだけの薔薇は、すぐに散る運命だ。」
「私、売られた喧嘩を買う主義じゃありませんが・・・今回ばかりは全力で受けて立ちます!必ず、あなたを倒してみせますっ!」
小さな鬼と小さな竜は目で合図を出し合うと同時に地を小さく蹴り駆けだした。
後書き
Story9終了です!
このお話を書くのに丸3日かかってしまいました。私ったら、どんだけ時間かけてんだろ・・・くそォ!
次回は薔薇の女帝編最終回です!1話で全ての戦闘を書き終える事を願います。
それではオ・ルボワール!
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