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豹頭王異伝

作者:fw187
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暗雲
  波及効果

「グイン殿の御助力、御支援の数々に改めて感謝を申し上げます。
 我が主、アルド・ナリスより伝言があります」

「ああ、わかっている。
 精神接触《コンタクト》の際、古代機械に俺から命じておいた。
 闇の司祭めは、放っておけ。
 太子殿が見つからぬとなれば、慌てて戻って来る。

 グラチウスの言によれば、アモンは真に痛手を被った様だな。
 今夜は黒魔道の再攻撃は無い、と思われるが油断は禁物だ。
 パロの魔道師達にはすまぬが、クリスタル進軍は朝まで待つ。
 アモンは俺が何とかする故、シルヴィアを頼む。

 ルカに予言された最大の弱点、悲しみの乙女を見捨てる事は出来ぬ。
 何とか救ってやってくれれば、一生恩に着る」
 ヴァレリウスは、深々と頭を下げた。
 灰色の眼に誠実な光を宿らせ、トパーズ色の瞳を覗き込む。

「それ以上、仰る必要はありません。
 一生恩に着るのは、私達の方です。
 大変光栄ですが、『一生恩に着る』は禁句とされた方が宜しいですよ。
 魂を縛り、奴隷にする事が可能ですからね。

 白魔道師の私でも、言霊の術は操れます。
 ましてや黒魔道師なら、2度と呪縛から自由にはなれません。
 口が裂けても闇の司祭、黒魔道師の類には仰られぬ様に。
 魂返しの術を使い、ゾンビーにされてしまいます」

 グインが頷き、忠告を肝に銘じた其の時。
 銀色の思考が再び閃き、魔道師の脳裏を貫いた。

(御苦労だったね、ヴァレリウス。
 的確な助言も含め、君の行動は称賛に値する。
 古代機械が、精神接触の解除を要請している。
 標準規定時間を超過の為、私の意識が吸収されてしまうとね。

 精神接触を長時間、持続すると融合現象が生じるのだそうだ。
 嫉妬の故に発した警告、の可能性もあるが危ない橋を渡る気は無い。
 ヨナと一緒に、ゴーラ軍の野営地に瞬間移動する。
 イシュトヴァーンの天幕で、待っているよ)

「わかっている、ヴァレリウス。
 アルド・ナリス殿には大変感謝している、護衛を頼む」
 魔道師軍団の指揮官は再び頭を下げ、ゴーラ軍の天幕に飛んだ。


「長々と待たせてしまい申し訳ありません、何をしていたか説明します」
「いや、私が聞いた処で理解は出来ないだろう。
 魔道には疎いし、何も知らない方が良いと思う。
 洗脳された場合、情報を洩らす危険が無い訳だからね」

 魔道に馴染まぬ第三王位継承権者、ベック公ファーンには不本意な成行であったが。
 スカールの姿は数タルザン前に消え失せ、古代機械の《母船》に転送されている。
 ヨナの解説も理解している、とは言い難いが。
 聖王家の武人波紋時間の浪費を嫌い、ナリスの言葉を遮った。

「そんな事はさせませんよ、私の命に換えてもね。
 ファーンに御願いしたい事が幾つもありますので、順番に説明しましょう。
 スカールを慕う部の民、グル族の説得を最初にお願いしたい。
 古代機械の母船で治療中と話して、彼等に信じて貰えると思いますか?
 私は信用されていませんからね、草原の民を説得する事は到底不可能でしょう。

 不徳の至り、ですが貴方の他に適任者は見当たりません。
 魔道師を付けますので、サラミス近郊に草原の民を導いていただけますか。
 スカールが帰還の際に即刻、彼等と合流できる様にね。
 その後で貴方の健康回復を告げ、レムス側の聖騎士団を寝返らせるとしましょう。
 古代機械の外に出ても大丈夫です、魔道師の到着までお待ちいただけますか?」

 ベック公ファーンは頷き、ナリスの手を固く握った。
 赤や青の光が駆け巡り、水晶の様に透明な壁の一部が滑らかに動き出す。
 開口部の向こう側に通路が続き、部屋から外に出る為の誘導灯が明滅。
 聖騎士団の最高統括者は超文明の秘蹟、古代機械の外に出て漸く安堵の溜息を吐いた。

 口に出しては言わないが、理解を絶する物に惹かれる従兄弟の気が知れない。
 数タルザン後に黒衣を纏う複数の影が現れ、ベック公の前に膝を付く。
 1級魔道師バラン、下級魔道師ハンス、ドルス達が掌を合わせ結界を展開。
 閉じた空間の術が起動され、ファーンと魔道師達の姿も消えた。


 ヴァレリウスは、故意に確認を怠った訳ではないが。
 ゴーラ軍の野営地に魔道の気配は皆無、と報告を受け事実上放置。
 ケイロニア軍を一刻も早く夢の回廊、ヒプノスの術から解き放つ事を優先。
 約3万5千名の将兵を叩き起こす為、魔道師全員を投入していた。

 ナリスが瞬間移動で現れる前に、ゴーラ軍の周囲に結界を張らなければ。
 何を言われるか、わかったものではない。
 いや、想像するまでもない、見当は付く。
 大いに焦り、ゴーラ王の天幕に舞い降りた。

 遠見の術を使うまでもあるまい、と思っていたが。
 僭王は意外にも剣に貫かれ、血の海が拡がっていた。
 想定外の情景を衝撃を受け、思考が停止し凝固した其の瞬間。
 古代機械に転送され、2人が真正面に現れた。

「イシュトヴァーン!
 何事だ、アモンの奇襲か!?」
 アルド・ナリスの絶叫が響き、ヨナの瞳も衝撃の色を隠せぬ。
 ゴーラ王の負傷に動揺を隠さず、同族の野心家は思わず駆け寄った。

 ヨナは咄嗟に、負傷者の身体を揺する事は危険と判断。
 脾腹を貫いた長剣が臓器を傷付け、致命傷となる事態も考えられる。
 滅多に無い事だが、ナリスを羽交い絞めにして制止。
 パロ最強の魔道師に視線を走らせ、応急処置を要求する。

 ヴァレリウスは操り人形の様に、ギクシャクした動きで膝を付いた。
 慎重に長剣を引き抜き傷口、脇腹に掌を当て《治癒の光》を貼る。
 スカールの付けた傷跡が眼を引く浅黒い顔は、血の気が引き蒼白となっている。
 イシュトヴァーンは固く眼を閉ざし、表情は罪の意識に苛まれる男の様に険しい。

 ヨナが魔道師に掌を差し伸べ、思考の送信を要求。
 反対側の掌が動き、ナリスに接触心話を中継。
 奔流の様に釈明、動転する思考が流れ込む。
 数タル後ヴァレリウス、ナリスの面から漸く動転の色が薄れて消えた。

 ヴァラキア出身のヨナは同郷の船乗り、マルコに言葉を掛けたが。
 カメロンの腹心は何故か、反応が鈍く眼が虚ろの儘。
 ヴァレリウスが記憶を読み取り、状況が判明。
 何時の間にか異様な睡魔に襲われ、夢の回廊に引き込まれていた。

 イシュトヴァーンの軍勢も濃霧に襲われ、白蓮の粉を大量に吸っている。
 ケイロニア軍、パロ聖騎士団、カラヴィア軍と条件は同じ。
 ロルカに遠隔心話が飛び、半数の魔道師に急行を命令。
 ゴーラ軍の野営地に呼び寄せ、全将兵を叩き起こす。

(見掛けは派手ですが、心配は要りません。
 治癒の光も要らない位です、大丈夫ですよ)
 ヴァレリウスは冷静を装い、ナリスに接触心話を送信。
 ゴーラ王の額に掌を当て、慎重に記憶の解析を試みる。

(精神測定の術を用い、記憶を辿ってみましょう。
 夢の内容を復元すれば、何が生じたのか解るかもしれません)
 ナリスは無駄口を叩かず、神妙な面持を崩さぬ。
 ヴァレリウスの読み取った記憶が、接触心話を通じ脳裏に流れ込んで来る。

 ゴーラ王は懸命に隠していたが、心理的な衝撃は甚大であった。
 巨大な竜は無力化され、再び襲われる事は無さそうだが。
 物質的な破壊力は皆無の催眠術と異なり、凄絶の一言に尽きた。
 敵は強大な黒魔道を操り、次に繰り出す術は更に想像を超えるのではないか?

 緊張の域を超え怯えていた、と言っても良かったかも知れない。
 顔には出していなかったものの、憂慮し神経を張り詰めさせていた。
 元々は港町ヴァラキアに生まれ育ち、船乗りの気質に馴染んだ紅の傭兵。
 ヴァラキアのイシュトヴァーンは結構、迷信深い処も残している。

 魔戦士の名は、伊達では無い。
 ヨツンヘイムを訪れ、クリームヒルドの好意で軍資金を得る以前にも。
 タルーアンの女戦士と出会い、異次元の魔怪クラーケンを実見している。
 南の海では黒い伯爵ラドゥ・グレイ、ブードゥーの呪術師とも関わった。

 イシュトヴァーンは、災いを呼ぶ男の異名を持つ。
 実は、密かに、気に病んでいた。
 ゴーラ軍の陣中に、己が黒魔道の化物を呼び込んでしまうのではないか?
 彼としては、ナリスに総てを任せる他に打つ手は無かったのだ。

 グインに対抗心を燃やし、マルコに虚勢を張っていたが。
 黒蓮の粉を吸った事に気付かず、深い眠りに就いた。
 幸い何事も無く陽が落ちたが頼みの綱、魔道師達は戻っておらぬ。
 ナリス帰還まで何事も無い事を念じ、不寝番を務める覚悟を決めた。

 ゾンビーなら松明の炎で焼けば良いが、竜の怪物が再び現れたらどうする?
 ゴーラ王の面目は丸潰れとなるが、グインに助けを求めるしかない。
 長時間に及ぶ緊張から蓄積された疲労が、一気に襲った。
 何時の間にか、意識が失せた。 
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