| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ワンピース~ただ側で~

作者:をもち
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

おまけ10話『背中』

 
前書き
すいません、遅くなりました。 

 
 ハントが黒ひげの一撃を受けた時、逃亡をはかっていた白ひげ一味もその場からの脱出に苦戦していた。

「くそ! 七武海に大将! 簡単には逃げられんか!」

 ジンベエが悪態をつく。

 体力を使い果たし、ハントへとバトンを渡したことで気が抜けたのか気を失っているかのように眠っているルフィの状態も、あまり芳しいとは言えない状態だ。

 海へ逃げようにも青雉により凍らされていて、できない。
 マルコやジョズは白ひげの言葉を忠実に守り、撤退をはかる白ひげ一味の殿をつとめて、未だに迫ってくるたくさんの海兵やパシフィスタ、気まぐれに攻撃してくる七武海たちの相手で手一杯。後ろから迫ってくる黄猿をほかの隊長たちが足止めをするも、大して意味をなさず、今ジンベエは確実にピンチに陥っていた。

「麦わらのルフィを渡しなさいよ~、ジンベエ~」

 黄猿の言葉に断固として首を振り、ジンベエがルフィを守るように彼から背を向けるが、その足を黄猿の光線が撃ち抜いてその足を止める。今にもとどめを刺されてしまう、というときに「砂嵐!」

 海軍に敵意を現した元七武海のクロコダイルの一撃でルフィもろともジンベエが空に飛ばされ、さらにそれを「どわー、なんか飛んできた!」と空中にいた道化のバギーがそれを受け止め、さらには「麦わら屋をこっちへ乗せろ!」とルフィと並んでルーキー海賊として世を騒がせているトラファルガー・ローが海の中から現れてルフィとジンベエの身柄を引き受けようとその姿を現した。
 それを許すまいと、またさらに海軍の攻撃が激化する。
 戦争は入り乱れている。

 撤退を図る、白ひげ海賊も。
 ハントたち、島のど真ん中での戦いも。

 海軍と海賊。
 両者の目的はいまだに果たされていないのだから。

 


「ぜはははは! もう動けねぇようだな! 能力者でもねぇお前がここまで活躍するとは思ってもなかったが、それもここまで! 俺が引導を渡してやる!」

 黒ひげがどこからともなく現れていた。
 インペルダウンの看守長、シリュウを筆頭にインペルダウンの悪名高い囚人たちが黒ひげ一味として登場したことを、煙が晴れたあたりから戦場に降りていたセンゴクが部下からの報告を受けて、しかめっ面のままで彼らを睨み付ける。

 シリュウとセンゴクが短いやりとりをする中で、それを背景に黒ひげの拳が足元でピクリとも動かないハントへと振り下ろされようとして――

「――ティーーチ~~~~!」
「どぅわ!」

 ――黒ひげが吹き飛ばされた。

 白ひげのグラグラの実の能力をその身にもろに受けた結果だ。とはいえ黒ひげのヤミヤミの実の能力故か、はたまた白ひげの体力が底をつきかけていることが原因か、黒ひげは怪我らしい怪我もなくすぐに立ち上がった。

「容赦ねぇな! ……あるわけねぇか!」

 怪我はなくとも相手は世界最強の男。それの標的にされては肝が冷えるというものだ。焦った様子で吐き出した黒ひげの言葉を切って捨てるように白ひげが声を張り上げる。

「……てめぇだけは息子とは呼べねぇな! ティーチ! 俺の船のたった一つの鉄のルールを破り、お前は仲間を殺した! ……マルコ、エース! 手ぇ出すんじゃねぇぞ!」

 目の前に現れた黒ひげに、今にも襲い掛かろうとしていたマルコとエースの気配を察知した白ひげが先に言葉をかけて二人を制止する。「けど、おやじ!」と尚も文句を言おうとするエースを遮って「4番隊隊長のサッチの無念! このバカの命をとって俺がケジメをつける!」

 白ひげの言葉が、白ひげ海賊のすべてだ。
 おやじの言うことに、エースは悔しげに肩を震わせるも今にも襲い掛かってくる海兵たちの相手を再開し、白ひげの背を守る。
 白ひげと黒ひげ。
 同じくヒゲを冠する男たちの戦いが始まった。

「闇穴道!」

 黒ひげと白ひげを含んだ一帯の地に闇が走り、その闇が地面にあるすべて――瓦礫しかり、白ひげしかり――を引き摺り込んでいく。

「サッチが死んで! エースも今回の麦わらの騒動がなけりゃあ助けられなかったんじゃねぇか!? オヤジ! 俺はあんたを心より尊敬し……憧れてたが……アンタは老いた! 処刑されゆく部下ひとり自力で救えねぇほどにな!」
「……」

 黒ひげの挑発ともとれるような言葉に、白ひげは右手に力をためて、能力発動の溜めの動作をもって答える。だが、その所作だけで万人を震え上がらせてきたその動きを見て、黒ひげは怯むどころか自信に溢れた表情で「おっとっと、無駄だぜ!」と手をかざす。

「おれの前では能力はすべて無駄!」

 白ひげが溜めを解放させて、能力を発動しようと腕を振るう。
 だが――

「闇水!」

 ――確かに発動しない。

 これが全ての能力を無へと引き摺り込む黒ひげの悪魔の実の能力だ。

「ゼハハハ! どうだ! これで地震はもう起こせね……お、ゴワァア!」

 笑みを浮かべたその瞬間、黒ひげの肩には白ひげの薙刀の刃が振り下ろされていた。思わず悲鳴をあげて地面に倒れこんだ黒ひげを見下ろした白ひげが「過信……軽率……お前の弱点だ」と言い聞かせるように呟き、そのまま黒ひげの顎を掴む。
「い……え!? オイやべろ!」

 これから何をされるか、それを理解したらしく慌てて「やべろぉ! おやでぃ! おれ゛は息子だど本気で殺すン……!?」と叫ぶも、そんな言葉を今更白ひげが聞くわけがない。

「ああああ!」

 黒ひげの声とともに、白ひげの能力が彼の顔面でさく裂した。

「あ……ア……この怪物がぁ! 死にぞこないの癖に! ……黙って死にやがらねぇ! やっちまえ!」

 黒ひげの言葉に反応したのは彼の凶暴な仲間たち。彼らの銃弾や斬撃が「……がふっ」と、今もまた体にガタが来てしまい咄嗟に動けずにいる白ひげへと襲い掛かる。

「おやじぃ!」

 白ひげのピンチに、エースが何よりも慌てて動き出す。背中から、海軍中将による覇気のこもった斬撃を受けてなおその動きは止まらない。己の体を炎と化し、黒ひげたちの攻撃を炎の壁で防ごうと――

「――お前さんはワシが……仕留め゛る゛!」

 突如現れたマグマの壁に阻まれた。

「っ! 赤犬! 目ぇ覚ましやがったのか!」
「……逃がすわけにはいかんのじゃあ!」

 ハントの奥義を受けて一時的に戦線から離れていた赤犬も、その負傷した体を引きずって復帰していた。邪魔をされたエースから唸り声のような音が漏れるも、赤犬もそれに動じずにらみ合う。

 エースと赤犬がにらみ合ったその一瞬。
 その一瞬で、白ひげの運命は決まっていた。

「ゼハハ! やれぇ! ハチの巣にしろ!」

 黒ひげ自身もまた白ひげへと銃撃を繰り返しながら、どこか下品で、どこか力強いその声はなぜか銃声の間隙を縫うかのように戦場に響く。そして、当然に轟くは、それこそ無数の銃撃音。それは海兵たちの銃声よりもなぜか重く、広くこの戦場へと降り注ぐ。
 銃弾は、もはや覇気を扱うことすらもおぼつかない白ひげの老体へと吸い込まれていく。

「おやじ~~~!」

 白ひげを慕う、白ひげ海賊団の悲痛な声が戦場の色を塗り替えた。




 まるで魚人島に向かっているのだろうかと思ってしまうほどに、暗い世界。
 息をすることすら辛い。肺から息を吐き出そうとするだけで体内の熱いナニカがこぼれそうになる。

 右腕がなぜか痙攣している。自分の体なのに言うことを聞きそうにない。
 思考がまとまらない。酸素が足りないんじゃないかって思えるぐらい頭が働かない。

 今、自分がどういう状況にいたのか、何があったのかすら思い出せない。わからない、
 けど、きっと早く立たないといけない。
 心のどこかでそう思っているはずなのに、なぜだろうか。

 ふと、誰かの背中が頭に浮かんで、胸に染み渡った――

 ――格好いい人がいたんだ。

 少し乱暴なところがあるけど義理人情に厚く、そして誰よりも強いその男は、きっと俺が人生で初めて惚れた男の背中だったんだろう。いや、過去形にしてしまうのは少し間違っている。なんせその背中にはいまだに憧れがあるんだから。

 俺が死にかけていた時に現れた、少し乱暴な……まるでヒーロー。
 曲がったことが大嫌いな、少し不器用な……まるでやくざの親分。
 厳しくもあり、けれどそれ以上に優しくて、少し照れ屋な……まるで父親。

 一言で表すなら、それこそ師弟という関係で終わってしまう俺とその人との関係性。けど、俺にとってはそんな一言では表せない関係性なその人。

 その人の背中に憧れて、その人の強さに憧れて、その人の生き方に憧れて。
 俺はナミを守るために強くなった。それだけは譲れないし、これからも譲るつもりはない。けれど、俺はこの人に憧れて強くなった。それも絶対的な事実だ。

 ナミたちを救うため一度師匠と離れて、アーロンをブッ飛ばした。
 ルフィたちと出会った。
 様々な旅路で、俺は自分の弱さに晒されてきた。

 絶望的な状況で、仲間に頼る……ならばまだ良かったのに、そうじゃない。仲間にすがってしまったリトルガーデン。
 腹を割られて、その痛みに負けてしまったアラバスタ王国。
 ゴロゴロの実の能力者に、結局はルフィにバトンを渡してしまった空島。
 海軍の英雄ガープに完敗してしまったウォーターセブン。

 道中で、俺は負けてばっかりだった。
 けど、だからこそ、俺はこの戦場で赤犬をブッ飛ばすことができたと思ってる。
 ……また負けたけど、ガープに渾身の一撃を与えることができたと思ってる。

 ――ん?

 また負けた?
 自分でそう思っておいてなんだけど、納得がいかない。

 ――負けてない。

 そうだ、俺はまだ負けてない。
 体に力が入らない。
 今にも寝てしまいたい。
 辛い。
 しんどい。
 けど、まだだ。

 だって俺はまだ――

「……おやじぃ~~!!」

 誰かが泣いているかのようにすら聞こえる、悲痛な声。
 どこかで聞いたことがある気がする。 
 そう思って、考えるまでもなく思い当った。

 誰かが大切な何かを失おうとしているときと同じ。
 ベルメールさんをアーロンに殺されかけたときにナミやノジコ、それに俺が出していた声と、きっと似ている声色だ。
 そう思った時には目が開いていた。

「――戦える」

 いつの間にか、立ち上がっていた。
 ガープの姿を探す。

「っハント!?」 

 エースの声……だろうか? 耳鳴りがひどくてよく聞こえない。
 エースには悪いけど、今は振り向いている時間すら、体力すらも惜しい。
 さっさとガープを倒して白ひげさんを連れてここから逃げるんだ。
 俺はそれをすると決めたんだから。

 ――それなのに。

「うぉ! まだ生きてやがる、こいつら!」

 ……黒ひげ?

 ――なんでお前が俺の前にいる。

「……邪魔だ」
「……あ?」
「魚真空手! 演武!」

 ガープとの決着の邪魔をするな。
 白ひげさんが生きることへの邪魔をするな。
 師匠の大切な人の邪魔をするな。

「鉄槌!」

 脇で拳の力をためて、拳をその脇から振り下ろした。いわゆる、でこぴんと同じ原理の技だ。

「ぶっ!?」

 黒ひげの頭頂部に直撃。けれど、インパクトと同時にやっぱり奥の方で吸収されているような感覚。けど、そんなものはもうインペルダウンでわかってる。
 どれだけ衝撃を吸収しようと――

「――正拳!」

 黒ひげの腹部へと拳を突き立てる。
 どれだけ黒ひげに奥の手があったとしても――

「――上段回し蹴り!」

 黒ひげの顔面を蹴り飛ばす。
 簡単なことだ――

「――回し打ち!」

 そのの脇腹に、拳が突き刺さる。
 奥の手ごと――

「――足刀蹴り!」

 顎を蹴り飛ばす。
 黒ひげがわずかに後方へと吹き飛んだ。
 黒ひげを――

「うおっ!? 船長がやべぇぜ!?」
「吾輩に任せるであ――」
「――ハントの邪魔はさせねぇ!」
「っ火拳!?」

 後ろから聞こえてくる声が、なぜか急激な熱気とともに遠ざかる。
 ……いや、どうだっていい。

「闇水!」

 不意を衝かれた。攻撃態勢に入っていた体が吸い寄せられてバランスが崩れる。

「げほっ……いかれた力発揮しやがって! その体じゃあ、あと一撃で終わりだろうが! ええ!? ハント!」

 黒ひげの拳が俺の顔面に迫る。迫ってきた拳は剛腕だ。速度もある。バランスが崩れてる今の俺じゃあわかってても受けることすら難しい。けど……いや、なら――

「魚真柔術! 合気傾国(あいきけいこく)!」

 ――避けなければいい。

 空気から相手の体に触れて、相手の重心へと作用する。バランスの柱を崩してしまえば黒ひげも攻撃態勢を保ってはいられない。

「なんだこりゃあ!?」

 黒ひげの態勢が崩れて、ずっこける。吸い寄せられていた力がなくなり、けれど止まらない勢いのままに俺の拳を突き出す。

「五千枚瓦……正拳っ!」

 顔面を捉えた。
 黒ひげの体が、地面と平行に吹き飛んでいく。

「……はぁ……はぁ」

 きっとまた俺の拳の衝撃を、ヤミヤミの能力を使って、体の奥底で飲み込むことはわかってる。けどもう黒ひげの行方を見届ける必要すらない。
 たとえ黒ひげにその特殊な能力があったって、たとえ黒ひげにどれだけの秘密が隠されていたって、たとえ黒ひげがどれだけしぶとい人間だって関係ない。

 なぜなら――

 攻撃を加えた回数は6発。
 その一度も、まだ魚真空手の本当の威力を発揮していない。
 魚人空手を受け継いで、魚人空手陸式を経て、魚真空手となった今でも変わらないことがある。それは陸上においてこそ真価を発揮するということだ。
 まぁ、要するに何が言いたいかというと。

 お前はもう――

「……まだだぜハントぉ! ゼハハハ、所詮お前も俺……のっ――」

 さっきくろひげさんからなんか弱点を言われたばっかりだろう。なのに、お前はもうそれを忘れてる。だからもう――

 ――しゃべるな。

「発破!」

 俺の声と同時、6発分のそれが1度にまとまって、黒ひげの体内外を爆発させた。

「な゛っ!?」

 黒ひげの体中から血がはじけた

「……ごれ゛……ら゛……ぢ……じょ゛」

 黒ひげが意味不明な言葉を漏らして、体を震わせて……そのまま倒れた。
 普通なら吹き飛ぶはずなのに、ただ倒れたことに少しだけ黒ひげの体力の底なし具体を見た気がしたけど……はっきり言って今の俺の目的はこいつじゃないからどうだっていい。

「……そ、そんな……船長が……っ海坊主てめ――」
「――火拳!」
「ぎゃああああ!」

 また熱気が通り過ぎて、今度は悲鳴があがった。きっと戦場だから大砲が近くで爆発したんだろう。

「……本当は俺がやりたかったんだけどな、ハント……いや俺は一回負けたんだから文句は言えねぇか。やったなハント、これでサッチも少しは……ハント? ……おい!」

 誰かの声が近くで響くけど、よく聞こえない。耳鳴りがひどいせいだ。きっと戦場だからまだみんな争ってるんだろう。聞き覚えのあるような、ないような……いや、そんなことはどうだっていい。
 今はとにかくガープを倒さないと。

「……っ」

 どこだ。
 くそ、視界が白い。
 誰がどこにいるかすらわからない。
 がむしゃらにでも、見つかればそれでいい。
 走り出そうとして「もう、いい……充分だぁ」誰かに肩を掴まれた。

「……っ」

 誰だ? 邪魔をするな。
 言おうとして声が出なかった。いや、別に話す必要なんかない。邪魔をするならぶん殴ればいい。
 そう思って拳を固めて振り返れば、白い視界に傷だらけの大きな体が目に映った。

「?」

 ――白ひげさん?
 顔は見えないけど、多分そう。

「親父! ハント!」 

 近くで聞こえてきた声……あぁ、エースだ。
 なぜだか妙に焦ってる。

「……っ!?」
「……ぁ」

 あれ。

「……! ……!!」
「…………」

 耳元から聞こえるはずの二人の声が遠い。聞き取れない。
 あぁ、くそ。なにしゃべってるのか全然わからない。

 頭がいたい。
 音がうるさい。
 体中が悲鳴をあげてる。
 右腕が痙攣しっぱなしだ。
 足がまるで棒みたいにちゃんと動かない。
 今にも倒れたい。

 ルフィたちの船で笑いたい。
 ナミのところへ帰りたい。

 ――格好いい人がいたんだ。

 子供のころから憧れて。
 ナミ以外の、俺のもう一つの目標。
 思い出す。
 師匠のもとから旅立つ時の約束。
 強くなるという、約束。

 ――俺はきっと強くなった。

 当たり前だ。

 ――今の俺は強い。

 自信はある。

 ――けど。

 あの時思い描いていた強さに、俺はたどり着けただろうか。
 師匠のような強くてかっこいい背中に、俺は追いつけただろうか。

「……ま……だ」

 まだ俺は終わっちゃいけない。

 ――まだ。

 白ひげさんは師匠の大恩人だ。もちろん俺だって世話になった。
 白ひげさんはエースの父親だ。俺にだってやさしくしてくれた。
 白ひげさんは俺にとっても大事な人だ。

 ――まだだ。

 白ひげさんがこんな戦場で命をおわらせちゃあダメだ。
 大海賊らしいといえば、らしいのかもしれない。けどそんなもん知るか。大海賊だろうが知ったこっちゃない。
 一味の父親として、家族に看取られないとダメだ。
 師匠だってきっと、ちゃんと最期を看取りたいはずだ

 ――まだ俺は戦える。

 なのに。

「……っ?」

 俺は今立っているか?
 倒れているのか? 
 それすらもわからない。
 あれだけ痛かったはずの感覚がない。
 体の力が薄れていく。

 まだだ、まだ駄目だ。
 まだ戦える。
 まだ追える。

 まだ――

『――師匠!』

 ねぇ師匠。

『ん』

 俺は師匠に憧れてここまで来ました。

『本当に、今までありがとうございました! バカな俺ですが、お世話になったこと絶対に忘れません!』

 少しは師匠の背中を守れましたか?

『ハント、次に会うときは』
『はい! もっと、もっと強くなってます!』

 少しは師匠にとって誇れる弟子になれましたか?

『うむ、行って来い!』

 少しは師匠にとって息子らしいことをできましたか?

『行ってきます!』

 師匠の強さに追いつけましたか?
 ……もちろん答えなんかもらえない。
 そんなことわかってる。 
 けど、だからこそ足掻くんだ。
 足掻かないとい追いつけないから。
 足掻かないとあの人の弟子でいられないから。

 なのに――

「親父!」

 ――ふと、音が耳元で響いていた。 

「いいんだ、俺ぁもう助からねぇ。まだ少し頼りねぇが次の力も育ちつつある……なら、俺が締めくくらなきゃ意味がねぇじゃねぇかぁ」
「けどハントは親父を――」
「――お前が死なずにすんだ。俺ぁもともとここで死ぬつもりだった」
「っ!?」
「それで十分じゃねぇかぁ」

 聞こえてくる。
 いつの間にか俺は誰かに背負われている。
 誰の会話だろう。
 会話の意味もわからない。

「行けぇ! エース!!」
「くっ!」

 体がふわりと浮かぶ感覚。
 直後、地響きに空気が揺れる。

「おどれ、白ひげぇぇぇ!」
「うわああああ!」
「まだあんなにも力を!」
「……いくぞ、ハント!」

 考えが働かない。
 視界のほとんどが白で埋め尽くされている。
 まるで大雨が降っているかのように耳にノイズが響く。
 今の状況もほとんど掴まていない。

 けれど――

「1人で……い、け……エース」

 ――体が勝手に動く。

 何もできない俺じゃない。
 限界が存在する俺じゃない。
 なぜなら俺は――

「まだ……ま゛だっ……だ!」

 ――もう強いんだから。




 ハントが動く。
 自分の手を引こうとするエースの腕を拒み、満足に動かない体にそれでも喝を入れて、ハントはまだ――

「来い! ガープ!」

 ――止まらない。

 白ひげが苦しげに腰を折る。

 ――ハントとガープの拳がぶつかり合う。

 白ひげに更なる銃弾が突き刺さる。

 ――ハントが弾き飛ばされて、追撃をかけようとしたガープも次の瞬間には吹き飛ばされる。

 血を吐きながらも、白ひげが周囲の海兵をなぎ倒す。 

 ――ハントとガープの拳がぶつかりあう。

 エースが白ひげを守るかのように火を走らせる。
 
 ――ハントが弾き飛ばされて、追撃をかけようとしたガープも次の瞬間には吹き飛ばされる。

 白ひげが吐血する。

 ――ハントとガープの拳がぶつかり合う。

 白ひげに更なる銃弾が突き刺さる。

 ――ハントが弾き飛ばされて、追撃をかけようとしたガープも次の瞬間には吹き飛ばされる。

 白ひげが空を見上げて、それでも海兵をなぎ倒す。

 ――ハントとガープの拳がぶつかりあう。

 エースが白ひげを守るかのように火を走らせる。
 
 ――ハントが弾き飛ばされて、追撃をかけようとしたガープも次の瞬間には吹き飛ばされる。

 まるで、それは映像の焼き回し。
 瀕死のはずの白ひげは未だに死なず、エースは健在。ハントもまだ生きている。
 それは永遠に繰り返されるかのような光景。
 けれど、人において永遠などというものは存在しておらす、遂には限界が訪れる。

「……ひとつなぎの財宝(ワンピース)は実在する!」

 白ひげが威風堂々と、立ったままで命を終える。
 それに気を取られたエースが不意をつかれて、赤犬の一撃を受け、ピンチに陥る。そして、今度はいつの間にか意識を取り戻していたルフィがそれに気づき、強引に前線に出ようとして、黄猿の標的になる。
 
 ルフィを守ろうとしたジンベエごと黄猿の極大レーザーに撃ち抜かれて、再度ルフィは意識を失う。ジンベエモまた同様だ。
 そんな彼らを守ろうと白ひげ一味が船から乗り出すも、もう遅い。
 黄猿による光速の拳。
 いつになく大きな溜めとともに振り下ろされたその拳に割って入れるものなどいるはずもない。
 白ひげに続きルフィの命をも――

「!?」

 ――いや、違う。

 黄猿と、すでに木を失ってしまっているルフィとの間に割って入る赤い影。
 その影に気づいだその場の人間は目を疑い、それでもその者の名を叫ばずにはいられない。

「4皇のシャンクスだ!」

 ありとあらゆる人間の視線を受けて、シャンクスは言う。

「この戦争を終わらせに来た」

 そして、戦争は終息へ。




 つまり――

「……はぁ……はぁ……赤髪ぃ? ルフィを……海賊の道へと……はぁ……引き摺り込んだ……男」
「……?」

 ガープの意識がそれて、ハントはハントで事態を理解しないままに、戦場が急速に冷え始めたことを感じ取る。

「……??」

 首を傾げて、空気の弛緩を感じ、そして立ち止まってしまったことでハントの気が緩んだ。

「ハント!?」
「……」

 その場で崩れ落ちたハントを慌ててエースが支えて、それを見ていたガープもまたそれを見て気を抜いてしまったのだろう。
 その場に背中から倒れこむこととなった。

「……まったく……歳は……とりたくない、のぅ……体がもう動かんわ」
「じじぃ」

 どこかすっきりとした表情を浮かべるガープに、エースがかすれた声を漏らし、それはつまり。

 遂に。

 ――ハントとガープの決闘も終わりを迎えた。
 

 
 

 
後書き
これにて戦争編も終了です。


あ、あと二話で終わります。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧