アテネとメデューサ
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7部分:第七章
第七章
「とりあえずオリーブは貰ったし私の仕事はこれでおしまい」
それに満足することにした。
「さて、このオリーブで」
何をしようか考えていた。そちらに考えを巡らせるのであった。
アテナはオリンポスのオリーブの木の下に一人いた。そこでたたずんでいた。
その服装は何かえらく着飾っていた。普段の化粧気のない彼女からは想像も出来ない姿だ。髪もよくまとめていて身体も清めている。美しい彼女がさらに美しく見えた。
「もうすぐね」
誰かを待っているようであった。
「来たら」
「あの」
そこで彼女に声をかける者がいた。
「アテナ様」
「来たのね」
その声がした方にすぐに顔を向ける。するとそこに彼女がいた。
「メデューサ」
「手紙読みました」
まず彼女はこう言った。
「こちらに来て欲しいとあったので来ましたけど」
「そう、だから来てくれたのね」
「はい」
メデューサはこくりと頷く。
「まずは来てくれて有り難う」
「いえ、こちらこそ」
メデューサは謙遜してそれに返す。
「オリンポスに招いて下さるなんて。何と言えばいいのか」
「そんなの大したことじゃないのよ」
アテナは口元に笑みを浮かべてこう述べた。
「大したことじゃないとは」
「これからは。貴女が望むなら何時でも来ていいのよ」
「はあ」
オリンポスに来ることが出来るのは神々でも限られているのだ。こうして招かれでもしない限り他の神でも入ることが出来はしないのである。
「わかったわね」
「そうなんですか」
「ええ、何時でもね。それでね」
アテナはメデューサを見詰めながら話をはじめた。
「貴女をここに呼んだ理由だけれど」
「はい」
「その髪ね」
「髪・・・・・・」
「そう、この髪だけれど」
ここでアテナはメデューサの髪をその手に持った。
「奇麗な髪してるわね」
「有り難うございます」
メデューサはアテナの手を受けながらそれに答えた。
「私の髪よりも美しいわ」
「いえ、そんな」
「謙遜はいいのよ」
アテナは強い声で言う。
「奇麗なのは。本当のことだから」
「はあ」
「私の髪よりも。ずっと奇麗」
言葉に少し嫉妬が混じる。
「その顔もね。私のとはまた違うわ」
今度はその可愛らしい少女の顔を見る。
「何もかも。実はね」
また語りはじめる。
「貴女のことは前から聞いていたのよ」
「そうだったんですか」
メデューサはそれを知らなかった。今アテナから言われてようやく気付いたのであった。
「前からね。けれどこの前の少女だけれど」
「あの梟を連れていた」
「そう、あれは私だったのよ」
アテナはそのことを今明らかにした。
「アテナ様が」
「貴女を見たいからね」
「どうしてですか、それは」
「それはね」
アテナは少し下を向いて顔を背けた。そのうえで述べる。
「貴女の話を聞いて。それでどんな姿なのかこの目で直接確かめたかったから」
「そうだったんですか」
「隠していて御免なさいね」
「いえ、それは」
そんなことを気にするメデューサではない。許すまでもなかった。
「私は別に」
「そう」
「それよりもそれで私を見に来られたんですか」
「奇麗だと聞いてね」
「奇麗だから」
「今ここに呼んだのも同じ理由よ」
アテナは言った。
「最初はね、話を聞いていると腹立たしかったのよ」
メデューサに顔を向けてこう言った。
「それでも他に何かあって」
「他に」
「それで実際に会ってみて」
さらに言う。
「何となくわかって。いまやっとわかってきたわ」
「何なんですか、それは」
「私はね、貴女のことが好きなのよ」
「私が」
「ええ」
アテナはメデューサの顔を見詰めてきた。曇りのないその澄んだ目で。彼女の顔と目を見ていた。
「私は。貴女のことが好きなのよ」
「アテナ様が私を」
「それをね、貴女に言う為に」
「オリンポスへ呼んで下さいましたのね」
「駄目かしら」
アテナにとってはじめての顔であった。自信なさげで頼りない顔になった。いつもの凛として自信に満ちた顔が消え失せていた。如何にも心配そうな顔でメデューサを見ていた。
「私では貴女に。相応しくないかしら」
「いえ」
だがメデューサはその言葉に首を横に振った。
「私のことを。好きでいて下さるんですよね」
「それは」
アテナは弱々しい様子でこくりと頷いた。
「変わらないわ。今の気持ちは」
「そうでしたら」
メデューサはこのうえなく優しい微笑をアテナに向けてきた。
「私なんかで宜しければ」
「いいのね、私で」
「はい」
全てを受け入れる笑みであった。
「こちらこそ。私なんかがアテナ様に」
「女だけれど」
「私も女ですよ」
ギリシアでは神であろうと愛に性別は関係ない。
「同じですよ」
「そう、同じなのね」
アテナはその言葉に何か救われた気持ちになった。
「私も貴女も」
「そうだと思います」
メデューサはまた述べた。
「だから好きになって」
「それを受け入れて」
二人は自然を歩み寄り合った。そして。
「じゃあこれからは」
「はい、二人で」
抱き合った。今二人の心が結ばれた。
「私は愛を知らないけれどこれからは」
「二人でそれを育んでいきましょう」
「そうね、二人で」
「二人でずっと」
恋を知らない筈の処女神が。恋をしてそれを実らせた。緑のオリーブの木の下で。このうえなく優しい抱擁を交あわせるのであった。恋を知って。
アテナとメデューサ 完
2006・9・1
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