戦闘城塞エヴァンゲリオン
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第4話Bパート『それぞれの仕事』
朝。アパートで目を覚ましたヒデオは布団に包まったままゴロゴロしていた。会社には決まった時間に出社したりしなくてもいいと言われている。
ウィル子はインターネットを回遊中。携帯電話のおかげで他人の回線を乗っ取るような違法行為に手を染めなくてよくなって一安心だ。
新しいノートPCの性能を存分に発揮して、いろいろな所に潜り込んでいるらしいが、もっと酷い悪事を働いているかもしれない。ということには目をつぶる。
やや手持ち無沙汰なのだが、部屋にテレビもないし共有スペースまで出て行くのも何となく億劫で。
インターネットさせてもらおうにも、パソコンのOSはウィル子に食い尽くされているので、使おうと思ったらウィル子にお願いするしかないわけで。
何気なく眺めたアパートの室内、壁に掛けたスーツに目がとまる。
ホントに出社しなくて良いんだろうか。
どうにも落ち着かないので。スーツに着替え、出かけることにした。ノートPCをバッグに入れ、携帯をポケットに突っ込んで。
あとは、会長から渡された金属製ケースと、負債者リスト、自動車のキー。
自動車は魔殺商会の事務所に停められており、アパートから数分の距離は歩く。
◇ ◇ 1 ◇ ◇
ネルフ本部内、司令執務室。
赤木リツコが報告書をもって訪れたときのこと。しかし、部屋の主は不在だった。
「あら、委員会からはお戻りだと聞いていたんですが、碇司令はいらっしゃらないんですね」
執務机には、部屋の主の代わりに副司令。冬月コウゾウという初老の男だ。
普段はピンと伸ばした長身の背中を、丸めるようにして書類に目を落としていた。
「ああ。碇は今頃は第二だよ。政府からの抗議が殺到しているのでな。まあ火消しだ」
「今の与党は有権者の人気取りに奔走しているようですしね…」
昨年、長く続いた一党独裁の体制を打破して政権交代が行われたのだが、そうなるとこれまでの慣例が通用しなくなる。役所仕事をやっている側からすれば、こういった変化は喜ばしいものではない。
だが、まあ仕方が無いことだ。専制君主制でもなければ、現在を維持し続けることなどできない。そして専制君主制はもはや否定されたシステムだ。
「まあ、延命行為にすぎんよ。何か事がおこれば、早晩、潰されるだろう」
「…そして、事、は起こってしまいましたね」
「どう立ち回るか、興味はあるがね。…こちらに悪影響を及ぼさないでもらえればいいさ」
完全に見下したような発言だが、彼らの認識からすれば、政権など移り変わりの激しい首の挿げ替え合戦に過ぎず、それに躍起になる政治家など小者にしか映らない。長く維持されてきた官僚組織や企業の動向の方が余程重要だ。
それはともかく。
「…技術部からの報告かね?私が聞いておこう」
本題に入った。
「ええ、まずは使徒のコアについて。
施設の隔離は完了しました。もちろんネズミ一匹通さないとまでは行きませんが」
「小動物迄はさすがにしょうがあるまい。人間への危険性の排除さえできているなら贅沢は言わん。それよりも、調査についてだよ。作業用マジェストの手配に1ヶ月というのは、早められんのかね」
「ネルフ既存の機器は有機部品を多用していますので。金属部品に置き換えるよりはどこかから調達してくるべきでしょう。とはいえ使用目的が極秘事項ですから交渉に手間取りそうです」
大抵の企業にとって無人でのオペレーションが可能な作業機械というのはその企業の技術の結晶である。代価を支払いさえすれば良いというものではない。
企業もさらなる技術の進歩を目指しており、使用した結果得られる様々なデータを欲している。あるいは、華々しい利用実績を示したい。分かり易い例だと、宇宙開発の場で使用されたとか、戦場で多大な戦果を挙げただとか。
物だけ持っていかれ、何に使われたのかも不明では。ほとんどの企業は出し渋るのだ。
「…飴を撒いてやる必要があるか。目処がついたら報告を寄越してくれ。手を回させよう」
交渉においては、適度なうまみを提示しなければならない。
「次に戦闘時の初号機のデータ解析の結果について」
「アシスト機能が使われていたのではないか、という件だな」
不審点は即座に報告されており、司令達も続報を希望していた。
「ええ。コンピュータ上には痕跡が見つかりませんでした。関節部の磨耗などの痕跡からは使用がはっきり見て取れるのですが」
「ハッキングされ、証拠も消されたと?」
「不可能ではないですが、物理的には不可能だったと言わざるを得ません。パソコン一台と通信ケーブル一本エントリープラグに持ち込めれば。できたでしょうが」
サードは身一つだったな。と思い返すが、金属探知機その他各種センサーにも反応がなかったのは確か。
「解明の糸口でも見つからん限り、一旦先送りするより他ないな」
「不可解なことではあるが、幸いではあったな。彼の当初の動きでは勝利は覚束なかったろう。
綾波レイは重体でまだ当分復帰は望めんだろう」
「ええ、確かに。…やはり、戦力の補強は望めませんか」
「ああ、ファーストの容態は君の方が詳しかろう。それに、セカンドについてもこちらへ転属させるよう働きかけているが、相変わらずドイツ支部が勿体振りおる」
ともかくしばらくは川村ヒデオ一人に頑張ってもらう他ない。
ミサトによれば、これからも乗ってくれる意思は確認したそうだが。契約書も作らねばならないし、次に向けて訓練計画も練らなければならない。
一度、面談の場を設けて直接話してみようか。と冬月は考えた。
◇ ◇ 2 ◇ ◇
いつものように遅刻して出勤したミサトは、副司令から呼び出しを受けていた。
遅刻の言い訳を考えながら執務室に向かったが、特に遅刻について突っ込まれることもなかった。
いつものことだ、と諦められているからだろうか。
副司令から指示されたのは、ヒデオとの面談をしたいからその調整をせよというものだった。あわせて、今後直接の上司になるミサトが彼との連絡の窓口になるようにとも。
携帯電話も持っていないヒデオに連絡するため、一昨夜確認したアパートに電話して大家さんに聞いてみると今日は朝から出かけていると言う。ちょっと困った。
「ヒデオくんって、今ドコらへんに居るか調べられる?」
困ったミサトが頼ったのは、技術部のオペレータのひとりだった。急ぎだから。と市内の監視カメラ映像を検索してもらう。これも、この都市においてネルフが持つ特権のひとつだ。
監視カメラの映像を頼りにナビしてもらったおかげで、ほどなくしてヒデオを見つけることができた。
彼も自動車で移動していたようだが、それは近くの駐車場に停めて。道端に佇んで、何かを待っているようだった。
黒いスーツの上下に、サングラスを掛けており、ミサトにとって見慣れたネルフの保安部員とよく似ている。
「ヒデオくん。そんな格好で、何やってんの?」
「…葛城さん。ええまあ。仕事、です」
ミサトが疑問に思っていると、ヒデオはちょうどそこを通る一人の男の姿を見咎め。
「少々、お待ちを」
すたすたと歩いて、その男に無造作に近づいていった。
「な…何だ、テメエ」
ヒデオの異様な風体に、警戒する男。
「こういう、者で」
懐に手を突っ込むその仕草に、男はびくりと反応するが、取り出したのが1枚の紙切れであることに安堵する。拳銃が出てきても、それどころかショットガンやサブマシンガン等が出てきてもおかしくない気がする。
その紙切れを渡される――名刺だった。魔殺商会の文字に、男は自分が金を借りている相手だと気付く。ともかく、今は返す金がないので待って欲しいなどと言い訳をしなければ。
と、名刺から視線をヒデオに戻してみれば、ちょうどサングラスを外すところで。
その目が露わになった瞬間、男の全身からぶわっと汗がふき出し足が震えだした。異様な視線の鋭さに度肝を抜かれる。
まるで、絵だと思っていた虎が、何気なく至近距離まで近づいたその時になって生きた本物の猛獣であることに気付いたような。
「我が社への負債。返すつもりは?」
抑揚のない声で訊かれる。視線は男をじっと捕らえたまま。
「も…、もちろん。ちょ、ちょうど収入があって返そうと。ええっ。そう思っていたところですっ」
視線に耐え切れずに、そう応える。
「では、名刺を持って店舗にお越しください」
そう言って、サングラスを掛けなおす。視線が隠れ、思わず脱力する男、しかし。
「お待ち、しております」
サングラスを少しずらし、ちらりと視線を投げかけ念を押される。脱力した、その瞬間を狙い澄ましたタイミングに、息が詰まるようになってガクガクと肯きを返すのが精一杯で。
用は済んだと、ヒデオが去っていくと男はその場にへたり込んでしまった。
そこで受け取った名刺に気付き、思わず放り投げそうになるが。その瞬間またヒデオが引き返してくるのではないかと恐怖心から躊躇する。
持っているのも嫌だし、捨てる勇気もない。
そういえば、最近急速に広まっている『魔眼』の噂は、聖魔杯参加者であるこの男も聞いていた。あれが実物かと、自分が敵う相手ではないと心底から観念した。
とにかく、金を返しに行くしかないと立ち上がると、魔殺商会の金融会社の店舗がどこにあったかと思い出すのだった。
◇ ◇ 3 ◇ ◇
「つまり、どゆこと?」
「会社に、負債を負った方々に。督促をして回っています」
ミサトが訊くと、そのような答えとともに名刺を差し出される。魔殺商会本社営業部の一員であることを示す記載。
魔殺商会の名は、この都市に住む者なら知らない者はない。貿易と金融を主体としたグループ企業。というのが表の顔だが、裏の顔はヤクザも避けて通るといわれるダーティな会社だとか。
「え、ええっ!?たしか無職だったはずじゃ?」
「…成人した、人間が仕事に就いていない。そんな筈がないでしょう?」
…、たしかに。
ミサトの感覚からすれば、何もしないで暮らしているなど共感できない。とにかく何だってやってみるバイタリティあふれる彼女からすれば。
「いつからよ。最近?」
「一ヶ月ほど前から。第二のほうでお世話になっていました」
平然とそう返されるが、事前の情報とは食い違う。身辺調査されたはずなのに。とはいえ、ミサトはヒデオの言い分に納得させられた。
というのも、この間の晩の襲撃者相手の立ち回りを見ていたからだ。戦闘の素人との調査結果と大いに異なる動きを、ミサト自身が目撃したのである。
二年も経歴が空白だといわれても、何の職にも就いていませんでしたといわれても。それよりは、非合法な手段で行方をくらましてました。という方がよほど現実的だ。
「そういうわけですので。ご用なら、社を通してもらえますか」
「えーと、辞めてもらうとかは?…うち、結構高給よ」
じっと見つめ返される視線に、あからさまなヘッドハンティングとか問題になるんじゃなかったっけと思い至る。
「その意思はありません」
本人の意思も否定的で。
「ちょ、ちょっと帰って上と相談させてもらえる?」
連絡先として携帯電話の番号を聞いて、先程渡された名刺を持ってミサトはネルフに戻っていった。
[続く]
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