ワンピース~ただ側で~
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番外34話『邂逅』
「……んん?」
薄明り、差し込んできた光が瞼の裏を焼いたせいで目が覚めてしまった。
司法の島エニエスロビーからウォーターセブンに帰ってきて丸一日。俺が昨晩目覚めたときは俺以外のみんなはまだ目を覚ます気配すらなかった。とはいえも俺も相当疲れていたようで、みんなが起きてこないとわかった瞬間にはまたベッドに潜り込んで、一晩ぐっすりと眠り今に至っている。
野郎どもの色んないびきをBGMに、そっと簡易ベッドから足を下ろす。
「……体は大丈夫、と」
軽く体をほぐすも、どこも痛みすら感じない。自分の体中に巻かれている包帯を見ても血がにじむことすらもない。まぁ、エニエスロビーでは銃で死ぬほど撃たれたぐらいで、それ以外の怪我はなかったし、出血多量で死にかけたぐらいだ。
「……武装色が強くなってるの、か?」
流石に銃弾を死ぬほど喰らって、たったの一日? 二日? えっと昨日は寝て、一昨日に銃弾を受けて、あれ、でもそういえばエニエスロビーって不夜島だから銃弾を喰らったのってもしかして……うん、いいや面倒だから細かいことは。ともかく、あんなにたくさんの銃弾を受けてたったの数日でこんなにピンピンしていられるとはその時は本当に夢にも思わなかった。いつの間にか俺も成長しているのだろうか……ルフィたちが成長するのはわかるけど、俺はあんまり成長するような戦いをしてない気もするけどなぁ。
日々の修練のたまものとか? いや、覇気に関してはそんなに強くなるほどやってない気もするけど……でもなんだかんだで覇気は結構フル稼働してるか? 武装色とか緊急防御としてよく使ったもんな……あ、でも……んん……まぁ、いいや。
軽くノビをしながら、そっと女性たちが寝ているベッドに近づく。
うーん。やっぱりナミはびじかわいい。ロビンには悪いけど、やっぱりナミが一番だわ、これは間違いないね……もちろん俺の感情補正は入ってる。大丈夫、口に出さない限り怒られる心配もないから。
そっと、ナミの髪をなでる。
「……う、ん」
くすぐったそうに身をよじって、また小さな寝息をたてるナミがなんだか色っぽい。ずっと見てたら変な気分になりそうだったから、ナミを見るのはもうこれで終わりにして、外へと移動する。
一応体の傷は塞がってるし、軽く体を動かしてこようかなぁ。まぁジョギング程度なら問題ないだろう。いつも通りに灰色の甚平を羽織って、準備体操。
「……ん?」
甚平からちらりとはみ出る白いナニカが目に映った。
……あれ、これなんだっけ?
そのナニカは真っ白な紙だった。未だに思い出せなくて首を傾げながらそれを広げて、それには何も書いて無い。んー、どっかで見たな、これ。そっと手の平に乗せて、じっと見つめると微かにその紙が一定の方向へと向かって動き出す。
そこまで見続けて、やっと思い出した。
「師匠にもらったビブルカードだ、これ」
あれ、けどなんかこれもらった時よりも随分と小さくなってないか? ……ってそんなわけないか。気のせいだな。
これの存在を完全に忘れてた。よかった、師匠に再開する前にこれのこと思い出しておいて。もしもこれの存在を忘れてたら、絶対に拳骨をもらうことになってた。師匠の拳骨は体に響くから出来るなら受けたくない。
「……うし、そろそろ走るか」
体もほぐれたし、そっと門を出てから走りだす。まだ光量は薄明るい程度。早朝にしても随分と早めの朝のためか、人通りはほとんどない。これなら気持ちよくジョギングできそうだ。手を握った開いたりしながら走る。
別に握力を鍛えるためとかじゃなくて、なんとなく、だ。
師匠を思い出して、師匠との約束も頭に浮かんで離れなくなっていた。
『もっと、もっと強くなってます!』
俺はこう約束をして、師匠から離れた。
魚人島はグランドラインの丁度半分の地点にある島だ。グランドラインに入ってある程度の島はもう超えてきた。もしかしたら魚人島につくまでにはそこまで時間は残ってないのかもしれない。
どうせ師匠のことだから魚人島にいるだろう。つまり、俺はもうすぐ師匠に会うことになる。
その時、俺は胸を張って師匠に会えるんだろうか。『俺、強くなりました』って自信をもって言えるだろうか。
師匠に会ったら伝えたいことがたくさんある。
もちろん、胸を張って強くなったって言いたい。俺も成長したんだって胸を張って師匠に会いたい。
師匠に鍛えてもらっていた時に言えなかった、俺の目的。師匠の同族の魚人を倒すことが目的だったって伝えないといけない。その師匠の同族がアーロンっていう魚人だったって言わないといけない。
ココヤシ村で家族に俺の師匠がジンベエだって伝えたときに知ったこと、師匠がアーロンを東の海に解き放ったっていう噂の真実も知りたい。嘘ならそれでいい。本当ならその理由を知りたい。俺は師匠に感謝しかないから何も思わないけど、ナミには謝ってもらいたい。
色んなことを師匠に伝えないといけない。
色んなことを師匠と会って話さないといけない。
「……」
軽く、ジョギングの速度をあげる。朝の景色が楽しくて、頬をなでる風が気持ち良い。
「……はは」
小さく笑ってしまう。
違う。
そう、違う。
師匠に会って伝えたいことがたくさんあるって……それは違わないけど、きっと俺の本心じゃない。
「……ほんと、俺はルフィに比べると小さいなぁ」
俺はただ笑いたいんだ。
師匠に会って『成長したのう』とあの人の不器用な微笑みに、頭をなでられたい。ほめられたい。俺という存在に胸を張ってもらいたい。
「……」
本当にただ、それだけ。
……まったく、20歳の男が思うことか、これは?
恥ずかしくなって、また俺は走るペースを上げる。
水路を飛び越え、家の屋根に飛び乗り、屋根から屋根へと風を切る。
強くなろう。
ロングリングロングランドでは俺はルフィたちを鍛えた方がいいかもしれないって思ってたし、この島に来て初日にもゾロにそのことで相談したりもした。ゾロがいらないって言ってくれたからそれで納得した俺だけど、そもそも俺は間違っていた。
あいつらを鍛えるよりも先に、俺はもっと強くならないといけない。あいつらが自分たちで強くなろうとしてる間にも、俺も自分で強くなろうとしなければならない。
エースにも師匠にも大将にも四皇にも、つまりはもちろん白ヒゲさんにも勝てるくらいに、強く。
今までみたいにいつか強くなろうなんて、どこか呑気に考えてたらダメだ。
きっとこれから先、俺よりも強い人間がたくさん出てくる。そんな時、心のどこかでルフィに頼っているような今の自分じゃだめだ。
絶対に強くなる。ナミといるために、誰よりも俺がナミを守る。
もっと強くなる。仲間に胸を張っていられるように、誰よりも俺が皆を守るんだ。
誰よりも強くなる。
強くなりたい。
だから、俺は強くなる。
「よっしゃ!」
太陽が徐々に昇っていく。光が眩しくて、力強かった。
ハントが決意を新たにしたその翌日。
死闘を演じた彼らも遂に目を覚まし始めた。
ルフィに関しては未だに眠ってはいるものの、午前が終わるころにはそれ以外の者たちは既に各自で自由に行動をとっていた。
ルフィは眠りながらの食事中。
ゾロは一人で外出中。
ウソップは一味を抜けているため、いるはずもない。
それ以外の一味の面子が集まっている、とある建物。そこにフランキーが現れる。
フランキーが麦わら一味から奪った2億ベリーで購入した宝樹アダム。それにより彼らの乗る船を製作することを提案し、麦わら一味はそれを受け入れた。フランキーの腕の良さは折り紙付きで、その上、宝樹という船の材料費のみで船が手に入るという破格の条件だ。断る理由などない。
こうして、次の島へと進む船を手に入れた麦わら一味たちは素直に喜びの声をあげるのだが、それは長くは続かない。
「……なんだ!?」
「誰だぁ!」
恰幅のいい、海軍の制服に身を包んだ男が一味の住む仮設住宅の壁を壊して侵入してきたことでいきり立つ一同に、その海軍の男は言う。
「お前らか……麦わらの一味とは。モンキー・D・ルフィに会わせたい男たちがおるんじゃが」
「……海軍!」
恰幅のいい男の服装が海軍の制服だということに気付いた一味の面々が、ルフィを守るようにその男の前へと立ちふさがったのだが「起きんかぁっー!」という喝とともに、海軍の男は一味の面々の壁を通り抜け、そのまま拳骨をルフィへと振り下ろした。
「い!? いてぇっ!」
おそらく、ルフィにとって久しぶりの痛みだろう。純粋な打撃によって痛みを覚えて、ルフィは目を覚ました。
「ルフィが『いてぇっ』だと!? ……てこたぁ……ハント! 今のは」
「あ、ああ……武装色の覇気だったな、今の……いや、けど――」
サンジの言葉に、心ここにあらずといった様子で頷いたハントは続きを言いかけて、けれどその言葉を呑みこんで海軍の男へと視線を送る。そんな彼らの様子に海軍の男は「無粋なことを言うな、まったく……愛ある拳は防ぐ術がないだけじゃ」とルフィへと笑う。
「ずいぶん暴れとる様じゃのう、ルフィ!」
「げぇ! じ、じいちゃん!?」
「えぇ!? じいちゃん!?」
その男、ルフィのじいちゃん。伝説の海兵とされ、海軍の英雄とも称され、海賊王ロジャーとは宿敵関係だった現・海軍中将ガープ。それがルフィの祖父の名だ。ルフィの祖父が海軍だったということよりもルフィの祖父が目の前に現れたという事実に一味の全員が驚きの声をあげる中、ハントだけはそれとは違う反応を示していた。
――ルフィのじいちゃん? いや、そんなことより……強いぞ、この人。
ハントがガープの強さに目を見張っているのは、ついさっきの出来事が原因。
いきなり壁から現れたガープを海軍だと気づいて警戒し、ルフィを守るようにしてガープの前に立ったのはサンジと、チョッパーとフランキー。ハントは単純に海軍だと気づくのが遅れたため横からそれを見ていたが、とにかく。
ガープは、立ちはだかった3人の隙間をいとも簡単に突破し、ルフィを殴った。
そのことにハントは何よりも驚いていた。
確かにハント自身、気を抜いていた。サンジたちもいきなり現れた乱入者が有無を言わさずにルフィを殴るとは思っていなかったし、同様に完全に戦闘態勢には入ってはいなかっただろう。だが、それでも正面に立ちはだかったサンジたちに何の反応もさせないほどの高速でもって、真正面から彼らを突破するという行為は簡単ではない。
なにより、ハント自身、ガープの動きを追えなかったことが、ハントにとっての驚愕だった。
悪魔の実の能力ではなかった。明らかに単純な一直線の動き、身体能力での動きだった。それを、ハントは目で追えなかったのだ。その速さは彼の師匠、ジンベエを上回る早さだったかもしれない。
――師匠より早い? いや、気を抜いてたし、けど。
「ガープっていったら海軍の英雄の名前よ!?」
「おい、本当にお前のじいちゃんなのか!?」
「そうだ……絶対に手ぇ出すなよ! 殺されるぞ!」
会話を大雑把に聞き流しながら、ハントは何度か首を振ってガープを見つめる。
――海軍の英雄? なら、本当にあり得るのか? 師匠より純粋な身体能力で強いなんて男が。
ハントが自問自答を繰り返す間にも彼らの会話は続いていく。
ルフィの麦わら帽子が四皇のシャンクスから預かったものだという話には流石にハントも驚いたり、ルフィの父親が革命家ドラゴンであるという話を聞いて、ハントは首を傾げたりと、様々なルフィの素性を知ることになったガープとの邂逅だが、ガープの用件とは別にルフィの過去を語りに来たわけではない。
最初の登場時に彼が言ったように、ルフィに会わせたい人物の付き添いに来たに過ぎない。
コビーとヘルメッポ。
ルフィとゾロにとっては懐かしい人物だ。
「お前はわしの孫なのでこの島で捕えるのはやめた! と軍にはうまく言い訳しておくので安心して滞在しろ。何よりワシは二人の付き添いなんでな、こいつらとはまぁゆっくり話せ、わし帰る」
言いたいことだけを言ってそのまま踵を返すガープに「うん、じゃあな」とルフィが揚々と手を振ったところで「軽すぎるわー!」とガープによる不条理な鉄拳がルフィの頬を張り倒した。
「惜しめ、ばか者! 久しぶりのじいちゃんだぞ!」
「どうしろってんだよ! 俺はなぐられただけじゃねぇか!」
「それでもわしは孫に愛されたいんじゃアホ!」
どうにも血のつながりを感じさせる二人の口論も無事に終わり、今度こそ本当にガープは一味の前から去るのだった。
ガープが去ったことで、また一味は各々の自由行動に移る。
ルフィはコビーとヘルメッポと3人で思い出話に花を咲かせ、ナミはプールサイドでそれを盗聴。といっても盗聴していたのは最初だけで、本当に思い出話になった時にはナミはその盗聴をやめてココロとチムニー、さらに猫のゴンベとともに水遊びに興じる。
途中でハントがいないことに首を傾げたナミだったが、まぁそういう時もあるだろうと結局は気にせずにまた遊びを再開するという一幕もありつつではあったが。
さて、残りの面々。
ゾロ、サンジ、チョッパー、ロビンの4人は仮設住宅でのんびりとお茶会の真っただ中。
「しかし嵐のようなじいさんだったな」
「ドラゴンのことは本当に驚いたわ、血筋からただ者じゃなかったのね」
サンジの言葉に、ロビンも同意。話題に上ったその人物の主を探しても見つからなかったチョッパーが「ルフィは?」と尋ねると、ゾロが「表でコビーたちと話してる」と答えた。
「おめぇはいいのか、ダチなんだろ」
「懐かしいけどな、コビ―を救ったのはルフィだ」
サンジの問いに、ゾロなりに気遣いの言葉を見せ、そこでルフィの話題はいったん途切れたものの、今度はチョッパーが「ナミもいないな、海兵の話を聞きたがってたのに遠慮したのかな」と呟いた。
それにこたえたのは、今度はロビン。
「プールへ行ったわよ、ココロさん達と」
「え~、ナミさん水着~? 飲み物でも持ってこう!」
とサンジが予想通り過ぎる反応を示し、そこへと向かう彼の背中に、そこにいた一同はため息を落とす。
「……」
「……」
ついに、ハントがここにいないという話題だけは、なぜか上がらなかった。
存在感。
ハントが時々気にしているが、もしかしたらそれが本当にないのかもしれない。
コビーとヘルメッポを置いて自分たちの船へと戻ろうとするガープ率いる海軍の前に、いつの間に先回りをしていたのか。ハントが立ちふさがった。
「……ん、なんじゃ? 確かルフィの仲間の……誰じゃったっけ?」
首を傾げたガープに、ガープの帽子を目深にかぶった部下がそっと耳打ちをするのだが、それよりも先にハントが口を開いていた。
「海坊主のハントだ……です。海侠の弟子の」
海軍に接する時のように普段の口調になりそうになったハントだが、これからお願い事をしようということを思い出して慌てて言葉を言い直して自己紹介を。
「おお、ジンベエの! ふむ、着とる甚平なんかは確かにそっくりだのう!」
なぜか楽しそうにハントの背中をバンバンと力強くたたくガープに「いてっ……いたいいたい! いや、っていうか本当に痛いんだけど!」とハントが顔をしかめて、数歩ほど後退る。
「それで? わざわざワシの前に立ったからには何か用でもあるんかのう?」
顎に手を置いて、どこか無遠慮な目でハントを見つめるガープが面白そうに呟く。そこで、ハントは丁寧に、そして勢いよく頭を下げた。
「俺と決闘をしてくれ!」
「ぶわっはっはっはっは! よかろう!」
「やっぱりダメか、やっぱ当然……ん?」
がっくりとうなだれるハント。もちろん断られて当然だというハントがそれでもどうにか話を聞いてもらおうと口を開いて、だがそこで動きを止めた。
「あれ? ……ん?」
呟き、そして確認するかのように「今、いいって?」とガープへと首を傾げた。ガープの隣にいる帽子の男を見ると、その男は呆れたように帽子に手をやり、だが何も言わずに肩を落としている。
「だからよかろうと言っておるじゃろ! で、やるのはいつじゃ? 明日か? 明後日から? なんなら今からでもええぞ?」
元々決闘を受けてもらいたいと思って頭を下げたハントでも、あまりにもあっさりと受け入れてもらえた決闘に、混乱を隠せずに「え、えっと」と言葉を濁らせる。どちらかというとどこか抜けていて、常識もなく、それ故に大抵のことをすぐに受け入れるハントを混乱させるというのはさすがにルフィの祖父を感じさせるが、ともかく、ハントはせっかく決闘を受け入れてもらえたのだから下手に気が変わる前に答えてしまおうと、決闘の期日を慌てて考え始める。
――本当は今すぐにでもやりたいけど……いきなりいなくなったらナミに怒られそうだしなぁ。あ、じゃあ明日……いや、せっかくやるんだから万全の状態でやりたいし、完全に銃の傷とかが治ってからがいいよな。ってことは明後日が一番いいのか。みんなにもちょっとやりたいことがあるって言っておけば怒られることもないだろうし……おし、それでいこう。
どうにか自分の脳内で考えをまとめ上げたハントが「えっと、じゃあ明後日の早朝とかでも?」となぜかちょっとオドオドした様子で尋ねる。
「うむ、よかろう! では朝に廃船場でやるとするかのう!」
快活かつ明朗な返事に「あ、じゃあそれで」と海軍嫌いのハントにしては珍しく恐縮した様子で頷く。
「ぶわっはっはっはっは! ルフィの仲間で、ジンベエの弟子か! 明後日を楽しみにしとるぞ!」
笑いながら立ち去るガープの背中を見つめながら、ハントは様々な感情を込めて笑みを浮かべる。
「……伝説の海兵、海軍の英雄、悪魔、海賊王の宿敵、ゲンコツのガープ……たぶん、世界最強クラスの人間で、しかも非能力者」
――俺の今の実力を知る、いい機会だ。全力でやってやる。
興奮する体をどうにか抑えて、ハントは自分たちが拠点へと踵を返す。その表情は、ハントらしからぬ好戦的なソレ。
ハントが拠点へと戻るも、そこにはなぜか誰もいない。裏手のほうから聞こえる歓声につられて足をそちらへと進めると、宴会が既に始まっていた。
「おう、ハント! おめぇどこ行ってたんだ! ほら喰え! 水水肉! うめぇ~ぞ!」
「ハント! もうどこ行ってたのよ! ちょっと探しちゃったじゃないの! こういう時に私のエスコートしてくれるのがアンタでしょ!?」
ルフィから肉を受け取り、ハントにしてみれば最上級に嬉しいナミからのお叱りを受けて、ハントの中に先ほどまであった高ぶる気持ちとはまた別の、無邪気な遊び好きなソレへと切り替わる。
「サンキュ、ルフィ! それと今からは俺に任せろナミ!」
楽しそうな笑みを浮かべたハントは、とりあえずナミへと言う。
「プールサイドだけど、ナミ……お願いだから何か着てください」
「けどここプールサイドだし」
「せめて、俺の甚平だけでも」
「え、けど濡れちゃうわよ? ついさっきまでプールに入ってたし」
「いや、ナミの水着姿を俺以外の奴が見ることの方が俺……嫌だからね? まぁナミのことをいやらしい目で見てるやつはいなさそうだから我慢できるけどさ」
ナミにすれば少々面倒くさそうなハントの言葉だが、それでもハントが嫉妬をしていると思えばナミにしても嬉しいことらしく「う、うん」と気恥ずかしげに頷く。いつまでたっても初々しさを忘れない二人は、ただただ幸せそうにバーベキューの宴を楽しむのだった。
小中学生の恋愛かよ。
誰かがそう突っ込んだのは、きっと気のせいではない。
規模を増して、最終的には町中の人間が集まってきた大宴会から翌日。
船の完成まで5日欲しいというフランキーの作業完了を待つ一同は、やはり今日も思い思いの一日を過ごす。そもそもウォーターセブンという島を彼らが満喫する前に大騒動が起こってしまったわけで、となればこの島での時間を過ごすことは彼らにとって決して退屈な時間ではない。
「じゃ、その間ゆっくりとお買い物でもしますか! あれ? ここにあった1億ベリーは?」
「あぁ、宴の時によ……肉やら酒やらを買うのにやった!」
ナミの問いに、まるで当たり前のように答えるルフィ。
「楽しかったな、あはは」
と気楽に笑うルフィだが、それは当然ナミの逆鱗に触れることになる。
ぼこぼこに殴られたルフィが息も絶え絶えに「んま! 船は得したんだからいいじゃねぇか!」と震えた声で言い、ナミは「船に豪華な家具入れお湯と思ったのに」
がっくりと肩を落とす。
それを見ていたハントが顔を真っ赤にさせながら、だが素晴らしい笑顔を浮かべて「じゃあナミ! 俺とデートに行こうぜ!」と声をかけようとするのだが、その寸前でロビンがナミへと声をかけていた。
「ふふふ、掘り出し物を探しに行きましょ」
「うん、ありがとうロビン」
それに肯定するナミを見て、ハントの動きが完全に止まった。
「ふん」
多分、それらハントの動きをすべて見ていたのだろう。ハントの肩をたたき、これ見よがしに笑うサンジにハントが更なるダメージを受けて、肩を落とす。
――今日はもう、明日のために体を軽く動かしておくかなぁ。
あまり落ち込んでも仕方がないと判断したハントが、気分を入れ替えてナミへと声をかけた。
「……そうだ、ナミ」
「え?」
「俺明日、一日中いないと思うから、先にそれだけ伝ておくな」
「……いないの?」
「え、あれ? なんか怒って? あ、うん、はい。ちょっとやりたいことがありまして」
ナミの表情に、ハントの言葉遣いが自然と敬語になっているが、そこにナミは突っ込まずに言葉を零す。
「あっ、そう。じゃあサンジ君に明日はハントのご飯作らないでってお願いしておくわね?」
「いや、それは流石に――」
「――一日中いないんでしょ? 問題ないじゃない。ね、ハント?」
「……はい」
なぜナミが不機嫌そうなのか、わからずにハントは頷く。
――と、とりあえず明日のメシは自分で買っておこう
それを心に決めて、ハントは今日の一日を過ごしたのだった。
後書き
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