赤い服のアルバイト
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1部分:第一章
第一章
赤い服のアルバイト
『誰でも構いません』
まず壁の張り紙のこの言葉が目に入った。
『経歴資格一切不問』
次にはこの言葉が目に入る。
『クリスマスに一日だけ来て下さい。それだけで百万円です』
「何だこりゃ」
梁田遼太郎はその文句を聞いて思わず声を出してしまった。今街はクリスマスシーズン前であちこちが賑やかになっている。今も彼の周りではクリスマスソングが聞こえ街のあちこちにツリーやサンタやトナカイのイルミネーションや飾りが見える。まさにクリスマスである。そんな中でほんのフリーターに過ぎない彼はその張り紙を偶然見たのである。
「一日で百万円!?嘘だろ」
まずその文句について思う。
「一日でってよ。死体洗うバイトかよ」
噂に聞くそのバイトのことかとも思ったりする。
「それか臓器売買か?」
次に思ったのはとびきり不吉な話である。
「しかしクリスマスにってよ」
丁度彼は今一人だ。彼女はいない。アパートに帰ってもやはり誰もいない。大学を卒業してとりあえずはフリーターをしている。バイトはバイトで楽しくしているがそれでもクリスマスは暇な立場である。
「何なんだよ」
とにかく怪しいとは思った。誰でも構わないだの経歴も資格も一切不問というのもおかしなことだった。そんな胡散臭くて仕方のない話であるがそれでもふと興味を持つのであった。
張り紙をもっとよく見てみる。連絡先が書いてあった。
「また随分とわからねえ場所だな」
その連絡先の電話番号を見て目を顰めさせる。よくある090の携帯のものでも0120でもなくかといって都内でも何処でもない。とにかくおかしな電話番号であった。
「日本にこんな電話番号あったか?」
こうも思ってしまう程だった。とにかくはじめて見るような異様なはじまりで終わりまでそんな配列の数字の電話番号だった。だがとりあえずはよくあるような0120とかの内臓売りますとかいう最近街にある物騒な張り紙ではないのでまずは安心した。とりあえず携帯を取り出してそこにかけてみた。用心の為非通知でだ。
「もしもし」
「はい、フィンランド本部です」
「フィンランド!?」
思いも寄らない国の名前が出て眉を顰めさせた遼太郎だった。
「フィンランドって!?」
「ああ、スオミです」
電話の向こうは彼がいぶかしむ声を出してきたのに反応してかこう訂正してきた。
「これで宜しいでしょうか」
「スオミ、フィンランドって」
「御存知ですよね」
電話から彼に尋ねてきた。
「北欧の一国ですけれど」
「それは知ってるけれど」
一応学校の授業で習ってはいる。だがそれ以上知らないのも確かだ。
「けれど。フィンランドの本部って!?」
「そちらは日本ですよね」
「はい」
また電話の向こうの人の言葉に答える。
「そもそも貴方も日本語を話しておられません?考えてみれば」
「それは気にしないで下さい」
随分ととんでもない返事だった。
「そう聞こえているだけですから」
「聞こえているだけって」
「とにかくです」
彼が次に何と言っていいのかわかりかねているとまた言ってきた。
「張り紙を御覧になられたんですよね」
「ええ、そうです」
何とかまともに言葉を返すことができた。やっとだった。
「そうですけれど」
「それならですね。アルバイトのことですけれど」
「一日で百万円ですか?」
思いきり不信の声で電話の向こうの相手に尋ねた。
「本当に。百万円なんですか?嘘じゃないですよね」
「フィンランド人は嘘は言いませんよ」
どうも西部劇みたいな返事だった。はっきり言って遼太郎は信じてはいなかった。
「ですから御安心を」
「はあ」
「それでですね。お仕事ですけれど」
「クリスマスですか」
「そうです。まる正午に千葉マリンスタジアムまで来て下さい」
「マリン球場に!?」
「あそこが一番風がいいですから」
マリン球場は浜風がかなり強いことで有名だ。熱狂的なマリーンズサポーターと並んでその浜風は千葉ロッテマリンズにとって大きな味方となっている。
「ですからあそこです」
「冬のマリン球場って」
「言っておきますがビッグエッグではありませんよ」
「あんな場所別にいいですから」
彼は実はロッテファンだ。だが巨人はリーグが違えど嫌いだ。理由はないがとにかく嫌いなのである。その会長がとりわけ嫌いだ。
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