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耳なし芳一異伝

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3部分:第三章


第三章

 芳一はその前に座ると琵琶を鳴らしはじめた。そうして平家物語の壇ノ浦の話をはじめる。
 すると最初は静かだったがやがて火の玉達からさめざめと泣く音がしてきた。明らかにその火の玉達、即ち魂達が泣いているのだった。
「芳一殿の語りを聞いてなのか」
 そうして泣いているのもわかった。やがて語りが終わるとまたあの火の玉が出て来てだ。芳一を寺にまで戻すのだった。 
 小僧は何とか心を保って一部始終を見届けた。そうしてそのうえでその目で見た全てのことを翌朝和尚に対して話すのだった。
「何っ、平家のか」
「はい、そうです」
 その恐怖で眠れなかった顔で和尚に話す。
「それでなんです」
「ううむ、それはいかん」
 話を聞き終えた和尚はいよいよこう言った。
「このままでは芳一が危ない」
「危ないというのですね」
「そうじゃ」
 また言う和尚だった。
「平家の者達はかつての己達の話を聞いてその心を保っているのじゃ」
「心をですか」
「それは怨霊じゃ」
 彼はそう見ていた。
「怨霊に憑かれたならば。わかるな」
「はい、その時は」
「死ぬ」
 はっきりと言った言葉だった。
「取り殺されてしまうわ」
「あの、それではどうすれば」
「案ずるな」
 狼狽する小僧に対してはっきりと告げた。
「方法はある」
「といいますと」
「すぐに芳一を呼んで参れ」
 こう小僧に告げたのだった。
「すぐにじゃ。よいな」
「はい、それでは」
「そうしてじゃ」
 小僧に対してさらに告げるのだった。
「筆の用意をするのじゃ」
「筆をですね」
「墨もじゃ。わかったな」
「わかりました。ではそれで」
「何とかしなければ芳一の命が危うい」
 彼はそのことを心から心配していた。弟子のことをだ。
「だからじゃ。すぐにじゃ」
「わかりました」
 こうして芳一が呼ばれ和尚から話を聞かされた。彼は恐れる顔になってそのうえで和尚に対して問い返した。
「私が怨霊にですか」
「そうじゃ。平家の怨霊達にじゃ」
 まさしくそれだと語る和尚だった。その顔は実に険しい。
「取り憑かれておるのじゃ」
「まさか、そんな」
「いや、嘘ではない」 
 それを否定しようとする彼に強い言葉で告げたのだった。
「その証拠にじゃ」
「その証拠にといいますと」
「毎夜客が来ておるな」
「まさかその客が」
「見た者がおる」 
 その小僧の話もしたのだった。
「しかとな」
「あの方達が怨霊だと」
「そなたが案内された場所は屋敷ではなかったのじゃ」
「では何処に」
「墓場じゃ」
 そこだというのだ。
「平家の者達の墓場じゃ。そこに案内されて琵琶を弾いていたのじゃ」
「まさか、そんな」
「その顔にはやつれたものはないが」
 それは見てわかるものだった。怨霊に憑かれればそれでやつれていく。今の芳一にはそれはなかった。だが和尚はそれでも言うのだった。
 
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