堕天使
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5部分:第五章
第五章
「絶対に」
「では今から」
「サトエル、どう思う」
深刻そのものの顔でだ。マキエルは彼に問うた。
「彼等を死なせていいのだろうか」
「心から平和を願う彼等をですね」
「あえて争わせそうして」
「それをしてはなりませんね」
サトエルはだ。遂にこう言ったのだった。
「この人間達の願いと努力を潰すことは」
「そうだな。それではだ」
マキエルは決意した。そうしてだ。
サトエルにだ。こう言ったのである。
「私は去る」
「そうされるのですね」
「そう、そうする」
こうしてだった。彼は神の命令に逆らうことにした。そしてだ。
サトエルもだ。微笑んで彼にこう言ったのである。
「では私もまた」
「御前もだというのか」
「この平和を願う善良な人間達を死なせてはいけません」
彼もまただ。この考えに至っていたのである。
「ですから私もです」
「いいのか?神の命令に逆らえば」
「堕天使になりますね」
「それでもいいのだな」
「マキエル様と同じですよ」
問う彼とだ。そうだというのだ。
「私もです」
「そうか。それでいいのだな」
「じゃあ行きましょう」
優しい微笑みになりだ。サトエルはマキエルに話した。
「堕天使の世界に」
「決めたのだな」
「後悔もありませんよ」
完全に決めたというのである。
「ですからこれで」
「二度と天界には戻れないがな」
「それでいいですよ。絶対の正義が何も関係も問題もない人間達まで巻き込むのなら」
それならばだというのだ。
「私は悪にでもなりますよ」
「汚名を被ってもな」
こうしてだった。彼等は神の命令に従わず両国の周りを後にしたのだった。こうして両国の平和は守られた。そしてその後だ。
彼等は地底に入りそのうえで堕天使の世界に加わった。そこで紅い葡萄の美酒を飲みつつだ。彼等は仲間達にこう言われていた。
「まさかマキエルまで来るとはな」
「それもサトエルもか」
「真面目な君達がどうしてなんだ?」
「我々の世界に来たのか」
「多分君達と同じ理由だろうな」
マキエルは彼とサトエルを囲む黒い翼の仲間達に答えた。その仲間達にしてもかつては天界にいた者達だ。天界でも仲間達だったのである。
しかし天界を去りここにいる。その彼等に言ったのである。
「それは」
「そうか。私と同じ理由か」
「私ともか」
「そうだ。同じだ」
こう答えるマキエルだった。
「私もサトエルもな」
「私はある信仰深い老婆を異端として処罰する様に言われた」
ある堕天使が言った。黒髪の二枚の翼の者だ。
「だがその老婆の信仰を見ているとできなかった」
「私は仲睦まじい夫婦を引き裂く様に言われた」
今度は蒼氷色の目の天使だった。
「それにより二人の神への信仰を向けさせる為だと言われた」
「私は飢饉を起こす様に言われた」
「私は疫病だ」
どの堕天使達もかつて神に命じられたことを話していく。しかしだった。
誰もがだ。こう言うのだった。
「だがそれはだ」
「罪なき者達を苦しめることだ」
「それは間違っている」
「だから私は堕天使になった」
「そうだな。私もまただ」
遠い目になりだ。マキエルは話す。
既にその翼は黒くなっている。その翼こそがだった。
堕天使の証だ。その翼を背にして言うのである。
「戦乱を起こさず。この世界に来た」
「そうだな。誰もがな」
「神の命令に従わなかった」
「そうして我々は悪になりだ」
「今この世界にいる」
「だがそれでもだ」
マキエルは言った。確かな声で。
「私は後悔なぞしていない」
「私もだ」
「私とて同じだ」
仲間達もだ。確かな声で次々に話す。
「悪を犯した。しかし罪なき人間達を害することが悪ならだ」
「我々は喜んで悪になろう」
これが堕天使達の結論だったのだ。そうしてだ。
マキエルはだ。葡萄の美酒を飲みつつ仲間達に話したのだった。
「そうだな。私達は悪だが間違ったことはしていない」
「正義ではないが我々は我々の信じることを果たした」
「それだけだ」
「なら喜んで堕天使となろう」
マキエルは言い切った。そしてだった。
自分の傍にいて山羊の乳を飲んでいるサトエルにもだ。微笑んで言うのであった。
「では。これからはだ」
「はい、この地下の世界で」
「自分の信じるものの為に生きよう」
「人間を見てですね」
彼等は彼等の目で人間を見て動くことにしたのである。そしてそのことに後悔を感じずにだ。胸を張って地下の世界にいるのだった。彼等の今の世界に。
堕天使 完
2011・11・28
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