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蟹の友情

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1部分:第一章


第一章

                      蟹の友情 
 巨大な蟹カルキノスは長い間彼だけでだ。その沼地に住んでいた。
 沼地には何もない。澱んだ泥水で満たされた沼の中には魚も何もいない。そして周りは朽ち果てた木々だけがある。彼はいつもその沼地をねぐらとしてそこから川や別の泉に出てだ。
 そのうえで魚を食って生きていた。生きることはできた。
 しかしそれでも彼は孤独だった。そしてこう思うのだった。
「誰かと一緒にいたい」
 誰でもよかった。彼は孤独に耐えられなくなっていたのだ。
「友達が欲しい。誰か」
 しかし澱んだ沼には誰も来ない。何もだ。
 それで彼はあくまで孤独だった。その孤独の中で生きていた。
 それは長い間続いていた。彼は孤独が何よりも嫌になっていた。つまり今がだ。
 その中で生きていたがやがてだ。沼にだ。
 ぬらぬらと黒く光る巨体の九つの首を持つ大蛇が来た。大蛇は巨大だが何かに隠れる感じでだ。沼の中に来た。その大蛇にだ。
 カルキノスは沼の中から出て来てだ。そのうえでこう大蛇に尋ねた。
「君は一体?」
「あんた何者だい?」
「僕はカルキノスというんだ」
「カルキノス。それがあんたの名前かい」
「そうだよ。蟹のカルキノス」
 それが自分の名前だとだ。彼は沼に入って来た大蛇に話した。
「それが僕の名前なんだよ」
「成程。それが君の名前なんだよ」
「それで君の名前は?」
 自分の名前を名乗ってからだ。そのうえでだ。
 カルキノスは大蛇にだ。彼の名前を尋ねたのだった。
「何ていうのかな」
「俺の名前だね」
「うん。何ていうのかな」
「ヒュドラーだよ」
 これが彼の名前だとだ。彼はその九つの首から答えた。
「テューポーンとエキドナの子供でね」
「ああ、あの」
 あらゆる怪物の父と母である彼等の子だというのだ。カルキノスも彼等のことは知っていた。
「あの方々の子供だったんだ」
「そうだよ。生まれたのはいいけれどな」
 だがそれでもだとだ。ヒュドラーは言うのだった。
「生まれてからずっと一人だったんだよ」
「君もなんだ」
「そうだよ。この姿だから」
 九つの首を持つ巨大な蛇。その姿故にだというのだ。
「皆怖がってね。それに俺には毒があって」
「蛇だからだね」
「そうだよ。皆怖がって。俺が来れば石や棒で襲い掛かって」
「何処にも居場所がなかったんだ」
「どの山にも川にも受け入れてもらえなくてさ」
 非常に残念そうにだ。その九つの首を項垂れさせてだ。ヒュドラーはカルキノスに話す。沼地にいるのは彼等だけだ。そのうえで話をするのだった。
「それで。流れ流れて」
「ここに来たんだ」
「ここなら誰もいないと思ってたんだけれどな」
 カルキノスを見ながらだ。そのうえで話した言葉だった。
「あんたがいるなら。じゃあ」
「ここを出るんだ」
「どうせあんたも俺がいたら邪魔だろ」
 自分の恐ろしい姿、それにだ。
 毒のことも思いながらだ。そして言ったのである。
「だからさ。また何処かに行くよ」
「何処に?」
「わからないさ。少なくとも今は誰も受け入れてくれてないけれど」
 だがそれでもだとだ。ヒュドラーは強がってカルキノスに話す。
「何処か誰もいない場所があるだろうさ。そこに行くさ」
「そうするつもりなんだ」
「じゃあな。俺はもう行くから」
 とても残念そうにだ。ヒュドラーは言った。
「縁があったらまたな」
「ああ、待って」
 ヒュドラーが去ろうとしただ。ここでだった。
 カルキノスは彼を呼び止めた。それからこう言ったのだった。
「君行くあてないんだよね」
「全くな」
「ずっと君だけだったんだよね」
 このことをだ。カルキノスはヒュドラーに尋ねたのである。
 
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