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ソードアート・オンライン リング・オブ・ハート

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30:急転

「――そうか。そんなことがあったのか……」

 俺はテーブルに肘を立て、組んだ両手の上に顎を乗せて小さく唸った。

 早朝、俺達はあれから無事に村に辿り付くことができた。
 当初の予定と大きくズレたが、これからの行動を起こそうにも、未だ色濃く残る疲労だけは如何(いかん)ともし(がた)く……。
 まずは第一にそれを癒す為今日はゆっくり休養を取り、明日は一日まるまる使ってじっくり探索するという計画を立ててから村の入り口でデイド達と解散した。

 今では、妙に久しく感じるマーブルの宿の一階フロアのソファで腰を落ち着けている。
 ユミルは帰って早々二階へと引き篭もってしまい、マーブルも今はキッチンに居てしばらく席を外しているので、このタイミングを利用して、俺達は顔を突き合わせて事件について考えていた。その時、昨夜野宿の際にあった出来事を互いにそれぞれ話し合ったのだ。
 その際、俺はハーラインの過去を、昨夜の彼の言葉とは反して、アスナ達に話す結果となってしまった。だが内容をかなり端折(はしょ)って話し、かつ彼女らには他言無用を言い付けてあるので、これで彼には許してもらいたいと思うところだが……。
 ともかく、(はか)らずしてハーライン、デイド、ユミルの過去や目的を知ることができ、改めて考察を検討する。

 しかし……

「あのね……こう言っちゃあ何だけど……」

「ああ……」

 はじめにリズベットがそう言い、即座に意図を汲んだ俺は相槌を打つ。


「――こうして話してみると、全員、死神じゃないって感じがするよね……」


 ずっとこめかみに指先をあてていたアスナが、結論を言った。

「やっぱり、考えることはみなさん一緒ですか……」

 隣に座るシリカも困った顔をしている。

「だが、あの中にまず犯人……死神がいるはずなんだ。大鎌を習得する複雑な条件をクリアし、かつこの階層に居るプレイヤー……」

「はい……そう考えると、死神はあの四人以外にはありえません」

「でも、さっきあたし達で話した、昨日の三人の話……覚えてるでしょ? ……あんな人達が、犯人だなんて、さ……。マーブルさんだって、そうは見えないし……」

「完全に、推理が煮詰まってしまったな……」

 俺達は揃って深い溜息を付く。
 少し重い雰囲気を、数分前にマーブルの煎れてくれた熱く濃いブラックコーヒーで流し込んだ。

「うーん、ここは見方を変えて……《容疑者》じゃなくて、《死神》について考えてみよっか」

 この中でも随一の聡明さを誇るアスナがひとまず場を仕切り、そう切り出した。

「……まず、呪われたエクストラスキル……《大鎌》から考えてみよう。キリト君は、どう思ってる?」

「あの、大幅なステータス上昇とHP回復を兼ねたスキル……ってやつか?」

 アスナは小さく頷く。

「……こうして言われてみれば、本当に馬鹿馬鹿しいスキルだって思うぜ」

 俺は嘆息して、まずはそう言った。

「普通に考えてありえないよ。チートにも程がある。ステータス上昇ってのは、SAOじゃアイテム使用でしか得られない珍しい現象だが、エクストラスキルでの技でなら、まだ有り得るかも知れない。そこまではいい。……だけどそこにHP回復まで付くってのは、どう考えたってゲームバランス崩壊しかねないスキルとしか思えない……」

 本来ソードスキルは、そのほぼ全てが攻撃関連のそれである。故に、この謎のスキルは攻撃のソードスキルではなく、例えば《バトルヒーリング》などに該当する、戦闘補助スキルなのではあろうが……

「ねぇ、これは完全な憶測なんだけど」

 と、ここでリズベットが手を挙げる。

「ポーションでHP回復しながら、そのスキルを使ったんじゃないの? たまたまそう見えただけとか……」

「いや、目撃情報は複数回あったんだ。その全てが、ポーションを使いながらってのは考えにくい。逆に、ステータス上昇アイテムを使いながら、という場合もダメだ。ヤツはそんな素振りも見せず、武器を構えただけで凄まじいステータス上昇エフェクトを発生させたと聞いてる。まずステータス、HP共にそのスキルによる影響と考えて間違いない」

「やはり、致命的なバグがあるっていうのは本当なのでしょうか……? ゲームバランスを崩壊させるような……」

 続いてシリカもおずおずと意見を繰り出した。しかし、

「これが普通のゲームならGMが出動してるだろうが……あの茅場晶彦が、そんなヘマもバグ放置もするものか、俺は疑問に思ってる」

 と、俺は首を振ってそう答えた。
 情報屋や新聞などの広報ではバグだと報道してはいたが、俺は、茅場晶彦の意図せずして発生したバグだとは、どうも思えなかった。
 《大鎌》もまた、俺の《二刀流》などと同じく……彼の何らかの思惑のもと作られたエクストラスキルの一つなのでは、と思えてならない。

「……でも。キリト君、忘れてない? 過去の習得者が、全員怪死したっていう大惨事があったってこと……」

 それにアスナ達が揃って顔を伏せる。

「その怪死だが……前にクライン達とも死因を色々考えてみたが、結局分からず終いだった。バグだとは思えないが、それが分かれば、死神の謎に大きく近づける気がするんだけどな……」

「バグじゃないってことはさ、例えば……それだけ大きな……スキルの効果に見合った、デメリットがあるってこと?」

「ふむ……」

 続けて出てきたリズベットの推測に、俺は指で顎を摘んで考え込む。

「大幅なステータス上昇に、HP回復も兼ねたスキルだぞ? それこそ使用後には命を取られかねない、とんでもないデメリットが返ってくるはずだ。そんなスキルを、習得者全員が使うだろうか……? 検証中は全員がソロの状態だったらしいが、それでも命の危険を感じてスキルの使用を中断した者も居たとも考えられるしな」

 俺の返答にリズベットがむう、と唸った。それに苦笑したアスナがその肩を慰めるようにぽんぽんと叩く。

「スキル効果が片方だけなら、まだマシなスキルとして考えようもありそうだがな……今のままだと、どう考えてもスキル効果の代償の見当が付かない」

「スキル効果の解明中に亡くなった習得者達と違って、死神はそのスキルがどんな効果なのかを知っている、ということでしょうか」

 シリカの言葉にアスナは頷いた。

「そこは間違いないだろうね。なぜなら、今も……死神は生きてるから。その何らかのデメリットを背負っても、どこかで生きてて、きっとすぐ近くに潜んでる。だけど……」

 ここでアスナはようやくこめかみから当てていた指を離し、そして思い切り背を伸ばしながら、うーんと長く唸った。

「……これ以上は、もう推理しようがないよ。情報が断片的過ぎるから。後はもう、死神本人と対峙してみるしかない。その為には――」

「――《ミストユニコーン》、か……」

 アスナの言葉を俺が引き継いだ。

「……結局、ユニコーンがキーワードになるんだな。ヤツはユニコーンを血眼にして探してる。俺達のパーティは、なんとかして誰よりも先んじてユニコーンを発見しなくちゃならない……」

 俺の言葉に、全員が頷いた。

「……なら、明日が勝負だ。幸い、ライバルパーティは俺達よりもレベル平均も統制も下で、一日の探索範囲が俺達の半分以下だ。きっと今日でもユニコーンは発見できないだろう。だから今日はみんな、早く休んで明日に備えてくれ。……明日、なんとしてもユニコーンを見つけ出し、死神の謎を暴くぞ」

 俺の言葉にアスナ達が揃って唱和し、今日の臨時会合はお開きとなった。

 ………………
 …………
 ……
 …


     ◆





 ――その時の俺は、どこか油断していたのかもしれなかった。



 タカを括っていたのだ。

 ライバル達が、ユニコーンをよもや今日中に見つける事はないと。

 もう、今日は死神と対峙する可能性は極めて低いと。

 だが……決して、その可能性はゼロではないのだ。

 それを、俺は見落としていた。





 それから、その日の夜、立て続けに様々なことが起こった。





 まず、夕刻から早めの就寝を摂っていた俺は、部屋のドアを激しく叩かれるノックの音に起こされた。

 ドアを開けると、青ざめた顔のアスナ達が雪崩れ込んできて、血相を変えて次々と俺に言葉を叩き込んだ。

 曰く……


 ライバルパーティが、ついにユニコーンを発見したこと。

 その全員が、逃げるユニコーンの追跡中に《死神》に襲われ、命からがら撤退したこと。

 その者達により情報がこの村へと伝わり、村中は騒然となっていること。

 さらにその散り散りに逃げた者達の一部が他層へ情報をばら撒き、程無くこの階層に、ユニコーンを狙っていた、他の大勢のプレイヤーが詰め掛けてくる可能性があること。


 そして……









 ――《死神》容疑者の全員が、この村から失踪していたことを。



 
 

 
後書き
急展開。


穏やかな推理パートかと思いました? 残念、物語の起爆スイッチパートでした。



――ここより、展開は火急の如く進み、物語は一気に核心へと緊迫していきます……!



蛇足:
累計300P突破していました!ありがとうございます!
評価P、お気に入り登録、ご感想など……全てが私のヤル気の原動力です。

(つぶやきにもありますが、恒例になりつつある御礼ラクガキ、マイイラストにて投下しております。今回はゲストをお二人お呼びしました。詳しくはつぶやきにて) 
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