問題児たちが異世界から来るそうですよ? ~無形物を統べるもの~
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訪問者
「ん、大分ようなっとるな。驚異の回復スピードやで。」
「それは良かった。これで悪化してるとか言われたらいろんな奴に叱られちまうからな。」
肉体的な診断に呪的な診断、その他もろもろ。一輝が起きて以来定期的に“ノーネーム”の本拠に来ている清明は、用具をギフトカードにしまいながらそう言う。
そして、その後にギフトカードから取り出した薬を一輝に渡すと、今度は一輝が自分のギフトカードを取り出してそこにしまった。そのギフトカードには今、旗印が刻まれている。
「それだけ体が動くなら、明日からはベッドの生活を終えてくれてもええで。」
「本当だな?『歩いてもいいけどその代わり腕封印』とか言う、この間みたいなことはないんだな?」
「ないない。もう本当に大丈夫や。そら完全に治ったわけとちゃうけど、これ以上待つのは治療やのうて過保護言うもんやし、それにこれ以上じっとしとると筋肉が落ちすぎるやろ?」
「それなんだよなぁ・・・そうじゃなくても、体が一切動かなかった間に全身の筋肉が落ちちまったし、今もベッドで過ごし続けてる中でどんどん筋肉が落ちてる。今じゃスレイブはもちろん、日本刀もろくに振れないだろうな。困ったもんだ。」
手を挙げて肩をすくめる一輝だが、かなり深刻な問題である。一番慣れた武器である刀剣の類を振るうことは出来ず、そして全ての動きに組み込んでいる体術も今の筋肉量では一部しか使えない。
七層クラスの魔王程度ならこんな体でも呪術だけで倒すだろうし、六層、五層クラスの魔王が相手でも“外道・陰陽術”に含まれている自分が動かなくても済む奥義で倒せるのだろうが、それ以上の相手であったり数が来たりしたときはちょっと怪しいかもしれない、という状態なのだ。今なら、一輝に恨みを持つ人たちが団結して超頑張れば、一輝を殺せる可能性が五十パーセントちょっと発生する。実は大分ピンチなのだ。
「じゃあ、どうするんや?何か必要なものがあるんなら、準備してもええで?」
「そうだな・・・じゃあ、運動向けの服を数セット準備してくれないか?前までならどんな服装でも大抵のことはできただろうけど、しばらくの間は筋肉落ちた状態でやるわけなんだから、怪我をしないように気をつけないといけないし。」
「OKや。元いた世界のものに似せて作っとくわ。」
清明はそう言い残してから部屋を出ていき・・・入れ替わりに、十六夜が入ってくる。
「よう、久しぶりだな一輝。意外と元気みたいじゃねえか。」
「十六夜、か?」
一輝は音央が十六夜の様子がおかしかったと言っていたのにここに来たことに驚いて、ちょっと目を見開いた。だが、十六夜はそんな一輝の様子を気にしないで・・・もしくは、そんな一輝の様子を意識に入れずに、ベッドわきにあるイスに座って軽薄な笑みを浮かべる。
「今更だけど、お疲れさん一輝。お前のおかげで旗印が取り戻せたし、うちにも被害は出なかった。」
「・・・その分、肩代わりしたやつらがいただけの話だよ。それに、俺は最後に出てきておいしいところを持ってっただけなんだから。」
「それにしても、だろ。つかなんだよあのギフトゲーム。全然内容がわかんねえぞ。」
十六夜はそう言いながら知的好奇心に満たされたような表情を造り、“一族の物語 ―我/汝、悪である―”の契約書類を取り出す。
そこに記されているのは、誰かが語るような口調の文章。今現在それが何を意味するのかを知っているのは、二人しかいない。それ以外のものが見ても何も分からないような、そんな文章。
「こんなんだってのに、この中にちゃんと勝利条件と敗北条件が記されてるんだよな?なんだそれわくわくするじゃねえか!」
「そいつはどうも。さらにヒントを上げるのなら、勝利条件に敗北条件、その勝利条件に挑戦する権利を得るための条件等々、それはもう大量の事柄が記されてる。」
「なんだそれマジかよ!」
ヤハハハ!と普段以上の笑みを造り、普段以上に大きな声で笑う十六夜。その姿は他の誰かが見たのなら違和感を感じないであろう程によくできていたが、一輝はその全てに違和感を感じていた。そのことと関係があるのかは分からないが、十六夜の持つ契約書類は中々に傷んでいる。
「あとは、そうだな・・・あんまりヒントをやりすぎても詰まらんからやめとくが、解くにあたって“鬼道”の一族がどんなものなのか、って情報が必要になる。」
「そんなもん、持ってるやつがいるのかよ。」
「俺と湖札、つまりは主催者側の人間くらいだな。強いて言うなら清明も少しは知ってそうだし、ヤシロちゃんも何かを察してるかも。」
自分自身が滅びの物語を集めているせいか、ヤシロは滅びというものに敏感だ。だからこそ、一輝のギフトが持つ滅びの濃さも、一輝が召喚した存在がなんなのかも、知っているはず。一輝はそう推測した。
「ま、知識不足も悪いのはそっちなんだ。頑張って推測したまえよ。」
「そうさせてもらうぜ。あれか?普段の一輝なんかも参考に出来たりするのか?」
「情報源にはなるんじゃないか?ってか、情報源になるものがそれくらいしかないだろ。」
「全くだ。ったく、なんだよこの無理ゲー!」
一輝がそう言うと、十六夜は再び笑う。ヤハハハハハハハ!と、とても愉快そうに、とても楽しそうに。そう見えるように。
なぜなら・・・その時十六夜が感じていたのは、圧倒的なまでの差なのだから。
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「ふぅ・・・ようやくこのベッド生活からも解放、か。起きてる間だけでも、かなり長かったな・・・」
ベッドの上でそう言いながら伸びをした一輝は、ぐるっと部屋を見回す。
意識を取り戻すこともできず眠り続けていた期間も決して短くはなく、その後もベッドでずっと生活している。何より排泄に困り“空間倉庫”を利用するということを思いつくまでの間我慢するのが辛かったなど不便だった思い出の多い場所だが、それでもどこか変な愛着が生まれてしまっているのだ。
「って、医務室に愛着がわいたらまずいだろ。」
一輝はそう言いながら苦笑し、ギフトカードを取り出す。そこにギフトの宿った私物を収納していき、それが済んでからは“空間倉庫”の中にただの物をしまっていく。
その作業の中で自分のギフトカードに旗印が刻まれているのを見て、少し笑みをこぼす。
箱庭に来た当時は、“名”も“旗印”もなかった、自分が居場所と決めたコミュニティ。今はそこに、“旗印”が戻ってきた。ジンや黒ウサギが個人的に一輝の病室を訪ねてきて、涙を流しながらお礼を言っていることを思い出した。
「・・・あんな、心から嬉しいと思えるお礼を言ってくれたんだ。まだここにいても、いいよな。」
そう言いながら一輝が次に見たのは、自分の手首につけられているブレスレット。シンプルな造りのそれには、ちょうど腕時計でいう時計部分が付いているところに“ノーネーム”の“旗印”が刻まれている。
先程一輝の部屋を訪ねてきた十六夜が、一輝に渡していったもの。せっかく旗印が戻ってきたんだから、何かつけようということになったようだ。
「飛鳥は指輪で、耀はチョーカー。黒ウサギはブレスレット・・・ジンがローブの背中にでっかく刺繍を入れてたあれは、かなり目立ちそうだ。」
一輝はちょっとした運動として十六夜と話した後本拠内を歩き回り、他のみんなのを見せてもらっていた。まだ全員分を準備することは出来ないから、とりあえず主力中の主力には配っておくことにしたんだとか。
どうしても、落ち着いてからでないと大量に発注することは出来ないのだ。
そして・・・
「十六夜は・・・つけてなかった、な。」
十六夜は、それを身につけていなかった。
渡されていないわけではない。十六夜ほどの実力を持つ人物に渡されないわけがない。だとすれば、他の理由でつけていないのだ。
「・・・何かあった、んだよな。」
「まあ、何かあったにはあったんだが、あれだけのことで心が折れてちゃ意味がないだろ。」
それでも原典候補者かよ、とぼやきながら医務室に入って来る人影。一輝はそれに対して驚きを見せることなく、ただ睨みつけた。
「なんだ、出てくるのか?まだ本調子じゃねえし、そのまま帰るなら見逃してやるつもりだったのに。」
「さすがに、やること終わってないのに帰るわけにもいかない。俺のことはとりあえず遊興屋とでも呼んでくれ。」
その人影は一切隠れようとも隠そうともせずに堂々と歩き、一輝のすぐ隣に立つ。
線が細かく、背の高い切れ長の目をした男。そんな特徴を口にすることは出来るのに、その見た目から何も読み取ることができない。場所も、存在理由も、目的も、何も読み取ることのできない男。そんな奴を見て、そして名乗りを聞いて、一輝はその正体がなんなのかを知った。
「ああ・・・あんたがグリムの詩人なのか。コミュニティ幻想魔道書群を率いた元魔王が、俺に何の用だ?」
「いやあんた、なんでそこまで知って・・・って、ああそうか。閣下から聞いたのか。」
どこから情報を手に入れたのか、遊興屋は一輝がアジ=ダカーハを従えていることを知っていた。そのことにまゆをひそめた一輝だが、そんなことはどうでもいいと話を再開する。
「まあ、そういうことだ。アジ君からは『会ったらすぐ殺すくらいのつもりでちょうどいい』って言われてる。」
「閣下物騒すぎ・・・今日は俺も、お互いにとって利益のある話を持ってきただけなのにな。」
「ふぅん・・・」
一輝は探るような視線を送るが、一切気にする様子はない。自分から話して一輝に話の主導権を与えるつもりはないのだろう。
「で、話の内容ってのはなんだ?」
「いやさ、閣下が原典候補者でもない君に倒されちゃったから俺の計画が丸ごと崩れたわけなんだ。だから、代わりに君が俺に協力しないか?俺が詩人の力もなんでも使いまくって全力でサポートするけど。」
「断る。」
一輝は即答でそう返して、倉庫の中から短刀を取り出す。日本刀を振るえるだけの力は残っていなくても、これくらいのもならば扱うことができる。
「へぇ・・・理由を聞いても?」
「興味がない、ただそれだけだ。」
「なるほどなるほど、分かりやすい理由だ。ちなみに、協力しないと大変なことになるって言ったら?」
「俺が守りたい人はちゃんと守るから、どうぞご勝手に。関係ない奴が何人死のうがどうでもいいし。」
はっきりとそう言い放つ一輝を見たグリムは、腹を抱えて声を出して笑ってしまいそうになるのをどうにか抑える。そしてそれがある程度落ち着いてから、一言。
「ククッ・・・やっぱりあんた、コッチ向きだよ。どう考えてもその考えは、魔王のそれだ。こっちにくるべきだって。」
「その言には全力で賛成だけど、だからって行くわけにはいかないな。どうしようもない悪である俺のことを仲間だって言って受け入れてくれるやつらの敵になるのは無理だ。」
「そう思い、行動すること自体が悪行だとしても?」
「俺が悪だってのは、もう今更だ。その程度のこと気にならねえよ。」
そう言った一輝は自分の足で立ち、短刀を抜いて構える。
これ以上話すつもりはないと、態度で示すために。
「せっかく構えてるところ悪いけど、無駄だぜ。前に閣下にも似たようなことを言ったがそんなものじゃ今の俺は殺せない。」
「まあ、そうらしいな。首をはねても何の効果もなかったって言われたし。」
本人にはっきりとそう言われた以上、いくら脅しにかかっても無駄にしかならない。それを理解した一輝は、次はからだからほのかに光を放つ。そのまま翠色のものは右手に集まっていって、鈍色のものは左手に集まる。そして・・・炎の塊のようなものが、一輝の前に集まりだした。
「だったら、これならどうだ?お前は、疑似創星図三つまとめてぶつけられても、死なないのか?」
「・・・さすがにそれは簡便だな。けし飛びかねない。」
「安心しろ。ウチの一族の疑似創星図なら、そこにいない相手にも届けられるし、けし飛ばしたいと思ったやつはたいていけし飛ばせるから。」
そう言った一輝が腕を向けると、グリムは両手を上にあげて降参の体勢をとる。それを見た一輝はしぶしぶといった体ではあるものの光をおさめ、ベッドに腰掛けた。
「は~ぁ、予想は出来てたけどやっぱり駄目だよなぁ。」
「結構あっさりあきらめるんだな?修羅神仏も引き込む甘美な勧誘術、とかあるんじゃないのか?」
「あるにはあるんだけど、どうせ君には無駄だろ?どれだけ君にとって甘美な誘惑でも。自分を捨ててでも、それこそ一族のすべてを捨て去っても守りたいものがある人に、何を言ったって無駄なんだ。」
そう言われた一輝は、確かに何を言われたって気にしないだろうなと察する。そもそも、一輝がグリムについて行って得があるとすれば、湖札がいるということくらいなのだから。
「ってか、無駄だって分かってんならなんで俺のところに来たんだよ。何か行けそうなあてがあるから来たんだろ?」
「いやそこまであてはなかった・・・ってか、それでも来ないといけなかったし。俺の野望のためには。」
「・・・?殿下でやればいいんじゃないのか?」
「それができるならまだいいんだけど、お前が閣下を倒しちゃったせいで色々と計画が狂ってるんだよ。殿下を使う作戦じゃ修正しきれない。」
「なら、十六夜か?あいつも原典候補者なんだろ?」
「あー、あいつなぁ・・・」
一輝の言葉に、グリムはほんの少しだけ悩むようなしぐさを見せ、しかし。
「いや、だめだな。閣下との戦いの前の彼ならともかく、今の彼じゃ何の役にも立たない。」
「へえ、かなりのいいようだな。あれでも下層じゃ敵なしに近い奴なんだぞ?」
「そりゃ戦力的には十二分だし、今の彼なら簡単に勧誘できるだろうが・・・あれじゃあ原典候補者としての価値はねえよ。肝心のブレイブも足りなけりゃ、意志の力もない。殿下の方も肝心のブレイブは足りねえし、最悪仏門の方に行って孫悟空引っ張ってこないとなぁ。」
超大物なうえに、出てきてくれるようなやつではない。つまりは現時点でグリムの野望はほぼ潰れたといっていいだろう。
「あーあ、こうなったらしゃあねえや。魔王連盟の目的の方に全力を尽くすか。」
「おう、そうしろそうしろ。そうしてくれれば俺は今すぐにお前を消し飛ばす理由ができる。」
「それは本気で簡便だな。すぐそばに護衛もいるけど、今の君になら通用するかどうか・・・」
「なんなら、今すぐに本気を出せるようにしようか?剣術と体術は無理かもだけど、呪術戦ならいくらでも行けるぜ?」
「よし、逃げよう。」
一輝の言葉が終わるのと同時にグリムはそう言い残して一瞬で消えた。何とも素早い逃げ足である。
そして、静かになった部屋に残る一輝はベッドに横になり、天井を見る。そのまましばらくしてから、自分の手を視界に持ってくる。そこには、旗印の刻まれたブレスレットが。
主力全員に配られたはずのそれ。しかし十六夜は身につけていないそれ。
「・・・ま、俺からできることは何もないか。」
一輝はぽつりとそう呟いてから、瞼を下し、眠りについた。
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