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【銀桜】5.攘夷篇・第一部

作者:Karen-agsoul
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第2話「ポジティブシンキングな奴ほどよく笑う」


 戦う。
 人が戦うことには必ず理由がある。
 空から飛来した天人に立ち向かう男たちにも戦う理由があった。
 『国』を護ると一丸となって彼らは武器を手にする。
 だが理由はそれだけではない。
 『家族』を、『仲間』を、あるいは『愛する人』を護るために。
 それぞれが己の信念を抱いて、男達は戦場を駆け抜ける。
 そして少女もまた刀を振るっていた。
 人々の『笑顔』を護るために。


 戦いの日々は続く。
 戦場に立つと決意したあの日から、少女は兄と同じく刀を振るい天人を倒していた。
 迫りくる天人の群れに少女は絶え間なく攻撃を続けるが、男の兄達と比べて体力の劣る女の身体に、長期戦は圧倒的に不利になる。
 だがどんなに手強い相手でも致命的ともいえる部分を潰してしまえば、手っ取り早く勝負はつく。
 損失すれば『生物』として機能しなくなる部分――それは『眼』だ。
 生きる事にも戦う事にも重要な視覚情報を潰された相手は途端に怯む。その隙をついて一撃で止めを刺す。
 無論、『眼』でなくてもいい。『関節』等、身体を使えなくしてしまえばいい。
 戦場の中で考えた一つの戦略を、少女は何度も繰り返していた。
 何度も何度も。
 最初は慣れない威圧的な雰囲気に押されることや、戦場の中に女が加わることを『足手まとい』と侮蔑されることもあった。
 だが少女は耐えた。それは耐えることができた。
 ただ、我慢ならないのは『仲間』が死んでいくことだ。
 戦場に流れるのは血と骨だけ。そこから死者がでないことなどありえない。
 そんなの分かっていたこと。覚悟していたこと。
 これ以上仲間の『笑顔』を消させないために敵を倒すだけ。
 泥にまみれようが血にまみれようが、ひたすら天人を斬り殺すだけだ。
 異形の天人の肉と骨を斬る生々しい感触が伝わる刀を手にして、少女は戦い続ける。

 少女はまだ気づいていなかった。
 骨を裂き血を浴びるたびに胸の奥で蠢く感情に。

* * *

 出会いは必然だと誰かが言っていた。
 他人と出会い自分の中にはなかった考えや在り方を知り、そこから今まで見えていなかった世界が広がることで人は成長していく。
 だからこそ出会いの中には必ず意味があり、人は出会いを重ねる。
 少年が出会ったのは自分と同じく己の信念を抱き闘う者――『侍』たちだ。
 彼らは共に戦場を走り共に闘う『仲間』であった。
 そして――
「お義兄さん」
 関西訛りで喋る少年――岩田光成。
 彼もまた攘夷戦争の中で出会った侍の一人である。
 岩田はにっこり笑いながら銀髪の少年――坂田銀時の肩にポンと手をのせた。
「『うたのおにいさん』ならあっちにいたぞ」
「ハハ~冗談お上手ですなぁ。さすがワイのお義兄さんや」
 目も合わせず面倒くさそうに言う銀時に対して、岩田は嬉しそうに笑って頷いた。
 明るく陽気な性格の岩田は堅苦しいイメージのある『侍』としては実に程遠い人間だ。そんな能天気なところは天然バカの坂本に似ている。事実彼とは気が合うらしく、いつもつるんで酒を飲んでいた。
 誰とも気軽に接する岩田だが、特に双葉によくちょっかいを出し、そして彼女の兄である銀時にも絡むことが多かった。



「俺にゃ妹しかいねーよ。てめーに『お義兄さん』呼ばわりされる覚えはねぇ」
「だってほら、近い将来ワイのお義兄さんになりまっしゃろから、慣れておきまへんと」
 勝手な未来予想図を語り出す岩田に、銀時は不機嫌な目を向けた。
「誰がオメーみてぇな図々しい奴に妹やっか」
「かまへん。いざとなりよったら駆け落ちしまっから」
「おい誰か。コイツにメテオかましてくれ」
 ジロリと銀時に睨まれるが、岩田は笑って返す。
「冗談ですわ~お義兄さん」
「だァから『お義兄さん』って呼ぶな」
 そう言われ岩田はしばし考える素振りをして。
「ほな、お義兄ちゃんで」
「キモイわ!黙れこのハゲ!!」
「失礼やな~。ワイはハゲちゃいまっせ。ちょいと髪がペッタンコなだけや」
「それハゲの兆候だ。薄い未来しか見えねーな」
「せやな、ワイと双葉はんとお義兄さんが仲良うごはん食べとる未来しか見えへんな~」
「都合良く未来書き換えんな!人の話聞けェ!!」
 にんまりした岩田の笑顔とは裏腹に、銀時の怒鳴り声が部屋に響いた。

* * *

 夜の草むらで、双葉は空を眺めていた。
「お前も乙女だな」
「悪いか」
「いや」
 無愛想に答える双葉に苦笑して、高杉は隣に座った。
 普段は鋭い目つきで刀を手に戦いへ身を投じているが、やはり根は『女』だ。夜空を見上げる姿はそこらの女性と何ら大差ない。
 ただ一つ違うのは、瞳に複雑な想いが潜んでいることだ。
天人達(アイツら)はあの星からやって来たんだったな」
 しばしの沈黙の後、夜空に散らばる光を見つめながら双葉は言う。
「そうだな」と、高杉も同じように空を見上げた。
 子供の頃はよく草むらに寝転がって、みんなと夜空を眺めたものだ。
 幼い瞳に映る夜空の星は、とてもキレイに輝いていた。
 いや、それは今も変わらない。
「知ってるか?流星に願いを唱えると叶うそうだ」
「女が考えそうなことだな」
 高杉は溜息混じりに呟いたが、続く彼女の言葉にはそんな生やさしい『夢』などないものだった。
「けど、そう言われた『星』から来た奴らは……私たちの大切な人を奪っていったよ」
 誰のことを言っているのか、高杉は考えるまでもなかった。
 吉田松陽。
 寺子屋で自分達に学びを教えていた彼は、『過激思想家』と釘打たれ幕府に囚われてしまった。おそらく子供に反乱思想を刷りこませる危険分子とみなしたのだろう。
 無論、『反乱思想』など幕府と天人の勝手な思い込みだ。しかし奴らは小さな異分子すら許そうとしない。だが吉田松陽が処刑されたとはまだ聞いていない。どこかの牢獄の中で生きているはずだ。
 恩師を取り戻すため、銀時と高杉と桂を中心に寺子屋の少年たちは立ち上がった。
 だが戦うたびに仲間の墓は増えていく。骨さえ拾われず墓がないまま終わる侍もいる。
 そんな望まない最期を仕向けたのは、『星』からやってきた天人だ。
 奴らには憎む気持ちしかない。殺してやりたいほどの。
 なのに――
「なのに今でも星はキレイだと思ってしまうんだ」
 幼い頃から見てきたせいだろうか。
 それとも、昔と変わらない輝きのせいだろうか。



「納得いかねェか」
「さあな。……でも嫌いじゃない」
 双葉は夜空の星を見据え続けた。
 口に出していないが、おそらく落ち着くのだろう。
 満天に広がる星空の美しさには、心が癒される。戦いで疲れた心身を休めるにはうってつけだ。
 しかし双葉の表情は硬いままである。
「こんな時ぐらい髪下ろしたらどうだ」
 後ろ一つに束ねられた銀髪を見ながら高杉は言った。
 戦うようになってから、双葉は腰まである長い銀髪を一つに縛るようになったのだ。戦闘の邪魔にならないのもあるが、それが彼女の覚悟の表れなのだろう。
 だが高杉には、彼女が自分自身を何かに縛っているようにも見えた。
「気を抜く暇はない」
「俺は下ろしてる方が好きだぜ」
 そう言われても双葉は髪を下ろす素振りをみせない。
 一度決めたら断固として崩さないのは昔からだ。意思が強いと言えば聞こえはいいが、心の許しを与えない我慢は毒にしかならない。それは肉体より精神的に影響を与える。
 本人もそのことは分かっているはず。だが、彼女の意思は変わらなかった。
「悪いがお前の好みに付き合うつもりはない」
「その方がお前らしいぜ」
「これが今の私だ」
 拒むように受け流すが、双葉は気づいていた。
 戦いに明け暮れ疲れている身体をせめて今は休めるように、それとなく高杉は促しているのだと。その気遣いはとても嬉しい。けれど、受け入れることはできない。
 戦争で傷ついているのは皆も同じだ。兄達はこの苦しみに耐えているのに、ここで一人彼の優しさに甘えるわけにはいかない。
「だったら肩の力くらい抜けよ」
「油断して奇襲されたらどうする」
「安心しろ。そしたら俺が護ってやるよ」
「私を護る?馬鹿にするな」
 引き締まった表情をさらに強めて、双葉は立ち上がった。
「私はもう護られてばかりじゃない。私は戦うと決めた」
 持っていた自分の刀を見つめる。
「この刀でみんなの笑顔を護り抜くと誓った。先生も必ず助け出す」
 双葉は刀を強く握りしめた。
 ずっと何もせず、ただ兄達の帰りを待つばかりだった。みんなが帰ってくる砦で待つことがお前なりの闘い方だと兄は言ったが、やはりそれでは駄目だ。これ以上笑顔を消させないためには、自分の手で天人を倒すしかない。
 何処かに牢獄されている恩師のためにも、双葉は強く心の中で決意していた。
 揺るがない瞳を見た高杉は、立ち上がって彼女と目線を合わせる。
「ならどうだ。鬼兵隊に入って俺の下で戦ってみねーか」
 高杉から手を差し出される。
 彼が率いる鬼兵隊の一人として、共に戦場を走る。
 それも悪くない。
 だが――
「お前の下で戦うなんてまっぴら御免だ」
 双葉は差し出された手を軽く払いのけた。
 最初は苦笑のめいたものを浮かべていたが、少し目を伏せて双葉は高杉に背を向けた。
「……お前とは同等の立場でいたいんだよ」
 双葉は少しだけ本音をこぼした。
 幼い頃から同じ寺子屋に通い、同じものを見て、一緒に育ってきた。共に過ごしていくうちに築かれた二人の間柄を壊すような上下関係には、あまりなりたくない。
 どこか兄の面影を感じる彼に、いつしか淡い思いを抱くようになった。それは胸に仕舞っておかなくてはいけない。そうしなければきっと……。
「え?」
 両肩を掴まれ、双葉は静かに振り向かされる。いつになく真剣な表情で見つめられ、言葉が出てこない。
 そんな戸惑う彼女を優しく見据えて、高杉はそっと唇を重ねた。



「……これで同じだろ」
 フッと笑みを浮かべながら、高杉は言った。
「兄者にこんなとこ見られたら……」
「いいじゃねぇか。銀時がどんな顔するか、見ものだぜ」
「……バカ」
 不機嫌そうに目をそらす双葉の頬は、ほんのりと赤くなっていた。それが彼女の答えであり、高杉も素直に喜んだ。
 そして二人はもう一度見つめ合い、互いの唇を交わした。


 ……とここで終わっていたら二人にとって甘い思い出になるのだが、話はまだ続く。
「やたら熱い思うたら火元はここでっか」
 突然割りこんできた声によって、二度目のキスは直前で中断された。
 驚いた二人が振り向く先には、(あご)に両手を添えてにんまりと微笑み寝転がる少年がいた
「い、岩田!?」
「ワイにかまわず続けてええで~。せやけど一歩先越されてもうたな~」
 悔しそうに、しかし愛嬌のある笑みは崩さないまま岩田は立ち上がって二人に歩み寄る。
「ワイも双葉はん好きやのに。高杉はん、抜駆けはズルイでっせ。てなわけで、双葉はん」
 急に真面目な顔つきになり、岩田は両肩を掴んで双葉を自分に向かわせる。
「ここは同等に……ワイとチューを~!」

“ボカッ”

 タコのように伸びた唇で迫る岩田は、当然の如く双葉のアッパーカットで撃退された。
 歯を噛みしめてさっきとは別の意味で頬が赤く染まった双葉は、「帰る」とただ一言砦に戻っていった。
 一方の岩田は殴られた顎をさすりながら苦笑を浮かべて、高杉と肩を並べる。
「ほんま強い()や。ワイ、双葉はんみたいな気ィの強い娘好きやねん。高杉はんはどこが好きなんでっか?」
「てめーに言わなきゃいけねぇか」
 愛想良く聞いてくる岩田に、高杉は溜息をついた。
 ついさっき惚れた女にキスした男だというのに、岩田は嫌悪も突っかかりもせず気軽に話しかけている。明るく前向きな性格だからといって、普段と変わらないでいられるのは、ある意味大物だ。そんな彼に高杉はいつも調子(ペース)を狂わされる。
「……岩田、てめーよく俺と話せるな」
「さっきのチューのことでっか?こう見えてもワイ嫉妬してまっせ。けどここで喧嘩したって双葉はん悲しませるだけやし、高杉はんとも仲悪ぅなってまう。ワイそないの嫌やわ」
「……俺ら仲良かったか?」
「何言ってますの~。高杉はんはワイの恋のライバル兼親友でっせ」
「俺はそんなのになった覚えはねぇ」
「なら今からや」
「おいおい」



 やはり調子が狂う。
 しかし何にも臆せず誰とも接する彼の陽気さには、多くの仲間が親しみを感じていた。彼は戦争で暗くなりがちな人の心に花を咲かせ、和ませていたのだ。それを本人は自覚してないだろうが。
そんな陽気な岩田が惚れたのは、無愛想をふりまく双葉であった。
「にしてもよ、アイツにつきまとうたぁテメーも物好きだな」
「つきまとうって、ワイはストーカーちゃいまっせ。……ただ支えたいんや」
「支える?」
 高杉が聞き返すと、岩田は表情にどこか真剣さを潜めながら語り始めた。
「男の中に混ざって戦うなんてえらい度胸がいるのに、全然めげへんで頑張っとる。ワイはその姿に惚れたんや。それに『女の双葉はんがあないに頑張っとるのに、男のワイらがヘコタレててどないすんねん』って元気もらえるんですわ」
 敵軍に囲まれた男の侍たちが自害を覚悟していた中で、最後まで刀を振るうと地を蹴ったのは女の侍だった。その少女が闘う姿は岩田の瞳に焼きつき、同時に彼は強く心惹かれたのである。
「双葉はんやて疲れとるはずなのに、弱いトコは絶対見せへん。ほんまに健気やで」
「何でも我慢すんのが双葉(アイツ)の悪ィ癖だからな」
 呟くように高杉は言った。
 気が強い分、プライドが高い。高杉や銀時にすら本音をめったにこぼさない。
 迷惑をかけまいとしているのかもしれない。だが自分を押しこむような事をしていたら、いつか折れてしまう。
「せやから支える人になりたいんよ。双葉はんが意地張らなくてもええ人に」
「アイツは頑固だぜ」
 高杉の助言に苦笑して、岩田は真っ直ぐな眼で星空を眺めた。
「ワイこの戦い終わったら、双葉はんにちゃんと告るつもりですわ。ほな、それまで抜け駆けは無しっちゅことでええやろ」
「好きにしろ」
 爽やかに笑う岩田に高杉は冷たく言って、一人夜道を歩いて行った。


 暗闇に溶けていく高杉の背中を、岩田は変わらない笑みで見送る。
「……『好きにしろ』でっか」
 誰もいなくなった草むらで思い返すように岩田は呟く。
 どうやら高杉は自分の意見を聞き入れるつもりはないらしい。さっきの言葉は岩田が手を出しても心配ないという自信と余裕があるから言えたことだろう。
「ほな、好きにさせてもらいまっせ」
 何か含んだ笑みを浮かべる岩田。その頭上で、流星が一つ夜空をかすめた。

=つづく=
 
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