映画
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
8部分:第八章
第八章
「それでは撮影をはじめましょう」
「はい。それでですね」
監督は彼の言葉を受けたうえでさらに言うのであった。
「まずはですね」
「はい」
「どうするんですか?」
「寝て下さい」
「はい!?」
流石に今の言葉には皆面食らってしまった。目が点になってしまっていた。
「寝るって!?」
「ここでですか?」
「出演者もスタッフも」
だが監督は驚く彼等の話を聞いていないかのようにして言葉を続ける。
「寝て下さい。いいですね」
「俺達もって」
「本当ですか?」
「うん、そうだよ」
ぼんやりとした目で唖然とするスタッフ達にも告げた。その自分の家の中でである。勿論撮影に使うようなものは何もない。ただのリビングに皆立って集まっているだけである。
「ここでね。寝て」
「寝てって」
「ここでって」
「横になればいいから」
やはり寝ろという。
「毛布はあるから。寝袋もね」
「寝袋もって」
「それじゃあやっぱり」
「最初から決めていたから」
今度はこう言うのだった。
「皆寝てもらうって」
「それで撮影って」
「場所も場所だし」
「これが僕のやり方だから」
「はあ」
「そうですか」
皆もう何と言っていいかわからなかった。だがとりあえずはまともに撮影ができるとは思っていなかった。流石にそれは思えなかったのであった。
しかしそれはもう言えなかった。とにかく監督が白だと言えば白になる。そういうものだからだ。まして彼は脚本も構成も演出も全て自分でやる。それでどうして逆らえるというのか。そういうものであった。
だからこそ誰もが従った。とりあえずめいめいその手に寝袋や毛布を取って横になる。最低限男女、俳優とスタッフに別れてはいたがそれだけであった。
「じゃあ夕菜ちゃん」
「はい」
夕菜の隣にはマネージャーがいた。隣で毛布を持っている。ユウナは寝袋であった。
「一緒に寝ましょう」
「御願いします」
「寝るのはいいけれど」
彼女もまた首を傾げていた。
「こんな撮影って」
「ないですよね」
「ないわよ」
いぶかしむ顔を隠しもしていなかった。
「あるわけないでしょ?」
「そうですよね。やっぱり」
「あったら怖いわよ」
こうまで言う。
「バラエティでもね」
「じゃあどうして映画でこれを?」
「さあ」
今度も首を横に振るのだった。
「どうしてかしらね」
「睡眠学習でしょうか」
ここでは夕菜独特の天然が出された。
「これって」
「それはないわね」
マネージャーはそれはすぐに否定した。とはいっても首は傾げられたままでその姿勢のままで話をしているから妙な感じにはなってしまっている。
「流石にね」
「じゃあ一対」
「わからないけれど佐藤監督の命令は絶対だから」
とにかく絶対者なのは事実なのだった。
「だから。寝ましょう」
「それしかないですか」
「ええ、はっきり言ってね」
こう夕菜に対して答えるのだった。
「ここで降板させられたくないでしょう?」
「それはやっぱり」
降板は夕菜にとっても避けたいことだった。仕事がないことがどれだけ悲しいことか、芸能界のこうした怖さは彼女も若いながらにわかっているのだ。
「じゃあ」
「はい、素直なのも大事よ」16
マネージャーは今度はこう夕菜に告げた。
「だからね。寝ましょう」
「わかりました。それじゃあ」
夕菜はマネージャーの言葉に従い寝袋の中に入った。マネージャーはその彼女を守るようにして側に寝て毛布を被った。そうして眠りに入ったのだった。眠りに入った夕菜は奇妙な夢を見た。
そこは一面の荒野だった。見渡す限り岩と荒れた土があるだけの荒野だった。赤い、見るからに痩せた土と岩が広がり他には何もない、そうした場所だった。
彼女はそこに一人で立っている。服は青い、忍者の装束だった。男もののズボンのそれに頭巾だけを被っていない。背中に忍者刀を背負ったその姿で一人立っているのだった。
「忍者!?」
荒野の次に気付いたのは自分の格好だった。
「どうしてこんな格好!?」
「姫、ここでしたか」
「探しましたぞ」
自分が何故この服装なのかわかりかねているとここで後ろから声がかかってきた。すると黒い忍者装束のあのベテラン俳優と赤い装束の女優が彼女の前に降り立ったのであった。二人は夕菜の前に片膝をついて控えていた。
「勇敢なのも宜しいですが」
「無鉄砲はなりません」
二人はそれぞれ夕菜に言ってきた。
「それだけは宜しいですね」
「是非」
「いえ、それは違います」
(あれっ!?)
夕菜は今度は自分が今発した言葉に驚いたのだった。
(どうしてこんな言葉が?)
自分でもわからなかった。しかし言葉はさらに自然に出るのだった。
「虎穴に入らずば虎子を得ずです」
また言葉が自然に出た。
「ですから私は」
「ですがそれでもです」
「敵の田沼幻斎はあやかしの術を使います」
「術なら私も負けてはいません」
また言葉が自然に出た。
「田沼を恐れてどうして。秘宝を取り戻すことができましょうか」
「ではやはりここは」
「今より」
「金はいますか」
「こちらに」
今度は若手の俳優が彼女の前に姿を現わした。彼は白い装束だ。忍者装束としては少なくともこうした赤い荒野では目立つ服だがそれでも何故か映えていた。
「おります」
「敵地の中のことはわかりましたか?」
「無論」
その俳優も完全に忍者になっていた。顔つきや仕草だけではない。雰囲気までもが完全に忍者のそれになってしまっているのだった。
「間も無く土も返って来るでしょう」
「では。五人揃った時にです」
彼女の言葉は相変わらず自然に出続けていた。
ページ上へ戻る