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魔法少女リリカルなのは ―全てを変えることができるなら―

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第七話

 ――――模擬試験当日。

 試験は普段行われている訓練場。

 廃都市をイメージしたフィールドで、地上は障害物が多く、多彩な戦略が建てられる場所である。

 試験はスターズとライトニングで別々に行われ、両方の相手を高町 なのはが行うことになった。

 本来であればライトニングの相手は部隊長であるフェイト・T・ハラオウンが行うのだが、本人は執務官としての仕事があり、見学という立場となった。

 更にスターズ副隊長/ヴィータも見学と言う立場で待機し、二人の隊長の総採点で今回の模擬試験は評価される。

 ――――だが、その予定はスバル、ティアナには内緒で変わっていた。

「それじゃ、模擬試験を……いや、模擬戦を始めようか」

 会場でBJを羽織り、試験官であるなのはが来るのを待っていたスバルとティアナは、目を見開いて驚いた。

 建物の屋上に現れたのはなのはではなく、――――朝我 零だったのだ。

「なんでトモが……」

 驚く中、最初に口を開いたのはスバルだった。

 朝我は薄ら笑みを浮かべ、デバイスを起動させた。

 更に二人は……いや、模擬試験を見ている全ての人物が、初めて見る姿。
 
 朝我 零の、BJを着た姿。

 黒のシャツに銀のジャケット、下は黒のパンツで左腰に刀姿のネクサスを収める同色の鞘が装着されている。

 何より変化したのは、彼の髪だった。

 元々短い黒髪だったのが銀髪になり、全体的に長くボサボサとした感じになり、雰囲気が更にも増して大人っぽくなった。

「なのはに頼んで、二人の相手をさせてもらおうかと思ってな。
もちろん、なのはは見てるから試験にはなってる」

 曖昧な言い回し。

 それは彼にとってこの戦いが、試験と言うものではないからだ。

 彼にとってこの試験は、自分の想いを伝える機会だと思ったのだ。

「ほかに質問がなければ――――始めようか」

 言い終えた瞬間、彼の全身から膨大で濃厚な殺気が放たれ、スバルとティアナは全身に鳥肌が立った。

 それは朝我からかなり離れた位置で見ているなのは達も感じ取っていた。

 彼の近くを飛んでいた鳥や蝶は離れていき、潮風は彼の逆鱗に触れることを恐れて収まり、流れていた雲も動きを止めた。

 恐怖の対象が明確に存在し、捉えているスバルとティアナは防衛本能からか、周囲の音全てが消え、朝我 零の発する全ての言動に意識が集中した。

 そして試験が開始したのを感じ取った二人はすぐさま彼から離れ、建物の中に身を隠した。

「……お手並み拝見といこうか」

 朝我はその場から一歩たりとも動かず、二人の出方を待った。

 今回、試験官を代理に行う条件としてフリューゲル・ブリッツの使用は禁止されている。

 つまり彼の移動速度は、元から高いとは言え、スバルとティアナの肉眼でも捉えられる速度になっている。

 だが、彼が二人を追わなかったのはそれが理由ではなく、見るためだった。

 なのはを倒すために覚えた技を。

 ティアナがどんな想いでこの戦いに臨んでいるかを。

 そして――――自分の想いを伝えるために、朝我は戦う。

「来たな――――」

 朝我の周囲を青いレール/ウィングロードが何本も現れて埋め尽くしていく。

 視界は徐々に狭まり、青い竜巻の中に飲まれたように感じる空間が出来上がった。

「こんな技、一巡目では見なかったけどな……」

 それもまた、自分の起こした変化の一つなのだろうかと、朝我は自嘲的な笑をこぼしながら相手の出方を伺う。

 全方向に螺旋状に広がるウィングロード。

 どこからスバルやティアナが現れてもおかしくない状況で朝我は身動き一つせず、瞳だけを動かして周囲の変化を伺う。

「――――そこか!」

 そう言って朝我は真上に向かって刀を横薙ぎに振るう。

 真上からスバルが右拳を力いっぱいに振り下ろしてきていたのだ。

 それを迎撃するために振るった刃は、空を切り、スバルの体は陽炎のように揺らめいて消えた。

 ティアナの幻術魔法/フェイク・シルエット。

 かと思えば足元が壊れ、下からオレンジ色の魔法弾が二発迫った。

「くっ!?」

 刀を振った勢い強引に殺し、朝我は後ろに大きく飛んで回避する。

「うおりゃあああ!」

 その背後から再びスバルが右拳を振るいながら迫る。

 また幻術か、なんて疑う余裕もなく朝我は腰を捻って宙で体を回転させてスバルを拳に刀をぶつける。

 刀を握る右手に、確かな振動が伝わる。

「本物みたいだな」

「よそ見しないほうがいいよ?」

 ニヤリと笑うスバルは後ろに下がると、入れ違いでオレンジ色の魔法弾が二発迫る。

 朝我は刀を振るい、二発の弾丸を切り裂く。

 更に真上から迫る、先ほどの弾丸を切り裂く。

「ディバイン・バスター!」

 ウィングロードを利用して背後に回ったスバルはそこから本人曰く一番強い一撃/ディバインバスターを放った。

 二方向からの魔法弾を迎撃した朝我は回避行動には移れず、左足を軸に回転してスバルの一撃とぶつかり合う選択を取った。

 刀身に自らの魔力を流すと、刀身が銀に煌く。

「はぁッ!」

 掛け声と共に、刀を横に振るう。

 銀色の斬線を残しながら、朝我の一閃はスバルの一撃とぶつかり合う。

 瞬間、激しい爆発と衝撃が二人を襲い、表情を歪ませる。

「そこっ!!」

 朝我とスバルが拮抗し、ぶつかり合う隙にティアナは朝我の背後から特攻を仕掛けてきた。

 その光景は、遠くで見ていたなのは達が驚く行動だった。

 ティアナの武器は中遠距離からの狙撃、それを優位にさせるための知恵と幻術である。

 逆に近接戦を苦手とし、それを補う形でスバルがいる。

 なのでこのタイミングで本来のティアナであれば、背後からの狙撃をするはずだった。

 だが、彼女はそれに納得しなかった。

 求めたのは新たな戦術、新たな力、そしてそこから得る勝利。

 そのために今までのスタイルを削り、新たな戦い方を入れた。

 ティアナの持つ二挺拳銃型のデバイス/クロス・ミラージュの銃口から伸びる魔力刀。

 短剣サイズのそれを両手に握り、朝我の背後からティアナは斬りかかった。

 近距離戦のために覚えた、クロス・ミラージュの新たな可能性と答えだった。

「強くなるって……そういうことじゃねぇよ」

 掠れる声で、朝我は呟いた。

 同時に朝我は刀に力を込め、スバルの一撃を押し込み、懐に回し蹴りを入れて先のビルまで蹴り飛ばした。

 そのまま振り返り、ティアナの放つ刃を空いてる左手の指と指の間に挟んで受け止めた。

「え――――ッ!?」

「ティアナ、それじゃダメなんだ!」

 指間から血が流れる中、朝我は悲痛な表情でティアナを見つめる。

 しかしその表情は、受け止めている魔力刀の痛みではなく、心の痛みからくるものだった。

「強くなるって、そんなやり方じゃダメなんだ!」

「なんでそんなこと言えるの!?
アタシは、強くならないといけないの!」

 そう言ってティアナは後ろに下がり、ウィングロードの上に着地して銃口を向ける。

 カートリッジが弾け飛び、銃口に魔力が集まっていく。

「最初から一人だったアンタに、アタシの何が分かるって言うのよ!!」

 怒り、叫び。

 強い感情が混ざった弾丸が、朝我目掛けて放たれ、そして爆発した。

「ティア……」

 隣のビルの上で、スバルは感情のままに戦うティアナの姿に、悲痛な表情になった。

 彼女の気持ちも、痛みも、全部知っていた。

 そんな表情を見せないために、強くなろうと思ったにも関わらず、結局彼女のその表情を見てしまった。

 朝我はずっと、そうさせないように、そうならないように、ずっと訓練をやめさせようとしていた。

 今思えば、そっちの方が正しかった。

 彼と同じように、無理矢理にでもティアナを止めるべきだった。

 そうすればきっと、こんなことにはならなかった。

 親友のティアナが、同じ親友である朝我とこんな形でぶつかり合うことにはならなかった。

「アタシのせいで……」

「それは違うぞ――――スバル」

「え……」

 ゆっくりと消える爆風の中から、朝我の声が聞こえた。

 朝我は刀を横に振るい、爆風を振り払った。

 BJはボロボロに破け、あちこちから肌が露出していた。

 左手からは相変わらず血が流れる姿から、スバルはようやく理解した。

 ――――朝我はティアナの攻撃を、一発足りとも防いだりしていない。

「二人とも、ごめん。
本当はこうして、ぶつかり合うべきだったんだ」

 朝我はそう語りながら、刀を天に掲げる。

「本気で想いを伝えたいなら、自分の想い、全部込めて……ぶつけるべきだった。
なのに俺、みんなに隠してることがあって、それを引け目に感じて、何も伝えられちゃいなかった」

 彼の足元を中心に広がる、銀色三角系の古代ベルカ式魔法陣。

 それに重なるように、桜色の円形魔法陣/ミッド式魔法陣が展開された。

「ティアナ、強くなりたい気持ちは痛いほど分かる。
勝利に焦る気持ちだって、痛いほど分かる。
でも、それってこの場所で出さないといけないことか?」

 朝我の真上に銀色と桜色、二色の魔法弾が弾幕となって出現する。

 その数は十では桁が足りない数。

 さらに弾丸は風船のように膨らんでいき、百を超えた二色の弾丸は巨大な隕石となっていく。

「なに、よ……それ……っ」

 ティアナが、いや……この光景を見た誰もが絶句した。

 中遠距離戦に関してはトップクラスの実力を持つ高町 なのはですら、空中に展開させる弾幕の数には限りがあり、増やせば増やすほど、小さな魔力弾になる。

 それだけ消費する魔力が多いのだ。

 しかし朝我は、なのはの倍以上の弾幕を倍以上の大きさで展開させてみせた。

 それはつまり、高町 なのは以上の実力を秘めていると言うこと。

 誰も……スバルやティアナすら、彼がそんな実力を秘めていることに気付かなかった。

 だから絶句する。

 朝我 零の持つ、本当の力に――――。

「これは、俺が八年かけて手に入れた力。
八年間、ずっと……ずっと苦しくて、辛くて――――でも、それをずっと歯を食いしばりながら耐えて、手に入れたんだ」

 本来、朝我の始まりの世界(ダ・カーポ)の力を持ってすれば、なのは達を失う直前の時間に飛ぶことだって出来た。

 むしろそうすれば、人体への負担も軽減させることができたのだ。

 だが、それでは守ることができないことに気づいた。

 自分は弱く、何も守ることなんてできないのだと気づき、だから選んだ。

 彼女達の傍で、彼女達の笑顔に、後悔の苦しみに耐えながら、強くなるという道を選んだ。

 地道に、そして確実に力をつけて、迫る運命の日に備える道を、彼は選んだのだ。

 そしてその過程で得る勝利も敗北も、甘んじて受け入れることにした。

 その過程で手にした力の一つが、今展開されている魔法。

「無茶をしても、焦っても、失敗して大怪我するだけだ。
現に俺に訓練を教えてくれた人も、無茶と焦りで失敗した」

 そう言いながら朝我は、遠くで見学している高町 なのはを一瞬だけ見つめ、そして再び呆然としているティアナを見つめた。

「失敗してもいい、負けてもいい。
だって、これは模擬戦だから、訓練の一環だから……まだ、許されるから。
失敗が許されない時が来るから、だから失敗も敗北も、清濁併せ飲んでくれ」

 そして朝我は刀を振り下ろすと、展開された全ての魔法弾を――――一斉に放った。

 銀と桜が舞う、閃光の流星群――――『スターライト・メテオール』。

 幾千もの閃光が流星となりて、対象へ無慈悲に降り注ぐ。

「ティア――――っ!」

「大丈夫……」

 呆然と立ち尽くすティアナを呼ぶスバルに対し、朝我は二人へ向けて言った。

「威力は極限まで抑えてあるから。
しばらく寝たら、またきっと大丈夫だから。
目が覚めたら、俺もティアナの力になるから。
ティアナは、ひとりじゃないから。
だから――――大丈夫だから」

 鼓膜が破れそうなほどの爆発音が連続して響き、視界がスパークしていくなか、ティアナが最後に見たのは――――朝我 零の、涙だった――――。


*****


 模擬戦はそのままライトニングの分が執り行われることなく終了し、ティアナはスバルによって医務室まで運ばれた。

 朝我の傷はキャロの治癒魔法でも完治できるほど浅く、すぐに治った。

 それからエリオとキャロもティアナのもとへ向かい、朝我は隊舎のロビーになのは達とともにいた。

「……まぁ、あれを見せたらこうなることはわかってたんだけどさ」

 自嘲的な笑を零しながら、朝我はキレイな姿勢で座り、なのは、ヴィータ、フェイトの三人を見つめる。

 聞きたいことがある、と言われた朝我はここにこうしているのだが、要件は言わずもがな、先ほどの大魔法のことである。

「朝我くんが色々と隠しているのは知ってるけど、まさかここまでのことを隠してるとは思わなかったよ」

「二つの術式を組み合わせて一つの魔法を発動させる……なんて、はやてでもやれねぇことが、なんでおめぇができるんだ?」

 なのはとヴィータの言葉に、朝我の表情はさらに苦しいものになり、額から汗が流れ出す。

 前々からこの状況になることを想定していた朝我なのだが、前々からどう答えればいいのか分からずにいた。

 アドリブでどうにかなる、などと現実逃避もしてみたが、結局は無意味だった。

「……やっぱり言わなきゃ、ダメですかね?」

 精神的に余裕がなくなり、なぜか敬語になったが、皆はお構いなしに沈黙しながらこちらを見つめた。

「……稀少能力の一つ/『ネクサス・コネクト』」

 三人の朝我を見つめる目が大きく見開いた。

 魔導師の中には、稀に異質な能力を持つ魔導師が生まれることがある。

 その能力を稀少能力(レアスキル)と呼ぶ。

 朝我は一巡目でなのは達を失った際、三人のデバイスを受け取っていた。

 そしてデバイスに残された持ち主の魔法データをネクサスに読み込ませ、朝我の魔法術式と組み合わせることを可能にした。

 もちろん当初は術式同士がぶつかり合い、肉体に激しい激痛が走るなどの副作用が出た。

 それを八年間、彼は努力して使いこなせるように努力した。

 そうして手にしたのが、なのは達との想いを繋げる稀少能力/ネクサス・コネクト。

「どうして黙ってたの?」

 なのはの問いに、朝我は本当のことを言えるはずもなく、納得されるような嘘をついた。

「こんな能力が知られたら、人体実験やらモルモットやらにされる気がしてな。
フリューゲル・ブリッツだってギリギリなんだから、ネクサス・コネクトなんて知られたら……な」

 俯き、暗い表情を作ってみると、三人はその嘘を本気で信じ、ああ……と納得いった様子で頷いてくれた。

 その素直さというべきか、自分の演技力のよさが強い罪悪感を生み出すのだが、朝我はそれを胸に押さえ込んで話を続ける。

「今回使ったのは……ティアナとスバルに伝えたいことがあったから。
俺、言葉じゃ何もできなかったから。
言葉だけじゃ、何も伝えることができなかったから。
だから俺の全力で伝えたかったんだ」

「……そういう所、なのはによく似てるね」

「ふぇ!?」

 フェイトの言葉に、ヴィータはああ~と納得した様子で数回頷き、なのはは間抜けな声を上げて驚いた。

「そ、そんなことないよ!」

「い~や、なのはにそっくりだね」

 否定するなのはをさらに否定するヴィータに、朝我とフェイトは笑みをこぼした。

 実は朝我も、ティアナ達とぶつかると考えたのは、一巡目のなのはのことを思い出していたからだった。

 彼女はいつだって全力でぶつかってくれた。

 後先なんて考えず、今困っている人のために全力を尽くしてくれた。

 その姿を思い出して、自分もそうあるべきだと思ったから戦う道を選んだ。

「……ありがと、なのは」

「ん、何が?」

「え……ああ、いや、何でもない」

「?」

 ポツリと心に思っていたことが言葉に出た朝我は、慌てて首を左右に振った。

 油断した自分を心の中で責めてると、隣から謎の視線を感じて振り向いた。

「むぅ……」

「え……え?」

 なぜかフェイトが頬を膨らませてこちらを睨みつけていた。

 拗ねている子供っぽい様子に、朝我は頭に疑問符を浮かべる。

「朝我、随分なのはと仲がいいみたいだね」

「は、はい?」

「ティアナのことも、ずっときにしてるし」

「えーっと……えぇ?」

 混乱に混乱が重なり、そろそろ頭がグチャグチャになりそうになった朝我を、なのはとヴィータは呆れた様子で見つめた。

「鈍いね」

「鈍いな」

「ツーン」

「な……何がどうなってるのぉ!?」

《マスター、女難の相が出ておりますね》

「だから何がだあああああああ!!!」

 混沌としてきた空気に、朝我の混乱はさらに加速していくのだった――――。 
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