ワンピース~ただ側で~
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番外22話『乱入!』
麦わら一味はメリー号に乗って東海岸へと出る脱出組と、黄金を探索して船に持ち帰るという探索組の2チームに分かれて行動していた。
ルフィ、ゾロ、ハント、チョッパー、ロビンが探索組。
ウソップ、ナミ、サンジが脱出組。ちなみにだが脱出組の中にはチョッパーを守るために戦い深手を負った空の騎士ガンフォールとその愛鳥ピエールの姿もある。ナミと一緒に行動したがりそうなハントも、やはり黄金探索と神に対してのリベンジマッチを望んでいる今の状況とあればそちらを優先するらしく、迷うことすらなく探索組へと参加していた。それに関してはナミが少しだけ不満そうな表情を浮かべていたりということもあったのだが、それはともかくとして。
探索組の彼らには、また新たな問題が発生していた。
「困ったわ……コースに誰も戻ってこない」
「んー、まぁチョッパーはともかくルフィとゾロがここに戻ってこれたりはしないんじゃないか?」
「先に行って待つ方がいいかしら」
「……まぁ、あいつらなら勝手になんとかするだろうし、そうしようか」
ロビンとハントの言葉通り、探索組は探索を開始して早々に別行動をとるはめになっているのだ。
それもこれも全長数十メートルはあるという、超巨大で、しかも毒をもっている大蛇に襲われたことが原因だが、見聞色で誰もその大蛇の被害にはあっていないことはわかっているため、ハントも特に心配そうなそぶりを見せてはいない。
ハントは一応それぞれの位置を把握できてはいるものの、さすがに逸れるたびに一々、一人一人を回収していたら時間がいくらあっても足りないことは明白だ。だからこそわざわざ迎えに行かずに、今の結論に至っている。
ハントのことだからそこまで深く考えて、というよりも本当にただ単純に各々でなんとかするだろうから、という理由だけの考えでも全くおかしくはないが。
ともかく、方向感覚に優れているハントとロビンはたった二人になりながらも目的地へとまっすぐ南に歩き出したのだった。
――こ、これは不可抗力だし……ナミも怒らない……よな。
ジャヤでのことを思い出したハントが違う意味でドキドキしているのはご愛嬌といったところ。
「……?」
歩き出して半刻とたたないうちに銃撃音などが響きだしたことで二人が同時に足を止めた。
「随分と森が賑やかになってきたわね」
「……そうだな、いろんなところで戦いが起こってるみたいだ」
大して興味がなさそうに呟く二人。
ロビンは目の前に広がっている景色、森が廃屋を呑みこんでいるという滅多にない光景を興味深く見ているから。いわゆる考古学者としての知的好奇心が他への興味を失わせているという状態だが、ハントは別に目の前の光景に興味があるからでは、もちろんない。
――今のところ雷をうつようなやついないなぁ。
少々だるそうに、それでいて真面目に。
島中に張り巡らせた見聞色の網に神がひっかかるかどうか、それにほとんどの意識を傾けている。ハントの今の第一目的は神へのリベンジマッチなのだからそれも当然といえば当然かもしれない。網に神らしき人物がかかればすぐにでもそこへ走り出しそうな雰囲気を醸している。
とはいえ、そんなハントの個人的な感情にロビンが気付くわけもなく、いや気づいていても気にするわけもなく民家の遺跡を見つめながら言う。
「ここは都市から離れた民家ね……やっぱり森に呑みこまれてる。肝心の都市の遺跡は無事なのかしら」
「……ん?」
ロビンの言葉に反応したわけではなく、ハントがフと顔をあげた。それとほとんど同時。
「め~」
山羊のような容姿と鳴き声をした一人の男が、ロビンが見つめる民家の遺跡へと足を下ろした。
「女に……男か! このルートは神の社へと続く道! これ以上は踏み入るは無礼なり! メ~!」
今にもハントへと襲い掛かりそうな雰囲気を醸しだすその男へ、ハントが口を開く前にロビンが先に言葉を発していた。
「そこから降りなさい、あなたは遺跡というものの価値がわからないようね」
山羊のような男は「何を生意気な!」とその言葉を跳ね返したが、ロビンが珍しく不機嫌そうな表情を浮かべていることにハントは気づいた。ギョッとした表情を見せて、意識的か、それとも無意識にか、ロビンから離れるように数歩ほど後退る。
「私に御用? どうしたいの?」
「どうもこうも! 神の命によりシャンディア及び貴様ら青海人をこの斬撃貝で――」
ロビンの問いに、山羊似の男が堂々と答えようとした時だった。
「――六輪咲き」
いつしか、男の体中に六本の腕が生えていた。
「ん?」
男が気付き――
「あ」
――ハントがそれを察知した時には既に遅し。
「ツイスト!」
「ホガ!?」
六本の腕が山羊男の体中の関節を砕いていた。
「……ひどいことをするわ」
山羊の男が登場するときに足を下ろした遺跡の一点。崩れてしまっているその場所を見つめながら呟いたロビンの言葉に、ハントは茫然と思ったのだった。
――……こ、こわい。
遺跡を破壊された跡がどれだけのものなのかを確認しつつもまた「行きましょう」と歩き出したロビンの背中に「お、おう」と相槌を打ちながらハントもまた歩き出そうとして、すぐにその足を止めた。
「……」
「……?」
ハントが自分の後ろをついて来ようとしないことに気付いたロビンが後ろを振り向き、気付いた。
ハントから感じられる空気が一変していること。
「動いた」
「動いた?」
端的に発せられたハントの一言。
それだけでは意味の分からない言葉を、ロビンは首を傾げて次の言葉を待つ。
「……やばい、メリー号だこれ」
「?」
「悪い、俺は船に戻る! 雷の野郎が出た! しかもメリー号に!」
雷の野郎。
昨日、ハントが仲間たちに説明した通り雷の力を持つ悪魔の実の能力者。
ずっと見聞色で網を張っていたハントだからこそわかる。普通の人間では考えられないほどの速度で動ける存在がそれだと。
ロビンの返事も待たずに来た道へと引き返していくハントの背中はロビンでは視認できないほどに速く、それだけハントが本気だということが見て取れる。
「漁師さんの言葉が正しいならきっとゴロゴロの実の雷人間……最強の悪魔の実の一つ」
ハントの背中が一瞬で見えなくなったことを確認したロビンが、何事もなかったかのようにルフィたちとの合流地点を目指して歩き出しながら、そっと呟く。昨日ハントから聞かされた『神らしき人物が雷の能力者だ』という言葉から推測されている神の能力の危険性。
もちろんそれはあくまでも可能性の話で、だからこそロビンは昨日に話を聞いた段階ではあえて今呟いた言葉を口に出すようなことはしていない。それでも、もしその可能性が事実だった場合、ロビンの予想ではきっとハントでもその能力者には敵わない。
なにせ雷の力はそれこそ人智のレベルをはるかに超える力だ。
ハントの実力云々ではなく、能力者ですらない人間がその壁を越えられるものか、それがロビンには想像できないのだ。
「……返り討ちにあわないかしら?」
一人で、いったい誰に対する質問なのか。
まるで他人事のように平然と不吉なことを呟くロビンの言葉は森の中に消えて誰の耳にも届かない。
メリー号。
ハントの危惧通り、既にサンジとウソップが被害にあっていた。もうそこに雷の男の姿はないものの、その代わりなのかなんなのか、副神兵長を名乗るホトリとコトリという双子のコンビがそこにいた。
「くっ! やめてよ!」
「ほほう! やめな~い!」
「や~めな~い! ほっほう!」
ナミの振るうクリマ・タクトを容易く避けつつも、全身を黒焦げにされて意識すらない状態のサンジとウソップをいたぶり続ける。
「やめてったら! そいつらもう意識がっ!」
「こいつらがサトリの兄貴をつぶしたんだ! 許さ~ん!」
「ゆるさ~ん!」
双子だけあって姿も声も、話す内容すらも似ていてどっちがどっちだか全く区別がつかない。
「このっ!」
あくまでもサンジとウソップをいたぶるホトリとコトリに、ナミも諦めずにクリマ・タクトで殴り掛かる。
「衝撃いただき」
そもそものナミの身体能力では彼らの足元にも及ばない。いとも簡単に衝撃貝で威力を吸収されてしまった。続けざまにホトリだがコトリだかの右腕を眼前に掲げられたことでナミの表情に恐怖の色が宿る。
「くらえ」
だが、放たれたのは衝撃ではなくただの屁。
「何っ、くさい! ケホっ! タチ悪い! 何よこいつら!」
「成程……奴ら4つの種類の貝を」
決して軽くはない傷を負っている空の騎士、ガン・フォールもナミと同じくサンジとウソップを守ろうとしているらしく、槍を構えながらに呟いた。その言葉は、果して正解だった。
「ほほーう、そうだとも! 炎貝! 斬撃貝!」
「衝撃貝! 匂貝! 覚えたか、見極めは不可能だぞ!」
そう言いながら腕を組んでグルグルと回りだす。
「さぁ、どっちがホトリでどっちがコトリで」
「どっちが何だ!? 何が出るかはお楽しみ! びっくり貝イリュ-ジョン!」
まさに見分けのつかない二人だからこそ出来る戦法。
「種類はわかった……もうぐずぐずしておれぬっ!」
つい先ほど前までここにいた雷の男との会話によって不吉な予感を抱かされたガン・フォールがさっさとこの二人を片づけて雷の男を追うために攻撃を開始、それと同時にナミも「天候は台風!」クリマ・タクトの一節を飛ばして牽制。
「ほう、はずれ!」
「ほほぅ、はず~れ!」
相変わらずの態度でナミの攻撃を避けたかと思えば、双子の片割れが右手をガン・フォールへと掲げていた。
「さぁ、俺の右手は何貝――」
薄ら笑いを浮かべ、余裕の態度すら見せつけていたその男を、フと一陣の影が覆っていた。
それはあまりにも突然で。
「魚人空手陸式――」
あまりにも速かった。
「――3千枚瓦正拳!」
「だぼふん!?」
森の中からいきなり飛び出できたハントがその拳を双子の片割れの顔面へと突き刺していた。まるで冗談のように空中へ吹き飛ばされていく姿に「コトリ!」と残りの片割れ――どうやらホトリ――が慌ててコトリの吹き飛ぶサマを見つめて、だが次の瞬間には怒りをその目に宿して突然の乱入者を睨み付ける。
「許さ……ん?」
だが、一瞬でもコトリのことを心配してしまった時点でもう勝敗は決していた。
「魚人空手陸式3千枚瓦回し蹴り!」
いつの間にか懐へと回り込んでいたハントがホトリの顔面を蹴り飛ばした。こちらもまた面白いような速度で森の中へと弾き飛ばされていく。元々コトリやホトリなど眼中にすらなかったのか、何ごともなかったかのような態度で「大丈夫か!?」とただ心配そうな表情で甲板にいるナミへと声をかける。
「……」
「……」
あまりにも一瞬のことでその展開についていけていなかったナミとガン・フォールの思考もすぐに復活。
「……ハント!」
「……なんと、一瞬で」
各々が声を漏らした。
突然のハントの乱入で一瞬だけ動きを止めた二人だったが、そこから二人の行動は早い。
「なんでアンタがここに?」
尋ねるナミと「すまぬが吾輩エネルを追う」と言って飛び出そうとするガン・フォール。
「雷の奴がメリー号に来たのを感じたから、そいつをブッ飛ばすためだったんだけど……間に合わなかったな」
軽く息を切らせつつもナミの問いに答えるハントだったが、その問答の間にもメリー号を飛び出そうとするガン・フォールの背中を「え……と?」と首を傾げて不思議そうに見つめる。
「ちょっと! 怪我は大丈夫なの、変な騎士!」
「吾輩の部下たちの命の危機なのだ! ともすればこの国の危機やもしれぬ!」
ナミの半ば制止するような声に答えるや否や、ナミとハントには目もくれず「飛べるか、ピエール!」と愛鳥の背に乗ってメリー号を飛び出していく。
ほとんどハントと入れ替わりの形でメリー号からいなくなってしまったガン・フォールに、ハントは戸惑いの表情を浮かべながらも「あ、そうだ……ウソップとサンジは大丈夫か?」と気を取り直すかのように現状のメリー号についての質問を口にした。
「エネルにやられちゃった……チョッパーがいないから応急手当ぐらいしか出来ないけど……この二人のことだから大丈夫、きっと死にはしないわ」
「そっか……よかった」
見聞色の網で二人が危険な状態だということは察知していたのだろう。とりあえず命の心配はなさそうという話だけでも聞けて、心の底から安堵した表情で息を抜く。
「さっきナミが言ったエネル……っていうのは?」
「そいつが神。あんたが予想してた通り多分本当に自然系の雷の悪魔の実の能力者ね」
「……そっか」
「そっか……って、あんたねっ!」
ウソップとサンジを船室まで運ぼうとするナミを手伝いながら、ハントがなんの感慨もみせずに呟いたことで、ナミの語気が急激に厳しくなった。
もしかしたら神エネルが雷の悪魔の実の能力者かもしれないという情報は既に昨日、キャンプファイヤーでの会議の席で得ている。その時は嫌な予感を覚えつつも、まだ平然としていたナミだったが実際にエネルの脅威を目にしてはそうそう普通の態度ではいられない。
エネルが現れてサンジが向かおうとしたと思った瞬間には既にサンジの姿が真っ黒こげになっていた光景。
サンジが倒れて一緒にサンジの容体について大丈夫かどうかを騒いでいたウソップがいつの間にか黒焦げになっていた光景。
それらがもうナミの脳裏に恐怖として焼き付き離れないでいる。
だというのに平然と、なんのプレッシャーも感じてないようなお気楽な態度のハントへとナミが詰め寄る。
「相手は本当に雷なのよ!?」
「えっと……うん」
「雷なのよっ!? ……私たちとはエネルギーのスケールが違うのよっ!? なんであんたそんなに危機感ない顔してんのよ!」
ハントからすればまるで突然すぎる彼女の興奮だ。困ったように頬をかくハントのその危機感を覚えていないような態度が、また一層にナミの不安を煽る。詰め寄って、襟をも掴まんばかりのナミの勢いに、ハントは軽く笑みを浮かべて「……勝つさ」と小さく呟く。
「……え?」
声の小さな言葉。
根拠のない言葉。
にも関わらず、ナミの勢いが止まった。風船の抜けたような声を漏らし、ハントをじっと見つめたまま動きを止める。そんなナミの様子が少しだけ可笑しかったのか、ハントは笑顔の表情を更に弛めてからナミを抱きしめて言う。
「ぅぷ」
「ナミは絶対に俺が守る。俺だってクロコダイルに負けた時みたいな、あんな恥ずかしい姿をまた晒す気はないさ。だから――」
「……」
いきなりハントに抱き寄せられて、息を漏らしたナミの耳元でハントが強く言い放った。
「――俺を信じてくれ……俺があいつをぶっ飛ばす」
「ぅ」
ハントらしからぬ強い声。それに、ナミは息を呑む。
体を離し、今度はナミの瞳をじっと見つめて言うハントの表情はやはり強く、それでナミは完全に降参した。
「……はぁ……もう!」
一度、わざとらしいほどの大きなため息をついた。かと思えば今度は自分の髪をグシャグシャとかき乱してから、次いで彼女らしい少し意地の悪い笑顔を浮かべて「でも、じゃあ……それで?」と唐突に首を傾げて見せた。
「……え?」
いきなりすぎて当然にナミの質問の意味ががわからないハントはそれを聞き返すのだが、ハントが自分の質問を理解していないことはナミにとっては当然のことで、だからこそどこか意地の悪い、それでいてあえて呆れた表情を浮かべてため息を一つ。
「あんたはいつまでここにいんの?」
「ぇ」
ハントの動きが止まった。
もちろん、ナミはわかっている。
強さを目指すハントにとってエネルは倒さなければならない敵で、何よりも優先すべき事柄だ。一度不覚をとって気絶させられたとあれば尚のことだ。それは、子供のようにはしゃいで空島の冒険を楽しみにしていたハントが空島の黄金探索ではなくエネルを倒すことへと目的としていることからも簡単に察せられる。
そのハントがわざわざここを動かずに、大して役にも立てないというのにウソップとサンジへの応急処置を手伝っているのは、単純にハントにとってエネルを倒すことよりも優先すべき理由がここにあるから。
本来ならばウソップとサンジの介抱の手伝いはもちろん、ナミとの会話もそこそこに、とっくにエネルを追いかけて、もうここにはいないはずのハントが未だにメリー号でナミとこうして会話をしている理由。
――私を心配……してくれてるのよね。
それはナミの己惚れでもなんでもなく、事実、その通り。
ガン・フォールもおらず、ウソップもサンジすらも戦闘不能のこの状態でナミを置いておく。
それをハントに出来るはずがなかった。
もちろんそれはハントがナミをただ心配していることもあるが、それ以上にナミ自身が一人になることをこの状況で望むはずがないことをハントも理解しているからだ。誰よりもナミを大切に思っているハントだからこそ、今ナミを置いて自分の目的を最優先に動けるはずがない
それをナミも理解しており、もちろん恋人たる彼女がそれを嬉しく思わないはずがない。ただ、ハントがナミを心の底から大切に思っているようにナミもまた同様にハントを大切に思っている。
だからこそナミは言う。
「私は大丈夫だから」
このまま負けっぱなしで終わることは誰よりもハント自身が悔しいだろうから、それをアラバスタで既に知っているから。「け、けど俺が行ったら」と心配そうに言うハントをナミは快活に笑ってその背中を張り倒す。
「たとえ相手が雷でもアンタは負けないっていうアンタの言葉を信じる! だから――」
一旦言葉を切り、大きく息を吸ってナミは笑う。
「――さっさと行ってブッ飛ばしちゃいなさい!」
「……おう!」
ナミの笑顔に、ハントもまた笑顔で応え甚平を翻したのだった。
ハントがナミの言葉を受けてメリー号を飛び出した頃、アッパーヤードにおける戦闘は激化の一途をたどっていた。
ハントと途中まで行動を共にしていた黄金探索組も、それは当然に同様だ。
ルフィは巨大なウワバミの腹の中にいることも気づかずにそこを探検し、ゾロはゲリラ……正式にはシャンディアの主力の一人ブラハムを撃破し、チョッパーは常に腕を組もうとする神官ゲダツと遭遇、ロビンも神兵長ヤマと遭遇している。
各々が各々の戦いに身を置く中、ハントが目的とする男である神エネルもまた一人の男と遭遇していた。いや、正確に言うなら遭遇を経て、既に数分が経過していた。
「うおおおお!」
神エネルが遭遇した男はゾロが撃破したブラハムと同様に、シャンディア側の主力の一人として数えられている男で、その名はカマキリ。サングラスとモヒカンが特徴的な彼が雄たけびをあげてこれで何度目ともわからない槍の刺突を繰り出した。
それは正確にエネルの左胸を貫き、本来ならそれで勝敗は決するはずの一撃だ。
だが、既にそれはこの数分の間に幾度となく行われてきた行為。エネルの右胸から漏れるのは血ではなく雷のような鋭い光。それがカマキリに槍を伝い、全身へと走り、カマキリの体を熱く焦がしていく。
当然といえば当然の結果だ。
エネルはただの人間ではなく自然系の雷の悪魔の実の能力者。正確にはゴロゴロの実の能力者だ。単なる物理攻撃では彼に傷一つ負わせることは出来ない。
それでも、カマキリは槍による攻撃をやめない。
何度も槍を振るい、振るい、振るう。
その度に彼の体が火傷を増やしていく。それでもカマキリは腕を動かすことをやめない。
彼らの祖、大戦士カルガラの意思を継ぐために。
彼らの土地、アッパーヤードを自分たちの手に奪還するために。
彼らが子供のころから続いてきた闘争。それが目の前の敵の首をとることで終わる。そんな状況にあって諦められるはずがなかった。
「おおおお!」
また槍を振るう。
ただ負けられないという意思を込めて。
――ふむ、青海の男が随分と近づいて来ているな。どうやら本当に我らと同じくマントラを使えるらしい。
まるでカマキリの気迫すら児戯だといわんばかりの態度で、全く別の人間のことへと思いをはせる。
エネルはゴロゴロの実の能力の力も相まってマントラの範囲内では会話すらも自由に聞き取れる。その彼が自分を倒すと息巻いている小生意気な人間であるハントを放置していたのはもちろんハントの存在に脅威を感じていたから近寄りたくなかったとかいう理由などではなく、ただ単にわざわざ自身から構ってやるに値しないと踏んでいたからだ。
ただそれだけのことで、もしも遭遇し、挑んでくるのならばその場で裁きを下す。
エネルにとってはただその程度の存在。それが青海の男、ハント。
現在この場から動いていないのはカマキリに絶望を与えるため神の存在を知らしめるためで、5分間という時間をカマキリの好きにさせているに過ぎない。
――もしも間に合うというのなら……ふむ、ことのついでだ。青海の人間にも神の存在を教えてやろう。
「うおおおおああああああ!」
「……ああ、まだやっていたのか」
ふと、エネルの耳をつんざくほどの怒声が響いてエネルの思考を現実に広がっている世界へと向けさせた。声の主はもちろんカマキリだが、それすらもエネルからすればどうでもいいこと。
「すまんね、次の生贄を考えていた……苦しそうだな」
エネルの頭部にはカマキリの槍が見事に突き刺さっている。それでも平然と言葉を紡ぐエネルにカマキリが遂に漏らした。
「俺は…………お前に勝てない……のか」
心の敗北を。
「ああ、そうだとも……もうわかっただろう。俺は雷だ。どうあがけば人間が雷に勝てるというのだ」
自分に突き刺さった槍に軽い雷を流し、カマキリへと苦痛を与えながら彼は表情を変えずに淡々と呟く。
「人は古来より理解できぬ恐怖を全て神とおきかえ恐さから逃げてきた。もはや勝てぬと全人類が諦めた天災そのものが私なのだ」
「……ん゛んっ!!」
カマキリがエネルから距離をとった。いつの間にか右手に備えていた槍を捨て、新たな武器を。
一見してただ貝に柄がついているだけのそれ。武器にはなりそうにないそれだが、どういう仕掛けが施されているのか。気付けば貝から青白い光が生まれていた。際限なく伸びるその光をもって、カマキリが叫び、振るう。
「燃焼剣!」
その光で、エネルの後ろにある大木ごとエネルの体を両断した。
が、やはり無駄。
一瞬だけぶれたエネルの姿だがすぐさま元通りになり、何事もなかったかのような顔をして「約束の5分を過ぎた……手を出させてもらうぞ」
「……」
既にかなわないことを察していたカマキリはエネルに背を向けていた。
「逃げるとは今更だな……ヤハハ、雷より早く動けるつもりか?」
目前に、いつの間にか現れていたエネルの姿を見て、自分の最後を察知したカマキリが悲痛な声で叫ぶ。
「逃げろ! ワイパー!」
「100万V放電!」
閃光が一帯を多い、カマキリの体を雷光が覆った。
その電圧に耐えられなかったカマキリのサングラスのグラスが割れ、カマキリもまた黒焦げの姿で背中から大地へと倒れこむ。
それで、終了。
「……いかん、電気が雲の川を伝ってしまったようだ……今の放電で声が20も消えてしまった。間抜けどもめ」
自分の部下をも巻き込んでしまった男の言葉とは思えないような言葉を、ただ面白くなさそうに平然と吐き捨てて体の向きを反転させた。
「だが、まぁ丁度いい――」
誰もいない森の奥を見つめ、そして。
「やっと追いついたぁ!」
「――ヤハハハ、青海の男。貴様にも神の存在を教えてやろう」
視線の先、森の中から突如現れたハントに、エネルは不敵に微笑んで見せた。
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