ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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追憶の惨劇と契り篇
49.大地の静寂
吐く息が白く一瞬のうちに空気と混ざり合って消えていく。
今夜はかなり冷えるようでやはり制服だけでは寒かったであろう。だが、今の緒河彩斗は寒さというものは感じないほどに体が熱くなっていた。
一刻でも早く柚木の元へと行かなければ。
そんな思いだけが彩斗の足を我武者羅に動かし続ける。白い息が荒々しく吐き出される。
その時だった。体が吹き飛ばされそうなほどの暴風が吹き荒れた。近くにあった標識の棒をギリギリで掴むことができ、吹き飛ばされるのはなんとかまのがれる。
こんな突発的な暴風が前触れもなく起こるわけもない。この現象を起こした原因は考えるまでもなく理解できた。
「……眷獣か」
それは近くに柚木たちの同種がいるということだ。それもこんな街中で召喚するということは戦闘する気満々ということになる。
暴風が吹き終わった後は、まるで地獄絵図のようになっていた。吹き飛ばされて横転した車、原型をとどめないほどに倒壊している建物。その中には吹き飛ばされた人だって確実にいるはずだ。
吹き飛ばされた人がどうなったなど考えるまでもなくわかってしまう。彩斗に力があればその人たちだって助けることができたはずだ。自分の弱さを改めて思い知らされる。
「クソが……!」
何に対して叫んだのかわからずに彩斗は駆け出した。先ほどのような闇雲な走りではなく確実な向かう場所があった。
それは暴風が吹き荒れた中心だ。あれの原因は眷獣の召喚によって爆発的な魔力が一気に噴き出したために起きた副作用であろう。いや、少し違うような気がする。どちらかといえば、宿主が眷獣を召喚したのではなく、眷獣が宿主の魔力を使って現れたというような感覚のような気がした。
昨夜の海原の時のように眷獣に意識を奪われているのではないだろうか。
またこの感覚だった。彩斗の知らないことを彩斗は知っている。誰かが教えてくれているようにだ。それもどこか違うような気がした。この感覚は、記憶を思い出すのに似ている。奥深くに眠っていた記憶が何かをきっかけに呼び起こされているみたいだった。
だが、そんなことなど今は関係ない。使えるものは例えわけがわからないものでも使っていかなければ無知なる人間はこの祭典を生き抜くことなどできないとそいつは告げる。
魔力の残滓を追って暴風の中心へ向かった。
台風の目のように穏やかなわけもなくむしろ勢いを増しているようにも感じた。
そして彩斗は中心にいる人物を見て少し驚く。そこにいたのは女性だった。茶髪の長髪でそれをシュシュで一本にまとめて肩にかけている端正な顔立ち。白いトレンチコートに下はショートパンツ。年齢は二十歳くらいだ。女性を中心に爆発的な魔力が今も流れ続けている。
迂闊に近づくことはできそうにない。あそこへと飛び込めば間違いなく彩斗は一瞬で吹き飛ばされて終わりだ。
どのように近づこうか考えようとしたとほぼ同時だった。
それが襲ってきたのは……。
「なんだ……!?」
あまりの出来事に驚愕するしかなかった。地面の一部が盛り上がってこちらへと猛スピードで迫ってくるのだ。
「そんなのありかよッ!?」
常識はずれの技に悪態をつきながら逃げる。あれが直撃すれば上空へと打ち上げられるか、飲み込まれるかだ。どちらにしてもくらえばひとたまりもないことに変わりなどない。
しかし、想像以上に迫り来る地面の速度は速い。一か八かで彩斗は建物と建物間へと飛び込んだ。
すると迫り来る地面は彩斗のことなど無視してそのまま進んでいった。どうやら無差別か彩斗ではない誰かをターゲットにあれは動いているようだ。
なんとか凌いだがこのまま闇雲に動き回っても先ほどの二の前になるだけだ。
もうこの街は彩斗が知っている平和とは違うのだった。ここはもう戦場だ。
ならば考えるんだ。この戦場から柚木を助け出すための方法を……この状況を打破するための方法を……。
集中状態の彩斗の耳は獣の叫びを捉えた。
その叫びには覚えがあった。忘れるわけもない叫び声に彩斗は危険など考えずに建物の間から元の道へと飛び出した。
そして彩斗の視界は叫び声をあげた主を捉えた。
黄金の一角、艶やかで綺麗な毛並みを持つ一角獣だ。それは海原が従えている伝説の吸血鬼の眷獣だ。
「あの眷獣が出たってことは海原さんがこの辺りにいるのか」
彼の元まで行けば柚木の居場所がわかるかもしれない。しかし先ほどの地面は一角獣が現れた方向へと向かっていった。つまりあれの対象は海原ということになる。あちらは危険ということだ。だが、そんなことなどお構いなしに彩斗の足は一角獣の元へと向かっていた。
しかし一角獣の元へ行くには、先ほどの盛り上がった地面が壁のようにそびえ立って邪魔だ。
脇道が健在ならば少し大回りすればそちら側に回り込むことができるはずだ。迷うことなく彩斗は脇道を駆け出した。
建物と建物の間は先ほどの影響で地面が隆起しており、かなり走りにくくなっている。そんなこと気にもせずに彩斗は駆ける。
そして建物と建物の間から抜け出た時だった。突然、彩斗を襲ったのは激しい揺れだ。
目眩か、いや、これは地面が揺れているんだ。
それを理解した瞬間に後方から肌を刺すような嫌な気配を感じた。振り向くとそこにいた姿に驚愕する。
ここら辺の地域はマンションや企業などの建物が多い。しかしそれらと同じくらい。マンションの四、五階くらいはあるであろう。身体中に銀色の鎧を身にまとう猿が現れたのだ。それは眷獣だ。
先ほどの女性の眷獣であろうか。違うにせよこの地震や先ほどの地形操作はあいつの仕業であろう。
大地を操れるタイプの厄介なやつだ。
昨夜戦った海原の眷獣は、水を操るタイプだった。この地区は川はあるが少し離れているため本来の力を発揮することはできなかった。しかし、大地を操るということは水の上以外では最強ということになる。
すると立っているのもやっとなほどに揺れが激しくなった。
目の前の建物が揺れに耐えきれずに倒壊をしだした。
「まじかよ……ッ!」
彩斗は迷わず走り出した。倒壊仕掛けている建物の下に制服姿の少女がいるのだ。しかも、崩れていることにまだ気づいていない。
「あぶねぇ───ッ!?」
彩斗の声にようやく倒壊しかけていることに気づいたが驚きで足が動かないのか動こうとしない。
───頼む、間に合ってくれ!
すると彩斗は不思議な感覚に襲われた。まるで崩れ落ちてくる建物の破片の位置が手に取るようにわかる。位置がわかっているなら避けるのなど容易いことだ。それらを回避しながら彼女の体を抱きしめて転がっていく。
三回転くらいしたところで彩斗たちは動きを止める。一応、回避することには成功したようだ。
「だ、大丈夫か……」
彩斗は下にいる少女へと声をかける。見た限りの外傷はかすり傷くらいのようだ。
「は、はい。ありがとうございます」
清楚な雰囲気のミディアムボブに前髪をサイドに流し、ヘアピンでまとめている。とても可愛らしい少女だ。多分、彩斗と同い歳くらいだと思われる。
「良かった……」
とりあえずの安堵感が彩斗を襲った。だが、あるものを目にした途端に彩斗の表情は少し曇る。
彼女の背中に金属製の銀色の長剣があるのが見える。その姿に彩斗は既視感を覚えた。
そうだ。昨日助けてくれた少女が持っていた武器に似ている。それに同じ制服を着ているのだ。ということは彼女と同じ獅子王機関ということであろう。
「あ、あの……助けてくれてありがとうございます。それで……そろそろ退いてもらえないでしょうか」
少女は頬を真っ赤に染めながら小さな声で呟いた。この状況だけを見た人には彩斗が彼女を押し倒したみたいに見えるであろう。
「あっ……ご、ごめんなさい」
彩斗は彼女の上から速攻で退いた。意識したことで彩斗の頬も彼女に負けないくらい真っ赤に染まっていた。
その瞬間だった。大気を劈くような爆発音が真上から響いた。
「な、なんだ……」
見上げるとマンションの五階くらいに何かが衝突したようだった。まるでトラックでも衝突したのではないかと疑うほどに壊されていた。
「うそ……だろ……」
激突した正体は一角獣だ。海原の眷獣がいとも簡単にやられたのだ。
「あれは、“神意の暁”の眷獣……」
少女の怯えた声が漏れる。体が小刻みに震えている。それもそのはずだろう。普通の人間ならあんなものを見れば恐怖に身を震わすのは当たり前だ。獅子王機関という組織がなんなのかはわからないが人民の救助を行っているところを見ると普通の人よりは耐性があるはずだ。そんな少女がこれほど恐怖するということはやはり“神意の暁”は普通の吸血鬼とは逸脱した存在なのだと改めて思い知らされる。
むしろこの状況で少しでも冷静でいられている彩斗の方が異常なのかもしれない。
すると一角獣は元の魔力へと返っていった。
「あ、あなたは逃げてください」
少女は金属製の銀色の長剣を背中から抜き取った。それは黒髪の少女が持っていた刀とはまた別の物のようだ。
しかしこの長剣にも吸血鬼に対抗するための力はあるはずだ。
突如として長身の猿の眷獣が咆哮する。すると民家を優に超えるような高さの土色の津波が出現した。いや、あれは大地の津波だ。それに一角獣が出現した場所へとめがけて迫っている。
このままでは彼はあれに飲み込まれる。
たとえ不老不死の吸血鬼と言えどもあんなものが直撃すればひとたまりもない。
「悪い、ちょっと借りるぞ!」
彩斗は考えるよりも早く少女が持っていた銀色の長剣を奪い取って走り出した。
「え!? ちょ、ちょっとキミ!?」
少女の驚いた声が聞こえたが気にせずに津波へと向かっていく。
幸か不幸かそこに先ほどの地震で海原がいると思われる道を遮っていた建物が倒壊して瓦礫がまるで階段のようになっていた。地面に落下している瓦礫が崩れることなど考えずに勢いをつけて蹴り上げた。その時にようやく向こう側の道路の壁によって遮られた光景が見えた。迫り来る津波の前にツンツン頭の黒髪の青年の姿を確認した。
彩斗は勢いを残したまま地面へと着地する。骨が軋む衝撃が足へとダイレクトに伝わってくる。
その時には土色の津波はほとんど目の前まで接近してきていた。
───どうやって止める?
考えもなく突っ込んできたわけではないが、今思えば、この長剣で津波を止められる保証はない。
「……これはただの媒体だ」
自然と漏れた言葉。またこの感覚だ。彩斗ではない彩斗がそれを教えてくれる。長剣は体内の魔力引き出すための媒体でしかない。
それならば、彩斗はごくわずかな魔力しか存在しない。媒体としてこの世界に魔力を放出しても微量なものだ。
しかしそれでもやるしかない。わずかでもいい。迫り来る津波の威力を抑えることができれば勝機が開けるかもしれない。
彩斗は銀色の長剣を頭上まで振り上げる。そして迫り来る津波の一点へと意識を集中する。
余分な情報など今は邪魔なだけだ。ただ一点だけでいい。そこへと目掛けて彩斗は力任せに刃を振り下ろした。
雷鳴が響く。大気を劈くような爆音とともに土色の津波へとめがけて雷にも似た光速の光が放たれる。それは一瞬のうちに目の前の津波をなかったかのように消滅させたのだ。
何が起きたのか彩斗自身も理解することができない。
そもそも眷獣という存在や魔族のことを考えたところで答えなど出ない。これはこの世界のルールなのだからだ。
彩斗は驚きを隠しながらも海原の方へと振り返った。
「大丈夫か、海原さん」
彼は眼を丸くしていたかと思うと小さく笑みを浮かべて何かを呟いている。しかしボソボソとしていてよく聞こえない。
するとツンツン頭の青年は今度ははっきり聞こえる声で口を開いた。
「自分が緒河彩斗やな」
「は、はい。そうですけど」
大阪弁を喋っているところをみると出身は大阪なのだろう。そして中学生の彩斗からすると多分、大学生だと思われる海原は少し怖く感じる。
「聞いとった通りのわやなやつやな。巻き込まれてたら自分死んでたで」
「そ、そうですね」
彩斗は苦笑いしか浮かべられなかった。
すると向こう側にいた猿の眷獣が不満そうにこちらを睨んで吠えてきた。
「まだ言いたいことはあるねんけど先にあいつや。まだいけるか、緒河?」
「はい! まだまだ行けます!」
長剣を両手で強く握りしめて猿の眷獣を睨みつける。
「俺があいつにデカイのを叩き込むからさっきの頼むで」
先ほどの一撃がもう一度出せるかどうかはわからない。しかし彩斗ははっきりとした口調で口を開いた。
「わかりました!」
「おっ! ええ返事やな」
海原は満足げな笑みを浮かべると地面を蹴り上げて猿の眷獣の元へと走り出した。
それに遅れないように彩斗も後方についていく。
猿の眷獣は彩斗たちを邪魔するように再び大地を脈動させる。
「今度こそさせへんで!」
海原が走りながら右腕を突き上げる。鮮血が大気中に放出され、徐々に形を形成していく。
黄金の角をもつ一角獣だ。
脈動する大地へと向けて一角獣は咆哮する。すると地面の隙間から膨大な量の水が噴き出した。その姿はまるで地面から熱水が吹き出す間歇泉のようだ。
噴き出した水が重力に従って雨のように降り注いでくる。気温が低いということもあってかとても冷たい。
そこでようやく彩斗は噴き出した水の正体を理解する。それは地面の下を通っている水道だ。水流の操作によって海原は水道の管を突き破って地上に水を吹き出させたというわけだ。
水がこの空間へと満ちた。海原が操る眷獣は水流を操る能力。これでこの眷獣は真の力を発揮する。
地上から噴き出した水は、まるで何かの意思でも持っているように猿の眷獣の周りへと集結していく。
邪魔だと言わんばかりに両手を振り回して水を吹き飛ばす。しかしまとわりつく水はどれだけ振り払われようと再び集結するだけだ。
「これでどうや!」
海原が叫ぶと一角獣も同時に咆哮。するとまとわりついていた水が先端を鋭く尖らせた杭のような形状へと変化していく。その数は何十、いや何百という数にまで膨れ上がった。
そして容赦なく数百の杭は猿の眷獣へと突き刺さっていく。毛むくじゃらの肉体はもちろん鎧までも一瞬で突き刺さる。
今までとは違う咆哮が猿の口から漏れた。それは悲鳴だ。
「いまや、緒河!」
「はい!」
彩斗は悲鳴を苦痛に暴れる猿の元まで全力で駆ける。
海原の作戦をここでようやく彩斗は理解した。水は電気を通しやすい。その状態で先ほどの落雷が直撃すれば一撃で相手を鎮めることができるかもしれない。
再び、先ほどの雷が出現するかどうかはわからない。もしかすると先ほどのはたまたま本物の落雷が落ちてきただけかもしれない。いくら伝説の吸血鬼だとしても人間と同じように自然現象には勝つことができない。
そんな悪い考えが頭をよぎった瞬間だった。最後の悪足搔きと言わんばかりにこれまで以上に大地が激しく震える。
この街そのものを崩壊でもさせる気なのだろう。
「そんなことさせっかよ!」
彩斗は長剣を後方へと引き絞ると猿の眷獣へと力任せに投げた。全力で投げられた長剣が銀色の輝きを放ちながら膝の辺りへと突き刺さった。
パキッ、という何かが折れたような音を耳が捉えたのとほぼ同時に彩斗の視界は異様な現象を目の当たりにした。
先ほどまで暴れまわっていた猿の眷獣が、地上から噴き出し続けていた大量の水が、戦いによってボロボロになっていた建物の全てが凍結しているのだった。まるでこの空間だけ時が止められたかのように全てを氷が支配していた。
「な……」
声を出すことも出来なかった。こんな現象を彩斗がやったのだというのだろうか。いや、彩斗はこんな力を持っていない。ならば、他の誰かがやったということだろうか。
すると目の前で十メートルを超える氷の塊がまるで何もなかったかのように消滅していく。
「どうやら、元の魔力に戻ったみたいやな」
呆然としている彩斗に対して海原は冷静な口調で呟いて歩みを進めていく。彼が向かう先には、先ほど魔力の中心にいた白いコートを着ている女性が力なく倒れていた。
そして彼女の近くまで行ったかと思うと黒のジャンバーの内ポケットから銀色に輝くものを取り出した。それは十五センチくらいの小さな刃物だ。手術などで使うメスに似ていた。
海原は女性のコートの袖をめくると迷うことなく腕へと刃を突き立てた。
「海原さん!」
止める間もなく彼は女性の腕へと刺した。
すると一瞬苦しげな声を上げたかと思うと穏やかな表情へと変わったのだった。まるで何かから解放されて安心したようにも見える。
「これで六宮は大丈夫やな」
女性の体を抱き上げてこちらへと戻ってくる海原はどこか嬉しそうに見えた。
それで、と彼は辺りを見渡しながら口を開く。
「なにがあったんやろうな」
苦笑いを浮かべる海原に彩斗も、
「わかりません」
そういう他に何も言えなかった。
後書き
いかがだったでしょうか?
動き出した祭典に獅子王機関の少女から奪った武器で参加することになった彩斗ですが、初っ端かなえらいことをさせてしまいましたね。果たしてあれは誰が行ったことなのでしょうか?
彩斗か、嫌に冷静だった海原か、はたまた新たに現れた吸血鬼なのか?
そして感のいい方なら今回出てきた獅子王機関の少女が誰かわかりますよね。
そう、彼女です。
本格的に動き出した祭典。次回ついにあの男が柚木たちの前に……
例のごとく、誤字脱字、気になること、感想などがありましたら感想などでお伝えくだだい。
また読んでいただければ幸いです。
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