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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第三章~その頃、奥州では~
  第十二話

 姉上が奥州を出て二月、一体何処で何をやっているのか分からず、依然として消息不明のままだ。
いや、調べればすぐに分かるのだと思うが、故意に調べないようにしているから消息が掴めないと言った方が正しい。

 連れ戻す事は容易いのだが、それでは何のために城から出したのか分からない。
二月も経つというのに政宗様は依然として探しに行くの一点張りで、そろそろ抑えるのも疲れてきた頃合だ。
仕事も溜まる一方で、政宗様が判断しなければならないものに関しては無理矢理仕事をさせているが、
そうでないものはこちらで片付けるようにしている。
それに付け加えて姉上が行っていた仕事が全てこちらに来ているので、正直なところ休む暇も無い。

 寧ろ、休む暇も無い方が良いと何処かで思っているものだから、俺も大抵救われない。
踏ん切りをつけるきっかけを貰ったのだから、いい加減終止符を打たねばならないとは思いつつも、
これほど長く離れたことがないせいか、妙に寂しくて姉上のことを考えてしまうから困る。
仕事をしていた方が思い出さなくて済むから有難い。そう思っているから……情けない。

 しかし、人間限界はあるもので、極端に睡眠時間を削って仕事をしていれば疲労も蓄積する。
最近は食欲も落ちて随分と痩せたと言われるようになってしまった。
あの一件から何となく溝が出来てしまった政宗様でさえも俺を心配するようになり、
そんなに酷いのかと一人苦笑していたりもする。

 とはいえ休むことなど出来るはずもなく、限界を超えて無理をしているものだから、
いよいよ具合の悪さも表に現れるようになり、それが徐々に酷くなってきているのも自覚はあった。
そして今朝目を覚ました時、すぐに布団から起き上がることが出来なくて慌てたものだが、
休む暇はないとどうにか頑張って身体を起こしたのが良くなかったのかもしれない。

 今は朝議に遅れてしまう、と必死に廊下を歩いているのだが、思うように足が進まず壁伝いに歩いている様だ。
正直に言えば立っているだけでも相当辛いのだが、そんなことを言って休んでしまえば仕事が山積みになる。
ただでさえ姉上がおらず政宗様も仕事をしないので山積みの状態だというのに、これ以上増えたら洒落にならない。

 急がなければ、などと考えたその時突然目の前が真っ暗になった。
何か重いものが落ちたような音がして、一体何が起こったのか、などと暢気に考えていたところに
耳元で誰かの叫ぶような声が聞こえた。

 「か、片倉様!? しっかりなさって下さい!!」

 一体何を言っているんだ、と思ったところで、ようやく自分が倒れていることに気が付いた。
先程の重いものが落ちた音は、自分が倒れて廊下に身体を打ちつけた音だったと知る。

 参ったな、これじゃ仕事に行けねぇじゃねぇか……昨日の分の仕事もまだ終わってねぇってのに……。

 何処か人事のように考えている自分に苦笑しつつ、次第に騒がしくなってくる音を聞きながら、ゆっくりと意識が消えていった。



 ぼんやりと目を開くと、いつの間にか自室で横になっていることに気付いた。
閉ざされた戸の隙間から夕日が差し込んでいる。
何故部屋で寝ているのか、と回らない頭で考えていたところで静かに戸が開かれ、俺はそちらに視線を移す。

 「お気付きになられましたか」

 優しく語り掛ける女に見覚えはないが、何となく声に聞き覚えがある。
そうは思うものの一体何処で聞いたのか思い出せない。
珍しいことだ、そう思うが考えてもみれば侍女とはあまり普段関わることがないから、
未だに顔と名を覚えていないというところはある。だから無理も無いのかもしれないが。

 「今朝、廊下で御倒れになられたんですよ?」

 そんなことを考える俺に気づいていないのか、女はそう言葉を続けていた。
そういえば、廊下を歩いていたら突然目の前が真っ暗になって、その後の記憶が無い。
結局体調管理が追い付かずに倒れてしまったのかと思うと、少しばかり情けなくもあった。

 「……見つけて人を呼んでくれたのか」

 「…………。ええ」

 侍女は俺の問いに若干の間を置いて返事をしていた。
これが間髪入れずに返されたものであれば疑問も持たなかったのだが、流石に間を置かれると気になって仕方が無い。

 ……その間は何だ。一体何があったって言うんだ。

 「何か、あったのか?」

 侍女は言って良いのか悪いのか、そう戸惑うような表情を見せている。
話すようにと促せば渋々といった面持ちで俺に状況を説明してくれた。

 「御倒れになる直前、壁伝いに歩かれているのを見て声を掛けようと近づいたのです。
その途端片倉様が前のめりに倒れて……その、私を下敷きにするようにして廊下に倒れて」

 ああ……だから倒れたのに廊下に叩きつけられた痛みが無かっ……
は? ってことは何か? 俺は廊下で侍女を押し倒すような形で倒れたってことか?

 な、何てことを……

 ぼやけていた頭が一瞬にして鮮明になり、思わず飛び起きて頭を下げようとしたものの
先程まで倒れていた人間がそんな動作が出来るはずもなく、
酷い眩暈に襲われて座ってるのか倒れてるのか分からない状態になってしまった。

 「か、片倉様!?」

 侍女の悲鳴のような素っ頓狂な声が聞こえる。
今どうなってるのか分からないが、身動きが取れない俺に呼びかける侍女の声に冷静さが戻ってくる。

 「しっかりなさって下さい!」

 徐々に眩暈が引いていくと、ようやく自分が今どういう格好でいるのかが分かるようになった。

 今俺は、侍女の胸に顔を埋めるような形で、眩暈が治まるのを待っている。

 全身から血の気が引いた後、一気に顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。
眩暈が治まりきる前に身体を離して侍女に向かって俺は深々と土下座をする。

 「申し訳ねぇ!! に、二度もこんなこと……本当にすまねぇ!!」

 侍女は呆気に取られたようであったが、すぐに可笑しそうに笑い声を上げる。
俺はばつが悪そうに頭を上げて、何処か機嫌を伺うように侍女を見ていた。

 「も、申し訳ありません……いえ、片倉様がそのようなことを平気でなさる方ではないことくらい、
分かっておりますゆえ……ふふっ」

 それでも笑いが止まらないと、俺を見て侍女は控えめに笑っていた。
俺の失態を笑われていることが何だか恥ずかしくなってしまって、何も言えずにただ目を逸らしてしまう。

 「さぁ、あまり調子が良くないのですから、無理をなさらず……」

 もう少し横になっているようにと促され、俺は言われるままに横になった。
こんな失態を犯して眠れるか、とも思ったのだがやはり調子が悪いのか、すぐにまた眠気が襲ってくる。

 ……そういや、こうやって具合が悪い時に誰かが側にいる、ってのは久しぶりかもしれねぇ。
ふとそんなことを思う。

 普段は無理を押して仕事をするし、具合が悪ければ特に何も言わずにさっさと寝てしまうから、
伊達に仕えるようになってからは姉上でさえ調子が悪くなっても側にいたことはなかった。
昔はよくこうして体調を崩すと姉上が側にいてくれたのだが。

 うとうとと眠り始めた辺りで侍女の気配が遠のいていくような気がした。
部屋から出て行くのか、などと思っていたところで侍女が小さく驚いた声を上げている。
何事かと思って目を開くと、あろうことか俺が侍女の手をしっかりと握っていた。

 「なっ……!」

 意図してやった行動ではないので、酷く間抜けな声を上げていたと思う。
完全に無意識の行動に恥ずかしくて堪らなくなった俺は、非礼を承知で侍女から背を向ける。
きっと顔は真っ赤になってるだろうと思いながらも、向かい合って謝る気にはなれなかった。

 「す、すまねぇ!」

 若干の沈黙の後、侍女は耐えられないとばかりに笑い声を上げていた。
何だか泣きたくなってきた俺は布団をしっかりと頭まで被る。

 ガキか、俺は……ちぃっと調子が悪くなったくらいで何を心細くなってやがる。

 「片倉様、お休みなるまでここにいますから安心して下さい」

 子供染みた行動をして羞恥に悶えてはいたものの、その優しい声色に何故か酷く安堵している自分がいて、
情け無いと思いつつも眠れるような気がした。

 布団から顔を出して一言詫びれば、侍女は優しく微笑んでいる。
その表情がとても懐かしくて、忘れてしまったはずの誰かを呼び起こさせるような、そんな感覚があった。

 あれは一体、誰だったか―――――

 そんなことを思いながら再び眠りに落ちていく。傍らに誰かがいることに酷く安堵しながら。
そしてもう記憶の奥底に沈んでしまった、かつて自分が安心して身を委ねていた誰かの影を思い出しながら。 
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