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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第九話

 幸村君の世話係になって早十日、屋敷にもすっかり馴染んできて、立派に勤めを果たしております。

 でも、最近佐助の姿を見ないんだよねぇ……やっぱり私の素性を探りに奥州へ行かれちゃったかね。

 「どうされた、小夜殿」

 「いいえ、何でも。それより幸村様、さっさとご飯食べないと遅れちゃいますよ」

 「おお、そうであった」

 幸村君の歳は十七歳、随分早いうちに元服してるらしいけども、
幼い頃にお父さんを戦で亡くしてすぐに御屋形様に引き取られてきたらしい。
盲目的に御屋形様を慕う姿は、何処かでお父さんを重ね合わせてるのかもしれないな、なんて思う。
でもまぁ……傍から見てるとちょっと危ないなとは思うんだよね。
この子、御屋形様がいなくなったらどうするつもりなんだろう。

 何かにつけて御屋形様、御屋形様なところはうちの小十郎によく似てるんだけど、
期待されてるものが小十郎と幸村君では違う。
小十郎は竜の右目として、政宗様の力になるようにと期待されてる。
けど、幸村君の場合、御屋形様は自分の後継者として定めたいと考えてるように見える。
それなのにこの依存しきった状態でいざ御屋形様に何かあったら、
迷いに迷っちゃうんじゃないだろうかとさえ思えてならない。

 まぁ……そんな頃には私は甲斐を出て行ってると思うけども。
そうなったらそうなったで奥州が甲斐を攻め滅ぼせばいいだけの話なんだけど……
でも、お姉ちゃんやってる立場としては放っておけないなぁ……。

 元気に屋敷を飛び出していく幸村君を見送って、私は屋敷に戻ってこまごまと家の仕事を手伝う。
女物の着物が着慣れないもんだから、男物の着物を借りて振舞ってるんだけども、
随分長い事男に混じって生活してきたせいか、女らしい振舞い方がすっかり身体から抜けちゃってる。
だもんだから、屋敷中の女の方々の視線が痛い。いや、痛いは痛いんだけど痛い理由が違う。
皆、何で私に惚れてるみたいな目で見るの。

 「小夜様、今度遊びに行きませんか?」

 「近くで美味しい甘味処を見つけたんです」

 とまぁ、デートのお誘いにも事欠かないわけで。……困ったことに。

 男にモテたいのよ、私は。
そりゃ、女の子にキャーキャー言われるのも悪くはないけれどもさぁ、
女の子捕まえてどうこうしようって趣味はないんだから。

 ……もう、女子高くらいのノリで考えておけばいいのかしら。
でも、キスしてとか迫られたらマジで洒落にならないし……。
抱いてとか言われたらもう逃げるしかないわよ。夜逃げする勢いで。

 「……っ!」

 そんなしょうもないことを考えながら洗濯をしていたら、思いっきり板で自分の指を擦ってしまった。
皮膚が裂けて血が出て痛いの何のって。
とりあえず水で流してばい菌が入らないようにはしたけども、
傷に沁みるから絆創膏くらいは貼りたいなぁ……勿論、そんなものないけどね。

 奥州にいた頃は、ここまで自分でやらなかったからなぁ。
まぁ、たまにはやってたけど基本的に誰かやってくれたから、今みたいにマメに動く事はなかった。
だからこういう能力はからきしなのよね。
っていうか、生まれ変わる前は一人暮らしだったけど、洗濯なんて洗濯機に放り込んで洗剤入れて
スイッチ押せば自動で洗ってくれたしね。
そこに乾燥機能もつけちゃえば、私の手間は畳んでタンスに仕舞うだけだから大した労力じゃない。
それに加えて生活が結構適当だったからなぁ~……。大体、洗濯板なんか使って洗濯したこともなかったしさ。
自分でやらなきゃならなかった時は、洗濯は苦手だからって小十郎に押し付けてたし。

 「小十郎、どーしてんのかなぁ……今頃」

 ホームシックじゃないけど、でもこんなに長く離れてるのは初めてかもしれない。
あの馬鹿主はもうちょっと頭を冷やせと言いたいけども、
生まれてからずっと傍らにいた弟とこんなに離れたことは一度もなかった。

 ……その結果、変な気を持たせてしまったと思うと……罪悪感ばかりが募って困る。

 「奥州が懐かしい?」

 背後から声をかけられてゆっくりと振り向けば、長い事姿を見せなかった佐助がいた。

 「そりゃ故郷だから。で、行ってきたんでしょ? 私の素性を調べに。
その様子じゃ、全部分かったみたいだね」

 「ああ。確かにアンタの言うとおり、嘘はついてなかった。今、伊達じゃえらい騒ぎになってるよ。
アンタが出てったから独眼竜が探しに行くって大騒ぎしてる」

 ああ……全然頭冷えてないのね。あの馬鹿主は。つか、それを必死で抑えようとする小十郎の苦労が目に浮かぶよ。

 しかし、予想外に頭が冷えるのに時間がかかってるわけなのね。
佐助が調べに行った時点では反省しているもんだとばかり思っていたけども……。

 「……この調子だと、一生奥州には戻れないかもしれないなぁ……」

 「でもアンタの弟が一生懸命止めてるから行動に移すには至ってないみたいだけど……
てか、アンタ結構歳いってんだね」

 その一言に思わず回し蹴りを食らわせてやりました。女に向かってその一言は禁句です。
いくら三十路が近いからって、おばさん発言はいけないよ。

 「駄目だよ、女の人に向かって歳食ってるとか言っちゃ。
そんなんじゃモテないし、好きな女が出来てもモノに出来ないよ?」

 「~~~っ……効いた……だって、見た目は旦那よりちょっと上くらいに見えるってのに、
蓋開けてみたら竜の右目と同い年でしょ? 二十九、立派におばさ」

 余計な事を言った佐助の頭を洗濯板で思いっきり殴ってやりました。かわす余裕なんか与えません。
小十郎と並んで剣の達人と言われた私ですもの。忍に遅れを取るような真似は致しません。

 全く、こんな男が幸村君の世話係やってんだもんね。参っちゃうよ。
あの純情で真っ白な幸村君がこんな男になっちゃったら、私もう何を信じていけば良いのやら。

 「……はっ、俺様一瞬意識飛んでた……」

 「記憶喪失になるくらいまで殴ってやろうか」

 「それは遠慮する……それでどうするつもりなの。
旦那はアンタのこと気に入ってるみたいだけど、このまま居続けられてもこっちも困るし」

 そりゃ、私だっていつまでも甲斐に留まるつもりは無い。
甲斐と奥州、割合距離が近いから留まってたらあの馬鹿主が迎えに来ちゃうもん。
今の状態で迎えに来られても正直困るだけだし、近いうちには出て行くつもりでいる。

 「ん~……ある程度稼いだら出て行こうかとは思ってるんだけどね。長居するつもりはないから。
てか、急に出て行くことになったから、一日二日くらいの家出レベルの持ち合わせしか用意出来なかったのよ。
宿にも泊まれなくて困ってたんだわ」

 甲斐に辿り着くまでずっと野宿だったし、野草積んで食べてたりしたし……
ホームレスだってこんな生活しないよってくらいの生活してましたもん。ホント。
たまにテレビでやってた無人島生活だって、今の私よりももっとまともなもん食ってたし。

 「まぁ、間者じゃないってのは分かったけど……妙な動き見せたらどうなるか」

 「別に探り入れて情報流す気はないから。私もここにいるって知られたくないし」

 持ちつ持たれつで当分お願いしたいもんだよ。無論、私も奥州の情報を横流しする気はないけどもさ。

 「ところで……元気にしてた? 政宗様も小十郎も」

 何となくそんな風に佐助に聞いてみると、ほんの少しだけ驚いたような顔を見せて口を開く。

 「ん? まぁ……元気っちゃ元気なんじゃないの? 独眼竜はずっと怒ってたし、右目はそれを諌めてたし」

 「……ああ、やっぱり小十郎が苦労してんだ」

 私が逃げれば苦労するのはあの子だと分かってたんだけど、やっぱりそういう展開になってるのね。

 「気になるんだ」

 「そりゃ、まぁ……馬鹿な子ほど可愛いって言うでしょ。
小十郎もああ見えて結構可愛いんだから。顔はいかついけど」

 私は政宗様の傳役じゃなかったけど、世話係みたいなもんだったしね。
小十郎じゃ教えられないようなことを教えてきたの、私だしさ。

 ……何処で育て方間違ったのかなぁ……政宗様も小十郎も。惚れさせる方向に持ってった気は一切ないんだけども。
小十郎は甘やかし過ぎたのかもしれないけど、政宗様はそこまで甘やかした気は無かったような……。

 「ま、気にしたってしょうがないんだけどもねー」

 軽く笑ってやり過ごしたけど、でもちょっとだけ……寂しいなと思った。
手篭めにされるのは御免だけど、ずっといつも一緒にいたからね。

 小十郎も政宗様も、今頃どうしてるかな。
そんな風に考えている私の気持ちを見透かしているのか、佐助は何も言わずにただ目を細めていた。  
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