竜のもうひとつの瞳
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第七話
流石に今伊達家で名乗っている片倉景継です、とは言えなくて、
男として仕えるために名を改める前まで名乗ってた名前を言ってしまったわけなんですが、
特に怪しまれることもなく幸村君に連れられて武田の本拠地である躑躅ヶ崎館へとやって来ました。
にっこにこな幸村君に対して警戒心バリバリの幸村君の忍こと猿飛佐助。
そりゃそうでしょうよ。私だって同じ立場なら小十郎と二人してそういう態度取るもん。
いや、それ以前に城に招くなんてことは命に懸けてもさせませんて。
つか、そう遠くない未来にこっちの素性がバレるだろうなぁ……。
奥州から来て殿様に手篭めにされそうになって、しかも小夜って名乗っちゃったし。
これだけ情報流しておいて辿り着かなかったら、甲斐の忍は大したこと無い、って話でしょうに。
というか、素性がバレて間者じゃないのか、って疑われなきゃいいけど。
一応、御屋形様こと武田信玄に会わせるということで、ただ今大広間で待機中です。
呼びに行っている幸村君とは離れて、私の側で監視してるのが佐助なんだよね。
相変わらずの警戒心むき出しな様子に、なんだか可哀想になって声をかけてしまった。
「……大変だね、ご主人様の相手」
ついそんなことを言えば、佐助が疲れたように溜息を吐く。
気持ちは分からんでもないけど、あからさまに胡散臭い奴、って顔するのは止めて欲しい。
別に何をする気が無くても何かしたくなっちゃうじゃないの。それに癪に障るし。
「……そう思うなら俺様の負担にならないよう素性教えて」
いや、馬鹿正直に喋ったら追い出すでしょ。間違いなく。
つか、人質にされて取引の材料にでもされちゃ普通に困るし。
甲斐と奥州はとりあえず敵国ってわけじゃないけど、味方ってわけでもないんだからさ。
これをきっかけに戦でも仕掛けられたら洒落にならないもん。
「素性って言われても……嘘は言ってないよ」
うん、嘘は言っていない。余計な事喋ってないだけの話で。そういうのを嘘とは言わないもんね。
「俺様のこと、忍だって気づいてたでしょ」
「まぁ……」
「普通の女が気がつく筈がない……それに」
佐助は私の手を掴んで掌を上に向けさせる。
「剣ダコ、随分と年季が入ってる。日常的に、しかも長い事刀振るってなけりゃ、こうはならない」
あー……気づいてましたか。つか、腰に普通に刀差してるしね。
こりゃ誤魔化しようがないなぁ……やっぱり、早々にお暇した方が良さそうか?
そんなことを考えてると幸村君が武田信玄を連れて現れた。
相変わらず幸村君はにっこにこで、佐助が少しばかり呆れた顔をして全く私に警戒した様子のない自分の主を見ている。
「ふむ、お主が小夜か」
「は、はい」
甲斐の虎と名高い武田信玄、あんまりBASARAの世界は詳しくないんだけど、
こうやって目の前にすると威圧感があるなぁ……お茶目なおじいちゃん、って印象じゃないわ。
確か無双と変わらず上杉謙信とのライバル、って設定だったっけ?
「幸村が迷惑をかけたようですまんな。事情は幸村から聞いておる。
お主の身は幸村に一任したのでな、案ずることなく過ごすが良い」
「あ、ありがとうございます……」
いいのか? いいのか、おい。幸村君の推薦だからってサラッと信じちゃって。
いや、でも甲斐の虎のことだから、きっと裏で動いてるんだろう。私の素性を調べに。
「幸村! 困っている女子を助けるその心意気や良し! お主に一任するゆえ、しっかりと守るのだぞ!!」
「はっ!! 心得ましてございまする、御屋形様ぁ!!」
「幸村ぁ!!」
「御屋形様ぁ!!!」
「まだまだ声が小さい! 幸村ぁああ!!!!」
「うぉやかたさばぁあああ!!!!」
……出た、BASARA名物。あんまり知らないけどこれは知ってる。
友達が真似してこんなやり取りしてんの見たし。つか、完全に生で見ると煩いなぁ、それに暑苦しいし。
うちは不良の集まりだから、体育会系のノリにはついていけないよ。
「やれやれ……」
完全に呆れてる佐助に構うことなく、二人はこの後小一時間ほど叫び続けてました。
あんなんやっててさぁ、喉潰れないのかなぁ……。
「ここが、某の館でござる」
完全にガラガラになった声で、幸村君が自分の屋敷に案内してくれた。
無論、伊達の屋敷ほどではないけど、最近小十郎と折半して建てたばかりの我が家よりかはずっと広い。
我が家と言えば、小十郎はちゃんと家に帰ってるのかなぁ……一人で寂しがってたりしないかしら。
ああ、いかん。姉の存在を忘れてた。身内は何も私一人じゃない。半分血の繋がった姉がいるじゃないの。
……いやいや、それ考えたら尚心配だ。あの人は小十郎にトラウマしか与えない。
「どうなされた?」
「え、ああ……奥州に残してきた弟がちょっと心配になっちゃって。私がいなくても大丈夫かなぁって。
ちょっと放っておくとご飯食べないで仕事するし、平気で睡眠時間削るし、
逃げてきちゃったから苦労してるんじゃないのかなとか」
まぁ、あの子もいい大人だし、しっかりしてるから大丈夫だろうけども。
……私が出奔した件で姉上に叱られたりしてなきゃいいけど。あの人の叱る、は生死に関わるからね……。
「良ければ弟殿もこちらに呼んでも某は一向に」
「いやいやいや、それは結構です。つか、呼ばなくて良いです」
だってうちの弟、竜の右目ですよ? 無理ですから。呼んだら一発で素性バレますから。
本当勘弁して下さいってば。てか、政宗様が手放すとは思えないし、そんなことにでもなったら
大戦争の幕開けですよ。そんなの容認出来るはずもないし。
「? それならばまぁ……。ところで、小夜殿に任せたい仕事なのだが……」
少し何かを考えている様子で、幸村君は私に付いて来るようにと言った。
言われた通りに付いて行くと屋敷からどんどん離れて、隠されるようにして建てられた古屋に連れて来られる。
そこは小さいながらも道場のようで、中には訓練用の木刀やら棒が立てかけられている。
幸村君はひょいっと棒を二本手にすると、それを私の前で構えて見せた。
……何、この展開。はっきり言って嫌な予感しかしないんですけど。
「この幸村とお手合わせ願いたい!」
やっぱりそういう展開ですか!!
つか、何で私が君と手合わせしなきゃならんのよ。
任せたい仕事ってのと手合わせするのとどう考えても脈絡がないじゃない!
まさかと思うけど、武士をやらせようって腹なの? 女扱いしておいて?
「ちょ、ちょっと待って……どうして手合わせしなきゃならないの?」
「真田家ではどの程度武術が出来るかで与える仕事を決めておるのです。
それは女子供関係なしに昔から決められたしきたりでござれば、何人たりとも例外は許されぬゆえ」
つまり、稼げるような仕事がしたければ戦って勝てと。
……どんな家だよ、真田家は。わけ分からん。
と言ってもそれを拒んだところで仕方が無いので、腰に差していた刀を置いて代わりに木刀を手に取った。
こんなところで手の内晒すようなことはしたくないのだけど、なんて思いながら一つ小さく溜息をついて構えを取る。
この瞬間、幸村君の表情が更に引き締まったのを私は見逃さなかった。
「……出来る」
やっぱ構えだけでも見抜かれたか。無論、君も相当な使い手だってのは分かるよ、うん。
だって漂ってくる覇気が違うもの。本当に、その真っ直ぐに済んだ覇気は心地が良い。
戦場で戦ったら気持ち良いじゃないのかって思うくらいに。
「いざ、尋常に勝負!」
「応!」
そんな思いを胸に抱きつつ、どちらからとも無く突っ込んで激しい打ち合いが始まった。
私との打ち合いに嬉々として応じている幸村君に、私はほんの少しだけ苦笑していた。
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