人の心
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3部分:第三章
第三章
「ほれ、もう待っておるわ」
「行くといい」
「わかった」
彼等の言葉に頷きながら家に向かいます。家の前まで来ると。そのちよが顔を上げて彼に声をかけるのでした。その明るい声で。
「おとう、おかえり」
「ああ、只今」
忠信は与平になってちよに応えるのでした。
「今日帰ってきたんだね」
「ああ」
演技を上手い具合に彼女に合わせるのでした。このことに少し戸惑ったりもしましたがそれは表には出さずに済みました。
「もう薪がたっぷりと手に入ったからな」
「そうね、今日も凄いね」
ちよは与平の薪を見て少しだけ彼の目を見た後で笑顔になるのでした。彼が実は狐の忠信であることなぞ全く知らずに。その薪を見て子供らしく無邪気に笑っています。
「これ売ったらかなりのお金になるね」
「ああ、お金か」
「そう、お金になるよ」
やはり彼のことには気付かず話すのでした。
「おとうのおかげであたしもこうして暮らせるんだ。有り難うね」
「いやいや、御礼なんていいさ」
忠信は笑ってちよに答えます。
「それよりだ。寂しくないかい?」
「寂しい?」
「そうだよ。ずっと一人だったろ」
こう彼女に尋ねるのでした。
「だから。寂しくはないのかい?」
「ううん」
けれどちよはその言葉に笑顔で首を横に振るのでした。
「別に。何もないよ」
「寂しくないのか」
「だって。おとうが帰って来たから」
笑顔のまま彼に答えます。
「寂しくなんかないよ」
「そうか、いい娘だね」
忠信はちよの今の言葉を聞いておとうに化けているのをついつい忘れてしまいました。それでおとうにしては少し不自然な言葉を口にしてしまいました。
「ちよちゃんは」
「!?おとう」
ちよは今のおとう、つまり忠信の言葉に目をしばたかせました。そのうえで彼に問うのでした。
「何かあったの?」
「何かって?」
「今日のおとう、何か変だよ」
「そ、そうかのう」
気付かれてしまったのかと思って慌てました。身振り手振りにそれが出てしまっています。
「別に変わらんが」
「一緒なの?」
「わしはわしじゃ」
動揺を隠しながらちよに答えます。
「それ以外の何者でもないぞ」
「そうなの」
「そうじゃ」
まだ言い繕います。
「何ともない、本当にな」
「そうなの」
「おとうはおとうじゃ」
こうも言います。
「ちよのおとうじゃ。それ以外の何じゃというのじゃ」
「何でもないけれど」
「そうじゃろう。それではじゃ」
ここで話を変えるのでした。
「今日の飯は何じゃ」
「お粥だよ」
笑顔でこう答えてきました。
「お米に稗と粟を入れたお粥だよ、それでいいよね」
「うむ、よいよい」
ちよがもう御飯を作っていることを聞いてまたしても感心するのでした。忠信は話を聞いていてちよが思っていた以上にいい娘だとわかってとても嬉しいのでした。
「では一緒に食べよう」
「うん、それでねおとう」
家に入ろうとする彼にまた声をかけてきます。
「今日面白いことがあったんだよ」
「面白いこと?」
「そうだよ。お隣のさくちゃんがね」
「ああ、さくちゃんが」
そんな話をしながら中に入ります。そうしてその御粥を食べながらちよの話をさらに聞いていて。それが一段落ついてからちよに尋ねるのでした。
「なあちよ」
「何?」
「御前、寂しくないのかい?」
こう尋ねるのでした。御粥を食べながら。
「寂しいって?」
「だからおっかあいないだろ」
「うん」
「そしてわしだってだ」
ここでは上手くおっとうになることができました。
「あまり家におらんじゃろ」
「そうだね」
「それでいつも家には御前一人じゃ」
気遣うような声で彼女に問い掛けています。
「この家に御前一人で。寂しくはないのかい?」
「それはね」
ちよはそれに応えてきました。
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