リリなのinボクらの太陽サーガ
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A's編 覚醒
前書き
別の意味で初っ端からやらかす回
フェイト達が去ってから数日経ち、現在は6月3日。大体一ヶ月強、彼女達と一緒に暮らしていたから最初ははやてと二人で物足りなさを感じていたが、しばらくすればある程度慣れるものだな。
さてと、話は変わるが俺は世紀末世界出身なのでこの世界に戸籍は無い。なので正規の手段で生活費を稼げないのだが、太陽バンクの利子や太陽光のチャージで稼いだソルで、生活するだけなら十分な量をもらえている。しかし、だからと言って何もしない、というのは俺のプライドが許さない。
ゆえに今、俺は家庭教師の真似事をしているのだ。
「ぐわぁ~英語覚えるの難しいわぁ~!」
「にゃ~、もう限界なの……」
「あ~、文系駄目だからなのはがたれちゃってるわ」
「たれなのはちゃんだね、可愛い~」
今の言葉ははやて、なのは、アリサ、すずかの順だ。もう察してるだろうが、今は八神家で彼女達の勉強会を開いている。彼女達は元々塾に行っているのだが、以前のジュエルシード事件の対処に時間を取られて勉強が遅れ気味のなのはのためと、はやての学習レベルを確かめるため、それともう一つの目的のためにアリサとすずかの主催で開かれたわけだ。
これでも英語圏出身だから、小学生の英会話レベルなら難なく教えられる。数学も中卒レベルなら問題ない。理科はアレな方向(具体的には毒の種類や爆弾に使う化学反応などの暗殺系)の知識だけがあり、社会や国語は世界が違うためこの世界と齟齬がある。そのためこれらを教える訳にはいかないのだが、英語や数学なら並行世界を挟んでも共通しているので俺でも十分何とかなるのだ。
「今更だけど、サバタって日本語凄い上手よね。どこで習ったの?」
「暗黒城」
「は?」
「世紀末世界で俺が住んでいた、クイーンの居城だ。あの城には死者も大勢いてな、そいつらから様々な言語を学んだのだ」
「し、死者から言葉を習ったって……うそぉ~……」
「とりあえず英語と日本語を含んだ五ヵ国語を会話に支障が出ないレベルで扱える。その内で使いやすいのは母国語の英語、次に日本語で、あとはドイツ語、ロシア語、中国語の順に続いている」
「さり気なくハイスペックなのね、サバタって……。あんた実は翻訳の仕事とかできるんじゃない?」
「他人とのコミュニケーションがめんどくさい」
「うわ、ぶっちゃけたわね。でも今はこうして勉強会を開くほどの仲になってるけど初めて会った時、見ず知らずの私たちを助けてくれたじゃない。すずかの正体を知った後に放っといてもおかしくなかったのに。ねぇ、どうして?」
「…………。Did not want to abandon.(見捨てたくなかっただけだ)」
「Not a straightforward.(素直じゃないわね)」
流石アリサ、英語で返したら即座に英語で返して来るとは……伊達に秀才を気取っていないな。
「も……英語、ダメ……がくっ」
「なのはちゃん再起不能ッ!!」
「得意科目の数学はアリサちゃんより強いのに、ほんと文系全般弱いね、なのはちゃん」
「大体英語って文系理系の進路問わず出るんだから、なのはお得意の不屈の心とやらで頑張りなさいよ」
「だってぇ……こういう英語だらけの文章見てると、途中でわかんなくなって頭グルグルするんだもん……」
「ならやる気が出るかもしれない話をしてやろう。クロノ曰くミッド語は英語に文法も字面も酷似しているから、おまえの大好きな魔法はこういう文字で構成されているのだぞ?」
「え…………!?」
「ああ、そういえば管理局に形式上誘われていたんだったな、なのはは。ま、正式に入るかどうかはさておき、今後も魔法と関わり続けたいのなら、少なくとも英文をすらすら読めるレベルまで上げる必要がある。翻訳魔法は口頭の会話なら訳してくれるが、報告書などの文字とかはそのままなのだからな」
「う、うそぉ~~~~!!!!?」
「あぁ~っと! なのはちゃんの魔導師生命に65535のダメージ!!」
「わぁ、即死級だ。確かになのはちゃんにとって、言語の壁は恐ろしく高いよね。でもやる気が出たかは微妙そう……」
「そもそも国どころか世界が違うのに言葉が通じてるだけ、はるかにマシでしょ。ちょうど今外国語の勉強をしてて、他の言語圏の人との意思疎通がどれだけ難しいかわかるし、管理局に将来本当に入りたいのなら、これぐらいの試練乗り越えられるでしょ?」
「ぅぅ……ジュエルシードなんかより断然強敵だよぉ~……」
さり気なく地球滅亡の危機が、英語の勉強に脅威度で負けていた。そこまで英語が苦手か……、……よし。
「それなら次の英語のテストまで特別カリキュラムを組むか? 以前の実力テストが確か42点だったから……」
「ちょっと待って!? なんでサバタさんが私の英語の点数を知ってるの!?」
「以前翠屋に行った時、桃子から聞いた」
「おかあさぁ~ん!!?」
「次のテストは期末試験だから、大体一か月後。それまでの間に点数を少なくとも10点上げられるぐらい実力をつけさせよう。よし、そうと決まれば早速士郎にその旨を相談―――」
「わぁー!? 待って待って! お父さんに言うのはちょっと待ってほしいのぉー!!」
電話を取ろうとした俺の脚にまとわりつくなのは。それを見ている外野は微笑ましい視線を向けてきていた。特にはやては大っぴらにして笑っていた。
「あはは! まるで塾に行かせようとする母親と、それを必死に止める子供みたいな構図やな!」
「笑いごとじゃないの!!」
「まあまあ、ワンマン体制で教えてくれるんなら悪くない話だと思うよ? 普通の塾に行くより親身になって教えてくれそうだし」
「そうね、なのはも英語の弱点を克服する良い機会じゃない? なにせ5ヵ国語も使える人間が目の前にいるんだしね。私ですら英語以外の外国語はまだ習ってないのに……」
「いっそのこと、ミッド語の講義も混ぜてやろうか?」
「今は英語だけで勘弁してぇ~~!!」
その後は本当に時間を増やされてはたまらないと、英語を必死に勉強し、時々オーバーヒートで頭から煙が出ているなのはの姿が見られた。猫みたいな唸り声を上げたかと思えば突っ伏し、少し頭が冷えて再起動したかと思えば同じ問題に向かった瞬間、|カウンターパンチ≪英語の文章問題≫を受けてまた突っ伏す。そういう不憫なサイクルが時折見られたのだが、その時は解き方と考え方をしっかり教えてやると、彼女も理解は結構早いので問題を解き続けられるようになる。誰かが詰まった時は考え方を教える、全体的にそういった感じで勉強会は進み、最終的に日が沈みかける時間帯まで行ったのだった。
さて……どうしてこんな時間まで勉強会をしたかというと、明日の6月4日ははやての誕生日だ。それで今日の間に勉強会で宿題を済ませ、明日何の心置きもなく誕生会を開きたいというのがはやて以外の3人娘と、そして俺の目的だ。なのでこの勉強会の名に隠れた誕生会は彼女達のお泊り会も兼ねていたりする。
なお、翠屋には俺の名でケーキの予約をしている。明日受け取りに行くわけだが、その事をはやてには内緒にしてある。というのも、そもそもはやては俺達に誕生日を教えてないから知らないと思っており、今回、誕生日の前日に勉強会兼お泊り会のイベントが偶然起きた事で、明日実は誕生日だとどこかのタイミングで暴露する程度の事は企んでいるかもしれないが、逆にそんな計画がこちら側で企まれているとは微塵も考えていない。ま、簡単に言うと向こうが隠してるんならこっちも隠してやろう、という単なる意地の張り合いでしかない。
ちなみにどうしてはやての誕生日がわかったのかというと、俺達以外の協力者……はやての主治医、石田先生の|力添え≪密告≫があったからだ。そして彼女から誕生日は祝うものだと聞き、この行動に移ったのだ。
夕食は俺が作った栄養満天で本場風味のボルシチ。子供が多いから少し甘めに作ったそれは中々に好評で、本場のロシアでは更にチーズなどをかけるのだが、その理由は寒い国だからカロリーを多めに摂取する習性があるという雑談もした。あ、女子にカロリーの話は厳禁だったか?
あと、俺の得意料理が何なのか訊かれたりもした。自慢じゃないが結構万遍なく作れるから、結局どれが最も得意なのか判断できなかった。今は強いて言うなら麻婆豆腐か?
「そういえばサバタさん、この前八景を持ったお兄ちゃんと一緒に一日どこか行ってたけど、二人で何かしてたの?」
「? ああ、一昨日の話か。確か……恭也に援護を頼まれて、適当に月村家と敵対していた裏組織を潰してきたんだったな、そういえば」
「裏組織をそんな軽い感覚で“潰してきた”と言えるサバタさんとお兄ちゃんって……」
具体的には、以前、倉庫で俺が倒して捕らえた奴らに依頼していた大元の組織が判明し、御礼参りという意味で二人してカチコミに行ったわけだ。裏組織にしては案外大きく、基本的に苦戦はしなかったが殲滅に時間がかかってしまった。なお、以前廃病院で回収した麻酔銃を士郎にもらった“ベレッタM92F”に改造で組み込んだため、非殺傷武器として活用させてもらった。ゆえに兵器は大剣で斬っても、人斬りはしていない。
ちなみに相手の上層部に分家の夜の一族がいたのだが、人間より多少優れた血に驕る程度で俺達の敵では一切無く、護衛の自動人形と秘密兵器諸共殲滅してやった。秘密兵器は確かメタル何とか……という巨大兵器だったのだが、アレは量産型の一機らしくそこまで強くなかった。
ああ、途中不思議な印象をした白髪の男と出会ったが、彼はやたらとリボルバー銃をクルクル回転させていたな。なお、彼は先程の夜の一族が巨大兵器を手に入れて増長し、自分を裏切った事で敵対関係となって自ら粛清に来ていたそうだ。彼の組織が後に何をしでかすかは知らないが、今後のために彼とはちょっとした密約を結ばせてもらった。この事を恭也も月村家も知らないが、別に危害は及ばない……むしろ将来的に防いでいるのだから、問題ないだろう。
「なんか、私の家の事情に付き合わせてごめんなさい……」
「すずかちゃんが責任を感じんでもええんやない? それにしてもホント、サバタ兄ちゃんと恭也さんの実力って軽く人間越えとるなぁ、あはは!」
「魔法が使える管理局の人達も唖然とする程だったしね。ジュエルシード事件の最中に模擬戦でお兄ちゃんとクロノが戦ったら魔法が発動する前に瞬殺されてたもの」
「あの時、魔導師全員が呆気にとられてた光景は写真に残しておきたいぐらい面白かったわ」
それは俺がリーゼロッテに使ったのと同じ、対魔導師向けの戦法だな。きっとその時、かなりの実力を持っていたクロノも魔法が使えない恭也に一瞬で倒された事で、非魔導師に対する先入観も木端微塵に砕けた事だろう。道理で二度目に会った時、以前より態度が柔らかくなっていた訳だ。
なお、カーミラから貰った暗黒剣は、今は俺の部屋に立てかけてある。あの剣はこの世界で持ち歩くにはあまりに大きくて目立ちすぎる。戦う時なら迷わず使うが、それ以外では持ち出す気はない。それに大剣が無くとも、麻酔銃の他に俺は体術が使えるから人間相手なら全く問題ない。
「気づけばそろそろ日付が変わりそうだ」
「あ、せやな」
その際、はやての目と3人娘の目が一瞬光ったように見えた。種類は違ったが。
各々の企みを胸に秘めながら、俺達は時計の秒針を集中して見つめる。時計の音が大きく聞こえる。
カチッ……カチッ……カチッ……。
『はやて、誕生日おめでとう!!』
「実は私、今日誕生日なんや―――って、アレェ!?」
『闇の書、起動』
ッ!!!
面倒な! このタイミングで発動したか!!
はやての部屋にあったはずの本が浮きながらはやての前に現れ、彼女の体から浮き上がったリンカーコアを吸収していった。
『リンカーコア、認証』
「な、なんや!? 私の体から白い光が出て来たで!?」
「こ、これって! きゃあ!?」
本から発せられる風圧でなのは達も押しやられ、更に障壁も張られてしまい、はやてと本の側から隔絶されてしまった。
「シールド!? じゃあまさか……!」
「これが魔力で構成されているならば……! あんこぉぉぉくっ!!!」
「サバタさん!?」
なのはとすずかが呆然としている隣で、暗黒チャージで強引にシールドの突破を図った。ジリジリと進めはするが、しかしシールドの突破までは行かなかった。ある程度進んだ所で本の力と拮抗し、完全に足止めされてしまった。
「サバタ兄ちゃん!!」
不安に満ちた声ではやてが呼びかけてくる。だが今の俺では彼女の手を掴めない……!!
「サバタ! これを受け取って!!」
弾き飛ばされてから姿が見えなかったアリサが、何かを放り投げてきた。それは彼女の贈り物……暗黒剣!!
「礼を言う、アリサ! これなら……うぉぉぉおおおお!!」
暗黒の力が宿っているこの剣なら、いくら強固なシールドでも斬れる!
雄叫びを上げながら大剣を振り降ろし、俺の進行を阻止し続けるシールドを両断する。途端に全身にかかる圧力が霧散し、はやての所へ向かえるようになった。ゼロシフトを発動し、瞬時にはやての傍に駆け寄ろうとするが、しかしその進行を闇の書がその身で妨害してくる。
今だ!
丁度良いと思った俺はその本に手を置き、暗黒チャージを発動。兼ねてより気がかりだったこの本に宿る闇を吸収する。……が、逆に俺の身体が暗黒剣と共に闇の書に一度吸収されてしまう。
「サバタ兄ちゃん!?」
『守護騎士システム、発動。召喚』
そして一旦、意識が闇の中に消えた。
「む……? ここは……」
割と早く意識がはっきり戻ると、俺は頭の中で状況の整理を瞬時に終える。
ここは闇の書の中か。道理で周りが暗闇なわけだ。
「気が付いたか」
ッ!?
こんな所で俺以外の声がするとは思っておらず、正直に驚きはしたものの、すぐに取り直して声をかけてきた銀髪の女性に目を向ける。
「おまえは何者だ?」
「私か? 私は闇の書の管制人格だ。と言っても、権限は無いにも等しいが……」
そう言うと、全身がどす黒い蛇の形の鎖に巻かれて一見するだけで自由が利かないとわかる彼女はず~んと落ち込んだ。はっきり言って、ネガティブな奴だな。まるで昔の誰かのようだ。
「おまえが吸収された理由は、恐らく暴走した防衛プログラムが主以外近づけないはずの起動時に何故か近づけた外部因子に対する緊急措置として、ここに隔離させたのだろう。この闇の牢獄の中にな……」
「牢獄? ならばさしずめ俺は囚人で、おまえは監視員か」
「間違っていないが、少し足りない。正確には私も囚人であることだ。永遠に抜け出せない呪いの鎖に縛られた、な……」
彼女は床から伸びて自らに巻き付いてある鎖を見下ろし、自嘲気味につぶやく。まあ、いくら強力な魔導師でも、魔力を吸収され続けるこの場所では魔法も使えず、鎖に縛られれば更に自由も効かなくなる。つまり牢獄に相応しいだろうな。
魔導師にとっては、だが。
「ここに投獄されて抜け出せた者はいない。おまえが外で何をしたのかは知らないが、防衛プログラムに捕らえられた以上、運が悪かったと諦めるしかない」
「そうか」
「そしてここでの私の役割は、おまえを永遠の眠りにつかせること。闇の書が魔力を蒐集していない以上、今の私ではこれぐらいしか出来ないのだが、これでもれっきとした管制人格だ、役目はしっかり務めさせてもらう。可能な限り幸せな夢にするから、それで勘弁してもらいたい……」
「フッ……眠りにつかせる? 幸せな夢? 俺がそれを受け入れると本気で思っているのか?」
「おまえこそ、闇の書にかけられた呪いの力を甘く見ているのではないか? それに……この本に見出された者に救いは無い。主にさえ、魔の手を伸ばしてしまうのだから……。もうわかっているだろうが、主の足が麻痺している理由は、闇の書が主の魔力を執拗に吸収し続けた影響なのだ……」
この場合、主は恐らくはやての事。つまり、この闇の書ははやてに危害を及ぼす存在であると判明したわけだ。
「それならば余計、アイツの兄の俺が安穏と寝ていられる訳が無いだろう」
「主の兄様だったのか。謝って済む問題ではないが……すまない、私のせいで主の未来どころか、おまえのような家族すらも奪ってしまった」
「そう決めつけるのは早計じゃないか? まだ何も終わっていないだろう」
「いや……闇の書は既に起動してしまったのだ。もう破滅の運命は定まってしまった、今更足掻いた所で、どうも出来ないよ……」
「……この世界の人間は、どうも諦めが早い奴が多いな。少しはなのはを見習え! アイツぐらいの不屈の心があれば、少しでも事態が好転するかもしれないだろう?」
「だが……」
こうして会話しているとわかるが、彼女は全てに対して諦めている様子だった。そのせいで自虐的な言葉や、悲観的な思考ばかり発しており、それが無性に苛立ちを湧き立たさせている。知らず知らずの内に、剣を握る手に力が入る。
「はぁ~……ウジウジウジウジ……! おまえは人を怒らせるのが趣味なのか!?」
「そ、そんなつもりは……!」
「では何だ!? さっきからネガティブな事ばかり言って諦めて……イライラする! いい加減おまえも何かを望め!!」
「え!?」
「未来が無い? そんなの世紀末世界じゃ当たり前だった! それでも人は必死に明日を掴もうと生きてきた! 滅亡が目前にあるのに、絶望が何度も襲ったのに、それでも人は生きてきた! それに対しおまえは何だ!? さっきから運が悪かっただの、運命が定まっただの、おまえ一人の一存で勝手に決めつけるな!」
「そんなの……当然じゃないか! 闇の書はこれまでに多くの主を喰らい、無数の犠牲者を出してしまった! 最初は何とか止めようと足掻いたし、プログラムも改善しようとした! それなのに闇の書は、その努力を全て悪い方向で発揮してしまった! 何度も、何度も、何度も何度も何度も私は足掻いてきた! でも……出来なかった、失敗したんだ!! とれる選択肢は全てやってきたのに、それでも上手く行かなかった事を……私がずっと味わってきた無力感を、おまえは知らないだろう!!」
「本当にとれる選択肢は全てやってきただと? 笑わせるな! 世界には無限の可能性がある。そもそも俺が今も生きている事すら、その可能性のおかげなのだから、諦めるのはまだ早いだろうが!!」
「だが、おまえ一人で何ができる? 何もわからず足掻いた所でどうにもならない、結局闇の書の力に屈するだけだ! これまで協力的だった人間のように、そしてこれからもきっとそうなる……!!」
そう言い放って彼女は足掻き続けて疲れてしまった者だけがする悲壮感漂う表情を見せる。なるほど、プログラム体とはいえ、彼女も心が摩耗してしまったのか。なのに自我が未だに残っている。長い年月における無用な殺戮で心が壊れててもおかしくないのにな……。そこは称賛に値する。故に……放っておけない。
徐に俺はゆっくりと彼女に近寄っていく。そして悲観に満ち溢れた彼女に言い聞かせるように、言葉を紡いでいく。
「……おまえは……俺に闇の書の呪いを甘く見ている、と言った。なら逆に……俺からも言わせてもらおう」
「……?」
彼女の傍に来ると、暗黒剣を上に構える。俯いている彼女にはそれが見えていないが、別の彼女を斬る訳では無い。斬るのは……鎖だ!
「おまえは人間の心の力を甘く見ている。だから……人間の持つ可能性を、おまえに今一度見せてやる!!」
彼女を縛る鎖に暗黒剣を渾身の力で振り降ろし、重厚そうな見た目に反して軽快な破砕音がパリンと鳴り響く。真っ二つになった鎖は徐々に消えていき、辺りに鎖を構成していた魔力の光が霧散していく。
「なッ!!!」
「人間の可能性……世界の可能性……、その一つがこれだ。理解したか?」
あまりの出来事に彼女はさっきまでの悲壮感に満ちた顔から一転、驚愕に染まった表情になる。この次元世界の常識を覆す行為を、例えばクロノなどの人間が見れば受け入れるまで胃が荒れるかもしれない。
「ま、まさか……今の一太刀で私と防衛プログラムとのパスを切断したのか!? 私にも歴代の主達にも出来なかった所業を、こんなあっさりと……!」
副作用で彼女の持っていた何らかの機能も斬れてしまったが、まあ彼女の手が新たな血を流させるよりはマシだろう。それより、俺が斬らなければならないパスはもう一つある。
「おい」
「だ、だがこれで私も少しは出来る事が増えた……っと、ど、どうしたのだ!?」
「随分動揺しているな、この程度で」
「“この程度”で済ませないでくれ! そ、それよりこの流れだと、まだ他にも斬らねばならない鎖があるから、そこへ案内してくれと言うつもりか?」
「正解だ。暴走した防衛プログラムとはやてを繋ぐ鎖、それを断ちに行く」
「そうか……確かに私を解放した兄様なら出来るかもしれない。だが待て……恐らく防衛プログラムは今の一撃で兄様が自分に危害を為せると判断したはず。という事は将達が戻ってきた可能性が」
「無いな」
「む、どうしてそう言い切れるのだ?」
「それは外にあいつらがいるからだ。こうして中で俺がおまえを解放しても未だに何もしてこない様に、外ではあいつらが守護騎士相手に何かしているに違いない。魔力の少ない今の闇の書では、中と外両方に手が回らないから、彼女達を信じて今の内に早く防衛プログラムを対処してしまうべきだ」
「だが……!」
「これ以上グダグダ言ってる暇があるか? 早く案内してくれ、こうしてる間にも時間が惜しい」
「……わかった。兄様が主を信じているように、私も兄様を信じよう。私が本体の傍まで転移するから、しっかり掴まっててくれ」
そしてフェイトの時と同じように、彼女が展開した魔方陣によって俺達は転移した。闇の書の内部な事には変わりないが、転移した場所のすぐ傍には、見るからにおぞましい触手を生やす異形の存在がいた。そしてその存在の近くに白い光……はやての魔力の塊があり、存在から伸びる鎖がそれに絡みついていた。他にも色付きの鎖が4本、彼女のリンカーコアと存在の両方に繋がって、上空の闇に伸びている。
「あれが防衛プログラムの本体だ。そして色付きの鎖は将達……守護騎士達とのパスを示しているのだろう」
「守護騎士か……すれ違いになったせいでまだ会っていないが、大体おまえみたいな奴らだと思えばいいのか?」
「人格プログラムという意味だけでなく、呪いを背負っているという意味でも私と同じだ……。だから私は……可能なら彼女達もこの悲しき宿命から解放してやりたい……」
「そうか。ならはやてと守護騎士との鎖は斬らずに、防衛プログラムとの鎖だけを斬ろう。それであの元凶らしい防衛プログラムだが、ここで倒してしまえば全て終わるのか?」
「いや、防衛プログラム……ナハトヴァールには無限再生を行うコアがある。コアがある限り、倒しても時間を経て蘇ってしまう。それもより強力なバグとして」
どこぞの野菜人みたいな設定が備わっているわけか。なるほど、長きに渡る呪いなだけはある。こいつは表に出れば相当な量の悲劇を生み出し、多くの血を流したのだろう。本来なら触れるべきではない代物だろうが、今対処しなければ次にこいつの毒牙にかかるのは……はやてだ。
なら……この場で何とかするのが俺の役目だ。彼女の誕生日に死の宣告なぞ送られてたまるか。
「フッ……俺からの贈り物は“未来”というわけか。柄ではないが、せいぜい送り主に届けてやるとするか」
「? 兄様、一体何をするつもりだ?」
「……おまえは知らないだろうが、俺の力は暗黒物質ダークマターだ。これは魔力を喰らい、プログラムごと消失させる性質がある。ナハトのコアがどれだけ強力だろうと、魔力で構成されているのならそれはただの“エサ”だ」
「ッ!?」
さあ、闇の書の闇を奪い取るとしよう。そして……哀しき因果に囚われし者達を、解き放つ!
後書き
原作ブレイク 本来の空白期→A's編前倒し
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