| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

戦闘城塞エヴァンゲリオン

作者:三十六路
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

第1話Aパート『戦闘城塞』

  ◇  ◇  1  ◇  ◇


西暦2015年3月――


ほぼ無人の駅前ロータリー。
本来は、深夜でも人通りの絶えることのない大都市の駅前だ。


葛城ミサトは、不覚にも一瞬言葉が出なかった。

相対する青年の、目付きが極悪…、いや良くない…、ええと鋭い?

事前に写真は確認していた。にもかかわらず、その容貌。

一端(いっぱし)の軍人である自分に身を竦めさせるほどの威圧感を放っている。
特に長身というわけでもない、細身の体躯。

極力余分な筋肉は付けない主義なのだろう。脳内で危険信号が鳴り止まないのは
見た目以上の戦闘能力を隠し持っている証拠だ。


いやいやいや。相手は生まれて以来20年、命のやり取りになど
関わった経歴はない。…そのはずだ。


「よ、よろしくね。(いかり)、シンジ君」

「川村、ヒデオ。です」

そう、事前に身上書で確認していた。
碇シンジは幼少期に縁者に預けられた、その家が川村家。
川村家の夫妻を両親として育ってきたのだ。

以来、川村ヒデオで通している。


「あ、ごめんね。ヒデオ君…で、いいのよね」

「はい。そう、呼んでください」

こちらの名前は事前に知らせているがそれを呼ぶ様子がない。というかそれ以上、口を開くつもりがない様子。

葛城(かつらぎ)ミサト。ミサト。で、いいわよ。あらためてよろしくね。ヒデオ君」

無言で頷く青年。

まあ顔が怖いだけなら、彼の実の父親も相当なものだ。
造形はあまり似ていないが、相手を萎縮(いしゅく)させる威圧感は。さすが親子か。
口数少ないところも、ミサトに彼の父親を想起させた。

「急ぐから、乗って」
運転してきた車を指し、促す。

気をとりなおして職務を全うすることにしたのだ。

彼が助手席につくのを眺めながらミサトは運転席に座った。
座るのに邪魔になるのだろう、彼は背負っていたバッグの肩掛けをはずし
ひざの上に載せ、シートベルトを締めた。

「じゃ、出すわよ」
自身もシートベルトを締めて、車を出発させた。電気自動車なので始動は静かなものだ。



実はそもそも、この時間に彼と落ち合うことは難しいはずだった。
というのも第三新東京駅に向かう、彼の乗る予定だった電車はいくつか前の駅で運転を停止しているからだ。
それを知ったときは血の気が引いた。

しかし、彼はわざわざ窓口で切符を交換して前日の空き席のある便に乗ったとのこと。
現在の事態を予見してのことではないだろうが、本当に幸いだった。

事態はまだそれほど進行していない。
今まさにこの都市に向けて、“使徒”とよばれる災厄が迫っている。
発見されたのは昨日。太平洋の海底を進む巨影が海上自衛隊のソナーに引っかかった。

相模湾付近から上陸した時点で正式に“使徒”と確認された。
急ごしらえで水際に展開した戦略自衛隊・国連軍と、現在も交戦中である。

進行予測経路上の住民に対し、避難勧告が出されたのもつい数時間前のことで
列車の運転停止もそれによるものだ。

多少の混乱はあったが、
いまだ第三進東京市は静かなものだった。


駅前ロータリーから程近くのビル、立体駐車場にも似た入り口から車を入れると、
車は巨大なエレベータによって地下へ送られた。


「これ、読んでおいてくれる?」
ハンドルを手放したミサトは、助手席に座るヒデオに
見学者向けに作られたパンフレットを手渡した。一般公開しているわけでもないので、政府かスポンサー企業の関係者に向けたものだ。

表紙にはどことなく間の抜けたフォントで『ようこそ、Nerv(ネルフ)()』の文字。
「特務機関、…ネルフ」
「そ。国連直属の非公開組織」
「…そうですか」
興味のかけらも感じさせない声音で返される。

「ちょっとー。あなたのお父さんのいるところなのよ?
お父さんの仕事とか、興味ないの?」
顔を合わせて以来、終始変わらぬ反応の薄さに
ミサトはジト目で訊いた。

「もう、子供ではないので。
川村の、父からは人命を守るための仕事らしいとだけ
聞いて育ちました」

まあ、信じてないけど。と続けそうな感情の篭らない声に
ミサトはそれ以上の言葉をなくした。


エレベータは地下の開けた空間に差し掛かった。
強化ガラスの壁面から、その地下とは思えない明るさの景色が見える。
地底湖を中心に地上と変わらぬ木々の緑。四角錘(ピラミッド)型の巨大な建造物。

「っ? …ジオ、フロント」
「そう、これが私たちの秘密基地ネルフ本部。
ここが人類最初で最後の砦。戦闘城塞となる場所よ」

ヒデオの呟きに対し、胸を張り誇らしげに語るミサト。
彼はわずかに目を見開き彼女に視線を送った。


  ◇  ◇  2  ◇  ◇


「あっれー、おっかしーいなー」
本部内に入ってから、ヒデオを連れて通路を進んでいたのだが、
ミサトの様子がだんだんおかしくなり
上のような呟きが漏れるようになった。
同じフロアで3回連続で同じ方向に曲がったりは普通しないはずだから、
迷ったのだろう。

そうやって、進んでいる所で救いの声がかかった。

「遅いわよ、葛城一尉(いちい)。また、迷ったの?」
金髪に白衣の女性が立っていた。
他人行儀な呼び方だったが、
ミサトと気安い間柄であると思わせる声音だった。

「ゴミン!リツコ。
本部の構造には、まだ詳しくないのよぉ。」

言い訳するミサトをやれやれとジト目で見てから、
青年に視線を移した。

「彼がそう?」
「そ。マルドゥックの報告書に(いわ)く、第三の“適格者”」

端的な質問に、なぜか自信ありげにミサトが答える。

「ちょーっと愛想がないけど、期待できそーよ」

「川村、ヒデオです。よろしく」
愛想がない。といわれたからでもないだろうが、
青年が一歩前に出てリツコに挨拶した。

「E計画主任研究員、赤木リツコよ。
まぁ、ネルフ本部技術部長の肩書きの方が分かり易いかしらね。」
ヒデオの名乗りが“碇シンジ”でないことに、染めていない黒い眉を片方上げ
しかしそれ以上反応することなく彼女は挨拶を返した。

「ともかく、“ケージ”に向かうわよ。ミサト。
ついて来てもらえるかしら」
ミサト、次いでヒデオに言う。
無言で頷くヒデオを、リツコが先導して歩き出した。



「で、なんとかなるわけ?」
道すがら、ミサトがリツコに話を振る。

それに答えたわけでもないが、本部内にアナウンスが流れる。
『繰り返します。国連軍より、ネルフ本部に指揮権が委譲されました。
本部はこれより迎撃体制にはいります。』
『総員に告ぐ、第二種戦闘配置。
目標の接近を持って第一種戦闘配置に移行する。
以後、予期せよ』

「――だ、そうよ?いよいよ矢面に立つわね。
…聞きたいのは初号機のこと?」
「ええ」

「起動確率、…まあ言っても仕方ないわね。億千万にひとつと云った所ね」
「それ、動かないって言ってんじゃないの?」
「失礼ね。どんなに確率が低かろうと、0で無い限り有り得ないことなんて無いのよ」
「まぁ後は、ぶっつけ本番。やってみるしかないわけね」

皮肉っぽい口調でのやりとりながら、それほどギスギスした雰囲気にならないのは
ふたりが気安い間柄であることを示していた。
とともに、会話内容自体お互いに既知のものだということだろう。

青年は、二人の会話に特に参加するようなこともなかった。


  ◇  ◇  3  ◇  ◇


たどり着いた“ケージ”、要は広大な格納庫だが
不透明な液体が満たされ底まで見通せない。

庫内の、キャットウォーク上を作業員らしき人間が忙しなく行き交うなか
中央の通路に3人は立っていた。


液体に大部分が浸かった状態の“それ”に近づき、姿形がはっきり分かったところでヒデオは呟いた。

「顔…、関式?」

たしかにそれは、“関式(マジェスト)”――関節式機動器の略。関節部の屈伸や回転によって動作する機械である。一般にはいわゆる人型ロボットと捉われがちだが、ロボットと同義ではない――に、見えた。

しかし、否定される。

「違うわ。これはヒトの作り出した、究極の汎用決戦兵器。“エヴァンゲリオン”、その初号機(しょごうき)
極秘裏に建造が進められてきた、我々人類の切り札よ」

「…これが、人類を守る仕事。と、いうことですか」



「そうだ」
声が響く。

「ひさしぶりだな。…シンジ」
上からの声に、その場の人間の視線が集まる。
壁に突き出したガラス張りのフロアに一人の男が立っていた。
薄く色の付いた眼鏡をかけた、顎ヒゲの男。
特務機関ネルフ総司令、碇ゲンドウ。


「出撃」
「…出撃?」
一拍おいて吐き出された言葉に、ミサトは思わず問い返した。

「零号機は凍結中の筈でしょ。…まさか
初号機を使うつもりなわけ?」
横に立つ友人に目を移し訊ねる、
リツコの答えは肯定だった。

「他に道はないわ。それに
パイロットは、さっき届いたでしょう?」

「僕が、これに乗る。…そうですね?」
「そうなるわ。…驚かないのね」
当然のことのように受け入れる言葉に、
むしろリツコやミサトのほうが驚かされた。

「ええ。しかし、…待ってほしい」
すぐにでも乗せる準備にかかりそうなリツコに対し、
手を挙げて待ったをかけた。

「乗るなら、赤木博士から説明を受けろ。
乗るつもりがないなら、帰れ」
ゲンドウからも急かすような言葉がかけられるが
青年の答えは次のようなものだった。

「否、そうではなく。…条件が。
今日これに乗る、そのことに対して」
「「…条件?」」
女性二人が異口同音に聞き返す。

「受け難い命令に対し、拒否できる権利を」
つづけてヒデオは言い放った。

何を言うのかと、軍人であるミサトは思った。
命令というものはそんな簡単に拒否できてよいものではない。

「僕は職業軍人ではなく。例えば状況の中で
人を殺すような命令がされても応じかねます。
命令違反、敵前逃亡、で銃殺刑。では困る」

「そんな命令は出さないわよっ」
淡々とつづけるヒデオにミサトは反駁した。

「逃げ遅れた市民はともかくとして。
興味本位や誤った正義感で戦場に出てきた厄介者を
彼らの危険を人命を、無視して戦えとは言わない。と?」

「じ…人命優先で指揮するわよ」

「逆に、そんな人たちを救出する時間稼ぎに
自分の命を危険に(さら)せと」
さらに淡々と真逆の例をつづける青年。

「って、どっちなのよっ」

「どちらもです。
状況によって、あなたの判断は変わるでしょうし
僕にとっての意味も変わってきます。
だから、そのとき僕がどうするかは
わからないのです。」


「…好きにしろ」
言葉は天上、ネルフ司令――碇ゲンドウから降ってきた。

「しかしっ、司令」
「乗ってさえいればいい。それ以上は望まん」
最高責任者の言葉に、ミサトは沈黙する。

「承知した。乗ろう」

怖い貌同士、司令とヒデオの視線が一瞬交錯した。


  ◇  ◇  4  ◇  ◇


「要は、自分自身の体を動かすように、
そのイメージを強く意識しろということですね?」

エヴァンゲリオンの操縦について説明を受けた後、
“エントリープラグ”と呼ばれる操縦席に座ったヒデオが
モニタ越しにリツコに言った。

モニタのつながった先は先ほどの“ケージ”ではなく、
“発令所”とよばれる戦闘指揮を行う場所だ。
ヒデオが搭乗準備にかかった時点で、
ミサトとリツコは発令所に移動している。

「基本はそのとおり。
自分の体と初号機の体、感覚の混乱には気をつけて。
相手を蹴ろうとして、プラグ内の壁に足をぶつけたりしないようにね」

冗談めかした言葉を織り交ぜ、説明を続けるリツコ。

「あと、“アンビリカルケーブル”の抜き取りや
装甲にマウントされている“ウエポンラック”の開閉操作のように
人体には無いものは、コンソールからのキー操作になるわ。
イメージしようがないものね。
まだ配備されていないけれど、銃火器の操作もそれに準じるわ」

そちらについても、ひととおりの説明があったが
とっさの場面で操作ができるレベルではない。
肉弾戦(たたかう)以外のコマンドをおよそ持たない状態である。


そうしている間にも、発進準備がすすむ。
“LCL”と呼ばれる液体によってエントリープラグを満たされた際には、
多少動揺するかとも思われたが、ほとんど反応らしい反応がない。

「…ホント、何事にも動じないわねぇ」
発進準備や操縦のレクチャーの間、手持ち無沙汰にしていたミサトが
呆れたように呟く。

そして、“シンクロ”スタート。
パイロットの思考がエヴァンゲリオンに同期して操縦可能な状態になる。

「シンクロ率、出ます。…15.1%!」
「初号機、起動します。」
初号機のデータをモニタリングしていた各オペレータからの報告が、順調な進行を示す。

「いけるの?」
「起動指数ギリギリだけどね?…いけるわ」
シンクロ率の数値が低いように感じてミサトが訊く。
もっとも、標準がどれくらいで最低いくつ要るかも彼女はよく分かっていない。
だから、リツコの返答にひとまず安堵した。



「かまいませんね?」
ミサトは、発令所の一段高い位置にある席に座ったゲンドウを振り仰いで確認した。

「勿論だ。“使徒”を倒す。それなくして我々人類に、未来はない」

重々しく頷く、その声を背に。前を見据え、ミサトは宣言した。

「発進!」


…ヒデオ君、死なないでよ。と、ミサトは内心で願った。



「大丈夫、…焦らずに」
“エントリープラグ”内、地上に送り出される急激なGに耐えながら、
ヒデオは呟いていた。

その呟きに反応するように、モニタにわずかに電光が走った。




[続く]

 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧