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本当の強さ

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3部分:第三章


第三章

「何があろうともな」
「その彼等の場所にですか」
「このまま呉に留まってくれるのならそれでいい」
 大佐はこうも言うのだった。海軍のその黒い詰襟の軍服に身を包んだその身体からも懊悩が感じられた。彼も辛いものを感じていたのだ。
「君の好きにしてくれ」
「彼等は間違いなく死ぬ」 
 義明もまた懊悩の中にいた。それは間違いない。これまでの戦いは死を覚悟したものであっても生きて帰ることができた。だが彼等は。
 彼は生きて帰った者を手当てするのが仕事だった。しかし鹿屋では死にに行く者を見送るだけだ。それは彼がするべき仕事なのかとも思った。しかしだった。
「わかりました」
 こう答えたのだった。結論を出したのである。
「それでは」
「そうか。行ってくれるか」
「見送らせて頂きます」
 己の役目はわかっていた。だからこその言葉であった。
「喜んで」
「済まない。彼等は必ず死ぬ」
 そのことを大佐もよくわかっているのだった。痛いまでに。
「その彼等をな」
「死ぬ者を見送るのも医師の務めですから」
「済まない」
 こう言う彼に対して再び詫びた大佐だった。
「彼等の為にな」
「行かせてもらいます」
 今彼が出した言葉はこれであった。
「鹿屋に」
 こうして彼は鹿屋に向かうことになった。その鹿屋に着くともうアメリカ軍が沖縄に上陸しだしていた。それを受けて特攻隊の兵士達も次々に旅立っていく。
 彼等は笑顔で見送る基地の将兵達に敬礼しそのうえでそれぞれの機体に乗り込んでいく。そうして二度と戻らない。義明もまたその彼等を見送る。
 手当てをすることは呉にいた時のことを思うと信じられないまでに減った。しかし死す者を見送ることは増えた。このことが彼を苦しまさせた。
「今日も行った」
 空に消えていく零戦達を見送ってからの言葉だ。青い空は何処までも澄んでいて恐ろしいまでに美しい。
 誰もが若い兵士達だった。まだ子供と言ってもいい予科練の兵士達も多かった。彼等は皆悲しいまでに爽やかな笑顔で旅立っていった。その笑顔だけを残して。
「この戦いは最早」
 もう戦局も明らかになっていた。
「はっきりしている。それなのに行くのか」
 誰も帰っては来ない。一人として。
「帰って来ることもないというのに」
 それでも彼は見送るのだった。そうすることが死にゆく彼等に対して唯一のできることだとわかっていたからだ。だからこそそうしていた。
 しかしだった。ある時あまりにもいたたまれなくなって特攻隊として来ている一人の将校に対して問うたのだった。彼はまだ若い少尉だった。
「それでもですよ」
「それでも?」
「はい、それでもです」
 義明は彼のいる部屋で話を聞いていた。彼は畳の上に座り義明と向かい合う形で話をしてきた。海軍の軍服を端整に着て正座をして彼の前にいてそのうえで話すのだった。
「私達は行くのです」
「祖国の為か」
「わかっています、誰も」
 少尉の言葉は静かだった。まるで悟りを開いたかのように。
「先生もわかっていますよね」
「我が国のことが」
「日本は負けます」
 少尉ははっきりと言った。言い切ってさえいた。
「それは間違いありません」
「それは」
「誰もがわかっています。けれどです」
「けれど」
「敗れても。まだ日本は残ります」
 こう言うのであった。その悟りを開いたかの如き澄み切った声で。
「私達はその残る日本の為に行くのです」
「死出の旅にか」
「陛下も家族も親も兄弟達も友達も」
 少尉が語るのは絆だった。彼の全てと言ってもいいその絆であった。
 
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