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【銀桜】4.スタンド温泉篇

作者:Karen-agsoul
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第8話「考えるな、感じろ」


 淀んだ暗闇が広がる世界――あの世とこの世の境。
 完全なる虚無の中を銀時はレイに連れられて漂っていた。
【いいかい。絶対離すんじゃないよ】
 漂う二人はお互いの手をしっかり握っていた。
 あの世とこの世の境で離れ離れにならないためとはいえ、スタンドと手を繋ぐのは妙な感じだ。しかし今はそんなことを気にしているところではない。
 黄泉の門に飲まれてしまった双葉を探さなくてはいけない。
 だが何をどうしたらいいのか。銀時の焦りは増していく。
「ぐずぐずしてられっか。早く双葉を見つけねぇと」
【慌てるんじゃないよ】
「けどよ!」
【肉体は魂の器にすぎない。けどそれは現世に繋ぎとめられてるってことさ。いわば『因果の鎖』ってところかね】
「え?何それ?ブ○ーチ??」
【つまりね、肉体は現世のモノさ。だからその器に入ってる魂なら、まだこの境目の中をさ迷ってことになるんだ。今のあんたのようにね】
 溜息混じりにレイは真剣な眼差しで銀時に語った。
 そもそも人間は『魂』と『精神』と『肉体』でできている。そのうちの『魂』と『精神』が『肉体』に入ることで『生きる』ことに繋がる。普通なら肉体が滅べば『魂』と『精神』は、『器』から分離してあの世に昇天する。だが生きたまま黄泉の門へ飲まれた双葉はあの世にも行けず現世にも戻れず、この虚無の空間をさ迷っている状態だとレイは言う。
 かといってこのまま時間が経過すれば、双葉も自分達もあの世に引きずり込まれてしまう。
 そうなる前に彼女を見つけ出す。そして空間に一度裂け目を入れて、現世に戻らなければならない。
【私が案内できるのはここまで。後はあんたが探しな】
 あの世に繋がるギリギリの境目で止まって、レイは力強く銀時に言った。
「探すって……」
 辺りを見渡しながら銀時は戸惑う。
 見渡す限り何もないこの虚無の空間から、一体どうやって妹を見つけ出せばいいのか。さすがの銀時も途方に暮れた。
【兄貴のあんたなら、妹と『タマシイの共鳴』ができるはずだよ】
「タマシイの共鳴?……それってソウル○ーターじゃねぇか!」
【私は現世に繋がる空間の裂け目を作ってくるから、後は任せたよ】
 銀時のツッコミを無視して、レイは行ってしまった。


 一人残されてしまった。しかしここでもたもたしてる余裕はない。
 銀時は先刻の出来事を思い返した。
「アイツ……なんで……」
 あの時。
 黄泉の門へ飲まれる直前――双葉は自分から飛びこんだ……ように見えた。
 ただそう見えただけかもしれない。だがそんな風に思えて仕方ない。
 いつも冷めた態度で、誰とも距離を置いていた妹。
 けれど本心は誰かと関わりを持っていたいはずだ。
 レイから手渡されたトランプから、銀時はそう思う。
 なのに双葉は自分から手を離した……?
 離れたい理由があったのか、それともやはりただの気のせいか。
 どっちにしろ、双葉は黄泉に堕ちてしまった。手離してしまった。
 だからもう……。
「ちげェ」
 まだ間に合う
 アイツは……双葉は身を張ってお岩に立ち向かった。
 だから今度は……

* * *

 何もない。
 暗黒の『無』の世界。
 ゆらゆらと彼女はその空間をさ迷っていた。

――馬鹿だな……。
 幻想だった。
――ココに来れば会えると思ったのか。
 たびたび襲ってくる記憶の衝動。
 それは今日に始まったことじゃない。
 いつからか。
 もう随分昔からか。
 そんな錯覚さえ抱くようになった。
 ただこれだけは断言できる。

 過去の光景が目の前に広がる。

 銀髪を血に染めて『銀桜』と呼ばれる女。
 侍も天人も血にまみれてゆく屍の残骸に満ちた戦場。
 そこに轟くのは艶めかしい笑い声。

 草原の中で昼寝する子供たち。
 寺子屋で学びを受ける児童たち。
 それを優しく見守るのは学びの恩師。

 けれどそれはもう逢えない人。

 過去の光景は連鎖的に広がってゆく。それは日に日に増して押し寄せる。
 どうしてこんな夢のようなモノを見るのかわからない。
 そんな過去の衝動が双葉を駆り立てた。
 気持ちだけが先走って、黄泉の門へ飛びこんでしまった。
 だが、わかっていた。
――ココに来たって会えるわけがない。
 『もう会えない。もう会えない。……もう会えない』
 わかっているのに、どうしても抑えられなかった。
 そして双葉は自嘲気味に口を歪めた。

* * *

【タマシイの共鳴】
 なんのことだがさっぱりわからない。
 だが双葉は唯一血の繋がった妹。大切な家族だ。
『もう誰も失いたくない』
 かつて戦場を駆け抜けた銀時の中に芽生えた想い。それは今も心の奥底にある。
 この想いは妹に届くだろうか。その前に妹はどこにいる。
――見つける?何もねぇ世界(トコ)でどうやってだ?
――いんや。必ず見つけてやる。
――双葉(アイツ)はたった一人の『妹』だ。

 そうして銀時はゆっくり瞳を閉じた。
 すると……

『―――』

「!?」

* * *

 銀時の周りはいつも笑顔で溢れてる。
 どこに行こうが、何をしようが、そこにあるのは笑顔だ。
 誰もが笑っていた。憎まれ口をこぼしても、みんな笑ってる。
 無論、そこに双葉もいた。いつの間にか表情が緩んでることが多くなっていた。
 それはかつて自分が夢見た光景だった。

『貴様は己がどれだけ恵まれているかわかっていない』

 お岩に向けて放った言葉。
 それはそっくりそのまま自分に返ってくる。
 高杉と同じ道を歩むと決めた時、もう兄と出会うことはないと思っていた。
 なのに、また一緒になれた。
 兄といれば思い出が増えていく。
 鍋の肉をとり合ったり、些細なことで喧嘩をしたり、皆で遠出をしたりと。
 それがどれだけ幸せなことだったか、どれだけ望んでいたことだったか。
 そのはずなのに、あの時差し出された手を離してしまった。
 過去の衝動に押されたとはいえ、離してしまった事実は変わらない。
 それにこうなったのも自業自得。素直に納得できる。
 仙望郷の正体を知っておきながら、それを隠して兄や新八達を巻きこんだ。
 『旅行』というものをただ楽しんでみたかったという、もう一つの理由で。
 けど結局駄目だ。
 あの場には誰一人笑っていなかった。これじゃ意味がない。
 あの血の海で思い知ったはずなのに、同じ事の繰り返しだ。
――本当に自分勝手なことばかりだな。
 だから永遠にこの闇の中を彷徨(さまよ)い続ける。
 それが双葉の運命だ。
 例え、この先現世に戻れる扉があったとしても……

――ああ、わかってるよ。自分から手を離したんだ。
――だからもう、戻れない。

 悠然と浮遊する身体に迫りくるものがある。
 黒く、淀んだ何かが双葉の身体を覆っていく。
 そして少しの時間もかからないうちに、双葉は黄泉の闇に溶けた。

* * *

『あの世とこの世の境』、『異界の深淵』、『黄泉の狭間』。
 いくつもある呼び名はどれも似つかわしい。
 底なしの深淵に広がるのは、完全な『闇』のみ。
 視覚と聴覚と嗅覚、皮膚感覚すらもすっぱりと抜け落ちている。
 まるで夢の中にいるようだ。
 現にこの空間が幻なのか、本物なのかさえ区別がつかない。
 だが詮索する思考すら次第に薄れてゆく。
 考えなくてもいい、と。そんなことをしても無駄だ、と。
 なぜならここは何も存在しない『無』の世界なのだから。


「―――」
「……」
「――ば―」
「……」
「双葉ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

――兄者!?

 完全なる『無』の世界。
 そこに響くのは一つの声。

――どうして……。

 底なしに堕ちた双葉が見上げる先には、絶叫を上げる銀時の姿があった。
 いるはずのない兄の姿を、双葉は口を開けたまま半ば呆然と見ていた。
 一方の銀時は悠然と浮遊する妹の姿を見つけ安堵する反面、別の焦りを感じていた。
 双葉と銀時を阻むようにしてそびえる透明な『壁』。
 それは深淵と狭間をはっきりわけており、兄妹の再会を邪魔していた。
 それでも銀時は『壁』に拳をぶつける。何度も何度も。
 だが幾度衝撃を与えてもびくともしない。『壁』は銀時を嘲笑っているかのようだった。
「双葉ァ!戻ってこいやァァ!!」
 銀時の声に呼応するかのように、双葉の手は自然と伸びていく。
 だが不意に生まれた咎める思いがその手の動きを止めた。
 自分にあの手を掴む権利はあるのかと。
――だめだ。自分から突き放して、また手離した……。
――だからもうあの手は掴めない……。
 そんな気持ちに溢れた双葉の手はどんどん下がってゆく。
 そして銀時との距離も少しずつ離れ、堕ちていく。

「馬鹿野郎ッ!!」

“ガシャン”

 頭ごとぶつけて叩かれた『壁』にヒビが入る。そして直後に大きな音を立てて崩壊した。
 そのまま突進するように飛びこんで、双葉の腕を掴み取った。
 そして静かに抱き寄せて兄は妹に語りかける。

――バカヤロー……俺だっておんなじなんだよ。

 狂気の苦しみに堕ちた妹を手離してしまった兄の悔やみ。
 みんなと楽しむことをできずにいた妹の憧れ。

 不思議と銀時と双葉の想いがお互いに通じ合う。
 『無』の世界で銀時に聞こえてきたのは、双葉の『声』だった。
 最初は声がどこから聞こえるのかわからなかった。
 だが双葉のことを強く想えば想うほど、どこにいるのか感じ取れた。
 互いの場所を知り、互いのココロが聞こえること。
 それが【タマシイの共鳴】。



――何がしてェんだ?
――え?
 何を聞かれたのかわからず、思わず聞き返す。
 戸惑う双葉を見て、銀時は一度聞き直した。
――トランプとか花札とか。……最初っからそう言えよ。
――……だって……
――まどろっこしいんだよ、テメェは。
 そう文句を言いながら銀時はおでこでコツンと双葉の頭を軽く叩いた。
――兄者……すまない……
――あん?
 こぼれ落ちる謝罪。心当たりがなく首を傾げる銀時に、双葉は静かに言った。
――……私が……みんなを……まきこんで……
――それは俺じゃなくて、新八達(あいつら)に言え。テメーの口でな
――……ごめんなさい。
 ほんのりと紅潮した頬で双葉は静かに兄に謝った。
――で、何がやりてェんだよ?
 聞かれるのはささやかな望み。
 眼を伏せて、しばしの沈黙のあと、双葉は答えた。
――……大富豪。
 他愛ない遊びを口にした妹に、銀時は「わかったよ」と苦笑した。
――それからよォ、双葉。何かしてェことがあんならちゃんと言いやがれ。
――……駄目だ……私には……そんなこと許されない……。
――誰がやっちゃいけねぇっつった?そうやって何でもかんでも抑えこんでたら、テメーの道見失っちまうぞ。テメーは自分(テメェ)のやりてェことやっていいんだ。
 銀時の言葉に、双葉は瞳を閉じて、そっと彼に寄り添った。

 妹を腕の中に包んで、銀時は思う。
 今度は永遠に離してしまうところだった。
 もうあんな想いはしたくない。させたくない。
――……もう離さねぇぞ。絶対ェ離さねぇからな……!
 銀時は双葉を強く抱きしめた。
 もう二度と手離さないため、力一杯に。


【ギンっ!フゥっ!】
 虚無の空間にできた光の裂け目。そこからレイの手が差し伸べられる。
 同じく銀時も双葉を抱えて、光の裂け目に向けて手を伸ばした。
 しっかりと互いの手を掴むと力強く引っ張られ、兄妹は『無』の世界から脱出した。
 歓声を上げるスタンドの新八たちとお岩に囲まれる。
 山から突き抜ける朝日がとても眩しい。同時にここが現実だと思い知らされる。
 銀時と双葉は無事現世に戻って来られたのだった。

* * *

 あれから数日後。残された休日で旅行を楽しんだ銀時たちが帰る日がやってきた。
 考えを改めたお岩の意向で、仙望郷に仕えていた幽霊(スタンド)は成仏した。
 これからは自分の力で癒えない魂を成仏させる、とお岩は意気込んでいた。
「あんたらも成仏出来ない時はまた遊びに来な。一発で昇天させてやるよ」
「ケッ。ババァに背中流してもらうなんざ御免こうむるぜ。来年までにキレイな仲居用意しときな」
 憎まれ口を叩いて旅館に背を向け歩き出す銀時達を、お岩は「またおいで」と見送った。
 銀髪の兄妹にはとんだ目に遭わされた。
 けれどそれは女将として、この仙望郷を見つめ直せる良い機会だった。
 もう自分の我儘で幽霊(スタンド)たちを縛りつけない、とお岩は心に決めた。
 しかしその女将の隣で未だ浮遊している半透明の女性が一人。
「レイ、本当によかったのかい?」
 同じく銀時たちを見送るレイに、お岩は横目で問う。
 旅館の幽霊(スタンド)が成仏する中で、レイだけは仙望郷に残った。まだ自分の何かが彼女を縛り付けているのではないかとお岩は不安になる。
【ああ勘違いしないで。別に女将が心配で残ったんじゃない】
 眉をひそめるお岩に、レイはいたずらっぽく片目をつぶって言った。
【背中を流してやりたい奴らができただけさ】
 その言葉にお岩は声を上げて笑いをこぼした。
 そして次にやってくるお客のために、さっそく準備にとりかかる。
 しかしふと気配を感じて、二人は足を止めた。
 銀髪をなびかせる人間が門の前まで戻って来ていたのだ。
「あら、忘れ物でもしたの?」
 そう聞かれたのは、いつもと変わらない無表情を浮かべる双葉だった。
「おい、ここに……」
 なにか聞きたそうに、けれど開きかけた口を不意に閉ざす。
 しばしの沈黙のあと、双葉は身をひるがえした。
「いや、なんでもない」
 お互いに首を傾げるお岩とレイだったが、かまわず双葉は歩き出す。
【ちょっと……】
「今度はピザを出せるようにしておけ」
 そう言い残して、双葉は旅館を後にした。
 どんどん遠くなる背に、お岩とレイは喜んで頷いた。
 再び彼らが訪れるまでには、『美人の仲居』と『ピザ』を用意しておくと。

* * *

 雪がちらつき、デコボコした足場の悪い道を歩く中で、ふと遠くなった旅館を振り返る。
「いるわけない。もうあなたはいないですよね。……松陽先生」
 静かに見据えて、双葉は呟くように言った。
 ただ胸に抱いていたその幻想を。
 温泉旅館『仙望郷』――この世に未練を残した癒えない魂たちが集う場所。
 会えるかもしれないなんて馬鹿馬鹿しい思いで来たが、結果はこの通りだ。
 やはり、もう――
「おーい、双葉!置いてくぞ」
 遠くから聞こえる兄の声に双葉はハッと向き直る。
 不機嫌に、けれどどこかほくそ笑んでいる銀時と苦笑を浮かべる新八。
 子供っぽく怒る神楽とにこやかに立つお妙。
 そんな彼らを見て双葉は思う。
 兄の周りにはいつも笑顔が溢れている。
 過去の衝動は未だ止まらない。
 この中に溶けこむのはまだまだ難しい。
 けれど――それでも今はこの笑顔の傍にいたい、と。



「ああ、すまない」
 そう言って、双葉は銀時たちの元へ走った。

=終= 
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