狼の森
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第六章
「それを置いていってくれたのじゃ」
「それでその肉を食べてか」
「わしは生き永らえることが出来た、その時にわかったのじゃ」
「狼は人を襲わないか」
「あの時襲おうと思えば出来た」
その時にというのだ。
「間違いなくな」
「餓えていて今にも倒れそうだとな」
「そうじゃ、出来たのじゃ」
「しかしか」
「うむ、しかしじゃった」
その彼をというのだ。
「襲うどころかのう」
「助けてくれたか」
「それでわかった、狼は人を襲わず」
それにというのだ。
「人の友になってくれるものじゃ」
「それが狼か」
「確かに家畜は襲う」
このことはある、村の牛や羊をだ。
「しかしな」
「人は襲わないか」
「そしてその時からわしは狼達に次第に自分から近付いていってじゃ」
そしてだというのだ。
「この通りな」
「一緒にいる様になったか」
「その通りじゃよ」
「そうか、狼は人を襲わないか」
「うむ」
その通りだとだ、隠者はハンスに確かな声で答えた。
「わしがその証拠じゃ」
「実際に俺も襲わないしな」
「だからじゃ」
「恐れることはないか」
「憎むこともないのじゃ」
「家畜を襲うこと以外にはか」
「そういうことじゃよ」
これが隠者の言葉だった。
「安心していればよい」
「しかしな、家畜のことはな」
「もうせぬよ」
隠者は狼達を優しい目で見つつ話す。
「わしが言っておる」
「あんたがか」
「そうじゃ。森の生きものだけを獲るからのう」
「それならいいがな」
「御前さんは御前さんで狩りをすればいい」
これまで通りだというのだ。
「鹿なり猪なりをな」
「熊もだな」
「うむ、そうしてよいが」
「狼を恐るな、か」
「そうしてくれたら有り難い」
「わかったよ」
ハンスは隠者に対して答えた。
「それじゃあこれからはな」
「そうしてくれるか」
「家畜を襲わないならいいさ」
ハンスとしてはというのだ。
「俺も何もしない」
「そう約束してくれるか」
「今ここでな」
「左様か、なら有り難い」
「ただ、この森のことはな」
狼の森のことはというのだ。
「村の人達に言ってもな」
「わからないか」
「そうだろうな」
「ではこの話はわしと御前さんだけのことにしてな」
「そうしてか」
「森には誰も近寄らないままにしておこうぞ」
これが隠者の考えだった。
「後は御前さんがこの森に入ってもな」
「狼を恐れないといいんだな」
「それだけじゃ。これでどうじゃ」
「いいな、それじゃあな」
「うむ、ではそういうことでな」
こう話してだ、そのうえでだった。
ハンスは隠者と約束した通りにだ、狼に対して弓矢を構えることはしなくなった。そして狼の森に入ることはあってもだった。
獲物を獲らなかった、それで隠者に会った時に言うのだった。
「この森はあんたと狼達のものだ」
「そうしてくれるのか」
「そうした場所もあっていいだろう」
人、普通の者が入らないそうした場所もだというのだ。
「だからな、そういうことでな」
「それではのう」
「この森でずっと暮らしていてくれ」
ハンスは隠者に穏やかな声で話した。
「あんた達でな」
「ではそうさせてもらう、有り難くな」
隠者も応えてだ、森には人が入ることはなくなった。そうしてその森は何時までも狼の森と呼ばれ狼達のものであり続けた。
狼の森 完
2014・6・28
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