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少女の加護

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5部分:第五章


第五章

「卿等に言いたいことがある」
「それは一体」
「下がれ」
 それがクレールの言葉だった。
「今まで御苦労だった。今は下がれ、いいな」
「有り難うございます」
 リッペンドロップはそれを聞いて穏やかな感じの笑みを浮かべた。
「もう駄目かと思っていましたが」
「後は我々が引き受けるからな」
「連合軍は今は何とか振り切りましたが」
 彼は言う。
「それも一時的なこと。おそらくはもう」
「敵艦隊に発見されました」
 警報が艦橋内に響き渡る。それこそが何よりの証であった。敵に捕捉されたのだ。
「こうなるのだな」
「はい」
 リッペンドロップはクレールの言葉に頷いた。
「敵の数はかなり多いですので」
「四個艦隊だな」
「そうです、その数だけでもう」
「だがいい話がある」
 ここでクレールは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「いい話!?」
「そうだ、義勇軍も来ているのだ、ここにな」
「彼等までですか」
「これで言いたいことはわかるな」
「ええ」
「今すぐにだ。トリトンに入ってそこからアルテミスに向かえ」
「わかりました。では」
「アルテミスでな」
「はい」
 それが今の彼等の合言葉になっていた。敗戦続きの彼等はアルテミスに集結しようとしていたのだ。だから今こうしてアルテミスで会おうと言ったのだ。ヴァルハラも出ることはあるが。だがそれにはまだ早かった。彼等はまだ戦うつもりであったからだ。この世において。
「敵艦隊来ます」
 前に出て来た第一七五艦隊全体に報告が入る。
「四個艦隊です」
「報告は正確だな。いいことだ」
 クレールは表情を変えることなく報告にそう返した。
「それに北北西、上六三度のところからも敵艦隊」
「義勇軍か」
「はい、彼等がまず来ます」
「四個艦隊はまず間合いを取ろうとしています」
「連合軍のいつもの戦法だな」
 クレールはそれを聞いて呟いた。まず義勇軍が打撃を与えて一旦離れた後で正規軍が砲艦とミサイル艦による一斉攻撃の後戦艦の砲撃、巡洋艦と駆逐艦の魚雷攻撃を経てそれから艦載機の総攻撃で止めを刺す。彼等の必勝戦術であった。数とこの形式化しながらも圧倒的な火力で攻めるこの戦術により実戦経験のない彼等は勝ってきているのである。
「それでまた勝つつもりか」
「おそらくは」
「だがこちらもそうおいそれと勝たせてやるわけにはいかん」
 クレールは顔を上げたままだった。
「敵の正規軍は動いていないのだな」
「はい」
 参謀達はそれに応えた。
「よし。ならば」
 それを聞いて彼は自身の艦隊の行動を決めた。
「奴等のことだ。こうした事態もまたマニュアル化していると思うが」
「どうされるのですか?」
「前進だ」
「前進!?」
「そうだ、義勇軍に向けて前進する」
「まことですか!?」
「義勇軍相手に」
「この状況で冗談を言えると思うか?」
 クレールは驚く彼等に逆にそう問うた。
「今の我々の置かれた状況で」
「いえ」
「やはりそれは」
 参謀達はその言葉に首を横に振った。今彼等は圧倒的な数の敵軍と傷ついた自軍という状況なのだ。こうした状況では。冗談なぞ言える筈もない。
「安心しろ、少し戦うだけだ」
「少しですか」
「時間だけはな」
 クレールはその顔に不敵な笑みを浮かべていた。
「時間は少しだがその攻撃は」
「この上なく激しく」
「一度の攻撃で全てをぶつける」
 彼は言い切った。
「そして。退く」
「一撃離脱というわけですか」
「それでいいのだ」
「大胆ですな」
 部下達はその豪胆に感嘆というよりは呆れを見せた。
「五倍以上の敵を前にして」
「しかもあの義勇軍に向かわれるとは」
「では正規軍に向かうか?」
 彼は部下達の言葉に逆に問い返した。
「そうすればかえって危険なことになるぞ。敵は四倍だ」
「四倍」
 まずその物量差に言葉を失う。
「四倍の敵に立ち向かうわけにもいくまい」
「はい」
「確かに」
「我々は死にに行くのではない。生きなければならないのだからな」
 そうなのであった。彼等は生きなければならない。生き残ってまた戦わなくてはならない。クレールが言っているのはそれであるのだ。彼等は生きる為に戦っているのだ。
「わかったな」
「わかりました」
「では。強敵に一撃を与えに行きますか」
「そうだ。全速で向かう」
 行くからには躊躇は無用である。
「そして倒す」
「第四七二艦隊は今安全圏にまで入りました」
「よし」
 その報告が大きな励みになる。
「では後は彼等を足止めするだけだ」
「攻撃を加え」
「その足を止める」
 その為の攻撃であった。今ここで退いてはむざむざと追撃を受けてしまう。それも読んでいた。全て読んだうえでの攻撃であるのだ。
「全軍全速」
 クレールの指示が下る。

 
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