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ONE PIECE《エピソードオブ・アンカー》

作者:蛇騎 珀磨
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episode4

 数ヶ月後。アンカーの姿は船の上にあった。

 成長期真っ只中である彼女の体は見違えるほど大きくなっていた。女性特有の胸元はまな板のままなのが残念だが...。いや、本人が気にしていないのなら、然程問題でもないのだろう。

 今、彼女の目の前には2人の大男が佇んでいる。2人共、アンカーの姿に驚愕していた。アンカーは凄く面倒そうに2人を見つめている。
 このシュールな対面になってしまった事の始まりは、アンカーの一言にあった。

 遡ること2時間前ーー。


「フィッシャー・タイガーって、誰?」


 この一言に、船にいた全員が耳を疑った。
 魚人街にいながら、フィッシャー・タイガーを知らない奴が存在しているとは思いも寄らなかった。

 この一言が出たきっかけは、新聞に載ったとある記事の一面について皆で盛り上がっていたからである。
 その一面には、フィッシャー・タイガーが天竜人の奴隷たちを解放したことが書かれていた。無論、アーロンを含めた海賊たちは自分のことのように歓喜の雄叫びを上げ、今から宴でも上げるのかと思える程に騒ぎまくった。

 それを凍り付かせたのが、先程の一言だ。


「ま、まさか...ジンベエさんも知らねえとか?」

「誰それ」

「嘘だろ!? アーロンさんの兄弟分、ジンベエ親分を知らねえ!?」

「まあ...顔を見れば分かるかもしれないけど......」


 あっけらかんとして話すアンカーに他の船員たちの表情は青冷めていく。ゲラゲラと笑っているのはアーロンくらいだ。

 船員たちはアンカーに詰め寄って「なんで?」と追及するが、返事は決まって「知らないものは知らない」の一点張り。その内の1人が新聞を掲げて見せつけるが、残念なことにアンカーは文字の読み書きが出来なかった。


「しょうがないでしょ。教えてくれる人もいなかったし、知らなくても困らなかったし。...それに、ワタシに会って話す奴は大抵攻撃してくるから、そんな状況ではなかったし」


 何人かが声を詰まらせる。


「ここの何人かはワタシに会ったことあるもんね。
ーーじゃあ、今教えてよ。あ、いっぺんに説明されても分かんないから、ゆっくりね」

「お、おうッ!」


 そこでアンカーは、謎だった男フィッシャー・タイガーについて知ることになった。

 フィッシャー・タイガーは、魚人街の出身で若い頃はアーロンやジンベエという男らをまとめていた。今は、冒険家となって世界のあちこちを渡り歩き、時が経てばフラッと魚人街へと戻って来る。アーロンたちは彼を認めており、帰って来る度に歓喜の宴を開いている。

 その彼は今、魚人島に帰って来ているのだという。


「アンカー」

「なに?」

「ついて来い。2人に会わせてやる」


 そして、冒頭のシュールな対面に戻る。



 フィッシャー・タイガーの船の上で、アーロンに並ぶように立つアンカーの姿に驚きを隠せない2人がいる。アンカーは面倒そうに2人を見つめて溜め息を吐いた。もう見ることもないと思っていた同族の驚愕の顔に嫌気が差す。

 いくら身長が伸びたとはいえ、アーロンにも追い付いていない体では人間と思われても仕方ない。だが、嫌なものは嫌なのだ。


「タイの兄貴、ジンベエの兄貴。紹介するぜ、アンカーだ」

「どうも...」


 背の高い奴から見下されるのにももう慣れた。常に首を上げていないと顔が見れないのがツライとアンカーは思う。


「おい、アーロン。貴様...何のつもりだ?」


 ジンベエの言葉で、辺りの空気が張り詰めた。
 明らかな嫌悪。そして、アーロンに対する失念。ジンベエの冷ややかな視線がアンカーに突き刺さる。それにさえ慣れてしまったアンカーにとっては、「怯える」の「お」の字も皆無だった。


「貴様、種族主義者じゃなかったんかっ!」

「兄貴。それ以上は言わねえ方がいいぜ」

「こいつは見るからに人間じゃろう! こんな奴とこれから同じ船に乗るなんぞわしは認めんッ!!」


 アンカーはすぐ動いた。拳に力を入れ細い腕をしなやかに振り、無駄の無い一撃を見舞う。ちょうど、鳩尾の辺りに...。


「......っが......!?」


 予想もしない攻撃と威力に、ジンベエ悶絶。腹を抑えてうずくまる姿にアーロンの笑い声が上がった。
 人間扱いされたアンカーにとっても、腹を殴られたジンベエにとっても笑いごとではない。

 アンカーはくるりと向きを変え、再び拳に力を入れる。


「ワタシは生まれも育ちも魚人街の魚人だ。まだ人間扱いする気ならアンタも......って、またか! 掴むなって言ってんだろ! アーロン離せっ!!」

「それぐらいにしとけ。俺は、お前を2人に紹介に来ただけだ」


 それは、暴れるなという警告のようなもの。
 アーロンの低くなった声に、言い返そうとして開いた口をグッと閉じる。

 人間扱いされると見境が無くなるのはアンカーの悪いところだ。ジンベエはアーロンの忠告を無視したことが原因だが、兄弟分であることに変わりない。これ以上手を出せば、敵対することになるかもしれない。それだけは絶対に避けなければならなかった。


「アンカー。俺は、タイガーの兄貴について行くことにした。俺の仲間たちも一緒にな」

「......うん」

「お前も来い。そのために、ここに来たんだ」

「............うん」


 誰が何と言おうと、アーロンは自分を認めてくれている。
 アンカーにとってそれが何よりも嬉しいことだった。

 未だにうずくまるジンベエを介抱するタイガーの返事を待つ。




 数日後、タイヨウの海賊団は魚人島を出航した。 
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