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Holly Night

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第2章
  ―1―

「真由美、おいで。」
積み木で遊んでいた如月真由美は、課長を見るなり作った城を壊し、奇声を発し乍ら大きく広がる課長の腕の中にダイブした。
「俺の事覚えてたかー、良かった良かった。」
「かちょーさんよー!みつあみさんよー!」
子供の記憶力侮ってた、と三つ編みを解いている課長は一回り大きくなった真由美を抱っこし乍ら、自分の背丈程あるクリスマスツリーを眺めた。
因みに課長の身長は一九二センチである。
如月真由美、一年前、ローン未納の住宅から出て来た児童買春の被害者の一人だ。
「ダディ!」
課長達を眺めていた拓也は後ろから子供三人に激突され、少しバランスを崩した。
「あぶねぇだろうが。」
振り向くと、女の子達がサンタ帽を被り笑っていた。其の向こうでは、男子に良いように弄ばれるヘンリーが床で海老反りになっている
拓也は比較的女の子に群がられるが、ヘンリーは男の子、其れも活発な子に好かれる傾向があった。
今も四人の男子に群がられ、二人が背中に乗り、前に座る子供から髪の毛を引っ張られている。なので、海老反りなのだ。内一人が足の裏を擽るので、堪ったものではない。
「背骨が折れてしまうかもしれない!」
英語で喚くと、日本語喋れ外人、と前に居る子供に顔を叩かれる。軽いリンチである。
「おい、四対一は卑怯だぞ。ヘンリーちっちぇのに。」
「ちーびちーび!」
「ウルサイなー!好きで小さいんじゃいヨー!」
柳生は止めるかどうか迷うが、面白い方が勝り、えひえひと笑い乍ら傍観した。
「大体タクヤ!俺確かにイングランドじゃ小さいけど、ニホンじゃ普通だよ!」
「俺より小せぇ癖して何云ってんだ。」
「oh…」
拓也の身長は一七五センチで、ヘンリーは一七〇センチである。因みにイギリスの平均男性身長は一七八センチで、日本は一七二センチである為、何方にしたってヘンリーは小さいのだ。
日本に来たヘンリーの第一声は、誰だい、日本人は小さい民族だって吹聴した学者、だった。小さいのは女の子だけで、男は全員大きいじゃないか、とのたうち回り、絶望していた。そして、なんで極端に女の子だけ小さいの?と迄聞いて来たので、そんなの吹聴した学者にでも聞いてくれ、と拓也は逃げた。其れを聞いた本郷が、抑圧されてたからじゃないか?と云った。
日本の女は本の五十年前迄抑圧され続けたのと、男子尊重の風習があったから食事の内容で此処迄差が付いたんじゃないのか。

――だから俺はでかいんだ。一人っ子の長男だから一八〇なんだよ。成長期に有りっ丈の栄養分が来た。
――え?じゃあ俺が小さいのって、男四人兄弟の長男だから?そんな!神様あんまりだ!
――後、図体と態度の比例…?
――だからイングランドの女は図体も態度もビッグでらっしゃるのか。

因みに俺、母親より低いよ、と云ったので拓也達は涙が滲んだ。
四人の男子に群がられるヘンリーを見た課長は鼻で笑い、小さいと子供からも舐められて可哀想だな、と真由美の髪を撫でた。
何時付けたのか、栗色の細い髪に真っ赤なリボンが付けられている。何度も撫でる所為か、十分前に見た時より髪が光っている。
「も!?も、ってなんだい!」
「俺からは漏れなく馬鹿にされてる。」
「腹立つ此奴ー!」
入口で出会した時、一寸タイプかも、等と思った自分をヘンリーは呪った。
「御前、本当に北欧系ブリティッシュなのか?」
ヘンリーは、母親がノルウェー人で父親がイギリス人である。
「そうだよ!此の髪と!肌は!如何考えたって北欧系だろう!母さんそっくりだ!目はブリティッシュだよ!此の緑の目は、イングランドの象徴だよ!此れは父さんに似たんだよ。ふふん、羨ましいだろう。は!」
「チビもイングランドだな。」
「ふぐ…!」
「良かった、俺、デンマークで。」
実は課長、日本のエイスである。
父親がデンマーク人、母親がロシア(祖父)と日本(祖母)なのだが、祖母が祖母で中国と日本と、日本の血が入っているのが奇跡に近い。
あんたって詰まり何人なんだ?と聞かれると、日本人、と平気で云う。何を根拠に日本人と言い切れるのか最早不明だ。国籍と名前だろうか。
だのに何故か、デンマークの血筋を自慢する。だったらもうデンマーク人名乗ってろよ、と世間は思う。
因みに父親の故郷デンマークに行くと、君ロシア系だね、と馬鹿にされるので、課長の顔にアジア要素は皆無と云って良い。
勝ち誇った課長の顔にヘンリーは奇声を発し、背中に子供が乗って居るのも忘れ何度も額を床に叩き付けた。
「イングランド馬鹿にするな、イングランド馬鹿にするな!誉れ高き女王陛下馬鹿にするなぁ!」
「イングランドは馬鹿にしてない、御前を、馬鹿にしてるんだ。顔が似た種族の結合だから、ぶっさいくな顔してるんだろ、御前。」
「不細工じゃない、俺は不細工じゃなぁあい!」
ヘンリーが興奮する度拓也の腹筋は限界に近付き、I'm not plain!で天井に向かって笑い出した。拓也が此処迄笑うのを初めて見た柳生は、英語が判らない自分を恨んだ。聞いていた本郷も、元モデルのヘンリーに此れは酷い、と、然し膝に手を置いて迄笑った。
二十代をからかう四十代とは情けない、と皆思ったが、勝手に興奮しているのはヘンリーで、興奮するから課長の加虐心が燃えるのだ。気にしてるんだから云わないで、としおらしく云えば課長の戦意は失せ、唯単に“詰まらん人間”と部類され、二度と話し掛けては来ない。
拳で殴られたらバットで殴り返して来るようなタイプが課長は好きなのだ。
なので、拓也と本郷、加納では全く話にならず、木島やヘンリーみたいなタイプが相手していて楽しいから好きなである。
「御前、課長に気に入られたな。」
床に向かい呪詛垂れ流していたヘンリーは、拓也の其の言葉に顔を上げ、外方向き離れた課長を目で追った。
「素直じゃないなぁ。」
ニヤニヤと、真由美と一緒にツリーの飾り付けで遊ぶ課長の腰を後ろから抱き締めたヘンリーは、背中に顎を突き刺した。
「おい井上、痴漢だ。現行犯だ。」
「良いね、最高。あったかい…。人肌に飢えてたんだ。」
英語の判らない柳生からして見れば、誠奇怪な流れで、何で抱き付いてるんですか!?と本郷に聞いた。
「おこっちゃだめよ!わらうのよ、かちょーさん!」
真由美に仏頂面の頬を引かれた課長は、はいはい、と薄っすら笑った。
真由美が離れないのは判る、が何故に何時迄ヘンリーがくっ付いているのか判らない。背後霊か何かだと思う事にし、課長は真由美と積み木で遊び始めたが、矢張り鬱陶しかった。
「離れてくれないか…」
「嫌。」
「井上、助けてくれ…」
「懐かれましたね、可哀想。」
クリスマスなのに、と課長は項垂れ、然し真由美が、邪魔よ!あっち行くの!ハウスよハウス!とヘンリーに云ったので、背後霊は仕方無く退散した。
「邪魔って云われた、拓也…」
「ま、邪魔だろうな。」
「なんでだい…」
真由美はすっかり課長がお気に入りで、同じにするのよー、と髪の毛を三つ編みにして貰い、一緒よー、と今度は真由美が課長の髪を三つ編みにした。
「お、上手いな。」
「真由美ちゃん、お人形でずっと練習してたんですよ。」
言葉を待つように黙って職員を見ていると、嗚呼やばい、と拓也が云った。
課長の灰色の目でじっと見られ、落ちない女は居ないのだ。
唯、課長の落とす対象は男で、故に無意識に何の考えもなくじっと見詰めると、そうやって唯々純粋に見られる事に慣れない女達は落ちて行った。
真由美が実際其れで落ちているのだ。
加え真由美に対しては、女に向けられない愛情がある。
「えっと…」
「何で、練習するんだ?」
そうしてじっと、瞬きをするかしないかの瞼の動きで見詰められ囁かれ、落ちない女が何処に居る。九割の確率で落ちると云って良い、気付いた拓也が現に実行している為、其の威力を知っている。
女を口説く時は、一瞬たりとも目を離さず囁き落とせ――。
因みに課長が今笑って居るのは、真由美のいじらしさにだ。
判っているのだ、課長だって、真由美が何故三つ編みを練習するか位。
「課長さんに…会ったら…するんだ、って…」
職員の目が課長の目に吸い込まれる寸前に課長は顔を真由美に向けた。
すげぇテクニシャン。
拓也が気付く位なので、ヘンリーも課長のテクニックに当然気付いている。
「口説かれたい…」
猛烈に口説かれたい!と小声でヘンリーは繰り返し、額を壁に打ち続けた。
「又現れたな!妖怪め!」
「妖怪暴れん坊め!」
「おおっと、召喚の構え!」
「プリチー、召喚であります!」
ヘンリーをリンチしていた四人組は一通り歌うと、四人全員が違う妖怪を召喚した。好きにすれば良いさ、とヘンリーの頭からは子供の事等消え、課長の視姦を続けた。
拓也は、ヘンリーが無視するのを良い事に段々と荒くなる四人組の元に行き、柳生は一人一人を見て回った。
本郷はぼうっとそんな光景を眺めた。
「本郷さんは、子供好きなんですか?」
此の施設は小規模を基準にするので、建物も小さく職員も三人と少ないので定員が十五人、今は十人しか居ない。其処に大人が本郷含め五人増えたので、三人の職員は暇である。
そんな暇な職員が、子供に触れる事も話し掛ける事もしない本郷に話し掛けた。
「興味無いです。」
「やっぱり…」
「遊んでって云われたら遊びますが、自らは行かないですね。扱いが判らないので。」
其処に、拓也が相手していた女の子が足にしがみ付き、じっと本郷を見上げた。
「抱っこして。」
渋々本郷は抱き上げたが、数秒で下ろし、拓也の所行って、と払った。
「やっぱり嫌いじゃないですか…」
「此れを嫌いって云われるなら、嫌いでしょうね。」
拓也に付いて来ただけでも子供嫌いでは無いと本郷は思う。正統な子供嫌い…木島や加納だと表情歪め、誰が行くかあんな悍ましい場所、と此処には居ない。加納の子供嫌いは筋金入りで、子供が自分に触ろうものなら手で振り払い、触るな汚物、と吐き捨てる。木島の子供嫌いの度合いは、話し掛けられても無視をする、抱っこをしてもあからさまな表情で腕を伸ばし抱っこする(抱っこと云うより荷物を持ち上げている感じ)だけである。
唯加納は、子供嫌いだが動物が好き、木島は子供も嫌いであれば動物も嫌い、好きなのは自分だけ、である。
だから、誰が一番薄情かと云えば木島で、尤も、あんな邪悪な男に子供も動物も好き好んで近付きはしないだろうが。女とて寄って来ないのだから。
本郷は何とも思わない、動物だろうが子供だろうが女だろうが、自分に危害さえ加えなければ存在を認めた。
拓也は一方で動物が本当に駄目である。何が可愛いのか判らないのだ。動物は食べるものであって愛でるものでは無いと。
両方好きなのが課長とヘンリーだ。特に大型犬が好きで堪らない。課長の家には現役退いたシェパードが二匹居り、ヘンリーの家にはドーベルマンとダルメシアンが居る。
男と子供と大型犬が好き、此処迄共通点があるのだから、もう付き合ってしまえば良いのに、と思うが、残念乍ら課長は既婚者である。
CDの音源とは違う音色、課長の設定したアラームで、確認した課長は真由美の頭を撫でた。
「又遊ぼうな。」
其れが何時かは判らないけど。
真由美から笑顔が消え、然し又笑うと職員に腕を伸ばした。職員に抱かれた真由美は一時も課長から目を離さず、子供って我慢出来るんだ、と本郷が感心した矢先、真由美は火が点いたみたく泣き出した。
我慢は一分も持たなかった。
絶対来ると思ったんだ、と課長は項垂れ、職員の腕の中で真由美は暴れた。其れを落とさない様にするのは至難で、だからと云って下ろせば足にしがみ付くのは見えている。
気紛れの愛情じゃない分、真由美の泣き声に課長は足が止まった。
気紛れで良いなら、毎週だろうが毎月だろうが会いに来る。そして飽きたら来なければ良いのだ。けれど違う、一年会わなかったのは、真由美の記憶に自分を植え付けたくなかったから。自分を、真由美の中で大きな存在にしたくなかったから。
会えない相手を思い続け、又思わせ続ける、そんな残酷な愛情を真由美には与えたくなかった。
時が経てば真由美の中の記憶は薄れる、今が強いだけで、構う程記憶は濃くなる。真由美が大きくなった時、ふとした拍子に、そういえばあの人誰だったのかしら、そんな思い出で良い。
其れが、子供と向き合う愛情で、培う愛情は両親だけで良い、第三者の自分が与えて良いものでは決してない。真由美が課長を思う程、真由美に愛情を与えようとする人間の弊害になる。
だから、会うのは一年に一回。来年も果たせるかは判らない。
「良い子で居ろ、そしたら、又会える。」
「あしたあうの!」
「会わない。」
「やだ!」
「我儘云うともう二度と会えんぞ。」
会わない、では無く、会えない、と言葉を選んだ課長に、柳生は感心した。
会わない、は否定である。
会えない、は状況である。
真由美は大きな涙を最後に落とすと、もっかい抱っこして、と課長に向いた。
「其れで我儘云わんならな。」
「いわない!」
「よし、おいで。」
一分程黙って真由美を抱き締め、床に下ろすと課長は其の儘出て行った。真由美は座った侭其処から動かず、廊下を眺めていた。
そんな真由美の頭を撫で、拓也は笑った。
「課長程男前じゃねぇけど、俺が相手してやるぜ。」
然し真由美は、あっちが良い、とヘンリーを指した。
嗚呼、そういう性癖なのかと拓也は納得しソファに座った。
「ダディ。」
「ん?」
振り向くと其処には雛子が居た。真っ白な歯を拓也に見せ、きちんと膝に乗った。 
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