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無理心中

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第四章

「何でもええや」
「燃える油でしたら」
 何かとだ、徳兵衛は菜種油でもとりわけ質のいいものを指差した。そのうえでその元木に対して言うのだった。
「今うちにあるのでこれが一番ですわ」
「これかいな」
「はい、これでどないでっか」
「わかったわ」
 やはち虚ろな声で言う元木だった。
「それ買わせてもらうわ」
「それでしたら」
 こうしてだ、元木はその質のいい菜種油を買った、銭自体はあった。だがその彼が帰ってからであった。
 徳兵衛は美代吉にだ、血相を変えた顔でこう言った。
「おい、御前の言う通りやったな」
「そやろ、あの人な」
「何があったんや、一体」
「酒と博打で身を持ち崩してるからやろ」
「それでもあそこまでなるか!?」
 元木がいたところを指差してだ、徳兵衛は言うのだった。
「あれ死人の顔やぞ」
「うち生霊と思ったで」
「吉備津の釜のやな」
 二人共この話は浄瑠璃で見た。
「あれやな」
「それやと思うたわ」
「生霊、ほんまにそうやな」
 言われてみればだ、徳兵衛も頷くのだった。
「あれは」
「そやろ、もう普通やないで」
「借金が雪だるまみたいに増えたんかいな」
「かも知れんな」
「どっちにしても。あれは普通やないな」
「何があったんや」
「いや、何があったかも気になるけれどや」
 それでもと言う徳兵衛だった。
「これから何が起こるかってこともや」
「怖いな」
「そや、あれは大変なことになるで」
 今の元木では、というのだ。
「それこそな」
「そやな、大事になるな」
 大事になって欲しくないという場面だがだ、美代吉もこう言うしかなかった。
「あのままやったら」
「首吊るか?」
「自分で死ぬんかいな」
「そうしてもおかしくない感じやろ」
「確かにな。どないしたものやろ」
「ちょっと誰かに言うて何とかするか」
「そうした方がええやろか」
 美代吉は亭主になった徳兵衛の言葉に応えた。
「やっぱり」
「そうしよか」
 こう話したところでだ、二人はどうしたものかと考えだした、そして。
 二人で誰に相談しようかとも考えた、だが。
 次の日だった、朝店に来た客の一人がだ、二人に血相を変えて言った。
「おい、大変やで」
「何や、戦かいな」
「それともどっかで地震あったんか」
「どっちでもないけれどや」
 そういったものとはまた別の大変なことだというのだ。
「ほら、士族の元木さんおるやろ」
「あの浪人やった人やろ」
「今は賭場の用心棒の」
 二人はここで昨日のことを思い出した、その元木を見たことを。
「実は昨日うちの店に来て油買うてくれたけど」
「何か尋常やなかったで」
「生霊みたいな感じで」
「何があったんやっていう感じで」
「その元木さんが心中したんや」
 客は二人に言った。 
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