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IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第十八話 手向けの酒




帝国暦 488年  9月 23日  キフォイザー星域  ルッツ艦隊旗艦 スキールニル  コルネリアス・ルッツ



「主砲斉射三連! ファイエル!」
命令と共に艦隊から光の束が敵艦隊に向かって突き進んだ。敵艦隊の彼方此方から光の球が湧きあがった。爆発した艦艇が発する光だ。艦橋から歓声が上がった。幸先は良い。後は終わりを全う出来るかだ。

「艦隊を前進させろ! 続けて撃て! 攻撃の手を緩めるな!」
攻撃が続く、敵は如何だ? 退くか? それとも耐えるか? 混乱しているなら場合によっては敵陣を突破して離脱という事も有り得るが……。難しいな、混乱は軽微だ。もう収束に向かっている。後退は? 後退もしていない、多分こちらの後ろに援軍が居ると分かっているのだろう。こちらが撤退しようとしていると察している。

「閣下、このままでは」
「落ち着け、参謀長。まだ始まったばかりだ」
「はっ、申し訳ありません」
動揺するヴェーラー参謀長を窘めた。気持ちは分かるが艦橋には他にも人が居るのだ。参謀長が動揺しては周囲が不安に思う、耐えて貰わなければ。痩せ我慢も給料の内だ。

十分、二十分、三十分、駄目だな、敵はこちらの攻撃に怯みを見せない。むしろ攻撃を強めてくる。このままでは撤退出来ない……。
「後方の敵は確認出来るか? 後どのくらいで接触する」
オペレータが“約二時間半時間です”と答えた。二時間半か、時間が無い。一時間で撤退に移っても前面の敵、そして後方の敵から執拗に追撃を受けるだろう。敵が合流すれば六万隻を超える、こちらよりも五割増しだ。大きな被害を受けるだろう。しかし挟撃されるよりはましだ、なんとか撤退しないと。

「キルヒアイス総司令官、ワーレン提督と通信がしたい」
直ぐにスクリーンに二人が映った。二人とも顔色が良くない。
『上手く行きませんね』
此方から言う前にキルヒアイス総司令官が言った。ワーレン提督も渋い表情で無言のままだ。

『もう一度、主砲斉射三連をしてください』
「しかし」
『分かっています。同じ事を繰り返しても意味が無い。ですから今度は手順を変えます』
『手順を変える?』
ワーレン提督が訊き返すと総司令官が頷いた。

『主砲斉射三連と共に敵に全面攻撃を、突破を図ってください。同時に私が側面を突きます』
「しかしそれは」
『危険では有りませんか?』
そう危険だ、敵が混乱しなければ総司令官が危うい。
『已むを得ません。他に手が無い』
総司令官の口調が苦い。彼にとっても不本意なのかもしれない。“他に手が無い”か……。

『本当は最初にそれをやれば良かったのでしょうが……』
確かにそうだ、全面攻撃も二度目では敵に与える衝撃は小さい。上手く行かない、何かがチグハグだ。これが敗けるという事なのか。……馬鹿な、何を考えている、敗けるとは敗けると思った時から敗けるのだ。指揮官は最後まで諦めてはならない。

『敵を崩し上手く行けば突破して逃げましょう。それが無理なら敵の混乱に乗じて撤退する。時間が有りません、準備にかかってください』
『はっ』
「はっ」
互いに敬礼を交わして通信を終えた。オペレータに主砲斉射の準備を整えるように旗下の艦隊に命じさせた。後は総司令官の命令を待つだけだ。

キルヒアイス総司令官は俺の後方に居る、側面を突くという事は俺と連動して正面の敵を崩すという事だ。責任は重大だ、上手く行かない場合は総司令官の撤退を援護する必要も生じるだろう。難しい任務になるな。溜息が出そうになったが慌てて止めた。皆が俺を見ている。

直ぐにキルヒアイス総司令官より命令が来た。同時に総司令官の艦隊が高速で動き出す!
「主砲斉射三連! ファイエル!」
光線が伸び敵陣に突き刺さると光球が湧き上がった。総司令官の艦隊は高速で迂回している。
「全艦隊に命令、突撃!」
如何だ、上手く行くか? 敵の注意をこちらに引き付けられれば総司令官の迂回攻撃は上手く行く、上手く行く筈だ。

艦橋から悲鳴が上がった。駄目だ、確かに敵は混乱している。しかし致命的なものではない、直ぐに混乱は収束するだろう。そして敵の一部隊が総司令官の艦隊に攻撃をかけている。こちらの狙いを見破ったという事だ。総司令官の部隊からたちまち損害が出た。

「総司令官に退くようにと伝えてくれ!」
オペレータが総司令部に通信をし始めた。キルヒアイス総司令官の部隊は高速とは言え巡航艦の部隊だ、決して防御力は高くない。このままでは何の意味も無く打ち減らされるだけだろう。一度撤退するべきだ。

「総司令部から返信です。攻撃を続行せよとの事です」
オペレータの声に艦橋が静まり返った。賭けろというのか? 敵の混乱に賭けろと。確かに今退いても次に如何するという問題が出る。時間も無い。ならば今賭けるべきか? しかし僅かな可能性だ、如何する……。ワーレン提督に相談、無理だ、そんな時間は無い。総司令官の部隊は損害を出しながら突き進んでいる。皆が俺の顔を見ていた。

「……攻撃を続行する。全艦に命令、前方の敵に向かって、突撃せよ!」



帝国暦 488年  9月 23日  ガイエスブルク要塞   アントン・フェルナー



ドアを心持小さく叩くと中から“どうぞ”という声が聞こえた。部屋に入るとエーリッヒは一人テーブルでワインを飲んでいた。しかも軍服を着ている。
「まだ起きていたのか」
「起きていた、報せが来ると思ってね」
「飲んでいるのか」
「まだ飲んでいない、グラスに注いだだけだ」

傍に寄って椅子に座った。なるほど、グラスにワインが注がれているが飲んだ形跡は無い。
「それで、どうなった?」
「リッテンハイム侯から連絡が有った。キフォイザー星域の会戦は貴族連合軍の大勝利だ。敵の総司令官、ジークフリード・キルヒアイス上級大将は戦死。敵兵力の二分の一を無力化したとの事だ。ファーレンハイト提督の働きが大きかったと言っている」
エーリッヒが微かに頷いた。

「ジークフリード・キルヒアイスが死んだとなるとラインハルトはどうなるかな。自分の半身を失うわけだが狂うか、それとも冷徹になるか……。アンネローゼがいるからまだ拠り所は有るか……。しかしそれを失えば……、楽しくなりそうだな」
「エーリッヒ」
エーリッヒが訝しげな表情をしている。無意識の呟きか。

「二分の一を失ったか。となると残りは二万隻といったところだな……。ルッツ、ワーレン、それぞれ一万隻程度の兵力が残っているという計算になる。さて如何するかな、あの二人に辺境星域平定を続けさせるか、それとも諦めて本体に戻すか……。現状では戻すのが妥当だな。あの二人が戻って来るとなれば厄介だな」
エーリッヒが顔を顰めた。

「確かに厄介だな」
使い勝手の良い二人が戻って来る。一個艦隊には及ばないが一万隻を保有するとなれば侮る事は出来ない。辺境星域の平定が失敗した、キルヒアイス総司令官を敗死させたからといって喜んでもいられないか。何より腹心を殺されたローエングラム侯がどうなるか、予断を許さない。

「それで、リッテンハイム侯は?」
「ガイエスブルク要塞に帰還する準備をしている」
ドアが勢いよく叩かれて人が入って来た。オフレッサー上級大将とリューネブルク中将だ。二人とも大股で近づいてきた、興奮している。

「ヴァレンシュタイン、聞いたか?」
「キフォイザーでリッテンハイム侯が勝った事、キルヒアイス上級大将が戦死した事なら今聞きました」
二人も席に座った。
「これで正規軍による辺境星域の平定は失敗になりましたな」
リューネブルク中将が幾分興奮した様に言うとオフレッサーが大きく頷いた。

「アントン、ブラウンシュバイク公は?」
「予定通りだ、放送の準備をしている」
オフレッサーとリューネブルクが訝しげな表情をした。
「ブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯が共同でキフォイザー星域での勝利と正規軍による辺境星域の平定が失敗した事を宣言します」

「なるほどブラウンシュバイク、リッテンハイム連合が一枚岩であると宣言するわけか」
「辺境星域も積極的にこちらに付きますな」
オフレッサー、リューネブルク中将の二人が頷くとエーリッヒが微かに笑みを浮かべた。
「狙いはオーディンです。オーディンの貴族達は必ず反応する筈です。リヒテンラーデ公、ローエングラム侯に反旗を翻す人間が出る」
“なるほど”と二人が頷くとまたエーリッヒが笑った。

「オーディンで混乱が生じればローエングラム侯は必ずオーディンに向かう。後方支援の根拠地が混乱するのは受け入れられない。そしてグリューネワルト伯爵夫人を守るために必ずオーディンに向かう」
「……」
「その隙を狙ってレンテンベルク要塞を奪回します。ローエングラム侯をヴァルハラ星域に押し込める……」

オフレッサーとリューネブルク中将が顔を見合わせた。
「楽しくなるな、リューネブルク」
「同感ですな」
「まだ死に場所では有りませんよ」
「分かっている」
オフレッサーが答えるとリューネブルク中将も頷いた。

「もう勝率は二パーセントとは言わないでしょう?」
「言いませんよ、中将。辺境星域の平定が失敗した、キルヒアイス提督が戦死した、現時点で五十パーセントかな。いや、キルヒアイス提督が戦死したのだから六十パーセントか。オーディンで混乱が起きレンテンベルク要塞を奪還できれば八十パーセントと言って良いと思います」

「八十パーセントか、勝利は目前だな」
「残念だがそうは行かないな、アントン・フェルナー。残りの二十パーセントが困難なんだ。ラインハルト・フォン・ローエングラムを戦場で斃さなければならないんだから」
「……」
エーリッヒが俺達を見回した。

「今回ここまで上手く立ち回れたのは内乱だからです。貴族、平民の利害関係、国内の問題、皇帝、それらを上手く利用出来ました。そして相手を混乱させる事が出来た。軍事よりも政治で優位に立つ事が出来たから戦局が有利になったんです」
“なるほど”とリューネブルク中将が頷いた。

「純粋に戦闘のみなら向こうはこちらよりも強いですよ。残り二十パーセントを掴み取るにはその部分をいかにひっくり返してローエングラム侯を斃すかという難問を解決しなくてはなりません」
三人で顔を見合わせた。オフレッサーが息を吐くとリューネブルク中将が軽く苦笑を浮かべた。

「ローエングラム侯の欠点です。反乱軍を相手にしている分には問題は無かった。特に向こう側に踏み込んで戦っている分には。政治的な思考は必要としなかったから、ただ勝てば良かったから」
「……」
声に哀しみが感じられた。ローエングラム侯を哀れんでいるのか?

「だがその欠点が辺境星域での焦土作戦でモロに出た。勝てば良い、武勲を上げれば良いという発想が自国民を平然と踏み躙るという愚行を引き起こした。有能な軍人では有るが政治家に要求される細やかな配慮は出来ない人なのだな、惜しい事だ」
やはりそうだ、哀れんでいる。侯を惜しんでいる。

エーリッヒがグラスのワインを一息に飲み干した。
「おい、大丈夫か」
「心配はいらない。フルーツワイン、アルコール度は五パーセントだ、一本空けても大した事にはならない」
「そうは言っても……」
エーリッヒが軽く笑った。
「手向けの酒だ」
驚いてオフレッサー、リューネブルク中将を見た。二人も驚いている。

「……キルヒアイス提督のためか、彼を殺す策を立てた事を後悔しているのか?」
エーリッヒが困ったような笑みを浮かべた。
「彼だけのためじゃないさ。それに後悔はしていない。ローエングラム侯と戦う以上あの二人は必ず殺す、どちらか一方だけという事は無いからね。あの二人がそれを望まない」
エーリッヒがまたグラスにワインを注いだ。あの二人? ローエングラム侯とキルヒアイス提督か。

「訂正、二人じゃなかった、三人だった」
「三人?」
どういう事だ、ローエングラム侯とキルヒアイス提督ではないのか。まさか……。
「ああ、グリューネワルト伯爵夫人を忘れていたよ。全員ヴァルハラに送ってやるさ。ヴァルハラでならあの三人は幸せになれるだろう。現世で幸せになろうとしたのが間違いだったんだ」

そう言うとエーリッヒはまたグラスのワインを一気に飲み干した。見ていられん、何処かで自分を痛めつけている。一瞬だが三人目はエーリッヒ自身の事を言っているのかと思った。オフレッサーもリューネブルク中将も痛ましそうに見ている。エーリッヒが本当に戦っているのは敵では無くローエングラム侯を殺したくないと思う自分自身の心なのだろう……。

「もうその辺にした方が良いだろう」
「そうですね、この辺にしましょう」
オフレッサーが止めるとエーリッヒは素直に従った。ホッとした。こんなエーリッヒは見たくない。リューネブルク中将もホッとした表情をしている。

「これまでは前哨戦、これからが本番だ。今まで以上に人が死ぬ。ま、人間なんて何時かは死ぬ。遅いか早いか、バラバラに殺すか纏めて殺すか、それだけの違いだな。酒を飲む機会には当分苦労せずに済みそうだ」
「……エーリッヒ」
オフレッサーか、リューネブルク中将か、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。

「ワルキューレは大忙しだな。超過勤務手当が付けば良いが。そうでないと恨まれそうだ」
そう言うとエーリッヒはクスクスと笑いだした。徐々に笑い声が大きくなっていく。凍り付きそうな笑い声だった。








 
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