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クルスニク・オーケストラ

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最終楽章 祝福
  終-3小節

 歩き出す。方向なんぞ知らない。それでも進まないとジゼルには辿り着けない。
 あいつならこんな時も笑顔で歩き出すと俺は知ってるから。

 死んだ恋人を冥府まで迎えに行くお伽噺はよくあるが、大抵は失敗で終わるんだよな。ふり返るなとか覗くなとかその手のタブーを破って、女がバケモノになってジ・エンド。俺はそんな轍踏まないぞ。

 白い砂漠を歩く、歩く、歩く。

 正直自分が正しい方向に進んでいるかは分からない。歩いても夜色の天蓋と白い砂の大地が広がるばかり。

 それでも、歩き出さなきゃ始まらない。――って、お前は言うだろう? ジゼル。
 だから俺もそうする。


 どれくらい歩いただろう。GHSはブラックアウト。骸殻用の時計も針を刻んでいない。時間が分からないってのは結構堪える。それでも足は止めない。

 リドウとヴェルにジゼルと会わせてやらないといけない。それ以上に、俺自身がジゼルに会いたいから。


 かさ……


 ふいに、足先に紙のように軽い感触。
 しゃがんで触れる。

 これは、ポインセチアの花? 今まで冥府を歩いて来る間、植物の一つも見なかったのに。

 ――ポインセチアは、ジゼルの時計のレリーフ。花言葉は……

 全く。やっぱりお前はとんでもない奴だよ。

 ポインセチアが咲く方向へ歩いて行く。白と黒以外の色が視界にあるってだけで気が楽になる。この花の咲く先に進んで本当にいいのかは分からない。分からなくても、行く。

 やがて、赤い花の咲く向こうに、寝そべった人らしき影。

 走った。
 走って、傍らでしゃがんで、確かめた。
 間違いなく、ジゼル・トワイ・リートだった。
 絹のドレスに包まれ、安らかな寝顔で横たわっていた。


「ジゼル」

 呼びかける。ジゼルは起きない。肩を叩いて揺さぶってみても、身動き一つしない。
 お前が起きないなら最後の手段に訴えるぞ? いいんだな?

 お前なら知ってると思うが、古今東西、キスで目覚めなかった眠り姫はいないんだぞ。

 慎重に屈む。徐々に近づく距離と鼓動は反比例している。努めて無視して、互いの顔で視界が一杯になる距離まで詰める。

「ジゼル」

 起きろ。起きて目を開けて、その目に俺を映せ。

 咬みつくように、薄いくちびるに口付けた。


 唇を離した。
 ジゼルの瞼が震え、緩やかに開いていく。

 口が開く。さあ、第一声は何だ?

「せんぱいって、意外と野放図な人でしたのね」

 笑ってる。しゃべってる。目を開けて、俺を見てる。――やっと取り戻せた。

「幻滅したか?」
「いいえ。ますます好きになりました」

 ジゼルが両腕を差し出した。そっちの心が決まってるなら俺も遠慮しない。伸ばされた腕を受け入れて、こっちもジゼルを両腕に抱いた。

「帰ろう。あいつらもお前を待ってる」
「はい。わたくしも早くヴェルとリドウせんぱいに会いたいです」





 元来た《穴》から、ぽーん、と弾き出されるように脱出。上手く立てずに床に転がるハメになったが、とにかく帰還成功。もちろんジゼルをしっかり抱いて。

「ユリウスさんっ」
「ほーら見ろ。大丈夫だったろ」

 おいリドウ、何でお前が勝ち誇る。お前、何もしてないだろうが。

 講壇をふり返った。プルートはもういなかった。礼の一つも言ってないってのに。せっかちな大精霊もいたもんだ。

「ジゼル……本当に貴女なの?」

 ヴェルが膝を突いてジゼルに手を伸ばした。ジゼルは両手でヴェルの手を包んだ。

「ええ。わたくしですよ。心配かけてごめんなさい。――リドウせんぱいも、また会えて嬉しゅうございます」
「あっそ。そりゃよかったな。こっちはキリキリ舞いさせられたけど」
「そ、それは申し訳ありません」

 すると、床に正座状態で小さく震えていたヴェルが、ジゼルに抱きついた。ジゼルは少しきょとんとして、嬉しそうに、男の俺とリドウには絶対に向けない笑顔で、ヴェルを抱き締め返した。

「ねえ、ジゼル。お願いがあるの」
「何? 何でも言って」
「思い出せたら教えてほしいの。あなたの本当に好きな食べ物や、好きな歌や、好きな色を」
「……ええ。貴女には真っ先に教えるわ。ヴェル」




                                ~Happy End!!~ 
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