メカニック
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第一章
第一章
メカニック
二人がいた場所は空港だった。何もない空港だった。
青空と格納庫が見えるだけだ。滑走路は破壊され飛行機も見えない。何もなかった。
「終わったのか」
「ああ」
二人はその滑走路の真ん中にいながら話していた。そのすぐ側に大きな穴が空いている。爆撃で空いた穴だ。他にも穴があちこちにある。
「降伏した」
一人の男が述べた。やつれた赤い顔をしている。
「連合国にな」
「そうか、遂にか」
太い眉の男がそれに応えた。
「終わったのか」
「終わった。負けた」
やつれた男が言った。
「連合国にな」
「わかってはいたがな」
眉の太い男はそれを聞いて静かに呟いた。青い空をずっと見ながら。
二人は海軍の技術将校なのだ。やつれた男の名は森本康雅、眉の太い男は香川篤という。階級は共に技術大尉であり同じ歳でもあるのだ。
「それでもな。負けたと聞くと」
「悔しいか」
「貴様はどうだ?」
香川は森本に問い返した。
「悔しいか。どうだ?」
「悔しくない筈がない」
森本はこう答えた。
「俺達は負けた。俺達の技術がな」
「どうして負けたと思う?」
「わからん」
香川の問いへの返答は返答になってはいなかった。しかしそれは偽りではなかった。
「技術力で劣っていたのか?」
「それはない」
彼等にも自信がある。それが教えていた。
「少なくとも俺達が開発してきた航空機は性能は悪くなかった」
「そうだ」
森本はまた答えた。
「エンジンも何もかも。アメリカのそれに劣ってはいなかった筈だ」
「では何故負けた。数か」
香川もまた問う。彼もそれが何故か考えていた。
「俺達が負けたのは。やはりそれか」
「わからん」
またしても森本の返答は返答になってはいなかった。しかしここでも彼は嘘をついてはいなかった。あくまで本音の言葉であった。あり続けていた。
「しかし。負けはしたが」
「そうだ」
香川も言った。
「また。勝ってみせる」
「そうだ。一度や二度負けた位でだ」
ここでの二人の考えは同じだった。敗戦を受けてもまた戦いを挑むつもりだったのだ。
「しかしだ。同じことを繰り返していてはまた敗れる」
「そうだ」
敗戦には必ず理由がある。彼等はそれもまたよくわかっていたのだ。
「数で劣るのなら国力をあげる」
「数はな」
「しかし。それ以外にあるのなら」
それが問題であった。アメリカにあり日本にないものは何か。それを見つけない限り次の戦いでの日本の勝利はない。そう確信していた。
「だから。学ぶぞ」
「勝つ為にだな」
「そうだ」
こう言葉を交えさせて誓い合った。昭和二十年八月十五日のことである。その中で誓い合い次の勝利を見据えるのだった。
それから二年後。日本は連合軍の占領下に置かれまずは復興していると言えないこともなかった。しかし戦いの傷跡は深くそれから立ち直るのは不可能だとさえ言われていた。しかしその中で森本と香川は航空会社に入りそこで技術者として活動していた。それと共にアメリカの技術を貪欲に学んでいたのであった。
彼等が今勤めている工場で。油まみれの顔と作業服に身を包んだまま二人は話をしていた。もう外は真っ暗になっており残っている者は誰もいない。その中で話をするのだった。
「何かわかったか」
「ああ」
香川は森本の言葉に頷いていた。
「やはりアメリカの国力は凄い」
「そうだな」
これはよく認識していた。だから頷くことができた。
「これに追いつくことは困難ではないだろうな」
「やはりそうか」
「しかし近付くことはできる」
森本は言った。粗末な今にも壊れそうな木造りの机に向かい合って座りながら話し込んでいる。上の電球が弱い光を放っている。
「できるだけな」
「近付くことはか」
「そうだ。それでだ」
森本はさらに言う。
「アメリカの生産体制は日本とは全く違う」
「どうなっているのだ?」
「我が国は多くの種類のものを作っていたな」
「ああ」
香川もそれは知っていた。これは陸軍も海軍も同じであった。彼等がいた海軍も。
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