大和

第三章

　大和は瀬戸内から消えた。そのまま沖縄に向かう。途中まで戦闘機が護衛についていた。護衛戦闘機は零戦であった。海軍の象徴とも言える戦闘機だ。
　緑のその気体に乗り大和を見下ろしながら。パイロット達も話すのだった。
「本当に何処から見てもですね」
「上から見ても」
「大和はとても」
「ああ、そうだな」
　隊長がだ。部下達の言葉に応えて述べる。
「奇麗だな」
「あんな奇麗な船はないですね」
「勇壮なだけじゃなく」
「美しい」
　彼等もなのだった。大和のその美しさに魅了されていた。大和は何処までも美しい。それは上から見てもそうなのであった。
　しかしだ。その大和を見てだった。彼等はこうも話すのだった。
「けれど。何か」
「悲しいですね」
「見ていると」
「そうだな」
　それは隊長も否定できなかった。どうしてもだ。
「もうこれで大和はだ」
「見られませんね」
「沖縄に行く、それはつまり」
「もう二度と」
　既に特攻隊が行われていた。鹿屋から飛び立ち散華していく。沖縄は決死の戦場になっていた。彼等もそれを知っているからこそだった。
「あの大和もですね」
「そうして出撃して」
「もう二度と」
「戦争だ」
　隊長はこうは言った。しかしだった。
　悲痛な声でだ。部下達に対して話した。話さざるを得なかった。
「何かが失われるものだ」
「はい、そうして何かを得るもの」
「そうですね」
「それが戦争ですね」
「その通りだ。だが」
　どうかとだ。隊長は今も大和を見ている。青と銀の海を進む大和は絶妙のバランスが取れた姿である。砲塔も砲身も美しい。
「失われて惜しいものはあるな」
「それが大和ですね」
「そうなのですね」
「そうだ。大和は帰らない」
　彼もだった。このことを確信していた。
「二度とな。あそこまで美しい船はないだろうがな」
「そうですね。海軍の象徴です」
「我が帝国海軍の」
「しかしなのですね」
「帰らない」
　またこう言う隊長だった。
「だからこそ今は見るか」
「そうですね。大和のこの姿」
「絶対にです」
「忘れません」
　彼等もまた見るのだった。大和は静かに沖縄に向かう。彼等は自分達の許される範囲までその大和の護衛を務めた。そうしてその姿を瞼に焼き付けたのである。
　大和は消えた。激しい戦いの末に海の中に消えた。多くの乗員達が運命を共にしてだ。南の海に消え去ったのであった。
　呉の港にだ。一つ巨大な穴が開いた。誰もがそれを見て言うのだった。
「寂しいな」
「そうだな。あそこに大和がいない」
「それだけでな」
「こんなに寂しいなんてな」
　こうだ。海軍の者達が無念に満ちた声で語るのだった。
「これまでどんなにやられても大丈夫だったのにな」
「どうしてなんだろうな、大和がいないと」
「それだけでもう」
「終わった気がするな」
「ああ、終わったかもな」
　声から次第にだ。覇気がなくなってきていた。
　覇気のないその声でだ。語るとだ。目にも身体からもその覇気がなくなっていく。終焉さえをだ。感じだしてきていたのである。
　それでだ。彼等はだった。
「海軍も日本も」
「これでな」
「もうな」
「完全にな」
　そこに日本の敗戦も見ていたのだ。それまで見なかったそれがだ。現実のものになろいうとしていることを感じだしていた。大和がいなくなりだ。