FAIRY TAIL ―Memory Jewel―
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第1章 薔薇の女帝編
Story7 棘のある罠には十分ご注意下さい。
前書き
更新遅れてスミマセンでした!紺碧の海です!
今回はいよいよ妖精VS女帝の対決が幕を開ける―――その前に、捕らわれたウェンディ、シャルル、イブキはと言うと・・・?
それでは、Story7・・・スタート!
―闇ギルド 薔薇の女帝―
「・・・ん・・・・」
暗がりの中、イブキは鈍い頭痛で意識を取り戻した。
「はっ?・・・どうなってんだ、コレ・・・・?」
痛む後頭部を摩ろうとして右手を動かすと、なぜか左手も一緒に引っ張られてセットでついてきた。目の前で手を止めると、両手首が銀色の手錠で繋がれていた。
「・・・更に何なんだよ、コレ?」
ぼやきながらゆっくりと体を起こすと、見覚えの無い部屋の冷たくて硬いベッドの上にイブキは寝かされていた。部屋の中は薄暗い故に、狭くてかび臭い臭いがツゥンと鼻にきた。ベッド以外に余計な家具や物は一切無く、壁や床はひんやりと冷たい。
手錠の掛かった両手を動かし、痛む後頭部を摩ると、髪に潜らせた右手の指に乾いた血が剥がれて付いた。どうやら傷になっているみたいだ。
「おいおいおい・・・」
とりあえず、今自分が置かれている状況を確認しようとベッドを降り、立ち上がって歩こうと左足を動かしたが、手錠で繋がれている為セットで動く両手首とは違って、左足を動かなかった。まさか、と思って視線を足元に移すと、両足首が鉄球が付いた銀色の足枷で繋がれていた。
「・・・更に更に何なんだよ、コレ?俺は囚人じゃねーし、なった覚えもねェぞ?」
ともかく、身動きが取れない状況、という事だけを理解したイブキはベッドに腰掛け、この囚人状態になる前の出来事を思い出そうと脳裏の記憶を片っ端から探り出す。
(えー・・・っと確か俺は、ウェンディとシャルルと一緒に、【薔薇の手入れの手伝い 40万J】っつー依頼をしにローズの街に来て、依頼主の家の薔薇の手入れをしてたら・・・・あれ?それからどーしたんだっけ?)
記憶を失っているエメラではないが、どうやら後頭部を殴られたせいで記憶が少し曖昧になっているようだ。
「そういや、ウェンディとシャルルはドコだ?」
暗がりとは言え、部屋の中は狭い。人がいれば気配ですぐに気づくはずなのだが・・・どうやら部屋の中にはイブキだけしかいないらしい。
「俺がこの状態っつー事は、ウェンディとシャルルも違う場所で同じ状態になってる可能性が高いな。・・・それと同時に、あの依頼はただの依頼じゃねェって事も分かる。」
1人呟きながらいろいろ推理をしていたその時、コンコンと部屋にノックの音が響いた。客あしらいをキッチリ仕込まれたノックの音に、イブキは鼻を鳴らした。
「勝手に入ったらどーだ?その扉、どーせこっちからは開け閉め出来ねェ造りになってんだろ?」
皮肉混じりに返事をすると、やはり仕込まれたタイミングと所作で鉄製の扉が開いた。
「お目覚めになられましたか。」
「やっとーっ、起きたーっ。どんだけーっ、待たせるーっ、のさーっ。」
入って来たのは青い髪に胸に青い薔薇を飾った背の高い紳士のような青年と、白い薔薇のピアスを付けた頭の上でぴょんっとはねた白髪のアホ毛が特徴の少女だった。
「よく言うぜ。どーせどっかから見張ってたんだろ?」
「おーっ、なかなかーっ、鋭いねーっ。」
これまた皮肉混じりに言うと、白髪の少女がイブキの顔を覗き込みながら言った。
「妖精の尻尾のイブキ・シュリンカー様でいらっしゃいますね?」
「・・・ここで「違ェ」とか「何モンだソイツ?」とか言ったら出してくれるのか?しょうもねェ事わざわざ聞くんじゃねーよ。つーか、人様に手錠を掛けるのがお前等の流儀なのか?うっわー笑えねー。」
「私-っ、だってーっ、笑えないーっ。」
揶揄して手錠の鎖をわざとらしく鳴らすと、白髪の少女の方は食いついて来たが、青年の方は顔色一つ変えなかった。どっかの無口且つ無表情且つ無感情の男と似ているな、と仲間の顔が脳裏に浮かび上がった。
イブキは吊り気味の紫と赤のオッドアイを更に吊り上げ、目の前にいる少女と青年を睨み付ける。
「お前等は誰だ?ここはドコだ?ウェンディとシャルルはどうした?俺達をどうするつもりだ?」
「はいはいはいはいーっ。質問はーっ、1つーっ、ずつにーっ、しましょーっ。でもーっ、今-っ、君がーっ、言ったーっ、質問-っ、ならーっ、全部-っ、アイムがーっ、簡潔-っ、且つーっ、的確にーっ、答えてーっ、くれるーっ、からーっ。」
苛立ちを覚えさせる、いちいち語尾を延ばす口調の白髪の少女がそう言うと、“アイム”と呼ばれた紳士のような青年が胸に手を当てやはり仕込まれた所作で一礼をすると、
「まず、私の名はアイム・シャキーラと申します。以後お見知りおきを。こちらはグラミー・オスカー様です。」
「よろしくーっ。」
アイムに紹介された“グラミー”という名の白髪の少女はVサイン。
イブキはグラミーの奇抜な挨拶をスルーし、アイムに視線を戻し促す。アイムは再びイブキの質問に答え始めた。
「直球におっしゃいますが、ここは闇ギルド、薔薇の女帝でございます。そしてここは、ギルドの地下牢でございます。」
アイムの言葉に、イブキの表情が一瞬だけ硬直した。
「・・・薔薇の女帝って、今評議院が最も目を付けている、闇ギルドの1つの、あの・・・・?」
「おーっ、知ってーっ、るんだーっ。」
「左様でございます。」
「つまり、お前等は薔薇の女帝の魔道士っつー訳か。」
「ピンポーンッ。」
「左様でございます。」
イブキの言葉にグラミーは表情をコロコロ変えながら頷き、アイムはやはり仕込まれた所作でいちいち一礼をしながら答える。
「そして、イブキ様の愛人であるウェ」
「誰が愛人だーーーーーっ!?」
遠回しな言い方ではあるが、妙な勘違いをしているアイムの言葉を切り捨てるようにイブキが怒鳴りながら遮る。
「ウェンディはギルドの仲間だっ!もちろんシャルルもだからなっ!」
紫と赤のオッドアイを更に鋭くさせながら言う。
「・・・どうやらあなた様の思い過ごしだったようでございます、グラミー様。」
「お前が言ったのかっ!?」
「なーんだーっ。てっきりーっ、出来立てーっ、ホヤホヤのーっ、恋人-っ、同士-っ、かとーっ、思ったーっ、のにーっ。つまんないのーっ。」
「あのなァ・・・!」
グラミーの異常を軽く超えた思い過ごしに、怒りを露にしたイブキが固く握り締めた拳で殴ろうとするが、こんな時に限って手錠で繋がれている為、チッ、と舌打ちしながらしぶしぶ殴る事を断念する。そんなイブキをグラミーは面白可笑しそうに見つめていた。
「話を戻させて頂きます。」
1人冷静を保ったアイムが再び話し始めた。
「イブキ様の“お仲間様”であるウェンディ様とシャルル様は、この牢から3つほど離れた牢にいらっしゃいます。イブキ様が目覚めるほんの10分ほど前にお2人はお目覚めになられ、その時も私とグラミー様がそちらに訪ねに行きました。」
「いちいち“お仲間様”って強調するんじゃねェ・・・!」
再び怒りを露にするイブキだが、今度はすぐに冷静を取り戻した。
「そして最後に」
「あー、それは言う必要はねェ。今までの説明でほとんど理解したからな。」
イブキの、「俺達をどうするつもりだ?」という問いを説明するべく口を開いたアイムの言葉を、質問したイブキが遮った。
「風の噂は伊達じゃねェんだな。ここ、街の人達は“薔薇屋敷”って呼ばれてるみてーだけど、薔薇の女帝には“見たものを石化させる魔法を使う魔道士がいる”っていう噂を聞いた事があるんだ。それ+、訪れた者を石化してコレクションにするっていう噂も聞いた事あるぜ。」
イブキの話を、アイムとグラミーは口を挟む事無く黙って聞いていた。
「今俺が言った事と、アイムだっけな?お前が言った事を全てひっくるめて考えられるのはただ1つ―――――。」
紫と赤のオッドアイで、目の前にいる“闇”を真っ直ぐ捉えた。
「―――――薔薇の女帝は、奴隷商なんじゃねェか?」
薄暗い部屋の中に、イブキの淡々とした声がやけに大きく響いた。
「俺達みたいに罠に嵌まってノコノコ訪れた人間を石化させて、ボスコとかどっか遠い国にでも売りつけてたんだろ?石化すれば、奴隷は身動きが出来ずに逃げる事も出来ない。逆に売られる側は、石化していても姿形がそのまんまの奴隷を見る事が出来て買う事が出来る。売る側はガッポガッポ儲かるっつー訳だ。つまり、俺は罠に嵌まってノコノコここに訪れた、哀れな奴隷人って事だな。どうだ、当たってるか?」
捕らえられている、囚人状態、という状態にも拘らず、最後まで語り終えたイブキは得意げな顔をしてアイムとグラミーを見た。
グラミーはヒュゥ、と短く口笛を吹き、アイムは1拍1拍ゆっくりとした拍手をする。
「全て、イブキ様がおっしゃったとおりでございます。」
「最初-っ、にもーっ、言ったーっ、けどーっ、キミーっ、なかなかーっ、鋭いねーっ。」
「だろ?」
すると、得意げだったイブキの表情がすぐにまた難しくなった。
「で、俺が奴隷人、お前等が奴隷商っつー事は、お前等2人のどっちかが“見たものを石化させる魔法を使う魔道士”って事だな。で、ここに来る前にウェンディとシャルルがいる部屋に行ったっつー事は、2人は既に石化の奴隷人状態になってるのか?」
再びイブキが問うと、アイムとグラミーは揃って首を左右に振った。
「残念ながら、その推理はハズレでございます。」
「!?」
「“見たものを石化させる魔法を使う魔道士”はーっ、私達-っ、じゃないしーっ、君の愛・・・じゃなくてーっ、“お仲間さん”はーっ、石化のーっ、奴隷人-っ、にもーっ、なってーっ、いないよーっ。」
「・・・何でだよ?この手錠で繋がれた状態なら、石化させる絶好の機会じゃねーのか?」
グラミーの如何にもわざとらしい物言いに少々腹が立ったが、それよりも気になる事を問う。
「薔薇の女帝の長であるマリーナ・ファージュ様のご命令なのでございます。「奴隷人の石化は、売り飛ばす日の前日にやる事。前日の方が、奴隷人の美しさをギリギリまで保てるわ」との事です。」
「因みにーっ、マリーナ様もーっ、“見たものを石化させる魔法を使う魔道士”じゃーっ、ないーっ、からねーっ。」
「石化した奴隷人に美しさなんかあるのかよ・・・?女ならまだしも、俺は男だし・・・・」
薔薇の女帝の長、マリーナの考えを理解出来ないイブキは首を傾げた。
「・・・なぁ、俺とウェンディとシャルルがここに来てからどれくらい経ったんだ?」
「1週間でございます。」
「それがーっ、どうかーっ、したーっ?」
妙な問いをするイブキを見てグラミーは首を傾げた。イブキはしばらく考え込むように俯いていたが、やがて口元に笑みを浮かばせた。
「俺達がここに来て1週間も経ったっつー事は、妖精の尻尾は大騒ぎするだろーな。で、誰かが俺達を助けに来るはずだ。」
「実際、既に妖精女王や火竜など、数名の妖精の尻尾の魔道士の方々がお越しになっておられます。」
「おっ!マジでっ!?じゃあ後は簡単だ。俺達を助けに来たアイツ等は、序に薔薇の女帝を討伐し、お前等は評議院に連行される。」
「残念-っ、ながらーっ、私達はーっ、そうーっ、簡単-っ、にはーっ、やられーっ、ないよーっ。そこらーっ、辺のーっ、へなちょこーっ、闇ギルドーっ、とはーっ、違うんでねーっ。逆にーっ、私達がーっ、妖精をーっ、全員-っ、石化-っ、させちゃうーっ、かもねーっ。」
“光”が“闇”を滅ぼすのか、それとも“闇”が“光”を滅ぼすのか―――――。その結末は、誰にも分からない。
「・・・話を戻すけどよ、その売り飛ばす前日になるまで、奴隷人は手錠で繋がれたままずっとここに閉じ込めたままなのか?」
イブキは両手首を繋げている手錠をアイムとグラミーの前に翳しながら問う。
「ううんーっ、、違うよーっ。」
「ここから出られる事は出来ませんが、今日あなた様には先程のように気絶して頂きます。」
「はっ?気絶・・・!ぐァア!」
背後から気配を感じ振り返るが時既に遅し。
薄暗く狭苦しいこの部屋に閉じ込められる前は後頭部だったが、今度は振り返った為前頭部を硬い物で強く殴られ、イブキはひんやり冷たい床に倒れ込んだ。倒れたイブキの額を鮮血が伝う。
「おや?お気づきになられませんでしたかな?」
「そういうーっ、ところはーっ、鈍いんーっ、だねーっ。」
慇懃なアイムの声と、上から目線のグラミーの声が嫌なほど耳障りだ。
「イブキ様。」
自分の名を呼ぶアイムの声が聞こえた。イブキはどうにかして視線を動かし、倒れている自分の顔を覗き込んでいる、薄く冷酷な笑みを浮かべているアイムの顔を見つめた。
「棘のある罠には十分ご注意下さい。」
薄れる意識の中、不気味なほどアイムの声がやけに鮮明に聞こえたのは気のせいだろうか―――――?
イブキはだんだん狭くなっていく視界の中で殴った張本人を探すが、見つける前に視界が真っ暗になり、イブキは意識を手放した。
「・・・死んだーっ?」
「いーや、気絶してるだけだ。このまま即殺す事も出来るけどよォ、そんな事したら、俺がマリーナ様に殺されちまう。」
「流石ですね、ミルバ様。」
「まーな。」
暗がりの中から音も無く現れた、“ミルバ”と呼ばれたオレンジ色の髪の毛をした少年の手には、血が付いた金属の棍棒が握られていた。
「しっかし、面しれェほど鋭ェガキだな。コイツ、何歳だっけ?」
棍棒を持っていない方の手で、ミルバは倒れているイブキを指差しながら問うた。するとすぐに、いつの間にか取り出していた青い表紙の手帳を見ながらアイムが答えた。
「名はイブキ・シュリンカー。まだ15歳の少年でございます。」
「15歳ィ!?俺より年下のクセに、俺より頭良いのかよっ!?うっわー、何かムカつくぜ。」
「因みに、ウェンディ・マーベルは12歳、シャルルは6歳でございます。」
「あの子ーっ、見るーっ、からにーっ、弱そうーっ、だったーっ。ていうかーっ、私-っ、よりーっ、年下-っ、なのにーっ、あのーっ、白猫-っ、毒舌-っ、すぎるよーっ。」
どうやら、アイムが持っている手帳にはいろいろな情報がアリの行列のように書かれているらしい。
「さーて、一仕事も終わった事だし、俺達も参戦しに行くとするか。」
「妖精のーっ、殲滅だーっ!めっちゃーっ、楽しそーっ!」
「私も、人肌脱がせて頂きましょうか。」
アイム、グラミー、ミルバは口々に言いながら部屋を出て行った。
―30分ほど前―
シュンッと薔薇の女帝の魔道士達が皆瞬間移動して姿を消した。
「消えたーっ!」
「だアアア!クソッ、逃げられたーーーっ!」
ハッピー、ナツと続いて叫ぶ。
「こうしちゃいられねェ!ハッピー、急いでアイツ等を追いかけるぞっ!」
「あいさーっ!」
「え?ちょ、ちょっとナツ!?」
ルーシィが止める暇も無く、ナツとハッピーは“3番通路”に行ってしまった。
薔薇の女帝のギルドは、ルーシィ達がいる広間から4つの通路があり、それぞれ1,2,3,4の番号が書かれていた。
「追いかけるって言っても、ドコにいるのか分からない敵をどうやって探すの?」
「アイツは鼻がいいからな、敵のにおいを嗅ぎ分けて“3番通路”に行ったんだろう。」
エメラの問いにエルザが“3番通路”の先を見つめながら答えた。
「だが、アイツとハッピーだけでは心配だな。・・・アオイ、悪いがナツとハッピーの後を追ってくれないか?」
「はァ!?何で俺がァ!?」
アオイは驚嘆の声を上げた。そりゃ驚くのは当然だろう。あのナツと一緒に行動しろ、と言われているのだ。驚嘆の声を上げるのは無理もない。
断ろうとしたアオイの口が開く前に、エルザの口が開いたのが一足先だった。
「お前が一番ナツの事を理解していると私は思う。魔法の相性は炎と水で最低最悪だが、人間関係は最高のはずだ。」
「・・・・・」
相手が怒るとめちゃくちゃ恐ろしいエルザ、という理由もあるが、アオイはそれ以上反論せずに黙って聞いていた。
「それに、お前もナツも強いからな。あっという間に敵を倒し、ウェンディ達の居場所を聞き出せるだろう。」
「・・・ったく、仕方ねェな。今回だけだからな。」
「あぁ。」
エルザにあそこまで言われると断れ切れなくなったアオイは苦虫を潰すような表情を浮かべながらナツとハッピーを追いかける為、しぶしぶ“3番通路”に足を踏み入れた。
―3番通路―
「敵ィー!ドコだー!」
「だー!」
「「はいここですよ」って言って出て来るどアホな敵はいねェだろ。」
ナツとハッピーと無事(?)合流したアオイはため息ばかりついていた。
(・・やっぱ・・・来るんじゃなかった・・・・)
「ねぇナツ、もう敵のにおいはしないの?」
隣でアオイがため息ついている事に気づく事無く、ハッピーは叫びながら歩いているナツに問い掛けた。ナツはハッピーに言われてヒクヒク鼻を動かしてみるが、
「・・・ダメだ、全くにおわねェ。」
「もうこの通路にはいないんじゃないの?」
「おい、一番-な方向に考えるなよ・・・」
「つーか、何でお前がいるんだ?」
「エルザに言われたんだよ!お前とハッピーだけじゃ心配だから、ついて行ってくれって!」
「オイラ、アオイの方が心配なんだけど・・・」
「だな。」
「お前等に言われたくねエエエエエッ!」
敵を探す事はそっち退けて、ナツ、ハッピー、アオイはその場で口論し始めた。
「大体、お前等は勝手過ぎんだよ!毎回毎回勝手に飛び出してっては問題しか起こさねェし!」
「お前だって、建物とか木とかいろいろ破壊しまくって問題起こしてんじゃねーか!」
「そーだそーだ!」
「お前はその倍破壊しまくってんだろーがっ!」
「別にわざとじゃねーもん!気づいたらいつの間にか壊れちまってたんだっ!」
「そーだそーだ!」
「それ一番ダメじゃねーかァ!?」
妖精の尻尾の大騒動は国中で有名だが、週刊ソーサラーにも載るほど、ナツの問題っぷりも有名である。もちろん、グレイやアオイ、イブキだって問題を起こしてマスター宛に大量の始末書が届くのは日常茶飯事である。
「いい加減にしやがれ髪長水溜り野朗!」
「少しは大人しく出来ねェのかツンツン火の粉野朗!」
仕舞いには2人揃って吊り気味の目を更に吊り上がらせて、額をぶつけてお互い睨み合う。
「あー・・・もうオイラにはどうにもならないです。」
ハッピーは肩を竦めるだけで、喧嘩を止めようとはしなかった。
そんなバチバチと火花を散らしながら睨み合うナツとアオイに、忍び寄る2つの黒い影―――――。
「!おわっ!」
「!おっと!」
「いきなり何だ何だぁ!?」
突如左右から飛んで来た鋭く尖った小さな鋼の欠片と赤くて長いリボンを、ナツは屈んで避け、アオイはその場で跳んで避け、ハッピーは慌てて翼を発動させ空中へ避けた。
「誰だっ!」
ナツが怒鳴りながら視線を上げると、そこには胸にオレンジ色の薔薇を飾った、オレンジ色の髪の少年と、頭に赤い薔薇が付いた黒いミニシルクハットを被った赤い髪の少女がいた。
「俺達薔薇の女帝と戦う前に、仲間割れの喧嘩はしない方が身の為だぜ?」
「あなた達、すぐに負けてしまいますからね。あなた達がすぐに負けてしまいますと、私達もつまらなくなってしまいますからね。」
少年と少女が不敵に微笑みながら口を開いた。
「ほーら!出て来たじゃねーかっ!」
「そーだそーだ!」
「絶対違うだろォ!」
「・・・おい、人の話聞いてんのかよ・・・・?」
「最低ね・・・」
叫びながら歩いていた為、敵から姿を現したと思い込んでいるナツとハッピーにアオイは透かさずツッコミを入れる。スルーされた少年と少女は曖昧な表情を浮かべる事しか出来なかった。
少女が小さく呟いた言葉に、ピクッとナツの耳が反応した。
「“闇”の奴等に、「最低」とか言われる筋合いは一切ねーんだけどなぁ。」
「へー、そんな事言ったのか?そりゃあ聞き捨てならねェなぁ。」
さっきまでの喧嘩はいったいドコへやら。2人は態度を一変させ、ナツは指の関節をポキポキ鳴らし、アオイは背中に括りつけている鞘から青竜刀を抜き構えた。
「俺は薔薇の女帝の殲滅担当、ミルバ・ノブレスだ。さーて、妖精狩りを始めるとすっか。」
「同じく、殲滅担当のジュナ・キュラソーよ。あなた達に、私達を倒せるかしら?」
2人の言動に応えるかのように、ミルバは巨大な鋼の斧を造形し、ジュナは右手に赤い魔法陣を展開させ赤いリボンをくねらせた。
「お前等を倒せば、ウェンディ達の場所を突き止められるんだろ?一石二鳥じゃねーか。な、アオイ?」
「あぁ。そうと決まれば、一刻も早くアイツ等を倒してイブキ達を助けに行くぞっ!」
「おう!」
意見が一致したのと同時に、ナツとアオイは同時に小さく地を蹴って駆け出した。
「さぁ、舞台芸能の始まりだっ!」
ミルバとジュナも叫んだのと同時に小さく地を蹴って駆け出した。
―1番通路―
「ふわわわわぁ~・・・ねむ~い・・・・」
「改めて思ったんだけど・・・アンタって、ホント呑気よねぇ。」
「そぉ?」
大きな欠伸をし、薄っすら滲み出た涙を指で拭うコテツを見て、隣を歩いていたルーシィは思わず呆れ顔をする。
「そういえば、私がコテツと初めて会った時も、アンタすっごく呑気だったわよね。」
「え、そうだっけ?」
「そうよ。えーっと確か、ギルドの様子を見てあたふたしてた私にアンタ」
「お腹空いたー。今日の晩ご飯何にしようかなー?」
「って、人の話聞けーーーっ!」
話を全く聞かずに呑気な事を呟いているコテツにルーシィは噛み付くような勢いでツッコミを入れた。
このあまりの呑気さに、時々苛立つ時もあるのだが、この呑気さがコテツのキャラであり、良い所でもあるのだ。
(ホント、なぜか憎めない存在なのよねぇ。コテツは。)
隣を歩くコテツの横顔を盗み見て、なぜかルーシィはそんな事を思うのだった。
「・・・ねぇルーシィ。」
「ん?」
「ルーシィは確か、お母さんもお父さんも、もういないんだよね?」
「うん、そうだけど・・・それがどうかしたの?」
「・・・どんな人だった?ルーシィから見て、お母さんとお父さんは?」
何でいきなりこんな質問をするのか、自分が聞いているのに相手の顔を見ようとしないコテツの事を不思議に思いながらも、ルーシィは既にこの世にはいないママとパパの事を思い浮かべながら話し始めた。
「まず私のママはね、私と同じ星霊魔道士だったんだー。私が生まれる3年前に体壊しちゃって引退してたんだけど。優しくて、星霊にも愛されてて、本当に素敵な人だったんだー。・・・パパはね、ずっと家と仕事の事しか頭に無い人だった。1時期家出してた私を連れ戻す為に、妖精の尻尾と幽鬼の支配者を交戦させた張本人なの。ギルドを破壊されて、たくさんの仲間が傷ついて・・・私は、パパを許さなかった・・・・!」
その時の事を思い出したのか、ルーシィの両肩が小刻みに震え始めた。
「・・・でもね、仕事とお金の事しか頭に無くて、怖くて、大嫌いなパパも私の事、ちゃんと愛しててくれてたの。それが分かった時は、すっごく嬉しかった。私はママからもパパからも、ちゃんと愛されてたんだ。」
胸に両手を添え、ゆっくりと目を閉じるルーシィを見て、コテツは口元にどこか寂しげな小さな微笑を浮かべた。
「コテツは?」
「え?」
「何よー、アンタから聞いてきたのに教えてくれないの?コテツのママとパパは、どんな人なの?」
先程自分がした問いをルーシィも同じように問い掛けてきた。コテツは自分の顔を見つめるルーシィの大きな茶色い瞳から顔を逸らし、恐る恐る口を開いた。
「・・・ない。」
「え?」
「・・・分からないんだ、僕のお母さんとお父さんの事。それ以前に、僕に、“お母さん”と“お父さん”という存在がいたのかさえも・・・・」
「!!?」
ルーシィは声にならない驚嘆の声を上げた。そして今になって気づいた。
(私は、コテツの事を・・・何も、知らない―――――。)
ルーシィが妖精の尻尾に加入した時からコテツはいた。
皿や椅子、ワイングラスや魔法があちこち飛び交う妖精の尻尾を見てあたふたしてたルーシィに最初に声を掛けたのがコテツだったのだ。
『トイレならあっちだよ?』
この言葉にもちろんルーシィは頭からずっこけた。
この時から、ルーシィの中のコテツの第一印象は“超が付くほど呑気”という言葉がインプットされた。
そしてつい最近、今までルーシィは同世代で一番古株の魔道士はギルド一の酒豪であるカナだと思っていたのだが―――――
『何言ってんだいルーシィ?同世代で一番古株は私じゃなくて、コテツだよ。』
カナ本人の口からでも、最初聞いた時は信じられなかった。
その後、ナツやグレイ、エルザやアオイ、イブキやバンリ、ミラさんやマスター、レビィちゃんやリサーナ、マカオやワカバにも同じ事を聞いた。だけど、返って来る答えは皆カナと同じだった。
コテツは、“同世代で一番古株の魔道士”
(私がコテツについて知っているのは、それだけだ―――――。)
思い返してみれば、よく行動を共にするエメラ、コテツ、アオイ、イブキ、バンリの5人―――――。
エメラはまだ加入したばかり且つ、自身も記憶を失っている為知らない事が多いのは当然なのだが、後の4人は自分より早い年に妖精の尻尾に加入しているというのに、知っている事は極僅かだ。
いつの間にか足が止まっていたらしい。コテツもルーシィの横で立ち止まっていた。
「コ、コテツ!あの・・その・・・変な事聞い」
「危ない!」
「キャアアアア!」
謝罪の言葉を述べようとしたが、コテツが突然覆い被さるように飛びついてきたので途中から謝罪の言葉は悲鳴に変わっていた。バランスを崩し、コテツに抱かれたような状態でそのまま床に倒れ込んだ。コテツの肩越しから見えるのは、自分達の頭上を通り過ぎて行く紫色をした無数の弾丸と白い変な形をした謎の生き物。
「ゴ、ゴメン。・・・大丈夫?」
「あ、うん。あ・・ありが、と・・・////////////」
ルーシィは彼氏いない歴17年の純情少女である。敵の攻撃をかわす為とは言え、同世代の異性にこんな事をされると、ついつい顔が赤みを帯びてしまう。
「あら、大胆♪」
「おーっ、もしかしてーっ、カップルーっ?」
声がした方に顔を上げると、攻撃を放ったと思われる、両肩に紫色の薔薇の飾りが付いた、淡い紫色の膝丈ドレスを着た紫色の髪の毛の少女と、白い薔薇のピアスを付けたアホ毛が特徴の白髪の少女が茶化すように言った。
「ち、違う!違う!い、今のは・・つい・・・////////////」
「キャハハーっ!君ーっ、めっちゃーっ、顔ーっ、赤いーっ、よーっ。」
コテツは必死に否定するが、本人も恥ずかしかったらしく顔が赤みを帯びてしまい説得力が欠けてしまい、仕舞いには白髪の少女にバカにされる。
「どうやらーっ、妖精にはーっ、出来立てーっ、ホヤホヤのーっ、恋人-っ、同士がーっ、多いーっ、ようーっ、ですなーっ。さっきのーっ、オッドーっ、アイのーっ、少年とーっ、天空のーっ、巫女もーっ、そうーっ、みたいーっ、だったしーっ。」
「!!?」
「ちょっとグラミー!」
「あーっ、ついーっ、口がーっ、滑ったーっ。」
『グラミー』と呼ばれた白髪の少女が慌てて口を押さえるが時既に遅し。紫色の髪の毛の少女は額に手を当てて「やっちゃったぁ」と嘆きながらため息と共に嘆いた。
「オッドアイの少年・・・」
「天空の巫女・・・」
「「イブキとウェンディだっ!」」
ルーシィとコテツの声が重なった。
「という事は、アンタ達を倒せば、ウェンディ達の居場所が分かるって事ね。」
「じゃあ、やるべき事はただ1つだね。」
ルーシィは黄道十二門の鍵を1本取り出し、コテツは左手を胸に当てた。
「バレちゃったなら仕方ないわね。私は薔薇の女帝の殲滅担当、チェルシー・ラナンキュラ。」
「同じくーっ、殲滅-っ、担当のーっ、グラミー・オスカーだよーっ。よろしくーっ。」
不敵な笑みを浮かべてチェルシーとグラミーが名乗る。
「ルーシィ、心配しなくていいからね?」
星霊を呼び出そうとしたルーシィにコテツが声を掛けた。ルーシィが振り返りコテツの方に視線を移すと、コテツは口元に穏やかな笑みを浮かべていた。
「いつか分かる時が来るから。僕の事も、皆の事も。今はコイツ等を倒す事だけに集中しよう、ね?」
「・・・うん。」
コテツの言葉に励まされたルーシィは大きく頷いた。
「ところでさぁ・・・」
「え?」
「イブキとウェンディって、カップルだったの?」
「・・・アイツ等を倒した後、2人に聞いてみましょ。」
「そうだね。」
イブキとウェンディの関係は一先ず措いといて、ルーシィとコテツは視線をチェルシーとグラミーの2人に向けた。
「「さぁ、始めよう?」」
右手を広げたチェルシーと、左手を広げたグラミーが同時に言った。
―2番通路―
コツ、カツ、コツ、カツとスニーカーブーツとショートブーツの踵の音がやけに大きく通路に響き渡る。
「それにしても、無駄に広ェ通路だな。」
「流石ローズの街の権力者の屋敷だね。」
「“闇”の人間だけどな。」
他愛もない会話を交わしながら、グレイとエメラは一方通行である石畳の2番通路を歩いていた。
コツ、カツ、コツ、カツ、コツ、カツ、コツ、カツ、コツ、カツ―――――。
「・・・・・」
「・・・・・」
2人の間に流れるのは、沈黙と、2人の靴の踵の音と息遣いだけ。
コツ、カツ、コツ、カツ、コツ、カツ、コツ、カツ、コツ、カツ―――――。
「・・・・・」
「・・・・・」
冷や汗が、眉間に皺を寄せたグレイの頬を伝い流れ落ち、口を固く結んだエメラが怯えたような表情を浮かべた。
コツ、カツ、コツ、カツ、コツ、カツ、コツ、カツ、コツ、カツ―――――。
「・・・だアアアア!クソ炎じゃねーけどアッタマ来たァ!いくら街の権力者の屋敷とは言え、いくら何でも長すぎだろこの通路!?歩いても歩いても先が見えねェ何てどういう事だよっ!?」
「私に聞かないでよォ!私だって意味が分からないんだからァ!ていうかグレイ、服!」
無意識の内に服を脱いでる事が多いグレイは、いつもならここで「うおっ!?」や「いつの間にィ!?」などのリアクションをする。いつもなら―――――。
「はっ?服・・・脱いでねェぞ?」
「へっ?」
エメラの口から何ともマヌケな声が出た。
ぱちくり、とエメラは数回瞬きをした後、自身の翠玉のような大きな瞳をゴシゴシと擦り、グレイを上から下までじーっくり見つめた。
自分より背が低いエメラが上目遣いで自分の方をじーっと見つめて来るので、グレイはずっと表情を固くしていた。グレイの頬が紅潮している事に、エメラが気づく気配は無い。
「・・・グレイ、ほ・・本当に、服、脱いでないんだね・・・・?」
「だ、だから・・さっきからそう言ってんだろ。俺がいつも服を脱いでるとは限らねェんだからな。」
グレイがそう言った瞬間、エメラの顔が一瞬にして青ざめ、両手で顔を覆いへなへなぁ~とその場に座り込んでしまった。
「お、おい!どうしたいきなり!?」
突然座り込んでしまったエメラの傍にしゃがみ込み、その華奢な両肩を掴んで上下に大きく揺さぶった。
「ど・・どうしよぉ・・・」
「だ、だから・・何がだよ・・・?」
エメラが消え入りそうな声で呟いたのが聞こえた。
左手で顔を覆っているエメラの両手を除けた。翠玉のような大きな瞳には、大粒の涙が溜まっていた。グレイは思わず「うっ」と言葉に詰まった。
「わ・・私、ただでさえ、記憶が無いのに・・・目・・目まで、可笑しくなっちゃった・・・・!」
「へっ?」
今度はグレイの口から何ともマヌケな声が出た。
「な、何を根拠に、そんな・・・」
「だ、だって!何でか分かんないけど・・・い、今も、服を脱いでいないはずのグレイが、上半身裸にしか見えないんだもん!」
「はァア!?」
グレイは驚嘆の声を上げると、念の為もう一度自分の上半身を見てみる。
深緑色の半袖のタートルネックに白いロングコート。・・・間違いなく上半身は服で身を包んでいた。
念の為自分の下半身を見てみる。
黒いカーゴパンツに黒いスニーカーブーツ。・・・間違いなく下半身も大丈夫だ。
(本当に、エメラの目が可笑しくなっちまったのか・・・?)
再び視線をエメラに戻す。
エメラはまた両手で顔を覆っていた―――が、その両手に見覚えの無い、細くて小さな皺がたくさん刻まれているのが見えた。よく見ると、鮮やかな緑色の髪の毛に混じって、白い髪の毛が見えるのは気のせいだろうか?
「お、おい、エメ―――――!うあああああっ!」
皺だらけの両手を除けてエメラの顔を覗き込んだ瞬間、グレイは驚嘆の声を上げて驚きのあまり尻餅をついた。
「え?グレイ、どうしたの?」
自分の顔を見て驚嘆の声を上げたグレイを不思議そうに見つめるエメラは、17歳の少女ではなかった。60~70歳ぐらいの老婆の姿になっていたのだ。
「エ・・エメ、ラ・・・お、おぉお前、婆さんになっちまってるぞ・・・」
「えぇっ?」
グレイの言葉にお婆ちゃんエメラは翠玉のような瞳を丸くし自分の体を上から下へじーっくり観察した。お婆ちゃんなのに動きは身軽で、声も少女のエメラと変わっていないのが幸いなのだが、それはそれで不気味でもある。
「・・・何も、変わってないと思うんだけど?」
「はっ?」
相変わらず、グレイの目の前にいるのは老婆の姿のエメラだ。見間違えるはずが無かった。グレイはぱちくり、と数回瞬きをした後、さっきのエメラと同じように両目をゴシゴシ擦り、もう一度エメラをじーっと見つめる―――――が、やはり目の前にいるのは老婆の姿をしたエメラだった。
「お・・俺の目も、可笑しくなっちまった、のか・・・?」
「えぇーーーーーっ!?」
顔を青ざめ、困惑した表情を浮かべるグレイの言葉にエメラが驚嘆の声を上げた、その時だった。
「あははははははははっ!幻影、解除。」
どこからか高らかに笑う女の声と、パチン!と指を鳴らす音が聞こえた。それと同時に、グレイの目の前には少女の姿をしたエメラがいて、エメラの目の前にはちゃんと服を着たグレイがいた。
グレイとエメラは2人揃ってぱちくり、と数回瞬きをしてお互いの顔を食い入るように見つめた。
「も、戻った・・・」
「よかったぁ~。」
2人は同時に安堵の息を漏らした。
「楽しんでもらえましたか?私の幻影は?」
背後から声が聞こえ視線を移すと、現れたのはピンク色の長い髪の毛に裾にピンク色の薔薇の飾りが付いた、淡いピンク色の膝丈ドレスを着た女だった。
「お前は、薔薇の女帝の・・・」
「今のは全て、あなたの仕業なの?」
「えぇ。お2人の慌てっぷり、しっかり目に焼き付けさせて頂きました。非常に面白かったですよ。」
女は悪戯っ子のように笑った。
「私の名はエミリア・ダーシー。薔薇の女帝の執行担当です。普段は敵とこうして対峙し合う事は滅多にないんですが・・・今回は妖精が相手、という事で特別参加です。滅多にないとは言え、あまり甘く見ない方が身の為ですよ?」
グレイは構えた両手に冷気を溜め、エメラは銀色の腕輪の窪みに黄玉を嵌め、両手に雷を纏った。
「行くぞエメラ!」
「うん!」
グレイとエメラは同時に地を小さく蹴り駆け出した。
「さぁ、幻影曲馬団の幕開けです!」
エミリアが両手を広げて辺りに響き渡る声で言い放った。
―4番通路―
「バンリ。・・・おいバンリ!」
“4番通路”を早足で歩くのはエルザと、エルザの少し前を早足で歩くバンリだ。
エルザは先行く仲間の名を呼びながら歩くが、その名の主―――バンリは返事をする事も、止まる事もせずに早足で歩き続ける。
(名を呼んだだけでは無駄か。)
そう思ったエルザは名を呼ぶのを止め右手を伸ばしバンリの左肩を掴んだ。ようやくバンリが足を止めた―――――が、こちらを振り返る事も、尋ねる事もしなかった。エルザはそれに構わず、バンリに問い掛けた。
「なぜ1人で行動しようとするんだ?イブキの事が心配なのは分かるが、相手は闇ギルドだ。それに奴等は」
「奴隷商。」
「!」
エルザが言いかけた言葉を遮り先回りしてバンリが言った。
「恐らくイブキ達は罠に嵌まって、奴隷人になったんだろうな。」
「あぁ。だが、まだこのギルド内のどこかにいるはずだ。焦る気持ちも分からなくもないが、私達まで捕まってしまったら全て水の泡になってしまうんだぞ。」
「そんな事、奴等の正体が分かった時から理解している事だ。」
そこまで言うと、バンリはこの“4番通路”に入ってから初めてエルザの方を振り返った。
「それに、別に1人で行動しようとしているつもりは一切無い。お前がただ歩くのが遅いだけじゃないのか?」
「なっ・・!そ、それなら、名を呼ばれたら返事くらいしろォ!」
「分かったから行くぞ。」
そう言ってバンリはまた歩き出した。置いて行かれないよう、「遅い」と言われないようにエルザも慌てて歩き出す。
「!」
すると、バンリの歩調がさっきより若干ゆっくりになっている事に気がついた。
(全く・・・少しは素直になっても良いんだがな。)
バンリのさり気無い優しさと心配りにそんな事を思うが、決して口にしようとはしなかった。口にしてしまったら、二度とする事は無いという事を6年という長い付き合いでエルザは理解していた。
「・・・なぁ、バンリ。」
「・・・何だ?」
先程エルザに言われたからか、名を呼ぶとバンリは少し間を空けてから返事をした。それが少し可笑しくてエルザは気づかれないように小さく笑った。
「お前がこの“4番通路”を選んだのも、何か理由があったからなんだろ?どんな理由なんだ?」
エルザの問いに、バンリは何て答えようか少し考えるような顔つきをしてから、エルザの問いの答えに的確で分かりやすい答えを述べた。
「この先に、俺にしか倒せない敵がいる・・・ような気がしたからだ。」
「お前にしか倒せない・・・?」
鸚鵡返しにバンリの言葉を呟いた後、エルザは顎に手を当てて考え込む。
「お前の魔法は変換武器。武器に一番不利の魔法は」
「魔法は一切関係ない。」
「はっ?」
言葉を遮られた故に、意味不明な事を言うバンリを見てエルザの口から何ともマヌケな声が洩れた。
「じゃあ、いったいどういう意味なんだ?」
エルザの問いに、今度はバンリは迷う事無く、左手の人差し指で自分の頭をコツコツと軽く突付いただけでそれ以上の言動はしなかった。バンリの仕草の意味は分からなかったが、エルザもそれに合わせてそれ以上問う事はしなかった。
「!」
その時、不意にバンリが立ち止まった。
「どうした?」
エルザが問うと、バンリは黙って前方を指差した。バンリが指差した方に視線を移すと黒いスーツを着た、胸に青い薔薇を飾った背の高い紳士のような青い髪の青年が立っていた。エルザとバンリと視線が合うと、その青年は仕込まれたような所作で一礼した。
「貴様は確か、薔薇の女帝のアイム、と言ったな?」
「彼の有名な妖精女王に覚えていただけて光栄でございます。あなた様がおっしゃるとおり、私は薔薇の女帝の執事且つ執行担当をしております、アイム・シャキーラと申します。以後お見知りおきを。」
名乗ると同時に、アイムはやはり仕込まれたような所作で一礼をした。顔を上げると、エルザとバンリの順に見つめると、
「妖精の尻尾のエルザ・スカーレット様と、バンリ・オルフェイド様でいらっしゃいますね?」
「・・・ここで「違う」とか「誰だ?」とか言ったら見逃してくれるのか?しょうも無い事をわざわざ聞くな。」
バンリの言葉にアイムはほんの一瞬だけ驚いたように光が射していない、黒みがかった青い瞳を見開いた。
「驚きました。先程イブキ・シュリンカー様にも全く同じ事を言われたばかりでございます。」
「イブキが?」
「イブキは、ウェンディ達はドコにいるんだ?」
「誠に申し訳ないのですが、それは内密でございますので私の口からは語る事が出来ません。」
慇懃な言葉で謝罪を述べ、アイムは再び仕込まれたような所作で一礼をした。
エルザは別空間から剣を1本取り出し、
「言わぬなら、力ずくで言わせるだけだ。」
「私はどんな事があろうと、この口を割るつもりは一切ございません。」
剣を構え、今にも駆け出そうとするエルザの左肩を掴んでバンリが引き止めた。
「何をしている!?一刻も早く奴を倒してウェンディ達の居場所を」
「焦るな。」
「!」
バンリはたった一言でエルザを押し黙らせると、紅玉のような赤い瞳にアイムを捉えて呟いた。
「お前、魔法使えないんじゃないか?」
「!」
「何だとっ!?」
バンリの言葉にアイムは再びほんの一瞬だけ目を見開き、エルザは驚嘆の声を上げた。
「エルザが剣を取り出した時、お前は魔法も放とうとせず、魔法道具も取り出さなかった。遠距離系の能力系の魔法かと思って周囲からの魔力の反応を探っていたが、そのような反応は一切感じ取る事が出来なかった。それ故、普通相手が攻撃しようとしたら、魔法を繰り出すか避けるかのどちらかだ。避ける為には身構えるはずだが、お前は身構えもしなかった。以上の事柄から考えられる事はただ1つ―――――。お前は魔法を使えない、という結論だ。」
バンリは正論を表情を一切変える事無く淡々と述べる。エルザとアイムはただ黙って聞いている事しか出来なかった。
するとアイムは1拍1拍ゆっくりとした拍手をした。
「全て、バンリ様がおっしゃったとおりでございます。私は魔法を使えない、無防な人間でございます。」
左手を胸に当て、仕込まれたような所作で一礼をした。
(相手の行動を瞬時に見ただけで、これだけの事を瞬時に考えたというのか・・・!?な、何という洞察力・・・・!)
エルザは未だに隣に立っているバンリの言動に目を見開いていたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻し、剣を構え直してアイムに問い掛けた。
「貴様が魔法を使えない、そして私が攻撃したら避けるつもりも無かったという事は・・・お前は、初めから私の攻撃を食らって敗れるつもりだったのか?」
「残念ながら、それは違います。私も一応闇ギルドに属している身の上、体は毎日鍛えておられます。いくらエルザ様の攻撃でも、一撃食らっただけでは倒れは致しません。食らった後、勝負を仕掛けるつもりでございました。」
「勝負?」
魔法を使えないアイムが仕掛ける勝負とは自殺行為に等しいのだが―――――
「私と、頭脳で勝負をしてみませんでしょうか?」
アイムの言葉にエルザは目をぱちくりさせ、バンリは表情を一切変える事無く黙っていた。
「ず、頭脳で、勝負・・だと・・・?」
「左様でございます。」
戸惑いの表情を浮かべるエルザに、アイムは不敵な笑みを向けた。
「どういう勝負だなんだ?」
「極マレな頭の体操程度の問題を出し合い、先に10問正解した方の勝利、という単純な勝負でございます。」
バンリの問いにアイムは的確且つ簡潔に答えると、「ただし」と付け加えた。
「私が勝ちましたら、予めこの通路全域に仕掛けております、数千個の爆弾を爆破させ、お2人にはあの世に行かれてもらいたいと思います。」
「す・・数千個だと・・・!?」
「左様でございます。」
エルザは思わず通路を見回した。一見何の変哲も無い石造りの通路だが、左右の壁にも床にも天井にも、爆弾が仕掛けられているらしい。
「じゃあ、俺達が勝ったら、お前にはエルザの一撃を食らってもらってイブキ達の居場所を教えてもらう・・・なんてどうだ?」
「・・・承知致しました。」
エルザが通路を見回している間に、バンリとアイムの間で賭けが成立した。
「お、おいバンリ・・大丈夫なのか?」
「心配無用だ。イブキ達を助ける為、巻き込んだエルザの為だ。」
振り返った、バンリの紅玉のような瞳には揺ぎ無い強い意志が輝いていた。
「必ず、勝つ!」
その時、アイムと会う前にバンリがやった、左手の人差し指で自分の頭をコツコツと軽く突付いた仕草の事をエルザは思い出した。
(あの時の仕草・・・アレは、初めからアイムと頭脳で勝負する事を分かっていたからやった仕草だったのか・・・・?もしそうだとしたら、バンリ、お前はいったい―――――・・・?)
バンリはアイムに向き直り淡々とした口調で言った。
「先攻は譲る。」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます。」
「銃を抜いたからには・・・命を賭けろよ?」
「それは百も承知でございます。」
沈黙が流れ、火花が散る。
「では、参ります。」
命を賭けた勝負の火蓋が切って落とされた。
妖精VS女帝の戦いが、今、幕を開けた―――――。
後書き
Story7終了です!
予想以上にイブキの場面が長くなってしまった。それでかなりの時間ロス・・・
紺碧の海、史上最多の文字数です!そして前代未聞の魔法を使わないまさかのバトル!頭脳って、テレビのクイズ番組じゃないんだけどなぁ・・・
次回は熱きバトルを繰り広げていきたいと思います!果たして、薔薇の女帝の魔道士達(1人違うけど)の実力は如何ほどか―――――!?
次回もお楽しみに~♪・・・最近、ウェンディとシャルルの出番がないなぁ。
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