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IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第十話 帝都攻略




帝国暦 488年  7月 10日    ガイエスブルク要塞  ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム三世



ブラウンシュバイク公の私室を訪ねると公は一人でグラスを揺らしていた。テーブルにはボトルとアイスペール、そして生ハムが置いてある。一人で飲んでいるのか? だとすれば珍しい事だが……。
「一人かな、ブラウンシュバイク公」
「うむ、一人だ。若い連中を呼んで飲むかと思ったが急に億劫になってしまった。……何か用かな、リッテンハイム侯」
「いや、用は無い。暇だったのでな、何となく訪ねただけだ」
ブラウンシュバイク公が私を見て笑みを浮かべた。

「飲まぬか、リッテンハイム侯」
「良いのか、億劫なのであろう?」
「若い連中と飲むのはな、リッテンハイム侯ならば大丈夫だ、もう若くはない」
思わず苦笑が漏れた。確かに若くは無い。公が立ち上がりグラスを用意してくれた。折角だ、飲んでいくか。

「ほう、ジンか。シンケンヘーガーだな」
「うむ、ロックならこれが良かろう。わしはこの季節は何時もこれだ」
「確かに、もう七月だな」
オーディンと違いここには季節が無い。せめてジンをロックで飲む事で季節を感じようというのか。公にそのような面が有るとは……、粋だな。

アイスペールから氷をグラスに移しジンを注ぐ。トクトクと軽やかな音がした。軽くグラスを掲げるとブラウンシュバイク公もグラスを掲げた。一口飲む、フム、もう少し冷たい方が良いな。公が生ハムを一切れ口に入れた。顔が綻ぶ、やはりシンケンヘーガーにはハムが合う。

「ヴァレンシュタインが心配かな」
私が問うと微かに苦笑を浮かべた。
「……気付かれていたか」
「ここ二、三日塞いでいたからな。……大丈夫だ、今の所ヴァレンシュタインが戦っているという報告は無い。敵の目を潜り抜けオーディンに向かっているようだ」
ブラウンシュバイク公が“そうだな”と言ってジンを一口飲んだ。

「あれが上手く行けば次は私だ」
「うむ、そうだな」
「準備は出来ている」
「そうか……」
いかぬな、相変わらず気分が乗らぬらしい。公の気分を変えようと思ったのだが……。

「大分可愛いらしいな、ヴァレンシュタインが」
冷やかすとブラウンシュバイク公が苦笑した。
「優しげな顔に似合わず無茶ばかりするのでな、心配になる」
「そうか、困ったものだな」
「ああ、困ったものだ」
二人で声を合わせて笑った。

「……わしもリッテンハイム侯も男子には恵まれなかった」
ポツンとした口調だった。
「そうだな」
「娘を持つ父親というのは悪くないが息子というのがどういうものか、ずっと知りたいと思っていた。まあ妻には言えんがな……」
「……」
同感だ、妻には言えん。息子を持ちたいと一番思っていたのは妻だろう。跡継ぎを生みたい、そう願っていたはずだ。

「ヴァレンシュタインは有能で、野心が無く信頼出来る男だった。その所為かな、こんな息子が居たらと思っていたのだが何時の間にか息子のように思っていたようだ」
「そうか、……で、どうであった、息子を持つ父親というものは?」
「良いものだ、楽しかったな」
ブラウンシュバイク公は本当に楽しそうな顔をした。

「無茶ばかりするから叱り付けたいが結果を出すから注意するくらいしか出来ん。それに人前で手放しで誉める事も出来ん、顔が綻ぶのも抑えねばならん。何とももどかしい事だ」
「そうか、もどかしいか」
「うむ、それに余りに褒めては娘が妬くからな、その辺りも考えなければ……」
「なるほどな、それは面倒だ」
二人で声を揃えて笑った。一口飲む、うむ、冷えてきた。心地良い冷たさだ。そろそろだな、生ハムを口に入れた。冷えたシンケンヘーガーが良く合う。

「アレが出来の良い息子ならフレーゲルは出来の悪い息子だな」
「息子が二人か、少々妬けてきたぞ」
「そうか、妬けてきたか」
「うむ、妬けてきた」
また二人で笑った。妙な気分だ、公と息子の事で話す事になるとは。こんな日が来るとは想像も出来なかったな。

「リッテンハイム侯、子供というのは娘も息子も、出来が良いのも悪いのも、少しも変わらん」
「……」
「なんとも愛おしく、心配で、悩みの種だ。子供の数だけ悩みの種が出来る、そういうものだ」
「なるほどな。……それでも私は公が羨ましいぞ」
「そうか、羨ましいか」
「ああ、羨ましい」
また二人で声を上げて笑った。羨ましいぞ、ブラウンシュバイク公。公は息子は持てなくとも息子と思える男を持つ事が出来たのだからな……。



帝国暦 488年  7月 20日  オーディン ヴァレンシュタイン艦隊旗艦 スクルド  アドルフ・ラムザウアー



「シュターデン提督より報告! 哨戒線の構築が完了! これより哨戒任務を実施するとの事です!」
俺が声を上げるとヴァレンシュタイン提督が微かに頷いた。予定通り、そんなところかな。ホントクールだぜ、ウチの提督は。俺達帝都オーディンを攻略中なんだぜ、もうちょっと興奮しても良いじゃん。

まあ今の所攻略作戦は順調だ。スクリーンには宇宙港を制圧するアイゼナッハ艦隊、アーベントロート艦隊、クルーゼンシュテルン艦隊の様子が映っている。画面が薄暗いのは未だ時間が早い所為だろう。オーディンではまだ寝ている人間も多い筈だ。寝耳に水、だろうな。

もうオーディンから逃げ出す事は出来ない、自家用宇宙船で逃げ出してもシュターデン艦隊が外を固めている。取り逃がすことは無い。他にもスクリーンには新無憂宮、リヒテンラーデ公爵家、マリーンドルフ伯爵家、グリューネワルト伯爵夫人の住居の様子が映し出されている。

それぞれの屋敷の上空には小規模の艦隊が監視のため待機している。映像はそれらの艦隊から送られたものだ。オフレッサーの親父とフェルナー参謀長は既にリヒテンラーデ公爵家、マリーンドルフ伯爵家に向かっている。リューネブルク中将と提督は待機だ、新無憂宮の攻略が今一つ思わしくない。

お、通信が入ってきた。
「シュムーデ提督より通信が入っています!」
「スクリーンに映せ!」
リューネブルク中将かよ、提督の声が聞きたいよ。ちょっと高めの柔らかく温かみを帯びた声。中性的、いや女性のような声だ。

その提督の声が戦闘中は冷たく変わる。どれほど優位に戦闘を進めていても冷たさは変わらない。まるで“この程度の相手に何を騒いでいるの?”、“話にならないわね、可哀想だから叩き潰してあげる”、“貴方じゃ熱くなれないの、詰まらないのよ”そんな感じだ。ツンツンしたそっけなさが何とも言えない。俺だけじゃない、皆も言っている。いつか熱くなった提督を見たいってな。そのためなら何でもするって。

『申し訳ありません、敵の排除に時間がかかっております。敵は新無憂宮の建物内に籠って抵抗しています』
シュムーデ提督の顔色、良くないなあ。まあ中に籠られるとちょっと厄介だよな。壊すわけにもいかないし……。あ、ヴァレンシュタイン提督が小さく笑った。出たよ出たよ、ビスク・ドールの微笑みが! これが出るとブッ飛ぶぜ!

「敵は新無憂宮がお気に入りのようです。ならばそこで死なせてやるのが親切というものでしょう。構いません、新無憂宮を攻撃してください」
『しかし、宜しいのですか、新無憂宮を、攻撃など……』
声が裏返ってるぜ、シュムーデ提督。目ん玉飛び出しそうだ。ヴァレンシュタイン提督が声を上げて笑った。

「ワルキューレでは効率が悪いですね、戦艦を用いて艦砲射撃を行いましょう。新無憂宮もろとも敵を叩き潰して下さい」
『か、艦砲射撃……』
キター! 新無憂宮を艦砲射撃! マジかよ、それ! 提督以外の人間が言ったらサイオキシン麻薬でイッちゃってるか、ブッ飛んでるかを疑うけどビスク・ドールは素面だぜ。マジで痺れるわ! 最高! シュムーデ提督、あんたも腹を括りなよ。ここまで来たら楽しまなくっちゃ。俺達は反逆者なんだ。

「西苑から北苑、東苑、南苑と順に攻撃してください。徹底的に、情け容赦無く、跡形も無く、全てを消し炭にしてください」
『……』
呆然としているシュムーデ提督にヴァレンシュタイン提督が艶然と微笑んだ。でも眼だけが笑っていない。くー、これだよこれ! “私の命令が聞けないの? それで良いのね?”、提督の目がそう語りかけて来ている。背筋がゾクゾクする。イキそうなくらいの恐怖! 堪らねえよ!
「私がやりましょうか?」
『た、た、直ちに取り掛かります!』

シュムーデ提督が慌てて敬礼して通信が切れた。
「宜しいのですかな?」
「構いません、新無憂宮も五百年近く使っています。そろそろ建替えの時期ですよ。解体業者が困らないように念入りに壊しておきましょう」
痺れるぜ! なんでそんなにクールに冗談が言えるんだ! リューネブルク中将も唖然としている。

「艦砲射撃、始まりました! 西苑を攻撃しています!」
隣のフォルカー・ローラントが報告すると彼方此方から“おお”という声が上がった。スゲエ、新無憂宮が艦砲射撃で吹き飛んでいる!
「小官が訊きたかったのは陛下が西苑に居たら、そういう事ですが」
え、っと思った。そうだよな、そういう事も有るよな。え、俺達どうなるの? 大逆罪? 弑逆者? でも今でも反逆者だぜ? 皆が顔を見合わせた。

「ああ、そっちですか。運が無かった、そういう事ですね」
はあ? そっち? 運が無かった? それで終わり?
「誰の運が無かったのかな。殺されたエルウィン・ヨーゼフか、擁立する皇帝を失ったリヒテンラーデ公、ローエングラム侯か、それとも弑逆者となった我々か……。答えが出るまでには時間がかかりそうだ、退屈せずに済むでしょう」

ヴァレンシュタイン提督は指揮官席で頬杖を突いてスクリーンを見ている。スゲエ、スゲエよ! ローラントを見た、ローラントも興奮している。提督、あんたクール過ぎるよ! あんたくらい反逆が似合う人は銀河に居ない、宇宙一の反逆者様だぜ!

「リューネブルク中将、艦砲射撃が北苑に移りました。そろそろ準備してください。エルウィン・ヨーゼフが生きていれば敵は降伏してくるはずです。死なせるわけにはいきませんからね」
「なるほど、そのための艦砲射撃ですか」
リューネブルク中将が苦笑している。そういう事か、皇帝は死ぬかもしれないけど戦闘は早く収まるって事か。いや、戦闘が早く終わった方が皇帝が死なずに済む可能性が高いって事かな。戦闘に巻き込まれずに済む? 良く分からねえけどとにかくすげえや。

提督がシュムーデ提督を呼び出した。グリューネワルト伯爵夫人を捕えに行くから後の攻略戦の指揮はシュムーデ提督に任せると言っている。シュムーデ提督は緊張しているけどヴァレンシュタイン提督にとってはもう戦闘は終わったも同然なんだろう。未だ戦闘中だけど提督が居なくなると張り合いが無くなるぜ、もっとドキドキハラハラしたいんだ……。



帝国暦 488年  7月 20日  フレイア星域 ミュラー艦隊旗艦 リューベック ナイトハルト・ミュラー



予備か、そう思った。ロイエンタール、ビッテンフェルト、メックリンガー、ケスラー、この四人が二個艦隊づつ動かすようになってから一月以上が経った。侵攻速度は遅くなったがそれ以外には問題は生じていない。順調に攻略は進んでいる。エーリッヒを始めとするブラウンシュバイク公爵家の艦隊もめぼしい動きは無い。時折敗北した貴族連合軍を収容して撤退するぐらいだ。当然だが俺の出番も無い。

暇だ、そう思った。このまま順調に進めば多少時間はかかっても貴族連合軍をガイエスブルク要塞に追い詰める事が出来るだろう。そしてガイエスブルク要塞での攻防戦になるがそう簡単には決着は着かないかもしれない。しかしその頃にはキルヒアイス提督達の別働隊も合流している筈だ。こちらの戦力は充実している、そして相手は一部を除いて烏合の衆だ。時間はかかってもこちらが勝つ……、筈だ。俺の出番はガイエスブルクに追い詰めてからだろう。

問題は追い詰める事が出来るかどうかだ。エーリッヒ達がみすみすそれを待っているとも思えない。いや引き寄せてガイエスブルクで決戦、それもあるな。となると今は誘い込まれている? そういう事になるのか……。あまり楽しくない考えだ。順調に進んでいる、そう思おう。

「閣下!」
オペレータが声を上げた。
「ロイエンタール提督から通信が入っています」
「スクリーンに映してくれ」
指揮官席から腰を上げるとスクリーンにロイエンタール提督が映った。珍しいな、表情が硬い、敵と接触したか?

『ミュラー提督、オーディンが攻撃を受けている』
「オーディンが?」
一瞬何を言われたか分からなかった。艦橋が静まり返った、そして皆が固まっている。オーディンが攻撃を受けている!
「馬鹿な、あそこには……」
声が震えた。

『そうだ、まともな防衛戦力は無い』
ロイエンタール提督の沈痛な声がリューベックの艦橋に響いた。
「間違いないのですか? その情報は」
『オーディンのモルト中将からローエングラム侯に報告が有った。だがその後は……』
ロイエンタール提督が首を振った。連絡が途絶えたか……。司令部が全滅したか、通信能力を喪失したか、どちらにしても危険な状況だ。おそらくは組織だった抵抗など出来ないところまで追い詰められているだろう。

「敵は一体……」
『分からない、規模も正体も不明だ。想像は付くがな』
「……」
『ローエングラム侯は既にオーディンに向かった。メックリンガー、ケスラー提督も向かっている。我々にもオーディンへ向かう様にと総司令部から命令が有った』
「分かりました、小官も直ちにオーディンに向かいます」
『うむ、頼む』

通信が切れるのを確認してから指揮官席に座ったが思ったよりも大きく音が響いた。
「閣下?」
オルラウ参謀長が心配そうに俺を見ている。いかんな、指示を忘れていた。
「進路をオーディンに、急いでくれ」
参謀長がオペレータに指示を出す、漸く艦橋が動き出した。

「大変な事になりました。オーディンには皇帝陛下が」
オルラウ参謀長の声は微かに震えていた。
「それだけではない、オーディンは我々の後方支援の拠点だ。今後の戦争遂行にも影響が出かねない」
オルラウが小さく呻き声を上げた。

オーディンを攻めているのはエーリッヒなのか? エーリッヒなら補給物資を見逃す事は無い。もしそうなら補給物資の不足から大規模な戦闘を起こし辛い状況になるかもしれない。戦線は膠着するな、内乱も長引く。ケンプ提督の敗戦が五月の下旬だった。あれから約二カ月か……。

ガイエスブルク要塞に戻りオーディンを目指した。補給、整備を考えればギリギリだな。殆ど休む事なく出撃した筈だ。という事は今回のオーディン攻略、偶然や思い付きではないな。最初からオーディンを狙っていたのだ。……嫌な予感がしてきた。二パーセントの勝率か、何を考えている? 内乱が長期化する事に勝機が有る、そう考えているのか? 見えない、俺には見えない、エーリッヒは何を狙っているのだ? 焦燥ともどかしさが全身を押し包んだ。手をきつく握り緊めた。
「エーリッヒ……」
気が付けば呻いていた。


 
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