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温泉旅行

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温泉旅行(中編/1日目)

温泉旅行(中編/1日目)


先に部屋に向かってもらい俺は受付ですべき事を済ませた。
そのまま部屋に向かっても良かったのだが、何となく気まずさを覚える。

「……あ」

1人の女の声が後ろから聞こえたので振り返ってみると、和服を着た20歳ぐらいの髪の長い女が居た。
茶色い髪を後ろで団子結びしており、薄いピンクの和服を身に纏って何故だか頬を少し赤らめていた。

「俺に何か用か?」

恐がらせるつもりは無く、元々口が悪い方なので怯えながら首を振り「さっき、もう1人似たような男の子が居たような気がしただけです」とどこかぎこちない素振りを見せながら答える。
『似たような』なんて言われ慣れたが、昔もよく『似たような子』や『そっくりな男の子』なんて言われた。
それが何だと言う話だが、俺――六条道りとにとっては俺と恋也が兄弟だというのは大事だったりする。

「弟。1つ違いの」

短く告げて俺は女から離れた。
正直苛々はしている。


戸を開いて開口一番に「死んでしまえ」と言い荷物を置き、その場から去る。
俺と恋也の兄弟仲は最悪だ。
口を開けば喧嘩、時には殺し合い、まぁ、俺が一方的に暴行を続けているだけだが。
小さい時から仲は良い方ではなかった。
それでよく母さんに叱られた事も何度かあったのも事実。
その母さんもとっくの昔に交通事故で亡くなってしまったのだけれど。

弟――恋也はと言うと、当然いつもと変わらない無表情で端末を弄り、何も知らないような、俺が気に食わない態度をしている。

そんな恋也を梅の間に残して俺は旅館の外に出る。
12時前ぐらいだろうか、ほのかに太陽が暖かく少しだけ眩しさを感じる。
片目を瞑って顔の前に手をかざし、太陽を一瞬見ては視線を下に逸らす。
辺りは完全に木。
緑と言うより黄色や赤、オレンジが辺りを埋め尽くしていた。

『――こっちにおいで』

どこからか声がした。
小さい女の子のような、高い明るめな声が右耳で響いた。

**

ある時7、8歳の女の子が神社に祭られていたという。
その子の名は「サトコ」。
サトコは5、6歳の時から霊が見えた、そう本人は口にしていたそうだ。
そしてある大津波の前の晩サトコが「大津波がくる」という内容の事を呟いた。
次の日、大津波はサトコが言った通りの時間、高さ、速さでやってきた。
村人はサトコを「神の使い」として神社に祭り、定期的に祭りを行った。

とある大雨の日。

神が怒っていると思った村人たちはサトコを崖の上から川へと、突き落とした。

神の使いを神の元に送るために――。

そしてその行為が村人たちを襲った。
毎月その日になれば誰かが可笑しな死に方をした。
ある者は喉に石を詰まらせ、そしてある者は上半身と下半身を切り裂かれ、様々な出来事が起こった。
それを「サトコの崇り」と村人たちは口をそろえてそう言った。


それから何千年後、その土地に「二階堂旅館」が建てられた、と和服を着た女性が俺に教えてくれた。

**

「――って言われたんだが、信じれるか?」
『そう言われても……。僕心霊系そこまで信じないし……恋也に聞いてみたら?』
「嫌に決まってんだろ」
『何で?』
「何でって……お前に言う必要ねぇだろ」
『素直じゃないね、りとも恋也も。ま、僕には関係がない事だけど、夜中目が覚めないようにね』
「あ!おい!!……切るなよ」

一番下の弟に先ほど聞いたことを伝えてみたのだけど、全く信じてもらえず通話は終了した。
僅かにゲームの音が漏れて聞こえていたのでゲーム中だったのだろう。
素直じゃないと言われた事にはあえて反応せずに、端末を仕舞いあまり気が進まないが梅の間に戻る。


戸の前で大きく溜息を吐き、頭を掻いて、再び溜息を吐いてから戸を開けた。
まず目にしたのは障子で俺の目の前で閉まっていた。
さっきは開けっ放しで出てきたため恋也が閉めたのだろう。
障子越しにぼんやりと影が映っているのを確認して「おい」と声をかける。

「…………」

障子越しの影はゆっくりと振り返ったように思われる。
影は動いていた訳ではなく、ただぼんやりとそこに居た。
その影に声をかけて、影が振り向いたのは良いが何となく違和感を覚える。
どうみても弟の影には見えない。
髪の毛がボブカットで和服を身に纏っているのようなそんな気がする。

嫌な予感がした。

ゴクリ、唾を飲み込み半歩後ろに下がったのと同時にその影が、動いた。
手招きをしながらどんどん近付いてくる。
そして障子の目の前に来て、ゆっくりと本当にスロー再生のように手が伸びて、障子が開いた。

「……は?」

障子は開いたのに誰も居ない。
俺が見ているのはただの「梅の間の部屋」で特に変わった事はない。

一気に力が抜け俺はそのまま床に倒れた。
気が張って疲れていただけなんだとそう思い仰向けになって息を整える。
背中には冷や汗を掻いて、いつの間にか呼吸も乱れていて薄気味悪かった。

「りと?」
「うわぁぁ!!……何だ、お前か……」

急に恋也が現れた。
上から覗き込む様に声を掛けられて一瞬驚きで飛び起きたが、弟だと気付けば少しの恥ずかしさがある中、安心感が襲った。

「お前かって……声かけたのにも関わらずぼんやりして、急に横になって何してた?」
「何してた?じゃねぇよ。和服着た奴がその障子の前に居て、そいつが急に動いて影が障子開けたら誰もいねぇし……」
「俺ずっと此処に居たけど」
「は?」

恋也がこの部屋に居て、さっきの奴がもし恋也だとすればコイツの悪戯と言うことに捉える事は可能だが、障子を開けた瞬間にどこかに隠れないといけない。
この部屋は障子さえ開けてしまえば辺り一面を見渡せる。
それに旅館の部屋なんて隠れる所なんて押入れしかない。
押入れは俺のすぐ右隣にあり障子を開けて押入れに隠れるなんて不可能だ。

じゃぁさっきの影を恋也じゃないとすれば考えられるのは――「サトコ」だろう。

俺が見たものは「サトコ」なのだろうか。 
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