妻が最初に作るもの
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第一章
妻が最初に作るもの
草薙大海は目出度くお見合い相手の井口香音と結婚することになった、香音は沖縄生まれでにこにことした二重の瞳に丸めの鼻と大きな口を持っている、髪型は黒のショートで耳が大きく眉の太さは普通だが濃さはしっかりとしている。
その彼女と結婚してだ、大海は脱色していた髪をまず黒に戻した、細面で適度に日焼けした顔と黒い上に向いたしっかりとした形のまゆに強いが優しい光を放つ目にだ、普通の高さの鼻がある。耳が大きく背は一七二程だ。東京生まれだが縁あって仕事は京都において塾の講師をしている。
その彼がだ、職場の後輩達に結婚を前にしてこう言うのだった。
「実は僕はね」
「結婚するんですよね、先輩」
「よかったじゃないですか」
「うん、ただね」
「ただ?」
「ただっていいますと」
「実は僕まだなんだよ」
居酒屋で腕を組んで言うのだった。
「まだ彼女のこと知らないんだよね」
「知らないって何をですか?」
「何をなんですか?」
「うん、奥さんのことをね」
つまり結婚する相手の香音のことをというのだ。
「知らないんだよ」
「っていいますと」
「先輩まだ、ですか」
「奥さんとはじっくりとですか」
「お話したことがないんですか」
「いや、何度も話してるよ」
それは忘れていないというのだ。
だが、だ。それでもだというのだ。
「けれど彼女の部屋に行ったことがなくて」
「じゃあ、ですか」
「奥さんのことは」
「ずっと一緒にいることになるから」
結婚すればそうなる、単身赴任か別居でもしない限りは一緒だ。それでこう言ったのである。
「料理が大事だよね」
「ですね、確かに」
「お料理って大事ですよ」
「御飯が美味しくないと元気が出ないですからね」
「生活にも張り合いが出ないですから」
「うん、だからね」
それでというのだ。
「僕奥さんの料理が不安なんだ」
「あちら側から何か聞いてませんか?」
後輩の一人がこう彼に言って来た。
「奥さんのこと」
「いい人で真面目で。このことは僕もこの目で見てわかってるよ」
お見合いをしてそれから何度も一緒にいて話をしてだ。
「そうしたことはね。けれどね」
「家事のことは聞いてないから」
「今は洗濯は洗濯機がありますし」
それにだった。
「掃除は掃除機、ルンバもありますし」
「つまり誰でも出来るっていうんだね」
「はい、問題ないですよね」
「そうだね、そういうことは」
「はい、けれどお料理は」
「こればかりは人がするしかないからね」
大海はビールを飲む手を止めて考える顔で言った。
「今のところは」
「そうそう、料理用ロボットが出来れば別ですけれど」
「今は、ですからね」
「自分で作るしかないですから」
「これだけは」
「どうなのかな」
それが不安と言うのだ、大海にとって。
「奥さんの料理」
「先輩って結構味に五月蝿いですしね」
「美食家っていいますか」
「少なくとも美味しいものでないと困るよ」
料理に無頓着ではないというのだ。
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