FOOLのアルカニスト
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最恐最悪にして最高の師
前書き
本作では常人の限界は10としています。また、たとえ覚醒した愚者であっても、悪魔を倒さずに単なる鍛錬だけでいけるのは、LV10までとします。
LVUP時の成長は1⇒2で1P、2⇒3で2P、3⇒4で1P…以下繰り返しという風にしています。透真とトウヤの計算が合わないのはそれにプラスして双界の魂で+1、ペルソナボーナスで+1が乗っている為です。
ちなみに透真が魔法型のステにもかかわらず、耐に7も振っているのは、そうしないと雷鋼の訓練では生き残れないからです。
少年にとって、翁は最恐最悪の師である。出会った瞬間に殺されかけ、その日のうちに治療も施されずに「翁の一撃を受けて、立っていること」という洒落にならない課題を押し付けられ、それをこなせなければ殺すと宣言されたのである。いくら、LV的には常人を遥かに上回るとはいえ、肉体は5歳児である。それは無理難題といっていいものであったから、なおさらである。
だが、一方で翁は最高の師であった。少年に現状を認識させ、その慢心と甘えを打ち砕き、そして心身ともに鍛え上げるという意味では。
『渡辺 雷鋼』は、『八神 透麻』にとって、最恐最悪にして最高の師であった。
「ほれほれ、どうしたどうした?はよう召喚せねば死ぬぞ」
雷鋼の剛拳が透麻の鼻先をかすめるように通り抜ける。その拳は手加減されているとはいえ、透麻を殺すのは十分すぎる威力があることを、雷鋼の弟子にさせられてからの1年の間にその身をもって透麻は理解している。というか、1年の間に殺された回数はゆうに10を超える。10以上は数えていない。あまりにも日常的に殺されるので、正確な回数を認識したら狂うと透真は考えたからである。制限時間内であれば、動けぬような重症を負おうが、殺されようが、雷鋼の仲魔である西王母の『メ・ディアラハン』で瞬時に回復、あるいは『サマーリカム』で強制的に蘇生させられ、その日の課題(透真はノルマと呼んでいる)をこなすまで、それは永遠に続けられるのだ。死んでも救いはない。それは最早、地獄といって良いだろう。それを毎日味わうのだから、普通の子供なら、とっくに狂ってしまっていってもおかしくなかった。
しかし、幸いといっていいのか分からないが、透真は普通ではなかった。精神自体は通算して30歳に迫るし、その身には『ペルソナ』という破格の異能を身に着けていたのだから。そして、何より彼には生への狂おしい程の渇望があった。真実もう一人の自分とも言うべき透夜という何者にも代えがたい犠牲を払って生き延びた透真には、狂うことも諦めることも断じて選ぶことができなったからだ。どれ程、無様でも生き延び、少しでも長く生き続けることが、彼なりの贖罪であり、自身に課せられた業だと透真は思っているのだ。
それはさておき、今日の課題は『ペルソナの高速召喚』である。ペルソナの召喚には、どうしてもある程度の集中が必要である。しかし、それは戦闘時には隙にしかならない。ゲームであるペルソナシリーズでは仲間がいるから、その隙をカバーできたのかもしれないが、透真は一人である。である以上、それは致命的とも呼べる隙にしかならないのだ。無論、透真もそんなことはすぐに気づいたし、対策をしてこなかったわけではない。集中時間の短縮や、動きながらも召喚できるように訓練してきた。その集大成を見せろというのが、今日の課題であった。
『ペルソナの高速召喚』、言うは易いが行うは並大抵のことではない。動きを止めずに召喚するというだけでも離れ業だというのに、絶えず襲ってくるのは、己を容易に殺害しうる雷鋼の剛拳である。しかも、それは透真が全力で回避に徹することで避けれる程度に手加減されているのだ。まさに、同時にできないはずのことを同時にやれと言われているようなものだ。
(だけど、できなきゃ殺される。諦めた瞬間にこの糞爺は俺を見捨てる。この爺にとって、弟子は俺である必要はないんだ。俺じゃなくても、自身の全てを伝えられるなら誰だろうとも構わないんだ。俺が死ねば、次を見つけてくるだけのことなんだ。だから、やるしかない!やるしかないんだ!)
透真は必死に回避しながらも、ペルソナの召喚を試みる。だが、全力で回避に専念しなければ避けれないレベルの攻撃なのだ。少しでも、そちらに気をやれば命を奪う剛拳が彼を襲う。当たる前に召喚できればと迫る拳を見ながら、必死に呼びかけるも、無慈悲な衝撃を持って断ち切られる。そこで集中はとぎれ、ペルソナも召喚はされないまま、地面を無様に転がる羽目になる。
「駄目じゃな、隙だらけじゃ。それでは召喚する前に殺されるぞ。戦場で敵が待ってくれると思っておるのか?」
その様子を見つめる雷鋼の目には、一片の慈悲もない。その言葉、声色もどこまでも冷酷で、卜部に投げかけたものとは対極の冷たさを感じさせる。ただの現状評価、それ以上でもそれ以下でもない。本当にそれだけであった。
「百も承知だ、糞爺!待っていろ、今に吠え面かかしてやるからな」
追撃を避ける為に意図的に長く転がり、ある程度の距離を離して立ち上がる。かつては、アバラを根こそぎ持ってかれたが、今ではインパクトの瞬間に自分から後ろに飛んでダメージを軽減できる程度にはなっていた。
「ふん、まだまだ元気そうじゃな。その様子なら、回復魔法はまだいらんな。では、行くぞ!」
言うが早いか、瞬時に距離を詰めて来る雷鋼。流石は自力で仙術を極めたという達人である。その技量は多少腕を上げた程度の透真など比べくもない。再び迫る剛拳を身を捩って、どうにかかわす。その通り過ぎる拳圧だけでも、透真は冷や汗が出るというのに、これで手加減しているというのだから恐れ入る。
(くそ、化け物爺め!だが、どうする?このままじゃ、ジリ貧だ。何回殺されるか分かったものじゃないぞ。トウヤならできるだろうが、だがそれじゃあ……。)
実のところ、トウヤなら透真は高速召喚できる自信がある。文字通り、自身でもあるトウヤなら、今までの訓練成果と併せて成功させられるだろう。
しかし、それでいいのかという疑問が透真にはあった。トウヤは言うまでもなく、透真にとって特別なペルソナである。自身のペルソナ能力の礎となったペルソナであり、真実己の写し身とも言うべきペルソナなのだから、当然であろう。
一方で、トウヤはペルソナとしても特別なペルソナであった。まず、透真と同じように成長する。そのかわりランクはないが、己に合わせて成長するという利点に比べたら、それは大したものではない。さらに『双界の波動』という専用スキルの使用に、『悪運』という破格の特殊能力。どこまでも特別なペルソナであった。召喚速度もホテイとは比べものにならなかったから、厳しい訓練を積んできた今の透真なら、瞬時に召喚できる自信、いや確信がある。
特別なペルソナの高速召喚ができたからといって、今日の課題に合格したといえるのかという疑問が透真の中で渦巻いていたのである。とはいえ、実のところすでに答は出ていた。ここで求められているのは、ホテイの高速召喚であって、トウヤの高速召喚ではないというのは、透真がトウヤを一度も雷鋼の前で召喚していないことから明らかだった。
(今まで、必死に隠してきたが妥協するか?そうでもしないと、できそうにないし……いや、駄目だ!ここで妥協したら、今後も妥協することになりそうだ。それにトウヤは切り札にして、普段使うのは別のペルソナにすべきだろう。それを考えたら、ホテイをここで高速召喚できなかったら、実戦になったら俺が屍を晒すことになるだろう。無理でも無茶でもやるしかない!)
死へと誘う雷鋼の剛拳を必死に避けながらも、内心の葛藤に決着をつける透真。迷いがなくなった為にその動きが少しよくなるが、そんなことはお構いなしに襲ってくる雷鋼の剛拳。
(こっちの葛藤なんてお構いなしかよ!しかし、実際問題どうする?どう考えても、ホテイの召喚には集中が必要だ。だが、そんな時間はないし、仮に集中できたところで、その隙をこの糞爺が見逃すとは思えない。くそ、死ぬしかないってのかよ!いや、諦めたらそこで終わりだ。その瞬間にこの爺は俺を見捨てるだろう。透夜の分まで、俺は生きなきゃならないんだ!だから、探せ!どうにか生き延びる方法を。
ペルソナは心の力、ならば精神の在り方になにかヒントがないか。いや、今更だ、精神的なものなら散々訓練で試したはずだ。その上で、絶対的に必要な召喚時間があることに気づいたんじゃないか。だが、なにかなにかないか!瞬時に召喚する方法は……!)
回避に専念しながら、途切れ途切れに考える。ペルソナについて、考えをめぐらす。それはこの世界で実際にペルソナを召喚して実体験として学んだことから、前世でのゲームのペルソナについての知識まで及んだ。
(まず確実にこの世界にあるだろうペルソナ3とペルソナ4、3は召喚機が必要だし、あったとしてもやはりあの己を撃つ動作は十分に隙になるし、行動を制限されるから、使おうとは思わない。というか、多分現状の俺の方があれより早い。4の召喚はカードを媒介にしていたが、やはり隙が多いし、時間がかかる。俺の能力と同様の1、2だが、召喚自体には詳しく触れられていない。精々が、ポーズと掛け声だ。掛け声はまだしも、ポーズは致命的だからなしだしなあ。他にペルソナについて何かあったか……。いや、確か1と2では、ペルソナがかつってに発現することがあったはずだ。1では潜在能力。瀕死時に自動復活とか全体攻撃をした。2では、ヒロインと主人公の手が届かなくて、ヒロインが死にそうになったとき、勝手に発現して届かない分をフォローした。両者に共通するのは、降魔者の命の危機だ!つまり……)
そおこまで考えが至った時、思索にさきすぎて注意を疎かにした代償として、再び雷鋼の剛拳が透真の体に突き刺さる。しかも、今度はダメージを逃がすどころじゃなく、クリーンヒットで深々と突き刺さった。そでも死を避けるために両手でガードした透真の腕を諸共に砕き、使いものにならなくするには十分なものであった。
「ゴフッ、おい、糞爺。次の一撃は全力でこい」
両手は最早腕としての機能を消失し、内臓にダメージがいったのか血の混じった咳すらしている。ただ、どうにかこうにか柱に寄りかかって、立っているに過ぎない。そんな満身創痍の身で、透真はあろうことか挑発するかのように、全力を要求した。
「ボロボロのくせによく言うわい。それとも諦めた……いや、愚問じゃな。よかろう、望みどおり本気で行ってやるわ」
集中の時間など与えぬと言わんばかりに、今まで以上のスピードで距離を詰める雷鋼。彼には油断も隙もない。透真の目が未だ死んでいないことを、そして一度も諦めたことがないことを知っていたからだ。
迫る死の恐怖。満身創痍の体では、最早かわす事もできない。このままなら、雷鋼の拳が狙い過たず心臓を貫き、自身に死をもたらすであろうことを透真は認識した。自身に迫る絶対的な死、そして死に抗う絶対的な意思。それを得る為に、己を最大の窮地に後がない状況に追いやる為に透真は雷鋼の本気の拳を必要としたのだ。
「ホテイ!!!」
喉も裂けよといわんばかりの叫びと共に、雷鋼の拳が突き刺さろうとした透真の腹が膨れだす。いや、透真の腹が膨れているのではない。何者かが透真の体からでようとしているのだ。突き刺さる拳をそのままにそれを押し返すように出現する太鼓腹のペルソナ(ROD)のホテイ。透真を庇う様に前面へホテイが姿を現し、雷鋼を跳ね飛ばし、一瞬後に消えた。
「一か八かだったが……。どうだ、糞爺!」
賭けに勝ち、ぎりぎりのところで高速召喚を成功させた透真は誇るように笑ってみせ、そこに崩れ落ちた。
「ふん、ぎりぎりのくせによく言うわい。じゃがまあ、よくやったわい」
笑みこそこぼさなかったものの、崩れ落ちた透真を抱き上げた雷鋼の声音はどこか温かみを感じさせるものであった。
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