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うみねこのなく頃に散《虚無》

作者:蛇騎 珀磨
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抉りて殺せ (1)

 初めて金蔵と出会った時も、こんな雨が降っていたな。


‐50年前‐


 降り続く雨。俺は、復興しつつある街を眺めていた。
 この街がまた、爆風に吹き飛ばされ火の海と化すことなど誰も知りはしない。


「俺、ここにいたら死ねるかな...」


 次の戦争が終わるまであと10年程。
 待っているのは面倒くさいな......。

 ふと、視界に入ったのは身なりのいい格好の男。雨漏りをしない立派な傘を挿して、こちらへと向かって歩いている。
 金持ち、か。こんな場所に来たら、いい標的にされるだけだと思うが。

 男は、俺に向かって一直線に歩いて来た。


「......何だ?」

「君の名前は?」


 質問を質問で返すな。
 こんな場所で本名が聞けると思ったのか? 言うわけないだろう。

 俺は答えない。やや高い位置にある男の顔を睨んで、去ってくれることを祈った。


「私は、右代宮 金蔵だ」

「......」

「君とは、また会える気がする」

 右代宮 金蔵。その名前には覚えがある。白い部屋で見たことがあった。もう8年も前のことだが。


「おい、金蔵」


 背を向けて去って行く金蔵に声を掛けた。
 水溜りを踏んだ革靴が、ぱしゃりと音を立てて動きが止まる。


「あと5年以内に戦争が始まるぞ。その戦争の中で、お前は死を恐れるようになる」


 振り返った金蔵にそれだけ告げて、その場を後にする。後ろの方で、金蔵の声がするが気にせず歩いた。

 それから20年後。俺たちは思わぬ形で再会した。




 『世界』の扉を開けた瞬間、津波に襲われ、転覆していた船に捕まった。何故そうなったのか分からないが、これも運命だろうと身を任せることにした。やがて、俺は意識を手放す。やっと、願いが叶うと思いながら...。


 目が覚めると、西洋風の建物の中に居た。
 暖かい部屋に、明るい照明。...ここは、どこだ?

 ふかふかのベッドから脱出し、部屋の中を見渡す。散策する。


「ああ! お目覚めになられたのですね! 誰か、御館様とお嬢様をお呼びして。あと、軽目の食事を!」


 目が覚めた。ということは、また駄目だったのか。
 ここは、女性の部屋だな。

 まさか、久しぶりに訪れてみた『世界』が海になっているとは考えもしなかった。お陰で海難事故に至ったというわけだ。俺の体感年数は100年。この世界だと20年辺りだろうか。
 20年で地形も随分と変化するものだな......。


「御館様、こちらでございます」


 ドアの向こう側で声がする。


「目が覚めたか。体の方はどうであるか?」

「............金蔵?」


 以前より相当老け込んでいるが、そいつはやはり金蔵だった。
 俺の今の姿に驚いたのか、目を丸くして右腕があった部分を指差す。


「ああ、これか。気にするな。どうってことはない」

「もしや...とは思ったがお主、体が」

「そうだな。成長は止まっている。年齢は、お前と変わらんのにな。......そんな顔をするな。ほら、そこのお嬢ちゃんは娘さんだろう? 紹介してくれよ」


 部屋の隅に隠れてこちらを盗み見ている少女を指差す。金蔵もそれで気付いたようで、恥ずかしがる少女を引っ張り出した。


「初めまして、ベアトリーチェ」

「どうして私の名前を知っているの!?」

「さあ? どうしてだろうね。...ああ。やはり、君は彼女によく似ている。その金色の髪も、蒼い瞳も」

「?」

「お主...」


 金蔵とベアトリーチェの困惑する顔もよく似ていた。




 その出会いから数年後、ベアトリーチェが死んだと知らせが入った。崖から足を滑らせて転落死したらしい。知らせは、源次からのものだった。まだ若かったのに、残念だ。

 俺から金蔵を慰めてやってほしいと頼まれたが、断った。
 二重に愛していた存在を失ったのだ。俺から掛けてやれる言葉は無い。

 それから更に15、6年後。俺は、六軒島にいた。
 どこで知り得たのか、俺宛てに届けられた手紙には“招待状”と称してあり、『是非ともお越し頂きたい』とのことだった。
 綺麗な薔薇庭園を目に焼き付け、初めて訪れる右代宮家本邸へと足を運んだ。

 扉を開けた先には、西洋風の内装が広がっていた。
 天井の照明も、赤い絨毯も、階段などの細かい装飾まで。


「お待ち申し上げておりました」


 声を掛けられるまで気付かなかったが、すぐ傍には源次が頭を下げて待っていた。それに返答し、許しを出すとようやく顔を上げた。


「上の書斎にて御館様がお待ちです。御案内致します」

「ん」


 名ばかりの本邸ではなかったらしい。
 細部まで行き届いた清掃。それを行う使用人たちの身奇麗さ、作業、作法、言葉遣いまで。徹底されたものだと分かる。
 その使用人の中に極めて小柄の少女がいた。

 源次が懐から鍵を取り出す。
 鍵穴に挿し込み、ガチャンという音と共に鍵が解けた。


「御館様。お客様をお連れ致しました」

「うむ。ご苦労であったな、源次」


 なんか、更に老けたな。まあ、年齢も年齢だしな。
 昔より痩けた頬。筋肉質だった腕や足も、今や骨と皮。すっかり老人になっていた。
 金蔵はニヤリと笑う。“お前の言いたいことは分かっているぞ”とでも言いたげな眼差しに、こちらもニヤリと笑い返す。


「まだ生きてたのか、金蔵」

「ふっ。こちらの台詞よ。貴様こそ、まだくたばってはいなかったか」

「それが出来てりゃ苦労はしない」


 見た目は変われど、中身は然程も変わらない。
 目の前の老人は確かに、右代宮 金蔵だ。

 さて、そんな金蔵が俺に何の用だろうか? わざわざ手紙まで送り付けて、是非にと招待したかった理由が分からん。


「儂はもう長くない」

「...何を言い出すかと思えば」

「いや、聞いてくれ! 儂は、あと2、3年の命だ。命尽きる前に、どうしても頼みたいことがある。
......初めて会ったあの日、言ったな? 儂が死を恐れるようになると。その通りだった。儂は、その瞬間までいつ死んでも構わないと思っていたのだ。
皮肉なことよ。いつ死んでも構わないと思っていた人間が、いざ死に直面した途端に死を恐れるようになった。儂はまだ、死ぬわけにはいかぬ。ベアトリーチェに許しを貰うまで、死ねぬのだ!」


 金蔵は老いていた。肉体的にではなく、精神的に。
 愛した人間を次々と亡くし、寄り添う者も、手を取る者もいない。家族とは年に数回しか会えず、頼る子らは金の亡者になりつつある。

 そんな金蔵が望むのは、ベアトリーチェにもう一度会うこと。


「......分かった。協力してやる。見返りはあるんだろうな?」

「勿論だとも! お主には右代宮の姓と、この《片翼の紋章》が描かれた義肢を授ける。これで、誰も文句は付けられない」


 ちょっと買い被り過ぎじゃないか? 俺が出来ることなんてあまり無いと思うんだが...。でもまあ、名前を貰えたのは助かった。これでしばらくは世界に定着出来る。
 ついでに名前も付けて欲しいと頼んだところ、“狼銃ではどうか?”と言われた。


「狼に銃って、なんか物騒じゃないか?」

「洋酒は嗜まんのか」

「当て字かよ。それに、あれのロゴは馬だぞ」

「いいではないか。今日より狼銃と名乗るがいい。我が友よ」


 金蔵、意外と大雑把なんだな。
 気に入らないわけじゃないから、何も言い返せないが。

 それ以来、俺たちはベアトリーチェに会うために手を尽くすようになる。



‐現在‐


「...何か用か?」


 秀吉と源次を捜索中、目の前に現れた魔女に声をかける。
 魔女は俯いたまま雨に打たれ、鋭い視線をギロリとこちらに向けてくる。怒っている? いや、不安なだけだ。


「大丈夫。わざと負けるつもりはない」

「............」

「安心しろ。俺のベアトリーチェ...」


 消え行く魔女の表情は哀しそうだった。

 さて、邪魔がなくなったところで召喚といこうか。


「倣え。煉獄の七姉妹。傲慢、暴食」

「傲慢のルシファー、ここに」

「暴食のベルゼブブ、ここに」

「これより、第四と第五の晩の儀式に取り掛かる。お前らは秀吉と源次を発見次第、頭と胸を貫け」


 2人は元気よく返答すると、闇に溶け込むように消えていった。
 後は、適当に歩き回る。いずれ、俺も変わり果てた2人と、使命を遂げた2人に合間見えるだろう。

 それにしても、雨は止む気配が無いな。
 俺、一応は晴れ男なんだけどな。...いや、待てよ。この世界では雨男なのか? 大きなイベントの時はいつも雨だったような...。

 いやいや、そんなことを考えている場合ではなかった。早く、秀吉と源次を見つけてやらねば。


「ローガン様!」


 覚えのある声に顔を上げる。そこには、戸惑った様子のルシファーが宙を漂っていた。


「どうした。2人は見つかったのか」

「は、はい。ですが......」

「見つかったのなら頭と胸を貫けと言ったろう? 逃げられでもしたら困るだろうが」


 妙にそわそわしている。こういう強気な女を、屈辱的な顔にするのが楽しいんだが、今はとりあえず我慢しよう。
 何か、イレギュラーが起こったらしい。


「案内しろ。仕置きはその後だ」

「はっ、はいぃ!」


 上擦った声に、思わず口元がにやける。
 それを悟られないようにルシファーの後に続く。よし。バレてない。



 ルシファーの案内で辿り着いた場所には、血塗れの遺体が転がっていた。
 雨のせいか、辺りに血の水溜りを作り出している。既に体は冷たくなっていた。


「来い。ベルゼブブ」


 未だに姿を見せないベルゼブブを、半ば強引に召喚する。
 慌てた様子で召喚に応じた彼女の口元には食べカスが付いている。サボってやがったな、この野郎......っ。


「これをやったのはお前たちか?」


 返答は無い。これをやったのはこいつらではない。...ふむ。


「さあさ、思い出してごらんなさい。貴様がどんな姿をしていたのか。その姿を我が目前に現してごらんなさい」


 俺は、2人に呪文を唱える。まだ生きていた頃の姿に戻すためだ。誰にやられたのかを聞くために。
 儀式が進んだからか前よりも沢山の黄金の蝶が舞う。
 蝶たちは2人を包み込み、やがて、死んでいたことも忘れるようなしっかりとした姿に変わった。

 うっすらと瞼を開き、現状に気付いた秀吉が声を上げた。


「な、なんや!?」

「これは...っ」


 あの冷静な源次でさえ思わず声を上げた。
 まさか、生き返れるなんて思っていなかったのだろう。笑える。


「何を笑うとるんや! 狼銃はん、説明してもらうで! あんさん、何をしはったんや!!」


 おっと。笑いが漏れていたか。俺としたことが...。


「なあに。少しの間だけ生き返らせてやっただけだ。単刀直入に聞かせてもらうが、誰に殺られた?」

「生き返らせたやて!? そんな、魔法みたいなこと出来るわけが...っがはぁ!!」

「いいから答えろ。今度は、蹴りだけじゃ済まないぞ」


 聞かれたことだけ答えればいいんだよ。獲物を盗られた気がして苛立っているんだから。


「お、オオカミや。オオカミに殺られたんや!」

「オオカミ? ......そうか、なるほど。ご苦労だったな。
ベルゼブブ、食べていいぞ。頭だけな」

「な! なんやて!? 狼銃はん、なんでや。い、いやや...あ、ああ。ぎゃあああああああぁぁぁ...っ!!!」


 ベルゼブブの杭が即頭部に喰い込む。硬い頭蓋骨を抉るようにゴリ、ゴリ、と音を立てる。
 ......これでよし。あとは、源次か。


「言い残しておくことはあるか?」


 答えれば、いや、答えずともすぐに屍となると分かっているはずだが、源次は頭を垂れて返答した。


「ご武運をお祈り致しております」

「流石、金蔵の家具! ルシファー、やれ」


 ルシファーの杭が、胸を抉る。秀吉の時とは少し違い、筋張った肉を捻りながら深く、深く喰い込ませていく。まるで、安いステーキ肉に箸を突き刺すように。

 その間、源次は叫び声一つ上げようとはしなかった。
 胸を抉られていく度に、その傷口からは血が噴き出した。

 その場には、再び二つの遺体が転がっていた。 
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