| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

バニーガール

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

第九章


第九章

「愛だから、これは」
「愛、ですか」
「愛は大切にしてね、真理奈ちゃんも」
 支配人の笑顔がさらにいいものになった。こうしたお店には少し似合わないのではないかと思える程のいい笑顔であった。
「それをちゃんとわかっているのとわかっていないのとで全然違うからね」
「わかりました。じゃあ今は」
「その人気を大切にして。さあ」
 話が接客のそれに戻った。
「コーヒー御願いね」
「はい。では行って来ます」
「うん」
 こうして彼女はコーヒーをテーブルの上に置いて指名のテーブルに向かった。そうしてコーヒーをお客さんの前に置くと。動きが止まった。
「えっ・・・・・・」
「うん・・・・・・」
 そこにいたのは高谷君だった。照れ臭そうに、恥ずかしそうにそこに座っていた。
「どうしてこのお店に」
「あのさ」
 高谷君はその照れ臭そうな笑顔で真理奈の顔を見てきた。そうして言うのであった。
「ここでアルバイトしているのってあれだったんだね」
「あれって」
「遊園地に行く為だったんだね、僕と」
 真理奈をじっと見ながらの言葉であった。
「それでここで。アルバイトしていたんだ」
「どうしてそれを」
「話、聞いたから」
 この僅かな言葉だけで充分であった。真理奈は誰が高谷君に話をしたのかわかった。だからハッピーエンドになるのだと。その言葉の意味も今わかったのだった。
「それでだったんだね」
「それは・・・・・・」
「言わなくてもいいよ」
 高谷君にはもうわかっていた。だからもう言葉はいらなかったのだ。
「それはね」
「いいの」
「うん、いいよ」
 そう言ってそれから先は言わせなかった。
「それより。御免ね」
 今度は謝ってきた。
「今まで気付かなくて。それで酷いこと言って」
「いいわ」
 今度は彼女がこう言う番であった。穏やかで優しい声で。
「それは。気にしていないから」
「そうなんだ」
「それよりね」
 そして真理奈は言うのだった。
「遊園地だけれど」
「一緒に行っていいかな」
 言ってきたのは高谷君の方からだった。
「それは」
「私が言いたかったんだけれど」 
 今の言葉は。そうなのだった。
「今の言葉は」
「そうだったの、御免」
「けれど。いいわ」
 こくりと頷いて答えてきた。それは否定はしないのだった。
「いえ、一緒に行って」
 そうして言葉を訂正する。
「私と遊園地に。御願い」
「僕の方こそ」
 高谷君も真理奈に御願いするのだった。
「一緒にね。御願い」
「ええ。二人でね」
「うん」
 一週間前のことはもう許されて流されていた。そうして二人でこれからのことを想うのであった。それは今もうはじまっていた。
「ところでさ」
「何?」
 話は変わっていた。
「遊園地はあそこだよね」
「ええ、猫の遊園地」
 そこは絶対であった。もう予約も取っていたのだ。
「予約してあるし」
「もうなんだ」
「そこで。いいわよね」
「悪いわけないじゃない」
 高谷君はくるちと笑って言ってきた。
「それじゃあ。そこでね」
「ええ、御願い」
 そう言葉を交えさせてこの店では終わった。だがこれは終わりではなく本当の意味でのはじまりだった。真理奈も高谷君もそれはわかっていた。
 高谷君にコーヒーを渡してテーブルから離れる奥に戻ると。そこには和歌子がいた。腕を組んで楽しげな笑みを真理奈に対して見せていた。
「上手くいったみたいね」
「ええ」
 真理奈はにこりと笑って和歌子に答えた。
「貴女のおかげでね」
「実る恋は実るのよ」
 真理奈の御礼に対してこう返す和歌子であった。
「そういうものなのよ」
「そうなの」
「そうよ。だから私はちょっとそれを訂正しただけ」
 だから彼女はそれを誇ってもいないのだった。
「それだけだから」
「けれど。それでも有り難う」
 それでも礼を述べる真理奈であった。
「おかげで助かったわ」
「それで。遊園地でだけれど」
「ええ」
 話はそこに向かった。
「もう兎じゃなくなるのよ」
「えっ!?」
 真理奈は今の和歌子の言葉にその顔をきょとんとさせた。
「それってどういうこと?」
「だから。猫じゃない」
 それをまた言う。
「だからよ。今度は猫になるのよ」
 笑って真理奈に言ってきた。
「だから。いいわね」
「そうね、猫なのね」
「うさぎはもうおしまい」
 そういうことであった。
「わかったら今度は猫になるのよ」
「ええ。けれど何か」
 ここで微妙な顔になる真理奈であった。
「どうしたの?」
「不思議ね。今はバニーガールも悪いものじゃないって思えるようになっているわ」
「ハッピーエンドだったからよ」
 そう真理奈に告げる。
「よく言うじゃない。終わりよければ」
「全てよしね」
「そういうこと。わかったらさあ」
「猫になるわ、これからはね」
「それでよし、よ」
 最後に和歌子のにこやかな顔が出た。これでハッピーエンドは完成であった。終わってみると話は大団円であった。何事も終わりよければ全てよしであった。


バニーガール   完


                  2008・1・1
 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧