イリス ~罪火に朽ちる花と虹~
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Interview2 1000年待った語り部 Ⅰ
「こういうのは気分なんだから」
ルドガーはレイアに連れられて近くのカフェに入った。こういうガールズ仕様の店に入ることなど初めてで、つい周りの視線が気になるルドガーだった。
壁際の席に二人で座り、ウェイトレスに飲み物の注文をする。
ルドガーはじっとレイアを見ながら、注文したメニューが来るのを待った。可愛いから見つめていた、とかではなく、何となしに、レイアの容姿に違和感を覚えたのだ。
「早速で申し訳ないんだけど、2ヶ月前のクランスピア社の地震について。いいですか?」
「ああ」
レイアはハートモチーフのシャーペンをくるくる回してメモの紙面にスタンバイした。
「何でもいいから心当たりがあったら教えてください。あ、どうしてもしゃべりたくない時は言ってね。無理に言えとは言わないから」
ルドガーは叶う限り細かく語った。エージェント訓練場のさらに下層で、封印されたイリスを解放したこと、そして彼女の特異性。話している間に飲み物が届くくらいには語った。
イリスと共に行った、精霊と敵対する世界については省いた。現実味がなさすぎて口にしていいか迷った。
「蝕の精霊…イリス…かあ。リーゼ・マクシアじゃ聞かない精霊だなあ」
「そうか……ごめん。役に立てなくて」
「ううん! それはルドガーさんのせいじゃないから! これをどうまとめて書くかが大事なんだよ。情報を貰ってからは記者の腕の見せ所。――でも一つの可能性が浮上したね。地震の原因はそのイリスかもしれない」
「イリスが!?」
「地下の大規模な封印。それを解いたことで空洞が生じて、地盤が滑落してビル直下を震源地にした地震が起きる。理論的にはありえない話じゃなくない? 地下水源が涸れるとそこの空洞に地盤が自重で落ちて地盤沈下が起きるっての、エレンピオスじゃ珍しくないんでしょ? 精霊が少ないってこういう現象に繋がるんだって、初めて知った時ちょっと感心したくらいだから、はっきり覚えてるよ」
「その通りだけど……」
今のレイアの台詞で、ルドガーが彼女に抱いた違和感の正体が分かった。ルドガーは深く考えずそれを口にした。
「レイアさん、ひょっとしてリーゼ・マクシア人なのか?」
カラン。レイア側のグラスの氷が音を立てて崩れた。
彼女から今までの人懐こさは消え、緊張ばかりがそこにある。
ルドガーは慌てて両手を振った。
「いや、それでどうこうってわけじゃないっ。ただ思ってたことが口に出ただけだ。気に障ったなら謝る。ごめん」
レイアの緊張感が戸惑いに移ろう。ぱちぱちと、まんまるな瞳が見え隠れする。
こんな台詞ではフォローにならなかったかとルドガーが内心焦り始めた頃、レイアはおもむろにころころと笑い出した。
「わたし、エレンピオスの人にそういう態度取られたの初めてだよ~」
「そう、なのか?」
「リーゼ・マクシア人っていうとさ、未開の土地の原住民ってイメージ持ってるエレンピオス人のほうが多くてねー。服替えても分かる人は分かるみたいだし。わたしも来たばっかの頃は路上で精霊じゅ――算譜法使って変な目で見られてね」
「黒匣なしで?」
「そりゃもちろん。気味悪い?」
「……そんなことない」
レイアは遠慮なく噴き出し、快活な笑い声を上げた。周りの席の客が不躾にこちらを窺ってくる。居心地が悪かった。
「ルドガーさんってさ、嘘下手って言われない?」
「あー…」
「あははー。顔と台詞が一致してなかったって! これでも記者になろうって身だからね、人間観察はちょいと勉強中なのだよ」
「ごめん」
「気にしないで。ルドガーさんは本心からわたしを気遣って答えてくれた。試すような質問したわたしも悪かったし。ごめんなさい」
レイアはペコッと頭を下げた。
ルドガーは苦笑した。本当にどこまでも気風のいい少女だ。黒匣に毒されず、風と土に恵みを受けて育ったリーゼ・マクシア人は、レイアみたいないい娘ばかりなのだろうか。
「ええっと、さっきの話ね。わたしなりの仮説だから。ただの地震って線も否めない。それでも聞き捨てなんない情報ゲットしちゃったからには、徹底的に調べてみるね。ありがと、ルドガーさん。おかげで取材の方針が決まったよ」
レイアの笑みが、あんまり――綺麗、だったから。
「あのさ」
出した声は思いの外乾いていた。ルドガーは手元の水を飲んで仕切り直した。
「また何かあったら情報持って行きたいから、連絡先、教えてくれないか」
「ほんと!? 助かるぅー。あ、待って。今書くからっ」
「あ…じゃあ、俺も」
レイアに倣い、テーブルのナプキンを取り出して、GHSの番号、アドレス、名前を書き込む。
「はい、どーぞ」
「ありがとう。こっちが俺の」
「ありがと。――ついにわたしもネタ元ゲット! 見たか編集長~!」
「ネタ元になれるほど重要機密は知らないけど……」
「いいの。こういうのは気分なんだから」
レイアはひまわりのような笑顔を浮かべた。その笑顔だけで、いいか、とルドガーは思えた。
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