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イリス ~罪火に朽ちる花と虹~

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Interview1 End meets Start Ⅰ
  「すぐに外に出してあげる」

 ルドガーは手元の小さなLEDライトを頼りに、地下迷宮を進んでいた。

 別にルドガーは探検家でも洞窟マニアでもない。これは、ルドガー憧れの会社、クランスピア社の入社試験なのだ。
 ルドガーの希望は競争率の高い「特殊戦闘エージェント」。戦闘力はもちろん機に応じた判断力と思考力、そして実行力が求められる。時にはその身を任務のために危険に晒すこともいとわない、エレンピオスのヒーローだ。そのための選抜試験だから、サバイバルも想定の内だ。

(この広さで5体――なら、イケる!)

 剣の手ほどきは、護身術程度だが兄から受けている。もっとも手ほどきをした兄が、かのクラウンエージェント、ユリウス・ウィル・クルスニクだから、他の受験者よりはアドバンテージがあるかもしれないが。

(今ので4体目。時間もまだ残ってる)

 心が躍る。ようやくユリウスと同じ場所に立てる。育ての親で唯一の家族である彼に恩を返せる。

 当たりをつけたポイントから、鳥型の魔物のアックスビークが躍り出た。ルドガーは慌てず、支給品の双剣でアックスビークを撃破した。

(ラストワン撃破! よっしゃあ!)

 快哉は堪えたがガッツポーズは堪えなかった。
 人前に出ても冷静に振る舞えるようひとしきり喜んで、ルドガーがその場を意気揚揚と去ろうとした時だった。

 ――足元の地面が割れた。

「ここで地盤沈下とかウソだろー!?」

 一人の青年が情けない声を上げながら、地下のさらなる深みへと落ちていった。





「――生きてるよ、俺」

 ルドガーは誰もいない暗闇に向かって呟いた。

 我ながらよく生きていられたものだ。結構な落下感があったので打ち所が悪いと死ぬと思って急いで受身を取りはしたが。

 起き上がる。が、闇が濃すぎて自分の手足さえ視えない。
 体を手探りし、支給品の剣とGHSがあることを確認する。
 GHSの液晶を開くと電波は0本表示。外との連絡は早々に諦めて落としたライト代わりに使うことにした。

(しっかし。こうしてると洞窟って本当暗いんだな。試験場は岩に照明でも埋め込んでたのかも。何だかんだで自分も魔物もはっきり見えたし……)

 ぺたぺた。足場を手で確保しつつ四つん這いで進む。立たないのは、天井の高さが分からないからだ。頭でもぶつけたら先ほどの神懸かり的受身が無駄になる。

「だれ?」

 手元がもつれて強かに顔面を地面に打ちつけた。

「へ、え、あ……そこに誰かいるのかっ?」
「答えたということは、幻聴じゃないと思っていいかしらね。何百年ぶりかしら。生身の人間とお話するのは」

 落ち着いたハスキーボイスが暗闇の向こうから届いた。

(これも試験の一環かな? 災害現場から要救助者を救出するって任務も中にはあるっていうし。この人も試験のためにユリウスが用意したエキストラかもしれない。じゃなくても、俺と同じで巻き込まれた人かも。だったら助けなきゃ)

「動けないの。近くに来てくれない?」

 ルドガーは四つん這いで声のするほうへと向かい始めた。

 途中から、足場の感触が妙にぶよぶよしたものに変わった。無理やり例えるなら、中に粘土を詰めたゴムホース。
 液晶の光で手元を照らす。大掛かりな機械のエンジンチューブらしきものが密集して地面を覆った光景が浮かび上がった。

 それらのチューブやらホースやらを辿る内、ほんのりと視界が開けてきた。試験場にいた時と同じ程度の視覚情報を得られるようになったルドガーは、一度留まって顔を上げた。


 燐光にて露わになったのは、美しすぎる囚われ人だった。


 両手両足、腹、乳房、首、髪さえも繋がれ、前のめりの姿勢のまま吊るされ、四肢の自由を奪われた、女。

 恐ろしいのは女を拘束するパイプやチューブやコードが、彼女の皮膚に直結し、まるで血管の一部のように脈打っていることだ。

「なに………してるんだ?」

 我ながら間抜けな問いだが、他に尋ねようがない。

「その質問に答える前にひとつ確認させて。貴方にはイリスが何に見える?」
「イリス?」
「わたしの名よ」
「何にって……女の子にしか見えないけど」

 あえて「女の子」と言ってみた。彼女の実年齢は分からないが、若く見積もって告げたほうが女子は喜ぶ、と同級生が言っていたので。

「封印した上で人間態に戻したのね、あの番犬。手の込んだ真似を。でも、それなら封印術式さえ解ければ……」
「あ、あのさ」

 独り言を連ねる女に思い切って声をかける。

「こんなとこで、何でそんなふうに縛られてるんだ? 誰かに捕まってるのか?」
「捕まっている――そうね、そう表現するのが正しいかしら。正確には、ここに封じられているの。恐ろしきモノ、おぞましきモノと、精霊に見なされてね」
「精、霊」

 伝説上の存在。概念を形象化した人外のナニカ。世界は精霊によって創られたと伝える文書もあるが、エレンピオスの国民の大半は、精霊など実在しないと知っている。

 ゆえに彼の目には、女は「よく分からない理由で囚われた哀れな人」と映った。

 ルドガーは思い切って、イリスに絡まるコードの束をぐわしと掴んだ。

「ちょ!? 貴方、何をしているの!」
「大丈夫。すぐに外に出してあげる」

 笑いかけると、イリスは翠の目を丸くした。

 コードの絡まりを探しては、力強く握り、足をかけて登る。
 入社試験のため、団地の公園の鉄棒を使って懸垂をしてきたルドガーである。ちょっとしたウォールクライミングだと思えばいい。

「ただのニンゲンが素手でイリスの拘束具に触るなんて……!」
「タッチ。はいとーちゃくっ。言ったろ? すぐ出してやるって」


 ――次の瞬間、掴んでいたコードの束が、脈打った。 
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