霹靂の錬金術師
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CENTRAL
ン君は私と合う前にエドワード君とちょっとやらかしちゃったそうだ。本当にエドワード君は行く先々で騒動を起こすなぁ。
その騒動のせいでエドワード君の機械鎧を直すのに大幅に時間がかかってしまった。なにせ、二の腕あたりから取れていたから。使える部分は使いつつも直したとはいえ大変な作業だったに違いない。ウィンリィさんも苦労人だ。エドワード君大切にしてあげるんだよ。
そして機械鎧が治りしだい、セントラル行きの汽車の切符を買った。
四人座りのコンパートメントに細身の私とウィンリィさんと小柄なエドワード君が座る。その向かいにリン君とアルフォンス君。
その車中、エドワード君とリン君のあいだでまたひと悶着あった。もうすぐ十六歳のエドワード君と十五歳のリン君の身長がリン君の方が高かったのだ。結局エドワード君がリン君をフケ顔と逃げて一応の決着をみた。
この二人何か因縁でもあるのだろうか。
#
セントラル駅に着いた。途端にリン君が居なくなるというハプニングが起こったが。
エドワード君はせいせいしたとさっさと行ってしまった。ひどいな、と思いつつも何も言わずにエドワード君に着いていく私も大概か。
久々のセントラルの人の多さに若干驚きつつもヒューズさんの居る軍法会議所に向かう。
なぜ私も向かうのかと言うと、ヒューズさんにはイシュヴァールの際、大いに助けられたからだ。あの結末の見えきったひどい戦いの中で折れずにいれたのはヒューズさんが支えてくれたのが大きい。私にとっては恩人だった。
軍法会議所に行くと思いがけない人物と会った。ホークアイさんだ。彼女は確かマスタングさんの右腕で東方司令部に勤務していたはずだ。
「ホークアイさん、お久しぶりです」
「ソフィアちゃん。久しぶりね。あら隣の…」
「あ!あの時のお姉さん!」
そして何故かホークアイさんと仲の良いウィンリィさんも交えて三人で軽く歓談をする。
ホークアイさんともイシュヴァールの時に知り合った。そこからはたまに食事なんかをする仲だ。
そんな時一台の車が止まり、中からマスタングさんが降りてきた。明らかに嫌そうな顔をするエドワード君。敵が多そうな人生だ。
マスタングさんは先日、中央勤務になったそうだ。そして中央に腹心の部下を連れてきていて、その一人がホークアイさんとのこと。
簡単な挨拶が済んだあと、エドワード君がヒューズさんについて聞いた。
「ヒューズ中佐に挨拶しに行こうと思ってんだ。中佐元気?」
やや間があってから、マスタングさんが。
「ーーーいない」
予想外の答えに驚く。ヒューズさんはいつでも元気な人だ。だから当然、元気にしていると言う答えを予想していた。いや親友のマスタングさんなら少々屈折した答えでも返ってくると思っていた。
それがいない、とはどういう意味だろう。
隣のエドワード君もそのようで、は?と困惑している。
マスタングさんは私たちに背を向ける。
「………………田舎に引っ込んだよ。近頃ここも物騒なんでな。夫人と子供を連れて田舎に帰った。家業を継ぐそうだ。もうここにはいない」
エドワード君が残念そうに頭をかく。
「軍人て危ない仕事だもんね」
「会いたかったのになー」
アルフォンス君とウィンリィさんも口々に残念がる。
しかし私だけは何も言えずにいた。
「………………」
私は知っている。ヒューズさんのお父さんはすでに他界している。その際にお母さん一人では切り盛りできないと家業も廃業になってしまったそうだ。だからマスタングさんの言うことが私には理解できなかった。
なぜ、三人にはウソをつくのか。なぜ、私だけにはすぐにバレるウソをつくのか。
イヤな確信が心の奥底から滲んでくる。
「賢者の石と人造人間だったな。何か情報があったら連絡しよう。行くぞ中尉」
「はい」
「鋼の、先走って無茶な事はするなよ」
「? あぁ程々にしとくよ」
「それとソフィア、話がある」
「はい、私もいろいろと」
ここでエドワード君たちとは別れ、マスタングさんの横を歩く。
しばらくのあいだ会話はせずに三人のあいだには硬質な足音だけが響く。しかし不意にマスタングさんが口を開いた。
「ヒューズは死んだ。殺された」
「…………はい」
半ば確信していたとはいえ親しい人の死に顔を俯ける。さらに殺されたと言うことが信じられなかった。あのみんなから愛されるべき人柄の人が悪意を向けられ殺されてしまうなんて。
一体ヒューズさんの身に何が起こったというのだろう。
「今から言うことは君を信頼しているから話す。…鋼のが賢者の石と言っていただろう。それに纏わる奴等がヒューズを殺した可能性が高い。そして軍上層部が絡んでいる」
「……なぜ私だけに?」
エドワード君たちにも言うべきだと思うのだが。賢者の石に関わることでヒューズさんは亡くなったのだ。遠因を作ったのは間違いなく彼ら。しかしそんな理屈を抜きにしても知る権利があると思う。
ホークアイさんもそう思っているらしく珍しく顔に微かな不満が浮かんでいる。
「あの兄弟にとって前進するのに邪魔なものはなるべく少ない方がいい」
「……そうですか」
再び靴の音だけが空間を支配する。私も黙って歩を進める。ここで別れてもいいのだが、まだ話は終わっていない気がした。
「………なんてな」
マスタングさんは立ち止まって上を向いた。
「…私もアームストロング少佐の事をお人好しとは言っていられんな」
「私もきっとマスタングさんと同じ立場なら同じことをしていたと思います」
「そうか」
「はい。最後にヒューズさんのお墓と家を教えてください」
#
一度実家に帰り、身軽になってからヒューズさんのお墓参りをした。
ヒューズさんのお墓は中央の中心部から少し離れた郊外にあった。
静かなそこは、生前賑やかだったヒューズさんにはあまり似合わない、なんて妙な事を思った。
持ってきた菊を一輪墓石の前に膝をおって、そっと置く。
墓石を見る。そこには『殉職で二階級特進 ヒューズ准将』と彫られていた。もうヒューズ中佐と呼べないなんて。ますますここはヒューズさんに似合わない。
「ヒューズさん。私は貴方が死んで………… 死んでしまったなんて、信じられません」
出した声は震えていて情けないことになっていた。いつの間にか涙も頬を伝っている。
そのあとしばらく泣き続けた。
ひとしきり泣いたあと、濡れてしまったハンカチを折りたたみポケットに入れた。
「……ヒューズ…中佐、また来ます」
どうやらまだ私は認められないらしい。
#
気もそぞろにマスタングさんに教えられた住所に向かった。
閑静な住宅街にあるヒューズさんの家は主が居なくなってしまった悲しみを表しているかのように静まり返っていた。
扉の前に立ち、ドアノッカーを三回鳴らす。
「ソフィア・キャンベルともうします。ヒューズ准将の元同僚でマスタング大佐の紹介で来ました」
ここは便宜上、准将と呼んでおく。
ややあって中から奥さんと思われる優しげな女性が出てくる。左手は娘さんと繋がれている。
「こんにちは、ソフィア・キャンベルです。これ良かったらお食べください」
途中で買ってきたお菓子を差し出す。
「ありがとう。いただくわね。私はグレイシアよ。娘はエリシア」
奥に通された私は応接間で奥さんと向き合い、出されたお茶を飲んでいる。
「今日こちらを訪ねたのはお礼を言いたかったんです」
「お礼、ですか?」
そう、お礼だ。
私はヒューズさんにイシュヴァールの時、多大な恩を受けた。それこそ返せないほどの。それ以外にもいろいろとお世話になっている。イシュヴァールの前だが両親が死んでしまった時も途方に暮れる私の面倒を見てくれた。
それらのお礼をするために今日ここに来たのだ。
「本当に、お世話になりました」
「……そうだったのですか。夫らしいわ」
説明するとグレイシア夫人は懐かしそうに微笑んだ。
それからは私とヒューズさんの話を語った。グレイシア夫人はそれを時には笑ったり、時には懐かしんだりして楽しんでくれたと思う。
結局、話し込んでしまいお夕飯を頂いてしまった。ヒューズ中佐の家族は家族まで優しかった。エリシアちゃんとも仲良くなれたし。
お暇する時にもう一度お礼を言う。
「今日は重ね重ねありがとうございました。何かあれば私を頼ってください。これでも一応国家錬金術師ですから」
グレイシア夫人はありがとうと言ってくれた。
私はヒューズさんから頂いた恩を少しでも返したいのだ。ヒューズさんが居なくなってしまった今はますますと。
「さて、と。帰ろう」
さっきまで暖かい所にいたから急に暗くて静かな場所に来ると捨てられた猫のような気分になる。
私は急ぎ足で家路を目指した。
後日、私はヒューズさん殺害の犯人を知ることになる。
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