豹頭王異伝
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潮流
キタイの情勢
「儂は黒魔道師の尖兵が豹頭王の使者を装い、リー・レン・レンに接近する処を発見した。
ドール教団を率いる闇の司祭もまた、交渉の基本を心得ておる古強者だからな。
竜王の仕業と見せかけ望星教団の信徒、青星党の若者達を戦闘不能にした上で現れたのだよ。
放射能に肉体を蝕まれ命旦夕に迫った南の鷹、スカールに接近を図った手口と同じさ。
若き指導者を断り様の無い立場に追み、言霊の術に必須の言質を取る寸前であった。
《ドールに追われる男》、不倶戴天の敵としては当然グラチウスの邪魔をする事になる。
己の不注意が招いた失態ではあるが、550年以上も電撃漬けにされていたでね。
竜王に恨みは無いが、彼奴に思い知らせてやりたい事は幾らでもある。
レムスの招待に応じた王が闇の回廊を抜け、クリスタルに赴いた頃であったのだな。
古代機械に執着する竜王の注意を引いてくれて、大いに助かったよ」。
ヤンダル・ゾックは超遠距離移動に魔力を消耗したと見え、手出しを控える事となった。
グラチウスも想定外の仇敵、わしと戦い無駄に魔力を消耗するは下策と判断したのだろう。
魔力を消耗した後で竜王に肝心の獲物、リー・レン・レンを掻っ攫われては堪らんからな。
第三勢力の御膝元で死力を尽くす勝負を選択の愚は犯さず、棄て台詞を残して退散したよ。
王には理解して貰えると思うが、3竦みの関係になっただけの事さ。
儂が実力で闇の司祭を追い払い、リー・レン・レンを救った訳ではないのだがね。
ヤン・ゲラール教主は王との契約に背き、恥を晒す所を救われ恩に着ると主張して譲らぬ。
ケイロニア王の動静を問う若き指導者に、わしは中原の状況を話して聞かせる事になった。
彼等は王が即位の後パロへ赴き、竜王の魔手に対し戦端を開いた事を知った。
キタイ救援より自国周辺から竜王を撃退する方が先決、当然の判断だと健気にも言ってくれたよ。
己の国を建て直すのは自国の民、他国の力を当てにしてはならぬと断言しおった。
自力共済が本筋と戒める若き指導者に従い、一言も異を唱えぬ彼等の心意気には頭が下がる。
手を貸してやりたいが流石に遥かな東方の大国キタイは遠い、グラチウスも条件は同じだがな。
情勢は大体分かって貰えたと思うが、リー・レン・レンから伝言だよ。
中原が竜王の勢力を退けた後で構わぬ、遙か遠隔の地ではあるが援軍を願いたい。
何れ必ず何等かの形で恩義に報いる故、竜王に抵抗を続ける我等に御助力を乞う。
儂は王に協力して、キタイへ援軍を出せる様にしてやりたいと思い一旦戻って来た。
負傷した同胞の面倒は自分達で見るが、1人だけ使者として同行を依頼されたのだよ。
リー・レン・レンは現地を離れる事が出来ぬ故、メイ・ファンが護衛を務めておる。
後は魔王の恐怖に耐え希望を棄てぬ者達の想い、心情を直接ユー・メイに話って貰う方が良いだろう」
イェライシャに促され、ユー・メイの唇から言葉が溢れた。
「グインさん、おねがいします。
みんなを、助けてください。
リー・レン・レンは、よその国の人に無理を言ってはいけないよって言うけれど。
シャオロン兄ちゃんも、レンファー姉さんも竜の門と戦って酷い怪我をしているの。
初めは怖いと思っていた望星教団の人達も大勢、死んだり怪我したりしています。
あの夜みたいに、キタイ中が酷い事になってるみたい。
みんな力を合わせて、頑張ってるんだけど。
何時まで大丈夫か、わからない。
竜の門に家を焼く払われて、諦めて故郷を捨てる人達も大勢いるみたいだけど。
キタイを元の平和で豊かな国にするんだ、絶対に逃げ出さないって頑張ってる人も沢山います。
グインさん、お願いです。
みんなを、助けてください」
注意深く聞き入っていた豹頭が頷き、丸い耳が微かに動いた。
『北に一匹の豹が現れ、世界を護るであろう』
暁の女神アウラ・シャーに仕えるナディーヌの父親アーミス、神殿の祭司長が語った予言の対象。
ランドック帝王の身分を証明する宝珠ルーエの三姉妹、ユーライカの瑠璃が思慕する豹頭の追放者。
銀色に輝く天上の都から遂われた廃帝、ケイロニアの豹頭王は真摯な力強い口調で東方の使者に応えた。
「ユー・メイ、心配は要らぬ。
俺はリー・レン・レンとお前の兄、シャオロンに約束した筈だ。
キタイ独立の為に彼が起った、と風評が流れて来た時には俺も必ず起つ。
必要とあれば中原各国に檄を飛ばし、竜王を討つ為の軍を起こすとな。
リー・レン・レンは俺との約束を守り、既に竜王を敵に廻す覚悟を固め闘っているのか。
ヤン・ゲラールも俺と交わした契約を反故にせず、誠実に彼等を守ってくれているのだな。
俺も、約束は違えん。
パロから竜王の勢力を一掃した後、キタイへ必ず援軍を送る。
いや、そうではない。
俺が軍を率い直接、キタイに乗り込む。
ノーマンズランドで竜王と最初に心話を交わした時から予感していた。
竜王と俺は何度も死闘を重ねる宿命にあり、その結果に拠り世界の命運は決するだろう。
安心しろ、ユー・メイ。
俺は約束を破らぬ、あの夜と同じだ。
竜王の恐怖を打ち破り、キタイの民を助ける事を誓う。
お前が兄や仲間と巡り会えた様に、圧政に苦しむ人々を救って見せる。
彼等は俺が行くまで持ち堪えると約束した、俺も約束は忘れておらぬ。
リー・レン・レンやシャオロン達を助け、キタイを人々の手に取り戻す為に戦うぞ」
涙を溢れさせて縋り付く少女を抱き止め、頭を優しく撫でる中原の守護者。
ドールに追われる男は軽く頷き、星の光を髣髴とさせる慧眼を閉じる。
炯々と輝き叡智を湛える瞳孔が煌き、双つの水晶体から鮮烈な白光を放出。
グインの裡に或る記憶が甦り、ヒプノスの術を用いた怨霊達の伝言が再生された。
ドールに追われる男、イェライシャも夢の回廊を経て接触した際の思念波を補足。
パロ魔道師ギルド特命部隊の上級魔道師ダンカン、ゴール以下20人の凝縮された念を解凍。
上級魔道師ギール、下級魔道師ディノン、コームの面に深甚な衝撃が疾った。
己を斃した闇の司祭グラチウスに対する恨み、怨念が存在し続ける力の拠り所ではあるが。
使命を果たせず異国の地に果てた魂魄達、地縛霊と化した同胞の集団念波が真実を告げる。
キタイ辺境にて謎の竜王ヤンダル・ゾックの王位簒奪、非人間的な圧制と虐殺の一旦は垣間見た。
情報収集の使命が優先する為、途中経過を報告せず先を急ぎ何の情報も伝えられなかったが。
沈黙を守る謎の鎖国、東方の大国キタイへ内情を探る為に派遣された魔道師達。
はざまの世界、幽冥界に住む同志から託された《想念》と《伝言》が響き渡る。
中原に迫る未曾有の危機を察知、母国パロの行く末を案じる愛国者の念は一段と強烈であった。
消息を絶った特命部隊の中には先輩や弟子、同期の魔道師も含まれる。
パロの魔道師達は動揺を禁じ得ず、常人には聴き取れぬ波長の絶叫を迸らせたが。
イェライシャは後輩達の呻吟、感情の大波を鷹揚に受け止め微笑。
後輩達の捧げる真摯な感謝の念に、温和な表情で応えた。
(豹頭王は帰国後に彼等の伝言を書状に記し、既に知らせておるかとも思うたが。
わしも異国の地に果てた魔道師達から直接、パロの同胞に伝言を届ける約束をしたでね。
魔道師ギルドとやらに期待はせぬが、死して尚も祖国を案じる勇者達の想いは確かに伝えた。
キタイを蹂躙する竜王と戦い、豹頭王を援ける者は儂の味方でもある。
御主達の念も未熟ではあるが、立派に成長する可能性を秘めておる。
おや、吟遊詩人殿も勇者達の魂に贈り物を捧げたいと見えるな)
イェライシャの心話を受け猫目石の如き豹眼、トパーズ色の瞳に澄んだ光が射す。
涙を瞳に湛えた吟遊詩人が視線の先で、愛用の楽器を掲げた。
「キタイから遙々来てくれた賓客、パロの魔道師達への餞と云う訳か?
良かろう、歌ってくれ。
ケイロニア訪問以前の放浪中に知り合った我が友、旅芸人の吟遊詩人マリウス殿」
数万の兵士達が口を閉ざし、興味津々の内心を押し隠しながら見守る中で。
光と闇を繋ぐ運命の王子、アル・ディーンが愛用の楽器を奏でる。
グインが鬼面の塔に乗り込む直前、即興で創られ青鱶党の少年達が滂沱の涙を溢れさせた歌。
心を押し潰す恐怖と絶望と闇の力に屈せず、希望を伝える歌。
和弦が豊かな音を奏で、エルファに集った人々の耳に旋律と波動が響き渡った。
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