ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
邂逅する者達
さすがにエレベーターをバカ正直に使う勇気はなく、非常階段で上った先で視界に飛び込んできた光景に、少女達は再度絶句することになった。
「何よ……これ…………」
「……ふあぁ~」
エレベーターの扉の前に、身体の上に真っ赤なタグを浮遊させている幾つもの人間。問題なのは、それら全てが敵方――――侵入者エネミーであるということである。
バリバリ室内戦闘に慣れている光線銃フル装備の一個師団クラスのパーティーが、たった三人のエネミーにまとめてブッ殺されたとまで言われる彼らだ。それを逆にここまで殲滅するとは、羨望を遥か彼方に置き去りにして薄ら寒いものを隠せない。
そもそもの問題としてこのクエストがここまでの難易度を誇っているのは敵の難易度もさるものながら、手持ちの武器が全て取り上げられるという一点に集約されるのだ。
武器調達戦闘という、どう考えても銃ゲー――――遠距離戦闘に慣れきっているGGOプレイヤーからすれば、ほぼ運営体であるザスカーからの嫌がらせのようなものなのである。
それを置き去りにする、圧倒的な《差》。いや、《格》であろうか。
そんなものが言外に、眼前の《死体》から立ち上っているような気がしている。
「ここまでできる銃なんて、コイツらも持ってなかったよね」
「う、うん。……ていうか、ここまでになると重機関銃クラスになるよ。そんな化け物なんて深層ダンジョン最深部のレアドロップでも狙わないと」
「…………ふぅむ」
改めて寝っ転がっている《死体》達に目を移しかけた時――――
カチャ
ジャカッ!!という音とともにタボールの5.56mm口径銃口が跳ね上げられる。
少しでも人差し指の先を動かせば、ぐにゃりと湾曲した箱型弾倉に残った二十四発の5.56x45mmNATO弾が、一分おき700から1000発の連射速度で襲い来るはずだ。
「ってか何で私だけ!?リラちゃんも何かやってよ!」
「こんなトコで爆発物使う訳にゃいかないでしょーよ、ミナ。これでも常識的なのよん」
「ここで!?今ここでリラちゃんがそれ言うの!?」
額を突き合ってわめくが、しかし目の焦点は響き渡った音の音源から片時も放していない。
異音の発信源は、折り重なった《死体》の向こう。エレベーターのドアが面している廊下に据えられた、一枚の重厚なドア。頑丈そうな鋼鉄製のドアという以外は特にどうということでもないにも関わらず、二人の少女は野生の獣のように『ソレ』を感じ取っていた。
隠し切れようもない、肌が総毛立ち、あわ立つようなナニカ。
悪意でも害意でも戦意でも殺意でも、注意ですらないナニカ。
それは存在感。
一挙一動、数ミリの動作さえも気取られ、観察されているかのような圧倒的存在感。
じわり、と玉のような汗が浮かぶ。それは懇切丁寧に今の状況を説明しているようで、逆に心を焦らせる。
そんな空気の中、半開きのドアが何の気負いもなく開かれ、のんきな声が漏れた。
「ほーるどあっぷ、ほーるどあっぷ~!手ぇ上げてるよー!」
「レン、それ突きつけられてる人が言うセリフじゃないよ」
何だか酷く頭の悪そうな会話とともに蛍光灯の青白い光の輪の中に躍り出てきたのは、それなりにGGO歴の長い少女達から見ても相当の凸凹コンビであった。
片方は一目で分かるミドルサイズの女性アバター。防具さえも全て剥ぎ取られるこの船内において、その身体を包んでいるのは真っ黒なドレス。腰ほどまである烏色の長髪と、濡れたように光るアメジストのような瞳と合わさり、無骨な鋼鉄製の廊下の中で御伽噺に登場する妖精のような、GGOというゲームそのものの価値観というかカテゴリを根幹からブチ壊すほどの雰囲気を醸し出していた。
武器は腰だめに吊るされている《MP7》。ベルギーで開発されたP90に対抗するためにドイツのヘッケラー&コッホ社が開発した個人防衛火器だ。
小型短機関銃にも似て重量も弾倉込みで1.8kgのコンパクトなシルエットは、しかしストックオープン時は全長540mmにもなる。近代銃器における新しいカテゴリであるPDWの特徴として、ヘルメットやボディアーマー程度ならば貫通できる4.6x30mm専用弾薬はこの局面ではかなり有用であると言えよう。
そして戦意がないように見せるためか、頭上に銃口を向けているのはアメリカで開発中であると言われる試作型サブマシンガン《クリス・ヴェクター》。
サプレッサーのようなのっぺりとした銃身から弾き出すのは、威力の高い45口径ACP弾。しかしその反面高反動であると言われていたソレを、トリガーとマガジンの間にあるV字型機構――――《クリス・スーパー》と呼ばれる次世代反動吸収システムをもって高精度連射を実現できるのである。
どちらも実弾火器、しかもその中でも《クリス・ヴェクター》などはレア中のレアだ。黒尽くめ達の所持する銃器は、どうやら組織内での位が高いほど携帯する銃にもランクが高いらしいので、彼女が倒したのは相当上の、それこそ幹部クラスなのかもしれない。
そしてもう片方。
どこかこの状況そのものを楽しんでいるような表情でドアの向こうより顔を覗かせたのは、一言で言ってかなり小さなアバターだった。小さな、と言ったが、体感的には『ちっちゃい』という表現のほうが正しいだろう。
小さな、ではなく。
ちっちゃな――――少女。
肩ほどまで流れる黒髪は、蛍光灯の薄っぺらい光を艶やかに跳ね返している。肌は白を通り越して透き通っていて、アラバスタのようなキメ細かさが伺える。長めの前髪の奥から覗く丸っこい大きな瞳はサファイアのような、夜明け前の湖畔のような、静かで無色透明な冴え冴えとした光を放っていた。
一目で分かるような武器、銃器類は携帯しておらず、タキシードの懐にも忍ばせられるサバイバルナイフやコンバットナイフ。あとは超小型の拳銃タイプだろうか。ナイフ類は特にそう目立つこともないのに対し、銃を携行したときに限って忍ばせた箇所がすぐに大きく盛り上がるのが、銃を使用する奇襲時の難点でもある。だが実際、キーホルダーサイズのハンドガンも実在するのだ。安心材料にはならない。
―――ん?
「タキシード?」
「なんで?」
リラとミナは同時に首を傾ける。
この船に入る時に起こる服装変更は通り一遍に、普遍的に決まっている。女性ならば身体に吸い付くようなシルク地のパーティードレス。男性ならばノリのよく張ったタキシード。どちらも色はツヤのあるピアノブラック。
どちらもシステム的防御能力は目も当てられないような有様だが、しかしその変更現象は絶対的なもので抗いようもないものである。同時にその二着は選択式でなく、性別によってシステムに着させられるものだ。
まぁしたがって、ここまでつらつらと、そして長々と書いて、何が言いたかったのかと言うと。
要するに、少女がタキシードを着ている事などあってはならないのだ。
「なんで、タキシード着てるの?」
主語がまったくないリラの言葉だったが、その対象は一人しかいない。否、一人いれば十分である。
すぐに何のことか察した様子の幼女が、背景に縦線が入りそうな勢いで床に突っ伏すのに対し、傍らの少女が猛烈な勢いで首を突っ伏すし幼女と逆方向にねじる。肩が少々震えていることから、どうやら吹き出すのを僅かに堪えているらしい。
「………………だ」
「「へ?」」
ぷるぷる笑いを堪える少女と別の意味で震えていた幼女の、突っ伏して見えなくなった顔面あたりから、地獄の淵から響いて来そうな黒々とした声が聞こえてきた。
怪訝な声を出した二人の少女の声が聞こえないようなうちに、幼女がはがばっと上体を起こす。
「僕は………男だあぁあああああぁぁぁぁぁぁっっっっッッッ!!!!!!!」
その絶叫は、広すぎる船内にどこまでも反響したとかしてないとか。
すっかりイジけた幼女――――改め少年が、彼自身が仕留めたという黒尽くめ達のリーダーが持っていたという散弾銃の銃口でガリガリ字を書いているのを尻目に、ユウキと名乗った少女とリラとミナのコンビは空っぽになった艦長室の空っぽの椅子に腰掛けた。こんな時でも豪華な艦長席に堂々と居座るリラには、少し尊敬すら感じてくる。
少しと言うかだいぶ話が逸れてしまうのだが、少女に対して少年があるのに対し、反して幼女に対する単語がないのはどういう訳だろうか。字面からすれば『幼年』なのだが、しかしこれが男性専用などとはついぞ聞いたことがない。
幼年期とはいうが、これは思春期や反抗期と同じ扱いなのであり、やっぱり男性に対する呼称としてはそぐわないような気がする。
それならば男性に対する女性、少年に対する少女ときて、幼女に対するものがないという事は、男に対する呼称が一つ少ないという事になる。
何だこれは。男女差別の一環なのだろうか。
男尊女卑ではなく、女尊男卑なのだろうか。
いやしかし待ってほしい。幼女、少女、女性と女が来ているのに対して、男は少年、男性と来ているかというとそうではない。その間に一つのプロセスが存在している。
それが青年だ。青い年と書いて、青年。
確かに言われてみれば、幼女に対する呼称がないように、青年に対するものは思いつかない。
青い年と書くと、人によって甘酸っぱいと灰色と分かたれる青春と並々ならない関係性を主張しているかのようで日本語の意味の奥深さを見るが、では幼女は何を意味しているかというとまぁ字面通りな訳になるのだが。
閑話休題。
少女達は、訳わからない方向に迷想気味で暴想気味な少年をほっぽりだして会話に花を咲かせていた。
「――――じゃあ二人とも、このゲーム長いんだ」
「ってかあたしからすれば、初日にこのクエやるあんたらがおかしいわよ」
「ちょっとリラちゃん。…………でも、ホントすごいね。コンバートって言ってたけど、前はどんなのやってたの?」
「よくあるファンタジー系」
ほーぅ、と二人の少女は揃って首肯する。
「ファンタジーか……案外あなどれないなぁ」
「ね。GGOじゃ近接戦闘なんてそうそう練習できないし」
頷きあう少女達に、ユウキと名乗った少女は「あぁそっか」という言葉を口の中で転がした。
「GGOだとサバイバルナイフくらいしか近接武器がないのか」
「う~ん、あるっちゃあるんだけど……。まぁ、近付く前に撃ち殺すって言ってる頭ぱんぱかぱーな連中ばっかりだからね。とーぜん人気なんかゼロに等しいわ」
身も蓋もない言葉とともにリラは艦長席の肘掛に頬杖をつき、視線を巡らせる。その双眸が捉えるのは、このクエストの中心と言っても過言でない侵入者リーダーの《死体》だ。
《DEAD》タグを浮かべて転がっているデカい身体を一瞥し、鼻息を一つだけ吐き出して少女は口を開く。
「…………んで、こっからどーするワケ?親玉ブッ倒してもクエ終わってないわよ」
「ていうか、ボク達もこのクエスト詳しく知らないんだ。教えてくれる?」
「えっ!知らないで受けたんですか!?」
二人の少女は思わずといったように顔を見合わせた。とんだ命知らずもいたものだ。
どうする?というミナの視線に一拍置いてリラは返す。メンドくさいからお前がやれ、と。
数秒の躊躇いの後、気の弱いほうの少女はゆっくりと口を開いた。
「えっとね、このクエスト。まだクリア条件も含めた全容が判ってないの。クリアした人がいないから」
「それってありえるの?GGOってFPSの中じゃあ結構名の知れたタイトルじゃん」
やっとメンタルを最低ラインまで回復させることに成功したらしい少年が横槍を入れてくる。
「そりゃまあ総数じゃ負けるタイトルも他にあるかもしれないけど、プロがいるのってここぐらいだよね。そんな人達がクリア者ゼロのクエストを放っておくとは思えないけど」
「うん。だけどこのクエ、メチャクチャ難易度が高く設定されてる…………んだけど」
そこで言葉を切ってチラリと眼前の男女を交互に見るミナに対し、その後を引き取るようにリラが胡乱げな言葉を放つ。
「その、メチャクチャな難易度をバカみたいな実力行使で突破したのがどっかにいたわね」
返ってきた引き攣り笑いに鼻息で答えながら、二人組の強気なほうは思考する。
今現在の状況はかつてこのクエストに挑み、そしてあえなく散っていった幾多のプレイヤーの中でもっともゴールに近い。
だが、ゴールに近いということはイコールでゴールできるとは限らない。というか、そもそもそのゴール本体が見えてこないのだ。
目標だと思っていたものが、実は違っていた。
現状を一言で言い表すとしたら、もうそれしかないだろう。
このクエストはいまだにクリアされていない。それはつまり達成条件どころか、このミッションのカテゴリすらも不明ということだ。
お使い系や採取系……はさすがにないだろうから、やっぱり討伐系だろうか。
しかしだとしたら対象は?
アタマを倒しても、クエ達成時に鳴り響くファンファーレ的なものは欠片も聞こえてこない。おそらく、聞き逃したとかいう甘い幻想も抱けはしないだろう。
ではやはり、まだイベントは進行中ということに落ち着いてしまう。
辿り着くのは、最悪に近い予想。
虐殺系を超える、殲滅系クエストであるということ。
何匹殺せばクリアできる虐殺系と違って、殲滅系は珍しいクエストの種類である。例えば今のような、閉鎖された空間内において敵対するエネミーの完全排除が達成条件となっている。通常のように、枯渇からの湧出現象はないが、その代わりにうんざりするほどの数が配置されている。
かといって、そんな殲滅系クエストでも珍しいとはいえ難易度は文字通りピンからキリまである。エネミー個々がこれほどまで洗練されているのは、かつてないほどだったのではないか。
その時――――
あ、と。
リラと同じく思考の海の中をたゆたっていたらしきユウキが、ぴこんと頭を跳ね上げた。
彼女は言う。
かねてより、疑問に思っていたことを
「ねえ、この世界に政治機構みたいなものってあるの?」
言った。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「……何か無理して複雑にしてないか?」
なべさん「ギクッ」
レン「いや、気のせいかもしれないけどさ。さすがに頭領倒したら終わりでいいじゃないか。他の作品のGGOどれくらいの話数で済ませてると思ってるんだ」
なべさん「ギクギクッ……ま、まぁ長い方がたくさん楽しめるじゃないか(震え声」
レン「…………」
なべさん「……何か言って下さい」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー」
――To be continued――
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