| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

MA芸能事務所

作者:高村
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

偏に、彼に祝福を。
第一章
  一話 働き者

 
前書き
アイドルマスターシンデレラガールズのSS。Pには平間達也という名前があります。
筆者は未プレイです。故に何人かのキャラの台詞は書き分けができていません。ですが未プレイなりに読者が未プレイな方でもわかるようにしていきます。
「偏に、彼に祝福を。」は二章構成で書き終えており、全六万字ほどの短いお話です。 

 
 朝、目覚まし時計の音で目が覚めた。外は明るい。そんなことに、何故か面白く感じ口角が僅かに上がったことを自覚した。時刻は五時三十分。今のような六月でないなら暗い時間帯故になのかもしれない。
 脳を働かせる為、昨日の事を思い返す。家に帰って風呂に入って惣菜を食し寝る。思い返すのは簡単。故に思い出すのではなく思い返した。
 反吐が出るほど単調で無機質、けれどむせ返るほどの人間らしさ漂う生活。社畜と言われればそれまでの異常なまでの献身。有名無実化する自身というカテゴリ。
 大丈夫、まだ生きてると自身に言い聞かる。寝起きの暗い部屋は、酷く現実味に欠ける。私のような人間には時折、ともするならばこの部屋がまるで駅のホームか何かに思えることがある。であるからに、そのような時には生きているという現実を自身に言い聞かせなければ、ふとした拍子に何かをしでかすかもわからない。例えばそう、このアパートから身を投げるとか。
 頭を振って意識を落ち着けた。こんな歪な思考に陥るのは寝起きだけだ。さぁ準備をして今日も出社しよう。そこに、私のプロデュースするアイドルがいるのだから。



 意味のないことはしなくはないのが私だった。無論それが社会人として欠点であると自覚はしているのだが、社会人三年目の私は未だ矯正できてはいなかった。故に、六時半という早朝にアイドル事務所の扉の鍵を開けて中に足を踏み入れた私は挨拶をしなかった。
 事務所内に意識を向けていなかったから、事務所に入るその時まで中に電気が灯っているとは思っておらず、また誰かいるということも思っていなかった。だが奥まで移動した私は挨拶をしなくてよかったと安堵した。
 そこにいた女性は、私に気付いてはいなかった。それもそのはず、彼女はソファーで寝ているのだから。私は件の彼女、千川ちひろという同僚に仮眠室から毛布を一枚拝借してかけた。この行為が行われるという異常性は、このひと月であまり感じられなくなっている。
 自身のデスクに座る前に彼女のデスクに向かい、モニターだけ電源の落ちたPCのマウスを動かした。待機状態だったそれははすぐさま千川ちひろの業務内容を表示する。とりあえずはこの表に記入漏れはなさそうだ。仕事を終えてか、少なからずはひと段落を終えての仮眠のつもりだったらしい。
 私は自身のデスクに向かい、溜まった事務作業を捌きにかかった。


 時計の短針が八と九の間を指した頃、私は寝ているちひろさんの元へ向かった。毛布越しに肩を揺らす。
「ちひろさん。ちひろさん」
 幾度か揺らすが、返答はない。
「ちひろさん、八時半です。ソファーで寝るのは今日だけにしてくださいよ」
 自身が垂れた言葉の後半に意味はない。このふた月幾度とお互い掛け合った言葉だ。制止の念だのとうにない。
 八時半に反応したのか、彼女は勢いよく上半身を起こした。僅かに乱れた髪やよれた服が、そして何より力のこもらぬ瞳が今の彼女を良く表している。
「おはようございます」
 それだけ言って彼女の元から離れた。彼女も女だ。寝起き何て男にまじまじ見られたくもないだろう。事実彼女はああ、どうもとだけ呟いてすぐにシャワールームに消えていった。
 アイドル達はこれから十分程で顔を出し始める。それまでにちひろさんは自身のデスクに戻れるかどうかと心配をしながら、私は事務作業に戻った。


 事務所のドアが開けられる音がする。ドアより先に自身のPCのモニターで時間を確認した。八時四十五分。ちひろさんはまだ帰ってきていない。
「おはようございます」
 声が扉のほうから聞こえたので視線を向けた。渋谷凛、私のプロデュースするアイドルで、CD発売を控えている。
「ああ、おはよう」
 最低限の言葉を彼女の目を見て応え、またモニターに向かった。渋谷凛の文字が其処にある。彼女の今後の予定表だった。CDが出せるなら、それを火種に彼女自身をより強く、敢えて言うなら大胆にPRを図りたい。だがCDの売れ行き次第で過激なPRはその経費に見合う効果を生み出せない。プロデュース業が短いのもあってそのリスクコントロールが簡単にはできていないので悩んでいるのだ。
 渋谷凛はこちらに歩いてきた。私の後方にソファーがあるのでそこで休むのだろう。早めにくる彼女の定番だ。
「どうしたの、悩み事?」
 だが彼女はソファーに向かわず、私の傍で足を止めた。
「ん? ああ、そうだな。何せ人が多いからな」
 適当な言葉を彼女に返す。彼女のスケジュールで悩んでいるのだが、本人に私の経験不足でリスク管理に苦労してるなんて言っても困らせるだけだろう。
「ふーん、そう。大変だね。頑張って」
 応と応えると、彼女はソファーに向かった。年上に対する言葉遣いとしては良くないが、プロデューサーとアイドルという言わば仲間関係ならそれを咎める理由もあまりない。それよりも彼女が他人を心配するという心優しさを評価するべきだろう。
「お茶どうぞ」
 背後から伸びた手が、私のデスクにお茶を置いた。振り向きありがとうございますと手の主、ちひろさんにお礼を返す。
 恐らくはちひろさんは、凛が来た時にシャワールームから出てきてそのまま給仕室に行き、凛にシャワーを浴びていた事を悟らせない為今まで給仕室にいた振りをしたのだ。
「凛来てますよ」
 僅かに左手を上げて了解の意を示したちひろさんは、ソファーが見える位置まで移動し凛に挨拶をして戻ってきた。
「どうも」
「どうも」
 すべてを察しあう彼女とお礼を交わし、私はまた自身の事務作業に没頭した。


 その後神谷奈緒、北条加蓮のが来た時点で三人を集め、今日のスケジュールを確認。三人の付き添いとしてレッスンルームまで同行した。仲が良い、少なからず私の目からは仲良く見えるこの三人とともに私が行くのは彼女たちからして面白くはないだろうが、事務所に長くいると息が詰まって仕方がないので息抜きを兼ねてそうさせてもらった。彼女たちには悪く思わないでほしい。
 レッスンルームに着くとそこには既にトレーナーが待機していた。
「おはよう。あ、プロデューサーさん、今日なんだけど……」
 トレーナー、青木慶は私の元へ近寄り、凛ら三人に柔軟体操を指示すると手元のボードを私に渡した。
 ざっと目を通す。彼女ら三人の慶さんなりの評価だ。大方予想通り。凛の伸びが他の二人より早いことも。
「加蓮の体力の伸びがイマイチ。奈緒は―――」
 慶さんが小声で繋ぐ言葉を聞くに、彼女三人に対する評価自体も予想通りだった。
「―――ですので、加蓮にはもうちょっと辛い目にあってもらいたいです。奈緒さんは私の姉たちに任せる部分も出てきます」
 頷く。全て必要なことだ。私よりトレーナーである彼女、いや彼女とその姉妹たちに任せたほうがいいだろう。
「奈緒を任せるのは明さん?」
 慶さんは頷いた。
「不都合でも?」
「いや、その提案はありがたい。一応後で私から明さんに電話を掛けさせてもらうよ。……ついでを言っちゃあ何だが、奈緒の事、これからも見てやってほしい」
 精神的な部分でもと繋げて、納得顔をした慶さんにボードを返した。
 準備体操を終えたのか、凛たちが私たちの元へ近づいてくる。
「ああ、私からもついでに一ついいですか?」
 慶の言葉に了承し続きを促した。
「私たちの姉妹の名前、憶えて頂きました?」
 苦笑いを浮かる。最初に言われるようになってから二月、未だにネタにされている言葉だ。ことは二か月前、トレーナー一同と顔を合わせた時のことだ。目の前にいる青木慶を初め、彼女の姉妹四人は全員トレーナー業を勤しんでいる。名前は上から麗、聖、明、慶。トレーナーとしての経験もそれに比例している。彼女ら一同と会って挨拶をしたときに、髪型は違うとはいえ顔も姉妹なりに似通った彼女らの名前の区別には難儀したのだ。それを問題にしなかったトレーナーさんたちには感謝するのだが、その場にいた彼女らの長女、麗が恐らくは場を和ませようと私の事をからかった。私より年上であることもあっただろう。まぁそれ自体はあまり問題ではない。それがそれの後トレーナーから私のアイドルの元まで伝わり暫くの間弄られたのが問題だった。流石に今でも言ってくるのはトレーナー姉妹だけだが。
「麗聖明慶、憶えてますよ。それよりきちんとお願いしますね」
 凛たちにも頑張るよう伝え、レッスンルームを後にした。


 その後電車に乗り都市部へと移り、駅前の支柱にもたれ掛り道行く人を眺めた。都合三十分程で、声をかける人間を決めた。髪が長く、木管楽器と思われるケースを持った少女だ。
「もし、今お時間は大丈夫ですか?」
 話しかけた少女は怪訝な目でこちらを見る。当たり前の反応。
「私、MA芸能事務所の者です。大した身分証明にはなりませんが、一応名刺も」
 あくまで身分証明の為にと名刺を差し出す。スカウトしたいのでどうぞと言っても受け取ってくれる人は少ない。キャッチにしか思われないからだ。
 少女は足を止めてくれた。
「自己紹介を続けさせてもらうなら、私は今スカウトマンとしてこの駅周辺で見かけた方にお声を掛けさせてもらっています」
 彼女の目を見て語る。彼女は眼を泳がせながらも名刺を受取った。
「失礼ながら、アイドルという職業に興味をおありで?」
 無言。うん、見た目十代後半の少女らしい反応だ。
「ないならお捨て頂いても構いません。もし、お知り合いにでも興味がある方がいたらどうぞ遠慮なさらずお電話頂ければ」
 続けて少女に軽く頭を下げた。解放された安堵の表情を浮かべた少女は、一応名刺をポケットに入れて小走りでこの場を離れた。


「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
 事務所に帰った私を迎えたのはちひろさんただ一人。
 時計を見ると十七時になっていた。
「誰か見つかりました?」
 軽口を交えながら散々な結果を伝え、自身のデスクについた。PCをつけて幾つかのソフトを立ち上げ作業内容を読み込ませる。
 りりりりと電話が鳴った。私の携帯の音だ。嘗ての黒電話を思いださせる音。
 画面上には公衆電話の文字……一瞬迷ったが四度の呼び出し音を待ち応答ボタンを押した。
「はい、こちらMA芸能事務所の平間達也です」
「もしもし、……佐藤みちるというものですが、アイドル事務所で間違いありませんか?」
 はいと間髪入れず答える。無用な間は要らない誤解を受けやすい。街角でのスカウト何てキャッチと何ら手法は変わらないのだ。こちらが本当の芸能事務所であることを理解してもらわなくてはならない。
「MA芸能事務所という名前は一般ではありませんが、そうですね。渋谷凛や北条加蓮などのアイドルが在籍しています。どちらもあまりテレビに出ていないので御存じであるとは思いませんが……」
 こういう時、まだ駆け出しの事務所は弱い。ネームバリューを持っての信頼が構築できないのだから。
「アイドル以外には誰か在籍が?」
 この質問に僅かに間を空けてしまった。現在はまだCDデビューにこぎつけたアイドルですら一人なのだ。ともすれば他の多数はアイドルというより毛が生えた一般人……。
「いえ、在籍してはいません。ですが私どもそのような人材も迎えたいと思っています」
 五秒程の間が空いた。
「ご興味があるようならば事務所においでなすってはどうでしょう。お話だけでも歓迎いたしますよ」
 事務所の住所は名刺に書いてある。電話口でわざわざいう意味もない。
 みちると名乗った少女は考えておきます。それではと短く答え電話を切った。期待は、できないだろう。 
 

 
後書き
一話四千文字前後で掲載していきます。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧