閃の軌跡 ー辺境の復讐者ー
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第14話~妾腹の息子と貴族嫌いな娘~
前書き
大学のではありませんがとある試験の勉強をしていたので更新が遅れてしまい、申し訳ありません。今回は実習一日目の夜のお話です。
ユーシスが部屋の扉を開けた瞬間、ケインが彼の顔面に枕を投げつけたのが発端で勃発した第一次枕投げ戦争の後、就寝した男性陣だったが、ケインは夜中にふと目を覚ます。
「・・・眠れないのか?」
「まぁ、そんなところかな」
「フッ・・・おまえの方こそ。まさかベッドが固くて眠れないとか言うんじゃないだろうな」
「はは、それこそまさか」
覚醒している気配を感じたのか、リィンはケインやユーシスに話しかける。茶々を入れたようなユーシスの言葉に、リィンは実家でもこんなベッドでは寝ていないと返す。どうやらあまり貴族らしからぬ生活を送っていたようだ。
「父の流儀でね。領主は民に寄り添うべし・・・いつもそんな風に言っていたよ」
「シュヴァルツァー男爵、か。いい領主みたいだな」
「・・・ああ、良いご両親に育てられたようだ」
良き両親に恵まれて感謝しているとリィンが答えた後、暫くの沈黙が訪れる。思い返せば、オーロックス峡谷から街に戻ったところで導力リムジンに乗ったアルバレア公に会った。
しかし、ユーシスへの態度は厳しく、どこか冷たいものであったため、何か事情があるのだろうとリィンやケインには踏み込めずにいた。
「・・・聞かないのか?俺と父の、あの寒々しいやり取りについて」
「踏み込んでいいかちょっと分からなくてさ」
「・・・そうだな。ルーファスさんとは仲が良いみたいだったけど。
その、父親とは昔からあんな感じなのか?」
「ああ、昔からだ。平民の子に産ませた子などさして興味がないんだろう」
さらりと言ったユーシスの真実は、他の2人が絶句するほど衝撃的なものだった。上体を起こし、ユーシスの表情を伺う。そんな彼らの様子を知ってか知らずか、彼は自身の生い立ちを淡々と語っていく。兄、ルーファスの母は貴族出身の正妻で未だ存命。一方でユーシスの母は平民出身で8年前に亡命。だから自分は妾腹の息子だ、と。
「そうだったのか・・・」
「あっ、もしかして今晩ご馳走になったレストランのオーナーシェフの人は・・・」
「母方の伯父にあたる。その縁からか、昔から良くしてくれていてな
・・・まあ、公爵家の権力に配慮して親しくしているだけかもしれんが」
自嘲気味にそんな事を口に出したユーシスに対し、あまり自分を貶めることを言うなと窘めるリィン。ケインもそれに同意し、ユーシスも最終的に納得した。色々と貴族ならではの事情があるであろうユーシスに配慮して、リィンは「お兄さんと仲が良いのは本当なんだろう?」とだけ尋ねる。
「まあ、悪くはないな。8年前に引き取られて以来、ずっと良くしてもらっている。
剣も作法も・・・兄から教わったものだ」
「はは・・・だと思ったよ」
「どういうことだ?」
納得したような相槌を打つリィンに少々怪訝な顔を向けて訊くユーシス。答えるリィンの考えとして、ユーシスの剣術は真っ直ぐなものだそうだ。信頼できる人から習わなければそうは身に付かない。だから兄、ルーファスが教えたのではないか。その考えにはケインも共感できるものがあった。昼間のやり取りで彼が兄に親しみがあるのは理解でき、冗談が言えるのも信頼があってこそかもしれない。リィンの話を聞き、黙り込んでしまったユーシスにどうかしたのかと言うケインに、リィンが改めて貴族らしくないと思っただけだと返す。
「はは・・・自覚はしてるよ」
「フン・・・そう言えばケイン。お前も宮廷剣術を使っていたな。どこで習得した?」
「・・・8年ほど前かな。ロヴァース・アルバレア。それが俺に剣術を教えてくれた人の名前だよ」
流石に予想ができなかったのか、ユーシスでさえも驚きで僅かに目を見開いている。確かに貴族の概念すらなかった村の住人と、大貴族との出会いなど普通は接点の無い話だろう。
「アルバレアってまさか・・・」
「父上の父、すなわち俺の祖父でもあるな・・・祖父上は今も壮健でいらっしゃるのか?」
「釣り好きな人だから夜が遅いこともあるけど、健康なんじゃないかな」
「そうか・・・」
呆れの入ったケインの言葉にそう返したユーシスは、「多趣味な人だからな」と付け加える。そして、ケインはまだ納得していないであろう二人のためになるべく偽りなき出会いの経緯を説明することにした。
「俺は8年前、四大名門の一角に村を滅ぼされて故郷を失って、独りで各地を転々としている内に帝都ヘイムダルのオスト地区に辿り着いた。そこにとある貴族老師、ロヴァースさんが住んでいたんだ」
「お前に、そんな過去が・・・」
「ああ。だから最初は四大名門を快く思っていないところがあってさ・・・すまない、ユーシス。君に対してもそんな感情を抱く意味なんて無いのにな」
「しかし、お前はどこぞの副委員長ほど・・・いや、それどころかそんなそぶりは一度も見せなかっただろう?」
確かに初めからユーシスを邪険にしたりはしなかったかもしれない。ある意味では彼の言ったことは正しい。しかし、それでもケインには言っておくべきことがあった。
「そういうことじゃないんだ。君に一時でもそんな感情を抱いたことが恥ずべき点なんだ・・・だから、すまない。ユーシスはあの人に似て、親切心に満ちた良い人だって、そう思ってるよ。こんな話の後じゃ信じてもらえないかもだけどさ」
「ケイン、お前は・・・」
お前はどこまで人に対して真摯な態度であろうとするんだと思ったユーシスだが、その言葉は飲み込んだ。彼の言葉に少なからず感銘を受けたからだが、そんなユーシスの心情に気づくこともなく、「どうしたんだよ?」と尋ねるケイン。そんなケインの様子を見て、リィンとユーシスは苦笑を浮かべていた。
「?まぁ、いいけどさ。リィン、傷の調子はどうなんだよ?」
「そうだ。昼間のアレはいいのか?正直、あんな短時間で完治するとは思えんが」
「ああ、もう痛みも感じない上に傷も完全に塞がってる・・・委員長のおばあちゃんにお礼を言わなくっちゃな」
安心したように穏やかな声を漏らすユーシス。その後、上体を起こして左隣のリィンの方を向き、自身が疑問に思っていたことを吐露し始めた。いわく、入学式の時にアリサを庇ったことや、今回ユーシスとマキアスをとっさに庇ったリィンは本来褒められるべきかもしれない。しかし、普通の人間であれば反射的に自分を守るはずで、だから彼の行動が歪に見える、と。ユーシスの話を聞いていたリィンが「そんな風に見透かされるとは思わなかった」と驚くと、「お前が俺を見透かすようなことを言うからだ」と即座に返すユーシス。
「だが、お前のその在り方。ある意味“傲慢”であるのはお前自身も分かっているんだろう?」
「ああ、さすがにね。『自分の身も省みずに何が人助けじゃ、未熟者が!』
そんな風に老師にも叱られたよ」
「そうか・・・」
「フッ・・・まぁ、俺もついにはロヴァースさんに勝てなかったからな」
「俺たちは、未熟者同士と言うわけか」
全員が何らかを抱えて生きていて、未熟者同士だから悩み、苦しむ。それは自分たちに足りないことがあるからで、そう思うと何だかおかしくて笑えてきた。まだちっぽけな自分たちを誰からともなく声を押し殺して笑った後、夜ふかしするわけにもいかないので、明日の実習に備えて寝ることにした3人であった。
-仕立て屋 ル・ソレイユ-
「ファミィ。お願いだから話を聞いて」
「何でなの!?そんなにユーシスに優しくする必要なんてない!
・・・彼は他とは違うかもしれないけどお母さんを苦しめてきた紛れもない“貴族”なんだよ!?」
「ファミィ・・・」
ホテルのメンズが寝静まった頃、貴族通りの仕立て屋では穏やかとは言えない喧噪が家の中で響いていた。ミセリィはファミィを家まで送っていただいたお礼として、ほんの親切心で彼に余っていた毛皮で作ってあったコートをあげただけで特に変わったことはしていない。なのにどうしてこんなにファミィは怒っているのだろう。疑問に思うミセリィだが、まずは彼女を宥めなければ話もできない。そう考えた彼女は、丁寧に言葉を紡いでいくことにした。
「ユーシス様があの人を追放して下さったのは話したわよね?」
「・・・うん」
「実はそれ以来、私たちの家庭を壊してしまったとお考えになっているらしくて、色々と便宜をはかって下さっているのよ」
「そんなことが・・・で、でもそれはある意味ほんとのことなんだから。
た、確かにお母さんが虐げられなくなったのは良かったけど・・・」
いつになく歯切れが悪い口調で語るファミィの様子を見たミセリィは、「どうしたの?」と優しく語りかける。
「・・・ほんとは判ってるの。これがただの“妬み”ってことぐらい」
「妬み?それは・・・」
「あの時、ユーシスがあの人を追っ払わなかったって私がそれぐらいできたんだって。
そうやって彼を憎むと同時に羨ましくもあったの」
「羨ましい?」
「うん。結局私はあの人に対して怯えるだけで、何もできなかった。できたのは、お母さんが虐げられるのをただ見てる、こと・・・っ・・・・ぐらい、しか」
自分自身に無力感を感じているのか、段々と涙が込み上げて嗚咽交じりの声になるファミィ。そんな彼女をそっと抱きしめ、ミセリィは耳元に近い距離で囁くように慰めていく。
「もういいの・・・もういいのよ、ファミィ」
「私も、彼のように・・・っ・・・勇敢であったらって・・・!そうだったら私が、私が・・・!」
「ユーシス様はユーシス様。あなたはあなたでしょう?大丈夫。お母さんはファミィの良いところをいっぱい知ってるから。それに・・・私が人を見る目が無いばかりに、あなたに怖い思いをさせてしまったわね。本当にごめんなさい」
嗚咽が大きくなるファミィの背中をさすりながら、謝罪の言葉を口にするミセリィ。
「そ、そんなこと。全部あの男が・・・貴族が、悪いんだから・・・」
「貴族にも色々な人がいるの。ファミィ、それは判る?」
「・・・今なら、少しだけ判る気がする。でも、どうやって関わったらいいのかな?」
抱擁によって多少は落ち着いたのか、目元の涙を擦り、上目遣いでそう尋ねてきたファミィの言葉に、ミセリィは自分の考えを告げる。
「ありのままのあなたでいいの。飾らないあなたで。お昼に来たⅦ組の人たちはユーシス様も含めていい人ばかりだと思うわ。だからどんなあなたでも受け入れてくれる。あなたが関わりを持とうとすれば相手もきっとそれに答えてくれるはずだから」
「・・・そっか。ありがとう、お母さん」
「ふふっ、どういたしまして・・・それに、さっきのユーシス様とあなた、はたから見ていておしどり夫婦のようだったし。孫の顔が拝める日も近いかしら~?」
「は、はあ!?い、いきなり何言い出すのよお母さん!わ、私とユーシスがふ、ふふふ夫婦だなんてそんなわけないんだから!!」
軽い冗談のつもりでユーシスの話題を振ったミセリィだが、顔を真っ赤に染めて慌てふためいた様子で否定するファミィ。可愛い娘に意地悪をしたくなってしまったミセリィは彼女に追い打ちをかける。
「あら~?私はようだったとしか言ってないわよ?」
「・・・はっ、い、今のナシ!取り消し!!」
「これは脈ありと考えていいのかしら~?」
「もう、お母さん!!」
今度は別の意味で喧噪が激しくなったが、ミセリィは娘と過ごすこんな夜が尊くかけがえのないものであることを改めて実感したのだった。
後書き
後半にファミィのお母さん視点で書いたつもりですがいかがでしたでしょうか?彼女らの過去に関しては番外編か何かできちんと書きたいなと思っています。その前に先に進めないとですけど(汗)ロヴァースさんについても書かなけれb・・・とりあえずあと1、2話ぐらいでバリアハートの実習を終える予定でいますので、次回を気長にお待ち頂けるとありがたいです。
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