渦巻く滄海 紅き空 【上】
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三十七 たからもの
さらさらと降り積もる砂は何時の間にか時を刻まなくなっていた。天と地に留まり続ける翡翠の砂海。
唯一の音の発信源が動きを止めたことに彼は逸早く気づいた。気怠げにそれを振る。
微動だにしない砂にチッと舌打ちし、「駄目だ、完全に詰まってやがる。めんどくせー」とシカマルは悪態を吐いた。
静寂に包まれた病室で自身の声が異様に響き渡る。机に置いた砂時計のコトリという物音ですら、この部屋では大きく聞こえる。静かすぎた。
はぁ、と何度吐いたかわからぬ溜息を零す。いつも騒がしい奴が静かだと非常に居心地が悪い。さっさと起きろよ、とシカマルは恨めしげにベッドの主を睨みつけた。
白いシーツ上、しどけなくばら撒かれた金の髪。すうすうと寝息を立てる幼馴染の顔を覗き込む。戸惑いつつ、彼はこわごわと手を伸ばした。
触れるか触れないかという微妙な位置で、まろい頬の輪郭をなぞる。手の甲が柔い肌の感触をひそやかに伝えてきた。
ふるりと金の睫毛が動いた。途端、弾かれるように手を引っ込める。
ゆっくりと瞼を上げる。隠されていた空がぼんやり天井を仰いでいるのに気づいて、シカマルは平常心を努めながら「よ、よう…」と上擦った声を上げた。内心(いきなり起きるなよ!バカっ)と、先ほどまでとは真逆の文句を呟く。ドッドっと高鳴る胸を隠し、彼はふざけた口調で「やっとお目覚めかよ」とからかった。
「どこ…ここ…」
「病院!ぶっ倒れるまでチャクラ使うとか、お前また無茶なことしたんだろ…ったく」
舌っ足らずの第一声と覚束ない視線。未だまどろんでいる、とろんとした瞳から目を逸らし、シカマルは答えた。
正直なところ、このまま目覚めなかったらどうしようと彼は気が気でなかった。だからナルが目を覚まして本当に心の底から安堵したのだが、寸前に自分が仕出かした行動が気恥ずかしくて、ぶっきらぼうな物言いしか出来なかった。
「びょういん…」
シカマルの言葉を反復する。次第にはっきりしてきた意識の中で生まれた焦りに、彼女は飛び起きた。いきなりシカマルに顔を近づける。
「ちょ、」
「シカマル…っ!エロ仙人は!?蛙のじいちゃんは何処だってばよ!?」
「は、はぁ!?」
(近い近い近い近い!!)
寝癖でぴょんぴょん跳ねた金の髪が鼻をくすぐる。間近にあるナルの顔に、シカマルはどきまぎした。眩しいほどの大きな瞳が彼の黒目を射抜く。空のように澄み切った彼女の青を見ると、いつもシカマルはまるで宝箱を開ける時のような心持ちになってしまうのだ。
「オレってば、こんなとこで寝てる場合じゃないんだってば!早く修行を見てもらわねえと…っ」
突然ぱっと離れ、自らの服を捜し始める。その背中を見て、頭に上っていた血が徐々に冷めてゆく。起きた途端、これだ。本当に騒がしい奴、とシカマルは嘆息した。
「ちったあ落ち着け!!身体休めるのも修行の内だっての!」
火照る頬を隠すようにわざと声を張り上げる。どことなく明るくなった病室で自分の声が響いた。居心地は悪くなかった。
「あのな。お前が寝てたのは一日だけ。本試験まで二週間ある。まだ間に合うっつーの」
「もう二週間しか無いんだってばよ!?呑気になんていられないってば!」
逆に言い返される。ナルのもっともな発言にシカマルは言葉を探した。沈黙が降りる。
頬を膨らませたナルのお腹からくぅ~っと微かな音がした。
再び訪れる沈黙。
ぶはっと耐え切れずにシカマルは笑いだした。「ちょ、おま…」と言葉にならぬ声を笑い声の最中に漏らす彼の前で、ナルは顔を真っ赤にさせて「わ、笑うなってばよ~」と地団駄を踏む。静の象徴であった病室が動へと変わりつつあった。
一頻り笑い、若干涙を浮かべたシカマルが「ほらよ」と何かを放り投げる。ぷくりと頬を膨らませていたナルは、自身の手の中に落ちてきた鮮烈な赤に瞳を瞬かせた。
「クソめんどくせーけどチョウジに見舞いのフルーツセット買って来たんだ…。医者がダメだっつーからよ。一緒に食おうぜ」
この台詞をチョウジが聞いたなら、「ボクをダシに使わないでよ」と苦笑するだろう。どちらかと言えば、チョウジのほうがナルの見舞いのついでである。
しかしながら焼肉食べ過ぎでの腹痛が原因であるチョウジと、病院前で倒れていてそのまま目覚めないナルを天秤にかけたら、後者のほうが誰だって心配だろう。
三つある林檎の内、一つを手渡され、ナルが大きく口を開く。彼女に倣ってシカマルも手にした林檎を齧ろうとした。
だがナルの口元にあったはずの林檎が何時の間にか消えている。
困惑する二人の耳に届いた、しゃりっという音。それはベッドから少しばかり離れた窓から聞こえてきた。
「チャクラは回復したようじゃの。それじゃあ、早速修行にかかるか」
しゃりしゃりと心地よい音を立てながら、蛙が窓辺で林檎を齧っている。髭を生やしたその蛙の顔にナルは見覚えがあった。
「蛙じいちゃん!無事だったんだってば!?」
「ワシの名前はフカサクじゃよ。ナルちゃん」
己の身体と同じ大きさの林檎をひょいっと持ち上げる。そしてフカサクはおもむろにその林檎を片手で潰した。跡形も無く砕けた林檎の末路に、ナルが目を見開く。
「ナルちゃんよ。今の林檎と同じ大きさの石を砕けるくらい、鍛えちゃるけん。ついてきんさいっ!!」
「おうっ!!」
フカサクに続いて勇ましく窓枠に足を掛ける。脇に服を抱え、今正に窓から飛び出ようとするナルに、シカマルは慌てて声を掛けた。
「ナルッ!!」
こちらに振り返ったタイミングを見計らって、自分が持っていた林檎を投げる。
「無茶すんじゃねえぞ!!」
「ありがとだってば!シカマルも修行頑張れってばよ!!」
林檎を受け取ったナルが満面の笑みを浮かべる。その瞳は先ほどまでベッドにいたとは思えないほど、キラキラと輝いていた。フカサクの後を追い、ひょいっと窓から飛び降りる。
暫し呆けたように突っ立っていたシカマルは目線を窓から外した。
ベッドの上に乗せたフルーツセット。その中で一つだけ残った最後の林檎が赤い輝きを放っていた。
嵐のように修行へ行ってしまったナルが寸前まで寝ていたベッド。そこに腰掛けたシカマルは、未だぬくもりが残るシーツにそっと触れた。
「ライバルを応援すんなよな。めんどくせー」
試合相手ではないとは言え、同じ本試験を受けるライバル同士。それなのにナルは自分を応援して行った。
億劫そうにフルーツセットから林檎を取り出す。一口齧ると甘い果汁が唇に滴った。ぐいっと手の甲で拭い取る。
「…修行、やるか~」
何時もなら面倒臭いの一言で片づける代名詞。確実にその一つである修行に、シカマルは珍しくやる気を出した。病室を後にする。
ほんとめんどくせー奴、と林檎を齧る口元は緩んでいた。
その吉報に畑カカシは驚きの声を上げた。
「えっ、ハヤテが…」
火影をはじめ、木ノ葉の忍び達――上忍や特別上忍といった一部の者が額を集める議場。ご意見番である水戸門ホムラ・うたたねコハルの間に座する三代目――猿飛ヒルゼンは、火影の証たる笠を脱ぎ取ると重々しく頷いた。
「うむ…。今朝、目を覚ましたという報告があった」
火影の答えに、周囲から安堵の息が零れた。同じく歓喜の色を目に湛えたカカシだが、彼はすぐさま顔を引き締める。
「…それで、あの晩何があったのです?」
当然ハヤテからあの夜気絶していた理由を聞いているものだと思い、端的に問う。同時にみたらしアンコが「まさか大蛇丸…!?」と身を乗り出した。だが火影の返答は思いがけないものだった。
「何も憶えておらんというのじゃ」
「は?」
火影を取り囲んでいた忍び達が皆それぞれ困惑の表情を浮かべる。隣の同僚と顔を見合わせた並足ライドウが「敵に記憶を消されたということですか?」と進言した。話す時に引き攣る左頬の火傷の痕が痛々しい。
「いや、そう判断は出来ない。何か強いショックを受けて、一時的な記憶喪失になっている可能性もある」
ライドウにカカシが否定を返す。彼の隣で思案に耽っていたアンコが口を開いた。
「なら、山中上忍に頭の中を覗いてもらうというのは…?」
「病み上がりの者にそんなことは出来ん。暫く病院で安静にさせよう。ハヤテには休息が必要じゃ。……それに皆、大方見当はついておるのではないか?」
そこで言葉を切り、火影は口元を隠すように手を組んだ。何処からか息を呑む音がした。
「記憶を消されたにしろ喪失したにしろ、あの夜ハヤテが何かを目撃したのではないかと」
忍び達の視線が火影一人に集中する。全盛期と変わらぬ鋭い双眸が、彼を取り囲む忍び達の身に降り注いだ。
「何か重大なモノをのぉ…」
暫し静まり返る。沈黙の中、意を決したような一声がおずおずと上がった。
「ならば、やはり中忍試験は中止して…」
「でも正体を明かしてまで試験を中止するなと脅しをかけてきたのよ?もし中止した場合、何を仕出かすか…」
即座に反論するアンコの言葉を遮るように、誰かが声を張り上げた。
「しかし何かあった後では…ッ!」
「ただでさえ一人で小国を落とすほどの力を持っているのだ!同盟各国が大蛇丸と組むこともありえる…!!」
「確かに…。里に恨みを持つ大蛇丸を利用して、木ノ葉を裏切ってもおかしくはないな」
気色ばむ同僚達の片隅で、カカシが皮肉めいた言葉を漏らした。
「ま、同盟条約なんてのは口約束みたいなものだからね。かつての忍界大戦がそうだったように…」
昔を思い返したのか、どこか遠くを見つめるカカシ。翳りの入った彼の瞳には周囲の喧騒など映っていなかった。
瞬く間に混乱に陥った議場。騒然とするその場に静かな声が割って入る。
「静まれ」
三代目火影の一声で議場は水を打ったように静まった。押し黙った忍び達の顔触れを見渡しながら、彼は眥を決する。眦の皺が更に深くなった。
「とにかく情報が少なすぎる。余計な勘繰りは無用じゃ」
火影の明快な声に続くように、ホムラとコハルが口を開いた。
「既に各国へ情報収集に暗部を走らせてある。尤も友好的な国ばかりではないから、秘密裏に進めるしかない。少々時間はかかる」
「だが迂闊に動くと危険じゃ。そこに敵の狙いがあるやもしれん…」
小難しい顔をする二人の間で、火影は「なあに」と軽く笑ってみせた。
「いざとなったら木ノ葉の力を総結集して戦うのみよ。それにワシは貴様らを信頼しておる!」
火影の凛とした声はその場にいる者達の不安を払拭する。年を取って猶威厳を見せるその笑顔を目にすると、今まで忍び達の心中を巣食っていた懸念が杞憂のように思われた。
室内の者達が火影の一声で士気を上げるのに反し、議場の扉を背にしていた者が小さく嘆息した。ちらりと背後の扉を一瞥する。外にいても聞こえてきた師の声に自来也はガリガリと頭を掻いた。
(何を悩んでおる。じじい…)
長年の付き合いでわかる。傍目には忍び達を励ますかのような火影の声音は、何処と無く憂いを帯びていた。
部下達の手前、火影としての威厳を損なわぬように振舞ってはいるが、その実、何かを抱え込んでいるような…。
何時に無く険しい顔で佇んでいた自来也の前で扉が開く。会合が終わったのか、議場から出て来たカカシが自来也の姿を見て目を瞬かせた。
「あれ、自来也様?ナルの修行を見てくださるとエビス先生が…」
思いがけない出会いに、思わず身を硬くするカカシ。
うちはサスケの修行を見なければいけないため、彼は波風ナルの修行をエビスに頼んでおいた。しかしながら途中で自来也に預けたと、後からエビスに聞いたのである。
カカシとてサスケの修行の合間に今回の会合に参加したのだ。今頃休憩を終えたサスケが苛立ちを募らせながら自身が戻って来るのを待っているだろう。
故に忙しいのは事実だが、己の教え子を見てもらっているにも拘らず、挨拶も出来ず仕舞いだった。その事を恥じてカカシはすぐさま自来也に会釈し、礼を述べる。
「それでどうですか?ナルの様子は…」
気遣わしげな視線を向けてくるカカシから自来也は目を逸らした。おもむろにしゃがみ込み、床にのの字を書く。
「横取りされてしもうた…」
は、と問い返すカカシの眼前で、拗ねたように蹲る。
がやがやと議場から出て来た忍び達が、尊敬すべき三忍の一人ががっくり肩を落としているのを不思議そうに眺めていった。
(どうしよう…)
茫然と立ち尽くす。所在無さげに彼女は目線を彷徨わせた。
あれは宝物なのだ。他の人には何でもないモノだけれど、自分にとっては大切な思い出。
あんな大事なモノを失くすなんて、とヒナタは瞳に涙を浮かべた。
まだ身体の調子は万全ではない。外出も禁止されている。
それでも彼女は失くしたモノを捜しに外へ出た。家族には内緒でそっと家を出て、朝からずっと捜しているのだが、何処にも見当たらない。
演習場の丸太にもたれかかりながら、ヒナタは小さく嘆息した。空高くあった太陽がそろそろ西に傾きかけている。物悲しい鴉の声が彼女の不安をより一層掻き立てた。
病室で落としたのだろうか。それとも木ノ葉病院から家までの間に失くしたのだろうか。
おろおろと目線を落とす。ぽたりと零れ落ちた涙が地面に小さな滲みを作った。
「大丈夫?」
不意に声を掛けられ、ヒナタははっと顔を上げた。何処かで見たことのある、だが木ノ葉の人間ではない者が立っている。気遣わしげな視線を向けてくるその人は、ヒナタにとって唯一無二の憧れの人にそっくりだった。
「なにか捜してるの?」
半泣きのヒナタの顔をナルトは心配そうに覗き込んだ。ナルと同じ金の髪がさらりと揺れる。
「その…あ、あの」
同じ中忍試験を受けたと言っても、突然別里の者に声を掛けられ、ヒナタは戸惑った。益々込み上げてくる涙。思わず後ずさる彼女に、ナルトは「もしかしてコレ?」と木ノ葉病院の廊下で拾ったモノを見せた。
かわいらしいたんぽぽのしおり。
捜し求めていた宝物が突然目の前に現れて、ヒナタは思わず瞳を瞬かせた。慌てるあまり引っ手繰るように受け取る。汚れ一つないそれをまじまじと見つめた後、ヒナタは「よかった…」と喜びを噛み締めた。大事そうに両手で胸に掻き抱く。
「あ、あの…ありがとうございます…」
引っ手繰るように受け取った事で気を悪くさせてしまったのでは…。へにゃりと眉を下げてヒナタはお礼を述べた。気にしている彼女の様子に、ナルトは穏やかな笑顔で答える。
「木ノ葉病院の廊下で拾ったんだけど、誰のかわからなくてこちらも困っていたから…。よかったよ」
優しい微笑みを目の当たりにしてヒナタの顔が赤くなる。ナルトから視線を外し、「あの、その…」と彼女は口ごもった。上手く言葉に出せないヒナタに、ナルトは視線を注ぐ。雲の合間から射し込む斜陽が、彼女の手の中にあるしおりを赤く照らした。
「かわいらしいたんぽぽだね。自分で押し花にしたの?」
その問いに、もじもじしながらもヒナタは「た、宝物なんです…」とか細い声で答えた。
「わ、私の大事な…お、お友達との…た、大切な思い出なんです…」
「…お友達って、もしかして波風ナル?」
ナルトの問いに、ヒナタは目を丸くした。どうして、と訴えてくる彼女の瞳に、ナルトの微笑が映る。ヒナタの隣にある丸太を背にして、ナルトは言葉を続けた。
「仲良さそうだったからね」
「ほっ、ほんとう…?」
「ああ」
ナルトの答えにヒナタは頬を上気させた。
ナルはヒナタにとって本当に特別な存在である。引っ込み思案であったヒナタの、はじめての友達。そのため、親友とまでは言えないけれど、友達同士に見えたらいいなあと彼女はささやかな夢を抱いていた。
だから今、仲良さそうだったと言われ、ヒナタはとても嬉しかった。ぎゅっとしおりを握り締める。
「ナ、ナルちゃんってね…すごく強くて優しくて…。わ、私、憧れてるの…」
「…そうか」
「だ、だから、その…笑っちゃうかも、しれないんですけど…。ナルちゃんと初めて友達になった、そのきっかけのたんぽぽを押し花にしたんです…」
それにたんぽぽってナルちゃんに似ている気がして…と一生懸命に話すヒナタに、ナルトは目を細めた。
「だから、このしおりは…私にとって、大事な…宝物なんです…」
「………」
楽しそうに語るヒナタの言葉に、ナルトは目線を下げた。微かに哀愁を帯びた瞳を見られぬよう足下を見下ろす。放射状に光線を放つ太陽がその場にいる者達の影を長く伸ばしていた。
少しばかり離れた木の影。僅かに大きくなったその輪郭に、ナルトはぴくりと眉根を上げた。傍の木に止まった一羽の鴉を目の端で捉える。
じっとこちらを見下ろす視線を敢えて受けながら、彼はヒナタと顔を合わせた。
「それじゃ、本試験も応援しなきゃね」
「…え?」
「確か日向ネジとの試合なんだろう?ああ、でも彼は君の親戚だったか…」
ナルではなくネジを応援するのか、と暗に訊ねられ、ヒナタは弾かれたように顔を上げた。珍しく声を張り上げる。
「わ、私はナルちゃんを応援する…!」
「だが予選を見る限り、ナルに勝ち目はないよ?それでも?」
わざと皮肉を告げるナルトを、ヒナタはキッと見返した。
「ナ、ナルちゃんなら勝てるよ…きっと…っ!」
口ごもりながらもきっぱりと言い切ったヒナタを、ナルトは微笑ましげに眺めた。静かにチャクラを手に込める。
「それなら、最後まで観戦しないとね」
穏やかな笑みを湛え、ナルトはヒナタに手を翳した。怯える彼女の身をやわらかな光が包み込む。次第に身体が楽になっていく事実にヒナタの表情が困惑から驚愕へと変わっていった。
「まだ本調子じゃなかったんだろう?」
驚いて声が出ないヒナタからナルトはすっと手を下ろした。彼女の身を包みこんでいた光が徐々に引いてゆく。その頃には身体の痛みがヒナタから完全に消えていた。
「ナルの試合、最後まで見届けてあげてね」
そうナルトに頼まれても、動転のあまり身体を強張らせるヒナタ。その様子に苦笑して、彼は丸太から身を起こした。
踵を返す。不意に立ち止まって、ナルトは肩越しに振り返った。
「本選当日、この演習場で待っていて。君の大切な友達が試験前にここを立ち寄るから…」
応援してあげてね、と最後に言い残し、演習場を後にする。折しも波風ナルが下忍になった場所で、ヒナタは暫し立ち尽くしていた。
丸太から伸びる影が彼女の影をも呑み込んでゆく。カア、という鴉の啼き声が飛び立つ際の羽音を掻き消した。
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