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小さな勇気

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第七章


第七章

「鷹田の奴等」
「えらいいい御身分じゃねえか」
「女の子を選り取りみどりたあ」
「世の中極楽だぞ、おい」
 嫉妬に身を焦がしてきたのである。
「で、余りが合コンして」
 冷静なままの一人が言った。見れば冷静なままなのはまだぼんやりしている康則の他は彼だけである。どうやら彼は今は彼女がいるようである。他の面々はおそらく今はいないのであろう。いる奴も嫉妬しているがこれは単なる浮気だと思われる。
「俺達に回ってくると」
「そういうことだろうな」
「チッ、恵まれた連中だぜ」
「全くだよな。同じ共学でもこんなに違うのかよ」
「桜商業だってよ、女の子ばっかだしな」
「恵まれてる奴等は側にいるってか」
「こんなのならもっと学校選ぶべきだったな」
「偏差値だけじゃなくてな」
 入ってから後悔するのだ。女の子の数は偏差値には表われはしない。だが受験の時はそれはあまり考えない。だから後で後悔する。非常によくあることである。
「けどよ、工業高校の連中はな」
「ああ、あそこか」
 ここで彼等は発想の転換を試みてきた。上を見るのではないのだ。下だ。
「あそこがあったか」
「そうだったな」
 急に嫉妬が消え優越感で満たされていった。
「あいつ等に比べればな」
「そうだよな、ずっと」
「何だかんだでこの学校だって女の子半分だし」
「それはいいよな」
「そうそう」
「だからといってもてないのはもてないけどね」
「言っておくけど顔やルックスだけで今時女の子を落とせるなんて思わないことね」
 周りの女の子達は見事なまでに辛口であった。実に厳しい。しかし彼等の耳には入りはしない言葉であった。そんなことでいちいち動じたりしていては合コンを何回も出来る筈もなかった。
「けどなあ」
 ここで康則が言った。
「俺最近思うんだけどよ」
「どうした?」
「いやさ、合コンするのもいいよ」
「ああ」
「それ以外にさ、何かねえかな」
「ねえかなって」
「何があんだよ」
 実は彼等は彼女を作ると言えば合コンしか知らないのであった。それとパーティーと。告白とか純愛とかとは無縁な本当に今時の高校生であった。
「俺知らねえぞ」
「俺も」
「知らねえって」
「じゃあよ、馬場」
 仲間内の一人が言ってきた。
「御前いっちょコクるとかしてみたらどうよ」
「コクるって」
「そうだよ。それで女の子をな」
「ゲットしてみろよ」
「優しい娘ならそれでうん、って言ってくれるかもな」
「だよな。そうすればそれでハッピーエンド」
「万々歳ってやつだ」
「そんなに上手くいくかよ」
「さあ」
 その問いには予想通り無責任な返事が返って来た。
「無理なんじゃね?」
「普通はな、そんなのじゃ」
「彼女にはなってくれないさ」
「軽い気持ちでやらねえと」
 それが彼等の信条であった。恋は軽く、そして焦る。恋は焦らずだの何処までも熱く濃く、といったものは見事なまでにない。こうしたところも本当に今時だった。
「真剣にアタックして砕けたらどうよ」
「ダメージでかいだろうが」
「でかいのか」
「御前もこの前桜商の先輩にあっさり振られたじゃねえか」
「まあな」
 それを出されると弱かった。頷くしかなかった。
「あれ、結構痛かっただろ?軽くてもそれだぜ」
「マジにやったらどうよ。こけたら怪我じゃ済まないかもな」
「それで立ち直れなくなったらあれだろ。だから俺達はそんなのはしねえんだよ」
「そうだったよな」
 実は康則も最近までそうした考えであった。しかし先生の酔った姿を見てどういうわけか考えが変わってきているのである。ほんの少しずつであるが。変わってきているのは事実であった。
「だからコクるなんてことはしねえさ」
「俺も」
「俺もな」
 彼等は口々に言った。
「何かあったら痛いからな」
「そうだよな、痛いよな」
 康則もそれに頷いた。
「だよな」
「けど御前がそれやるのなら俺達は別に止めないぜ」
 彼等はこうも言った。
「止めないのか」
「だってよ、御前自身の問題だからよ」
「合コンにも自由参加だしな」
「好きなのを選べよ」
 それが彼等の言葉だった。
「好きなのか」
「ああ、御前のな」
「どっちでもな。サイコロか何か振ってよ」
「決めればいいじゃねえ?俺達止めないから」
「そうするかな」
 ぼんやりとした言葉だがそれに応えた。
「好きにしな」
 それが仲間の返事だった。とりあえず暫くは考えることにした。先生を見ると日に日に大人しくなっていく。服装も外見も変わらず見事なプロポーションがはっきりとわかる。そんな先生を見ているとやはり美人だと思う。これまでは性格があれだったのでとても考えることは出来なかったが今は。康則自身も少しずつ変わってきていたのだ。
「先生、かあ」
 帰り道、暗くなってきた街の中でぽつりと呟いた。
「それがなあ」
 まず相手が先生である。何かを言うにしろそれが大問題だ。しかし。
「けど。転勤するんだよな」
 学校が違えば。微妙になる。それも頭に浮かんできた。
「若しかするとな」
 何かが出来るかも知れないと思った。今は思っただけだが。それでも思いはじめて、それが動きはじめた。ゆっくりと。それはすぐに康則の心を動かしたのであった。
「ねえ先生」
 女の子達が真子先生に声をかけているのを廊下で偶然聞いた。自然に耳がそちらに行く。
「先生って鷹田高校出身ですよね」
「ええ、そうだけど」
 答えるその声も穏やかなものになっている。小心にすら聞こえる程だ。やはり先生も少しずつ変わってきているのがそれでもわかった。

 
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